『もう肉も卵も牛乳もいらない!」』を読もう

第五回 救われた動物たちの章@

家畜とはいえない 商業畜産

 自らの健康破綻をきっかけとして、「もう肉も卵も牛乳もいらない」ということに気がついて完全菜食主義者となったアメリカ人エリック・マーカス氏の目に映った家畜制度の初歩的な観察記録、今、安定生存問題で行き詰まりに陥っているヒトに一番必要な肉食批判精神の芽生えを期待させる章がこの「救われた動物たち」の章です。
 食糧ビジネスとして鶏・羊・豚・牛などを繁殖・肥育・加工・流通させようとすると、どうしても経済的観点によるドライな意志決定が優先されるようになります。
 動物が可哀想とか、ともにこの地球上で生きていく仲間なんだなどという感傷・共生意識は、このビジネスの意志決定には邪魔になってきます。
 これは、経済効率を最優先させて環境を壊し続ける人間の業としか言いようのない困った根深い性質と軌を一にする姿なのですが、肉屋に並ぶ食品を見ても、食卓に並んだ高級なフランス料理を見ても、動物を飼い殺しにして食らうおぞましい姿が捨象されるように栄養学の学習やコマーシャルなどで魔法にかけられている現代人は「まいうー」とよだれ状態になり、批判精神旺盛な人でも、なかなかこの食原点の問題こそ人間の人間に対する理不尽な支配・被支配、つまり階級対立の問題、他民族に対する支配抑圧と抵抗の問題、それが様々な軍事力を
伴って行われる場合には戦争やテロリズムの政治・国際政治問題でもありますが、それらと共通の根を持っており、これらをやがて氷解・解決させる鍵になるヒトの意識問題の根元にある問題なのだということに対する認識が何故か欠落しているのです。
 「自然食ニュース」の読者の皆様には、是非この早川書房から出版されているエリック・マーカス氏の『もう肉も卵も牛乳もいらない!』を本屋で購入し、座右の書の一冊としていただきたいという強い気持ちから、この本の内容紹介をダイジェストで連載しております。
 さらに深く追求してみたいと思われた方は、自然食ニュースに長期連載をしてくださっている太田龍先生の「家畜制度批判序説」を読まれることをお勧めします。

さて、「救われた動物たち」の章の紹介

 この章の扉にはトルストイの「公正な暮らしを求める人が第一に慎むべきは、動物を傷つけることである。」とあります。
 この章の前書きは「家族農園の衰退に伴って、かつてていねいに扱われ、温かく見守られていた動物たちは、いまや途方もない環境に置かれている。しかしニューヨーク州北部、次いでカリフォルニアに開かれたある農場では、家畜たちが集中飼育や監禁農法、さらには食肉処理場への無理な輸送のトラウマから解放されて余生を送っている。」となっています。
 大学で畜産を学び、モンタナ州で継いだ4代目の牛肉肥育牧場主となって、その近代化を推し進めた経歴の持ち主エリック・マーカス氏が、それを放擲して完全菜食主義を推し進める立場になったあと見学に行ったニューヨーク州北部のファーム・サンクチュアリ、「救助動物の天国」を見ての驚きの印象紹介記がこの章の骨子です。
 食用動物飼育や取引の実態の一つの側面が生々しく書かれており、何も知らないで美味しく食肉を食べているが心ある善良な人々にショックを与えてくれる。
 ちなみに私、仙石はマーカスさんのこの印象記で高校時代の英語の教科書に出てきた「アニマルファーム」を思い出しました。

マーカスさんの印象

 「私が畜舎を歩きまわっていた時、体重五五キログラムに満たないロリー・バウストンは、一頭の若い雄羊に近づいていった。彼女はためらいなく端綱を羊の首にかけると、柵囲いにくくりつけた。優しく熟達した手つきのため、体重が自分の何倍もある羊も速やかにくくりつけられる。次の瞬間、彼女は鮮やかな手つきで羊に寄生虫防止の注射を打ってやった。そして羊の縄を解くと頭をなでて褒めてやり、次の動物に近づいていった。
 ロリーはファーム・サンクチュアリの共同設立者である。ここはニューヨーク州北部にある、七〇ヘクタールの救助動物の天国だ。ファーム・サンクチュアリが広がるのは、ワトキンズ・グレンという小さな町の外れの美しい田園地帯。十二ほどの畜舎はたおやかに続く丘陵地に点在し、さまざまな動物──食肉用子牛、鶏、乳牛、ヤギ、豚、七面鳥、ウサギまで──を保護している。
 ロリーは作業を終えると、門を開けたら必ず閉じるようにと注意をして、私に一人で畜舎を見てまわる特別許可をくれた。
 私は鶏舎から見学を始めた。扉を開けて中に入ると、五〇羽ほどの鶏が近寄ってきた。挽材の切れ端に腰掛けていると、鶏たちの旺盛な好奇心の的になっているような気がした。鶏たちは臆病で、ほとんどは触られるのも嫌がっていたが、しかし私のそばにいたいようだった。
 五分かそこらすると、群れは私に慣れ、四散しはじめた。しかし何羽かはより物見高いらしく、そばにとどまった。ある鶏が私の目を引いた。他の鶏よりも体が小さく、映画館に忍び込もうとする男の子のように忍び足で近寄ってくる。何分かすると隣にやってきて、羽をなでさせてくれた。
 隣の畜舎は、十五メートルほど離れたところにあった。近づいていくと、豚の鳴き声が漏れてくる。畜舎の大きさは鶏舎の倍ほどで、四〇頭の豚を収容している。私は豚というものは中くらいの大きさの動物で、せいぜい七〇〜九〇キログラムくらいの体格だと思っていた。畜舎にいた豚たちは巨大だった。いちばん大きな豚は三六二キログラムもあった。豚の成獣の大きさは本来こういうものだと、私は後に教えられた。米国では大半の豚は、一〇〇キログラムほどに達すると解体される。
 赤外線ランプが畜舎の内部を取り囲み、くるぶしの深さまで干し草が敷き詰められている。たいていの豚はランプの下で眠る。多くはいびきをかいている。二、三頭が私に興味を引かれたようだった。幸いにも、彼らは一頭ずつ近づいてきた。三六〇キログラムもの豚が一度に三頭も寄ってきたら、私も穏やかではいられなかったことだろう。
 ロリーの夫ジーン・バウストンは、豚についての格言を教えてくれた。「犬は人を見上げる、猫は人を見下げる、しかし豚はまっすぐ人を見つめる」というのだ。こうして豚に囲まれていると、まったくそのとおりだと思う。実家の飼い猫が時折父に向けていた尊大なまなざしと、飼い犬が忠臣のようだったことを思い出した。しかしここにいる豚たちには、まったくそんな気配はなく、まっすぐ見つめてくる。そしてそれを見ていると、豚たちは数学や英語こそできないものの、周囲のことがちゃんとわかっているのだな、と実感する。私はまた、その
穏やかさにも驚いた。目を引かれた三匹の豚を愛撫した後、畜舎を歩きまわって、寝ころんでいる豚たちの暖かい腹部を触ってみた。いびきをちょっと途絶えさせる豚もあった。目を開いて私を見上げる豚もいた。豚たちは吐息を洩らして、私が耳を掻いてやると少し伸びをした。
 少し丘を登ると、子牛用の畜舎がある。ここにいる子牛たちのほとんどは、食用子牛飼育場から引き取ってきたものだ。ドアの飾り板に「子牛保護舎に情熱を傾けたトム・ショルツに感謝します」とある。中に入った。さっきは豚に較べて自分の体格が見劣りすると思ったが、ここではまったく小人になった思いがした。救出されたときは子牛だった一ダースほどの牛は、二、三頭を例外に、いまやすべて成牛になっていた。ここでは、私への反応も個体差が激しかった。二、三頭は近づいてきて、顔を撫でさせてくれた。他は私が畜舎にいる間じっと立
ったまま、愛撫してもほとんど反応を示さなかった。まったく関わり合いを持とうとしない雄牛も一頭いた。私は三度近づこうとしたが、その度に神経質そうに逃げてしまう。体重で七倍もある獣が、三歩以内に近づかれるのさえ恐れるというのは、実に奇妙なことだった(後にわかったことだが、この雄牛オールビーは、動物をひどく顧みないある子牛農場で飼われており、そこでは大半の子牛が餓死していた)。牛を撫でながら、私はその巨大さに畏怖の念を抱いていた。彼らの肩はボディ・ビルダーよろしく、どっしりと固く引き締まっていた。
 ファーム・サンクチュアリの動物はおとなしく、総じて人に慣れているが、犬や猫のような大げさな愛情表現やのどを鳴らして尾を振るような態度は、めったに見せない。私の飼い犬だったヘザーは、まるで妹のようだったのを思い出す。ボートを川まで引きずっていくと後をついてきて、中に飛び乗って冒険のお供をしたものだった。私がファーム・サンクチュアリで過ごした朝には、さしたる感動物語も逸話もなかった。しかし私は内心で、何かずっと深いものを感じていた。鶏や豚や牛で一杯の畜舎に入っていくと、非常に深いところで彼ら動物た
ちの存在と意識を感じ取ることができた。
 動物たちのいずれも、わざわざ私を喜ばせようとはしなかったし、私も動物たちに深い感情を抱くことはなかった。それだけに、なぜそんなに心を動かされたのか、説明するのは難しい。しかし動物たちに囲まれて立ちつくしていると、少なくとも何頭かは私の賢い愛犬と同じほど自らと周囲のことがわかっているのだ、と実感できた。私はそれほど動物に接する方ではないし、ファーム・サンクチュアリの動物たちに特別に感傷的になることもなかった。私が感じたのはむしろ尊敬であり、ある種の人間性である。豚たちの探るような目や、腹を触って
やった時のうれしそうな鳴き声を思うと、こうした動物たちも、私が自分の身体を気づかうように、自分の身体のことを意識しているのだと信じないわけにはいかなかった。刃物が私たちにとって鋭利であるなら、動物たちにとってもそうだと思わざるを得なかったのだ。

相哀れむという心情

 その日、働くロリーと再度合流してから、私は動物たちのもう一つの面を見た。私には訪問者に対する子供のように警戒心を持って接していたが、ロリーにはあたかも親友のように、心を許し、友好的に振る舞うのだった。よくなつく姿は通い合う愛情をしっかりと感じさせた。牛は彼女を舐めたり鼻をすりよせたりし、雄鶏は彼女の前を誇らしげに羽を膨らませて歩いた。
 ロリーは言う。「一九五〇年代まで、大半の農場は、ここのようだったのです。ここはいかなる点からも実際に農場であり、大規模農業が支配する前の伝統的な家族農場に似ています。唯一の違いは、私たちは人間のために動物たちを殺したり、搾乳したり、採卵したりしないことです。ここに住み込みで働いている者はみな完全菜食主義者・ヴィーガンですから、動物を肉や牛乳、そして卵のために育てる必要がありません」
 動物のうち、食卓に供されるものは一匹もいない。動物たちは、ここで自然に寿命を全うする。ファーム・サンクチュアリの雌牛は妊娠していないので、ほとんど乳を出さない。ファーム・サンクチュアリでは稀に子供を孕んだ雌牛を引き取ることがあるが、そんなときも人間のために搾乳することはない。生まれた牛は、授乳期が終わるまで母乳で育つ。動物たちには広々としたスペースが与えられる。ホルモン剤も投与せず、環境が健康的なため、商業農場では当たり前の薬の投与もずっと少ない。
 ファーム・サンクチュアリのアイデアが生まれたのは、一九八六年だった。ロリーとジーンはすでに、食用家畜の飼育環境改善が大きなライフワークになると悟っていた。彼らはかつてデラウェア州に住んでいたころから食肉処理場やそれに隣接する家畜置場に定期的に出かけ、傷ついた動物たちを助けたり、非人間的な環境や行為を記録していた。ある晩秋の日、彼らはペンシルヴァニア州ランカスターの大規模な家畜置場に出かけた。週ごとの家畜のせりが前日に行なわれたため、ゴミが会場に散らばっていた。
 家畜置場には、必ず「デッド・パイル」がある。せりが終わるまでに死んだ動物の亡骸が捨てられ
る場所である。軽量コンクリートブロックの囲いの中には、羊、豚、牛の亡骸が投げ込まれていた。不意に、捨てられていた羊の一頭が頭をもたげ、束の間、目を開いたかと思うとまた閉じた。羊はあえぐように息をすると、頭を倒した。
 ジーンとロリーはショックにわが眼を疑った。急いでその羊に駆け寄ると、羊は横倒しになったまま浅い息をしていた。二人は慎重に羊を死骸の群れから引き出し、囲いから運び出した。
 ジーンはバンを家畜置場の門まで移動させて羊を乗せて十五キロメートルほど離れた動物病院に連れていった。動物病院に着いたころには、羊は虫の息だった。