物忘れ・認知症22

ワーキングメモリ

年とともに増える 物忘れ

 「風呂に水を入れていたら、宅急便の人が来てその応対をしているうちに、風呂のことはケロッと忘れてしまって、水をあふれさせてしまった」「必要なものがあってスーパーに買い物に行ったのだが、そこでばったり会った近所のおばさんに話しかけられて、その話で盛り上がっていたら、そのうち買いたい肝心なものを忘れて、他のものだけ買って家に戻ってしまった」ということは、年をとるにつれ結構経験します。
 このタイプの物忘れは、最近の脳科学研究で、脳の前頭前野にある「ワーキングメモリ」という記憶の働きが落ちてきたことが原因だという話になってきました。
 この「ワーキングメモリ」による記憶の働きが衰え始めるのは40代になってからが目立つようになる人が多いそうです。
 自分のワーキングメモリがどれだけ衰えているかは、あるテスト方法で、果たして満足に答えられるかどうかをやってみると、比較的簡単に調べることができます。
 そして、そのテストの結果ショックを受けるような物忘れぶりがわかっても、比較的やさしい方法でワーキングメモリを担当する前頭前野を鍛えることはできるといわれています。
 日常生活で、あれほど物忘れを頻発して周りの人から「認知症」が始まったんじゃないのと陰でいわれていた人も、この「鍛え」でウソのようにもとに戻ることがあるというのです。
 今月はこの情報をお伝えしたいと思います。

ワーキングメモリ

 ワーキングメモリとは、「風呂に水を入れていたら、宅急便の人が来てその応対をしているうちに、風呂のことはケロッと忘れてしまって、水をあふれさせてしまった」など、日常生活の中で頻発する「物忘れ」が起きてしまう記憶の仕組みです。風呂に水を満たす、という目的を果たすまでの間だけ覚えておかなければならない、一時的な記憶の働きをワーキングメモリと呼びます。
 脳の中で、これまでは短期の間覚えておこうという記憶は主として「海馬」が担当しているといわれてきましたが、それとは別に、ある目的に達するための間だけ臨時に記憶するワーキングメモリは、おでこの辺りにある、前頭前野が関係しているということがわかってきたのです。
 ワーキングメモリは、記憶をあやつる時の「作業台」にたとえることができます。
 同時に複数の作業をしている時には、それぞれの作業ごとの記憶を一時的に、すぐ使える状態で保管しておくことが必要になります。その保管場所がこの「作業台」で、一人の「作業台」には同時に三つほどの記憶がのると考えられています。

ワーキングメモリの 実力を測るテスト

 気になる方のワーキングメモリの実力がわかる、簡単なテストが開発されています。リーディング・スパン・テストといいます。三短文テストとか四短文テストとか五短文テストといい、短文を三つとか四つとか五つ用意します。
 それをテストを受けたい人に音読してもらうのですが、あらかじめその中に単語を指定しておき、声を出して読み上げてもらいながら、その指定単語を覚えてくださいとお願いしておきます。
 三つの短文を朗読してもらったら、その直後に指定した三つの単語を順番に紙に書き出してもらいます。
《短文テスト問題例》
「西洋の歴史に関心を持ってまず【ギリシャ】 の言葉を学ぼうとした」
【三文問題のテスト例】
●趣味が映画鑑賞というのはどうも【平凡】 すぎる気がする。
●【北国】 に出かける時は暖かい服装でなければならない。
●少子化のために結婚のための出会いの【工夫】 はますます多様化している。
 このような文章が一文ずつ示されます。この文章を音読してもらい、同時に【 】でくくられた単語を覚えてもらいます。
 一つ目の短文の音読が終わったら、すぐ二つ目の短文に挑戦してもらいます。
 こうして三短文目まで行い、その後、下線が引かれた【 】でくくられた三つの単語を順番に答えてもらう方法です。
 順番が大事です。最後の単語を最初に答えてはいけません。
 音読の作業と、【 】でくくられた単語を覚えるということが二重課題になっていて、やってみるとわかりますが、三つとも正確に答えるのは、40代以降の人には、結構難しいのです。三つのうち、二つだけ答えられても零点です。三つとも答えられた時初めてクリアです。このテストを短文を変えて五セットやってもらいます。
【点数の付け方】
●5回のうち、クリアが1回以下の場合・・・2・0点(およそ70代の平均)
●5回のうち、2回できた場合・・・2・5点(およそ40代の平均)
●5回のうち、3回以上できた場合の点数・・・3・0点(およそ30代の平均)

ワーキングメモリを うまく働かせるコツ

 イメージも働かせ、三つの単語を一つにくくって記憶すると、容量が限られているワーキングメモリにうまく記憶をのせることができます。この要領というかコツは、失敗を重ね、何とかしようと工夫しているうちに体得できるはずです。
 これは日常生活にも応用できます。風呂に水を張り始めているのに、宅急便がピンポーンと来てしまったら、その時、「風呂に水を張っている」「忘れたら、家中水浸しになってしまう」とイメージ(画像化)することで忘れにくくなるといわれています。
《テスト短文の例》
●趣味が映画鑑賞というのはどうも【平凡】 すぎる気がする。
●【北国】 に出かける時は暖かい服装でなければならない。
●少子化のために結婚のための出会いの【工夫】 はますます多様化している。
●日曜日は家族と【教会】に行く人たちをよく見かける。
●外を見ると、【自転車】が数台走っていた。
●新しい【テレビ】 を購入したので、みんなで見ていた。
●父は最近【髪の毛】 が薄くなったとぼやいている。
●隣組の人たちは月に一度、近所を【清掃】 してまわる。
●真夜中の落雷で、【道路】 の電柱が倒れた。
●町はずれの喫茶店は【なじみの人】 に惜しまれながら閉店した。
●糖分の取りすぎは肥満に良くないと【説明】 される。
●その車は古くなったので、【町中】 で見られることが少なくなった。
●農場でイチゴの【苗】 が植え付けられるのを見学した。
●【先輩】 は会議での発表の準備に懸命だ。
●祖父は昔の【開拓】 は過酷な労働だったという。

「料理」で ワーキングメモリ を鍛える

 このごろは団塊の世代が定年を迎えるようになって、男の人も料理教室に通う人が増えたとか。料理は、準備から調理、後かたづけに至るまで結構複雑な手順を踏まないとうまくいかず、同時にいくつかの作業をこなしていかないとできないのでワーキングメモリを鍛えるには格好な作業行程になります。
 ベテランになると、一つ一つについては流れ作業になりますが、慣れていないと一つ一つ工夫の連鎖になります。
 使い慣れない包丁でニンジンなどの千切りをしてもらうと、ワーキングメモリのある前頭前野は大きく活性化します。下手をするとケガもしかねない刃物を使うので、同時にあちこちに気を配り作業を進めます。こういう時にワーキングメモリが程良い負荷で鍛えられます。簡単に、効率良くというので安全便利なスライサーなどを使うとワーキングメモリは大して活性化していません。あれこれ工夫しながらの料理は呆け防止に大きな働きをしてくれます。

「ドレッシング」作り

 市販のドレッシングをかけるだけの料理ではワーキングメモリはほとんど働きません。しかし、一流料理店などに出かけ、そこの味を再現しようと張り切って、手作りで調味料を合わせドレッシングを作った時には、ワーキングメモリは大きく働きます。
 特に、レストランを再現しようとの思いで、そこの味に感動すると、直後にワーキングメモリは大きく活性化。これはその味の記憶を維持しようとしたためです。
 また、レシピを見て、手作りでドレッシングを作る時にも、ワーキングメモリは活性化します。レシピを見て、その処方を覚えておこうと頭が働くので、前頭前野が働くからです。

「スロージョギング」が ワーキングメモリ を活性化

 高血圧や肥満の改善などで効果あるスロージョギングは、物忘れ体質からの脱却にも大きく貢献してくれるそうです。
 京都大学名誉教授で、脳科学の権威、久保田競(きそう)先生によれば、実験の結果、週に1時間走るグループでは、ワーキングメモリの活性化が著しく、前頭前野脳の容積も増えるほどであったということです。
 スロージョギングのコツは福岡大学教授の田中宏暁先生によると、時速5キロ程度、歩くのとほぼ同じペースで走るのが良いとのことです。
 ポイントは、背筋を伸ばし、あごを少し上げること。前傾姿勢で、足の裏の前の方から着地することを意識して走ります。そして一番のポイントは、「笑顔」で走ることです。
それぐらいのペースが疲れず続けられるということで、できれば仲間とおしゃべりしながら走るとワーキングメモリを鍛えるにも良いとのことです。
 認知症かと疑われるほどのひどい物忘れ常習犯もこのワーキングメモリをあの手この手で鍛えることで正常化することが期待できるというのですから、是非挑戦してみましょう。