物忘れ・認知症19

「患者さんの気持ちに 寄り添いましょう…」

 介護で苦しい思いをなさっている方は「患者の気持ちに寄り添うということが難しいのよ」という方が多いのです。
 前号のケースで専門家のアドバイスは、介護される人の絵を描いて下さいというところから始まりました。相手をよく観察しながらその姿の絵を描くと、相手の今現在の状態を客観的に見られるということにつながります(絵が苦手な人は描ける人に描いてもらっても良いそうです)。そして、絵のまわりの欄にいろいろ書き込んでいきます。黒丸をつけて描き込むのが介護される人の口癖。例えば「ドロボーが入ってくる」、「窓から覗かれる」、「カーテン閉めるわよ」。
 三角をつけて書くのは、そこから気づいたこと。そして介護のアイデア。
 このケースでは、介護する方が普段から、ドロボーなんて来ない来ない、覗かれない覗かれない、といって、認知症の相手のいうことを否定していたことを思い出しました。他にも口癖としては「何かやることない?」。そこから気づいたことは、認知症の相手は実は料理をしたい気持ちがあると気づきました。
 この絵付き観察シートは、認知症の患者さんの気持ちを理解するのにとても役立ったのです。
 記憶が悪くなったとか、失われた機能というのは非常にわかりやすいのに比べ、保たれている機能は、一見しただけでは家族にもわかりませんし、介護する方には、なかなかわかりづらい。ところがこのように絵を描いて一つ一つの発言を書きだしてみますと、例えば「何かやることない?」という発言が書いてあると、自分がやりたいことをやってみたいっていう希望は持っているんだとか、あるいは、泥棒が入ってくるんじゃないかと恐れる気持ちがあるんだということが認識できます。この絵付き観察シートを活用して半分ぐらいの方の認知症が改
善されたという実績もあるそうです。
 かつて認知症の人は、感情は昔とあまり変わりなく保たれているんだということがわからなかった時は、暴言とか、あるいは徘徊という症状をお薬で抑えるという医療が先行していたわけですが、今はこういう認知症の方の気持ちを大事にした介護をしていくことでご家族など介護者が困ってしまう暴言とか徘徊などの周辺症状はかなり消していけるということがわかってきたのです。

介護者の笑顔が ポイント

 介護する側の方が笑顔を増やすように心がけていくと、その笑顔に反応して相手の様子にも変化が現れてくるのです。そして穏やかになることが多い。認知症の方が声を出して笑ってくれるようになれば、介護する方も幸せを感じられるようになります。
 逆に一生懸命介護をしているうちに寝不足も重なってくたびれはて、精神的にも追い詰められて、介護者に笑顔が失われてくると、認知症の相手が怒りっぽくなるきっかけにもなります。
 アルツハイマー病の患者さんにさまざまな表情の写真を見せて、この人はどんな気持ちだと思いますかと聞くと、怒った顔や驚いた顔はほとんど認識できないが、笑顔はよく認識できるということがあります。介護者が疲れてしまって、あるいは追い詰められたように思い、笑顔も失われてしまうと、それを認知症の方は感じ取ってしまい、周辺症状を出すという反応につながってしまうことが多いのです。
 もうとにかく介護に困っている方、介護を始める方は積極的に介護保険のサービスなどを使って、まずご自分の余裕をつくることで笑顔をつくってから認知症の方に接するということがとても大事になります。
 お住まいの市町村にどんなサービスがあるかというのは「地域生活支援センター」というところで相談を受けつけてもらえます。

認知症の方の良き 話し相手となるために

 認知症の人にとって「話し相手を持つ」ことは大事な改善のポイントですが、ウツになっていたり、病的な怒りっぽさを見せているときには、なかなかこの「会話」が成り立ちません。
 こういうときには、どうしたらよいのでしょうか?
 積極的に認知症の患者さんと、コミュニケーションをするための経験から見つかった以下の方法が注目を集めています。

手のひらマッサージ

 認知症の症状を改善すると評判のマッサージ法があります。
 このマッサージを行っている認知症の方がいる家庭を訪ねてみると、以前と比べ明らかに認知症の方からの攻撃的な言動が減り、徘徊もなくなったということです。
 浜松医科大学による研究でも、このマッサージを行うことで明らかに認知症の方の攻撃性が減り、脳内のストレス物質も減少していることが判明しています。
 その方法とは手から始まって腕の表面の皮膚を軽く「触る」というか、ゆっくりと「さする」ことです。
 コツは、その触るスピードです。
 1秒間に約5cmくらいのゆっくりとした速さで動かすのです。
 実はこのスピードで触られると、人は最も気持ちよく感じることが様々な研究でわかっています。
気持ちいいと感じることで、不安とか怒りといったマイナスに働く感情が弱くなり、結果として暴言や徘徊といった家族が悩まされる認知症の周辺症状が減っていくと考えられています。

認知症の症状を 改善させる マッサージの方法

1. 両手で相手の手を包み込むようにして、手首から指先までをゆっくり触る。
2. 手の甲や指を、相手の気持ちをいつくしむように何度も触れる。
 ただし、相手がいやがるときに強引にすると逆効果になることがありますから、無理に行わないことが大事です。

バリデーション という会話法

 長年介護の現場で働いた経験をもとに、今世界中で認知症の人とコミュニケーションする方法を教えているアメリカ人のナオミ・フェイルさんが広めている方法も評判です。
 それは、認知症の方のいうことをよく聞いて、その内容を繰り返したり、疑問文にして相手に丁寧に投げ返すという方法です。同じスピードとリズムで話すよう心がければ、こちらが心配しているんだよと相手に伝わります。
 この会話法はバリデーションと呼ばれ、世界の3万ヶ所以上の施設で使われています。日本でもこの方法を自宅や施設での介護に取り入れるケースも増えています。
 話そうとしても、無視されたり拒絶されてしまっていたのが、この方法だと会話が進む確率が高くなります。
 実例の紹介です。
認知症の母 「ここは暗いんかな? ここは暗いじゃろ?」
介護者の娘「暗いよ」
母 「やっぱり暗くないかい」
 もう一度よく聞いてみると、お母さんの言葉をそのまま繰り返しています。
娘 「見えんとどんな気持ちがする?」
母 「……」
娘 「ん?」
母 「どんな気持ちも何も、さびしい思いがしますよ」
 お母さんが自分の気持ちを話してくれるようになっています。
 バリデーションを学んでから、お母さんが自分から話そうとすることが増えましたし、笑顔を見せることも多くなってきたそうです。
 バリデーションを取り入れた結果、興奮やイライラが半分以下になったというデータもあります。この時、相手の手を取ってゆっくりさすりながら会話を進めると、周辺症状が減る効果倍増だそうです。

深呼吸と 脳の血流改善の体操

 脳は神経のかたまりです。脳神経同士をつなげるシナプスが減ってきたり神経細胞の数そのものが減ってくるのが認知症の大もとにあります。神経はもともと筋肉を思い通りに動かすための仕組みの道具です。
 筋肉がない植物には神経はありません。この神経細胞がうまく働けるようにエネルギーを生み出しているのが、神経細胞の中に多数あるミトコンドリアです。超古代に独自の遺伝子を持つバイキンとして生活していた生命体が、細胞と共生し、互いに利用しながら生きているのがミトコンドリアと細胞の基本的関係です。
 この細胞の中に別のバイキンが多数入り込むと、細胞にエネルギーを供給しているミトコンドリアと酸素と栄養分の奪い合いとなり、ミトコンドリアが劣勢になれば、細胞自体が生きていけなくなる細胞死の流れは、脳神経細胞でも全く同じです。
 ヒトの脳でもCTスキャンに写るほど脳細胞の大量死を招くのは、脳が脳神経細胞内のミトコンドリアをおびやかすほどの大量のバイキンに侵されたからです。脳下垂体には血液脳関門は存在しませんから、この一角からバイキンによる汚染は広がり、やがて認知症ということになっていくのです。
 腸の中には、腸内細菌というバイキンが千兆個も常時棲みついているというのですから、悪臭ガスが充満したり、冷やしたりして腸壁に棲みついている白血球を働けなくしたら、鬼の居ぬ間の洗濯ジャブジャブとばかり、その隙に悪玉菌が栄養吸収ルートに乗って腸壁を通過し、体内に入り込んだら血液の流れに乗り、脳を含む全身に広がって取りつく先を求めます。数がおびただしいので白血球の対応能力を超えてしまうことが頻繁に起こることは容易に考えられます。
 それでも、脳が危ないということになれば、脳に酸素をたっぷり持った新鮮な血液をどんどん送り込むことは、ミトコンドリアに対する援軍という意味でもとても大事です。
 悪玉腸内細菌を増やさないように消化能力を超えた動物性食品と、冷たい飲食物をやめ、深呼吸をした上で手と腕の体操をあれこれして、脳の血流を大幅に増やす工夫が認知症から脳を守る有力な手だてとなるのです。