物忘れ・認知症50

 今年の7月20日(日)にNHKが「“認知症800万人時代“認知症をくい止めろ〜ここまで来た!世界の最前線」という番組を放映しました。
その中で、“糖尿病”や“高血圧”などの既存薬を投与したところ、発症直後の患者の記憶力の低下がくい止められたという医学的な報告が相次いでいることが報道されました。更に、症状が進行した患者でも、“脳の残存機能に働きかける介護法”で、症状を改善できることもわかってきたことも報じられました。最新の脳科学の知見を手がかりにしたこれらの方法を、認知症人口の爆発直前の今、広めることができれば、医療費破綻も回避可能との見方も紹介されました。日本の医療・介護の現場が、今すぐに出来ることは何かについてを考えるにあた
り大いに参考になると思われますので、今回はこの内容をコンパクトにまとめ紹介をさせていただきます。興味を持たれましたらNHKのオンデマンドでこの番組をインターネットで見ることをおすすめします。

●放映内容 ダイジェスト紹介

 認知症と  アルツハイマー病

 認知症の7割を占めるのがアルツハイマー病です。アルツハイマー病では発症の前から脳の「海馬」を中心に脳が萎縮し、記憶力・認知力の低下が始まります。萎縮が進んでいくと記憶力・認知力の低下だけでなく、全身の機能低下も起こります。

すでにある薬で  アルツハイマー病に         挑む

 アルツハイマー病がどのように進み、何が起こっているのか? その姿が徐々に明らかになってきました。いま新薬開発が進んでいる一方で、既にある薬の効果を活かす取り組みが世界で始まっています。
 日本の研究で明らかになったのが脳梗塞の再発防止薬「シロスタゾール」です。シロスタゾールは、血液をサラサラにする働きがありますが、そのほかにアルツハイマー病の原因物質「アミロイドβ」の脳血管からの排出を促す力があることがわかってきました。
 アメリカで開発がすすむのが「鼻腔にインスリンを噴霧し吸入する方法」です。アルツハイマー病では脳細胞がエネルギー源の糖を使うのが難しくなっていることが明らかになっているからです。新薬開発で壁となる「副作用」の懸念が少ないため、早い実用化承認が期待できます。
 現在、シロスタゾール、インスリンは認知症の治療薬としては認められていません。

 シロスタゾール

 国立循環器病研究センターの猪原匡史(いはらまさふみ)さんはマウスにシロスタゾールを与え、脳の変化を詳しく調べました。すると、脳に溜まっていたアルツハイマー病の原因物質アミロイドβが減少したのです。アミロイドβは、神経細胞が働くと発生する老廃物です。普通は血液に排出されます。ところが量が多くなりすぎると、血管の壁の中に詰まって溜まり始めます。
 すると血管が切れ、栄養と酸素が届かず神経細胞が死滅。認知症を悪化させます。
 シロスタゾールには、それを防ぐ力があることがわかりました。血管の筋肉を刺激し動かす働きがあり、それが溜まっていたアミロイドβを取り除いてくれたのです。
 シロスタゾールなしの場合は血管の壁にアミロイドβが溜まって膨らみ、内側がボロボロです。シロスタゾールありの場合は、血管が一目でわかるほどきれいな状態です。
 猪原さんは「非常に劇的な効果じゃないかという風に感じました。認知症の制圧の糸口になるだろうという風に感じております。」と話しました。

 インスリン

 最近になってアルツハイマー病では、脳の糖尿病ともいえる状態が起こっていることがわかってきました。糖尿病はインスリンの働きが悪くなり、細胞が糖をうまく取り込めなくなる病気です。糖を取り込めないと、細胞がエネルギー不足に陥ります。認知症の脳で起こっているのは、脳細胞が血液中の糖を取り込めないという状態です。いわば糖尿病といってもいい状態になっているのです。
 糖尿病ならインスリンを送り込めば良いのではないか、ということで、アメリカでは、糖尿病治療で使われるインスリンを直接脳に届ける治療法の試験が進んでいます。鼻腔に20秒、インスリンを噴霧し吸入します。
 試験の結果、インスリンをこのやり方で投与すると、インスリンを多く投与したグループほど認知機能の低下が抑えられていたのです。

注目の介護法ユマニチ ュード(Humanitude) で認知症に挑む

 ユマニチュードと呼ばれるケアの方法では、認知症の人に対して、徹底して人間らしく接することで行動・心理症状を和らげることができるとしています。知覚・感情・言語を使った包括的なコミュニケーションで、「人間らしさを取りもどす」ためのケアの手法です。考案したのは、運動学の教師だったフランス人のイヴ・ジネストさんとロゼット・マレスコッティさん。日本に来て、医療や介護の現場を中心的に紹介して回っているのは、ジネストさんです。
 認知症の人に対して、徹底して人間らしく接することで行動・心理症状を和らげることができる、といわれています。介護者を悩ませる徘徊や暴力、意欲低下などの症状が、ユマニチュードの方法で時間もかからず、嘘のように穏やかになり、やる気を見せるということが実例で紹介されました。
 相手がどんな状態にあろうとも「あなたは人間である」と伝え続けるのがユマニチュードの哲学です。この方法で認知症の人だけでなく、家族やケアに関わる全ての人たちが共に穏やかにすごせるようになるという実績をあげているのです。

 ケアのポイント

 ユマニチュードのポイントは「見つめる」「話しかける」「触れる」そして、「寝たきりにしない」の4つです。
・見つめる
 正面から笑顔で見つめます。認知症の人は、視界の中心にいる人しか認識できない場合があるためです。
 認知の機能が非常に落ちている人では、不自然だと感じるくらい近づき、視線をつかみにいきます。「自分はあなたの敵ではない」というメッセージを伝えるため、基本は笑顔で近づきます。笑顔は認知されやすいのです。
 相手を「見ない」でケアをすると、「あなたはそこに存在していないものだと思っている」というメッセージを送ってしまうことになります。
・触れる
 触れる時は、やさしく。つかむのではなく、動こうとする意志を生かして、下から支えます。
・話しかける
 優しい声で、できるだけ前向きな言葉で話をします。お世話をする時には、実況中継をするように話しかけ続けます。認知症の人は何をしている最中なのか、忘れてしまうことがあるためです。
・寝たきりにしない
 ただし無理に立たせることは危険です。

“触れる”ことで  気持ちが穏やかに

 認知症が進行し、介護が必要になってきた段階で、暴力とか徘徊とかケアの拒否などの「行動・心理症状」が起こることがあります。この行動・心理症状はストレスを感じたときに分泌される「ストレスホルモン」が関係していることがわかってきました。
 ストレスホルモンは、ストレスから体を守るために分泌されますが、認知症が進行すると分泌を抑える機能が低下します。そのためストレスホルモンが過剰な状態になり、興奮状態が続いてしまう場合があります。それが行動・心理症状につながると見られています。
 ストレスがなくなった時、脳がストレスホルモンを減らすようにブレーキをかけます。このブレーキ役の一つが海馬です。海馬は記憶に関わるだけでなく、ストレスホルモンを減らす役割も果たしています。
 ところがアルツハイマー病になると海馬が萎縮し、ストレスホルモンを減らすブレーキの機能が弱まります。するとストレスホルモンが過剰になり、脳が興奮した状態が続いてしまいます。そのため、暴力などの行動・心理症状が起きやすくなるのです。
 この「ストレスホルモン」を減らす方法として注目されているのが「触れる」ケアです。やさしく、ゆっくりさわることで、ストレスホルモン、行動・心理症状の起こる回数が減ることがわかってきました。深い思いやりを持って良いケアをすれば介護者が薬の代わりになります。介護者そのものが治療になるのです。