物忘れ・認知症21

認知症につながる
危ない物忘れとは?

「あれは誰だっけ?」

 年をとると、物覚えに昔ほどの自信がなくなる人が殆どです。しかし、何とか認知症にならないようにしつつ、意義ある人生をできるだけ楽しく、長寿で過ごしていただきたいものです。
 そこで今回は、認知症につながる危ない物忘れと、認知症のことは気にしなくて良い単なる物忘れについて考えてみたいと思います。

もともとやろうと していた事を忘れる

 各地で「物忘れドック」など、物忘れの悩みを専門に扱う診療科が増えてきました。
 東京のある「物忘れドック」では、普段どんな物忘れをしているのか、詳しい問診を行ってから、さらに特殊な「PET─CT」でその人の脳を撮影し、その画像と照らし合わせることで、認知症の危険度が診断できるといいます。

物忘れに多い 二つのタイプ

 「物忘れドック」では、「やろうとしていたことを忘れてしまうという物忘れ」というのと、「さっき聞いたことをもう忘れ、また同じことをまた聞いてしまう」というのが、よくある二つのタイプだそうです。
 二階の部屋に何かを取りに来たのに、いざ部屋に入ったら何を取りに来たんだっけ? となったり、例えば友達との会話で、「えーと、先週の火曜日、一緒に車で行ったところで食べた食事うまかったね、あれ何だっけ」と聞かれたので、「あれは海鮮どんぶりだったよ」と答えたのに、少し経ったら同じことを何事もなかったようにまた聞いてきた。これを繰り返して同じことをまたまた聞いてくることも。
 物忘れでも、単にその場では思い出すことができないとか、ちょっとヒントがあったら出てくるとか、少し時間が経って雰囲気が変わったら思い出すという、そういうタイプの物忘れは、あまり心配ありません。
 記憶はその過程によって三つの段階に分かれ、構成されています。
 第1段階は新しく物事を覚える記銘、
 第2段階は覚えた情報を保存しておく保持、
 そして第3段階が、保存した情報を思い出す想起です。
 そして、この例であげた二つのタイプの物忘れが認知症につながる心配がないとされるのは、第3段階の想起の能力が衰えたものだったからです。
 このことを医学的に検証するためには、最新の画像装置「PET─CT」で脳の様子を撮影して調べます。この検査で脳のエネルギー源であるブドウ糖の代謝がどの程度保たれているかを見ることで神経細胞の働きが落ちているところを見つけることができます。
 やろうとしていたことを忘れてしまった人の検査結果は、何らかの脳の機能低下が起きていることは明らかですが、それは誰でも歳とともに増えるもので、病的なものではないとされます。
 一時は忘れてもヒント等があれば思い出すことができる、つまり想起が衰える物忘れタイプは危険なものではないと判定されるのです。

では危険な物忘れの タイプとは?

 ここ数年で物忘れの程度が急速に悪化してアルツハイマー病の前段階「軽度認知障害」と診断された患者さんのケースで見てみます。
 誰でも日常生活で同じことを二度三度聞いてしまうことはあります。しかし聞いたことすら完全に忘れ、初めて聞いたような反応になっているのは危険の兆候です。つまり覚えた情報を保っておく「保持」の能力が衰えてしまっているのは危険なのです。
 覚えた情報を保つ保持は、加齢だけでは低下しない能力です。情報を保てないこのタイプこそが認知症につながる危険な物忘れといわれます。
 このタイプの特殊なPET─CT画像を見てみると、想起がうまくいかなくて同じことをまた聞いてしまった人のケースでは、異常は特定の場所に集中して出ます。この部分は後部帯状回と呼ばれ、記憶や認知と関連する重要な部分です。
 ここが早くから機能低下を起こすのが、アルツハイマー型認知症の特徴といわれますから、認知症へと進む危険があるかどうかを見分けるポイントになるとされるのです。
 例えば2〜3日前に聞いたことが全く出てこない、それが人にいわれても出てこない。こういう覚えたはずのことが記憶されていない、記憶の保持ができないというタイプの物忘れは、これから認知症につながっていく危険な物忘れだと警戒すべきです。

STM─COMET 記憶検査

 気になる方は、紙とペンを用意して是非試して見て下さい。
 やっていただきたいのが、聖マリアンナ大学が開発したSTM─COMETという記憶検査。
 この検査自体は早期の認知症を発見できる検査でもあり、物忘れの原因が加齢によるものなのか、それとも認知症によるものなのか、その兆候を発見することができます。完全とはいえませんが、三つの連続テストで危険性はかなりの程度わかるとされています。
 まず最初のテストは言語記憶テスト。
 まず、単語を15個覚えていただきます。コンピュータ画面を使うときには、画面の中央に15個の単語が10秒ごとに一つずつ表示されます。これをすべて覚えてもらいます。15個すべて表示されたら、その直後に覚えた単語をできるだけ多く紙に書いて下さい。いくつ覚えることができたのか、その数をチェックします。
 例題です。
 一つに10秒かけ、15個の表示が終了したら、すぐ手元の回答用紙に覚えた言葉を書いてもらいます。書き終えたら裏返してもらい、回収します。
 このあと、続けて残り二つの検査を行います。
 二つ目のテストは、数字記憶テスト。
 これは紙やコンピュータの画面に表示される数字を覚えていただく検査です。まず画面の左側に一つずつ数字が表示され、その直後に画面右側に数字を一つ表示されます。この右側で出た数字が左側に出た数字であったかどうか、○か×かで答えてもらいます。
 この問題は合計で5問出題します。
 この二つ目の課題は、実は干渉課題といって、記憶を干渉して妨害する課題なのです。
 そこで続けて三つ目のテスト。
 一回目のテストで覚えた15個の単語を、改めてもう一度思い出して150秒で解答用紙に書き出してもらいます。
 第一回目のテストで覚えた単語をすぐ書き出してもらうのは即時記憶といい、直前に覚えたものを答えてもらうテスト。
 三回目のテストでするのは近時記憶を見るテストで、一度覚えたものを別の作業に影響されず記憶にとどめておく保持の能力を見るわけです。
 認知症で目立って現れる障害は近時記憶障害です。
 即時記憶に比べて近時記憶がどのくらい衰えているか、その正解の数の差を判断基準にして調べるテストです。
 この即時記憶は加齢で衰えていくことが多いので、少々できなくても必ずしも心配はありませんが、その後の近時記憶のテストで正解が一回目より三つ以上少ないと、認知症につながる危険な物忘れをしている可能性が高いとしてレッドカルテ扱いをされます。
 即時記憶と近時記憶の正解の差が2個以内なら、記憶保持の能力が衰えてはいないと見ます。
(つづく)