物忘れ・認知症45

 このタイトルのNHKスペシャル番組が1月19日放映されました。
 世界の学者が共同で進めているダイアンと呼ばれるアルツハイマー研究の内容と、日本での国立長寿医療研究センターの対策、目覚ましい効果が期待できる実践的方法が紹介されました。
 また、この番組で報じられた治療薬については来月号でお伝えします。

ダイアン(DIAN)研究

 世界中から150人以上もの研究者が参加して行われた、ダイアン(DIAN)研究。
 アルツハイマー病をもたらすアミロイドβの脳内蓄積が、発症の25年も前から始まっているということを見つけた研究です。もう一つの発症物質・タウ蛋白が、何時からどのように脳内で増えていくのかの詳しいメカニズムも浮かびあがらせました。
 日本の課題消化運動、薬の開発も、この研究で加速されています。
 認知症の7割を占めて急増中のアルツハイマー病は、脳の萎縮とともに記憶力が低下し、やがて運動能力も奪われていく病気です。これまではいったん進行がはじまったら、食い止めることができないと言われてきました。しかし、ダイアン研究のおかげで、解決の道が見え始めてきたようです。

アメリカの ワシントン大学

 ダイアン研究の舞台は、アメリカ・セントルイスのワシントン大学のモリス教授を中心とした国際的研究チームです。6年前からアメリカ・イギリス・ドイツなどの専門家が集結しました。
 モリス教授らは今まで誰も思いつかなかった方法に挑戦することにしました。家族性アルツハイマー病の人たちに注目したのです。1950年代の写真に写る親族14人のうち11人がこの後アルツハイマー病を発症しました。家族性の人は遺伝の影響で極めて高い確率で、ある年齢に達すると発症します。その一族の孫にあたるホイットニーさん現在40歳。一族の発症年齢は平均で50歳。あと10年ほどで発症する可能性があります。例えばホイットニーさんの脳を調べれば、発症10年前の脳の姿が分かるのではないか? さらに様々な家族性アルツハイマー
の人たちを長期にわたり調べればどのように脳が変化して発症していくのかも分かるのかも知れないと考え、脳の画像・遺伝子・血液まで徹底的な検査を行いました。研究が始まってほどなく驚きの発見がありました。発症までまだ充分時間があるはずの30代の脳に、早くも異変が起こっていたのです。それはアミロイドβというタンパク質の蓄積です。顕微鏡で観察すると黒いシミ状の斑点として見えます。アミロイドβは脳が活動すると神経細胞から出てくるいわば老廃物です。アミロイドβが脳に溜まると神経細胞のシナプスを傷つけます。
 最初に溜まり始めるのは、なんと発症の25年も前です。年を追うごとにアミロイドβの量は増え、発症のときには脳全体に広がっています。発症は70歳を超えると増えます。70歳の25年前というと、40代半ば。
 そして発症の15年前から増え始める別の物質も見つかりました。その物質はアミロイドβの後を追いかけるように増加していきます。タウというタンパク質です。神経細胞にとどめを刺すのはアミロイドβではなくこのタウでした。タウはアミロイドβがシナプスを傷つけた後に神経細胞の中に集まり始め、その神経細胞は一つずつ死滅していきます。タウが最初にたまるのは脳の奥深くにある記憶の中枢・海馬。そこの神経細胞の多くが破壊され、海馬全体が萎縮し、記憶力が低下して発症するのです。ダイアン研究によって30年以上に及ぶアルツハイ
マー病進行の全体像が浮かびあがりました。はじめの10年位は、自覚症状は全くありません。アミロイドβがたまり始めて10年経った頃、タウが溜まり始め神経細胞を破壊していきますが、5年位は、まだ自覚症状はありません。その後海馬の萎縮が進行し症状が現れてきます。
 最初は物忘れなどの軽い自覚症状。そして発症。日常生活に支障をきたす記憶力の低下が進みます。

日本での取り組み

 日本では、認知症患者は現在推定462万人。そのおよそ7割がアルツハイマー病で、今後団塊の世代がアルツハイマー病を発症する年齢に順次達し、30年後には1000万人を突破すると推定されています。
 アミロイドβやタウという原因物質を叩いて治療を目指す、これが多くのダイアン研究者が進んでいる道です。それとはまったく逆に、攻撃される側の海馬を鍛えて萎縮するのを防ごうというのが日本の戦略です。日本の対策で効果が特に期待できるのが発症する直前5年前からのMCI軽度認知障害と言われる予備軍の段階です。日本のMCIは推定400万人。65歳以上では8人に1人です。MCIの人が5年以内に発症する確率はおよそ50%と言われています。愛知県大府市にある国立長寿医療研究センター・自立支援システム開発室島田裕之室長
の研究チームでは、MCIの人を対象とする海馬の萎縮を食い止める予防プログラムを開発しました。これは、ある課題、たとえば頭の中で13から7ずつ引く引き算を連続的にこなしながら歩くなどの運動をするプログラムです。この課題消化運動プログラムに参加したMCIに人は1年で記憶力をかなり向上させることが期待できるのです。
 この特別課題こなし運動で、確実にできます。
 このプログラムで行う運動の一つは、例えば100から3ずつ暗算で引きながら、唱えつつ歩くのです。また、三人で、二人前の人がいった言葉も繰り返す「しりとり」をしながらステップ台の運動をする。これらを組み合わせて1週間に1回、90分楽しく行います。こうした運動が細胞レベルで脳を再生させる可能性はすでに明らかになっています。運動で筋肉が刺激されると血液中の成長ホルモンが増加します。そうすると脳の海馬ではBDNFという物質がより多く分泌されますが、これは新たな神経細胞を生み出すように働きかけます。この時、
運動と同時に計算やしりとりで海馬に負担をかけると、新しくできた神経細胞同士のつながり(シナプス)が増し、活性化していくのです。
 タウの増加で神経細胞が死滅してもこの運動で神経細胞を増やすことができれば海馬の萎縮を防ぐことができるのです。1年間の継続で効果が実証されつつあります。

食生活習慣の 見直しを

 日本でなぜアルツハイマー病が増えているのか? この解明を進めているのが九州大学環境医学の清原裕教授の研究グループです。九州大学では福岡市の隣町久山町と協力し、1961年から50年にわたり住民の健康状態を追跡調査してきました。参加者四千人、規模の大きさと正確さから世界有数の疫学調査として知られています。アルツハイマー病の人は1992年には1・8%、65歳以上の百人に二人でした。ところが2012年には12・3%、100人に12人と6倍以上に増えています。寿命が延び長生きする人が増えただけではこの急激な増加
は説明がつきません。医療技術の進歩があって色々な病気が減少傾向にある中でアルツハイマー病が増えている背景にはライフスタイルの変化、中でも食生活の変化があるのではないかと清原先生は見ています。久山町の住人で1960年以降増えているのは食後の血糖値が高くなる糖代謝異常です。40年間、2002年で7倍に増えています。清原先生たちは、食後血糖値が高い人ほどアルツハイマー病の危険が多いことを見つけました。食生活が欧米化し、特に動物性脂肪の摂取が増えてきたことが一番大きな要因と分析しています。

良質な睡眠

 アミロイドベータを減らす方法としてワシントン大学のデイビッド教授はアミロイド蛋白の蓄積と睡眠との関係を調べています。アミロイドβは昼間さかんに活動するときに脳の中で作られます。そして寝ている間その多くが脳外に排出されることがわかってきました。ぐっすりと良く眠れない人は、睡眠を改善するだけでアミロイドベータの蓄積を防ぐ大きな効果があります。
 今、研究者たちのたゆまぬ挑戦がアルツハイマー病を食い止める時代を築こうとしています。
(つづく)