肺塞栓症と ロングフライト症候群

 飛行機など狭い座席での長旅が引き金となって起こる肺塞栓症は、特に狭い座席のエコノミークラスでは多く起こることから、当初は「エコノミークラス症候群」という名称が使われていました。
 しかし、エコノミークラスだけでなくファーストクラスやビジネスクラスでも起きることから、最近は「ロングフライト症候群」という名称に呼び改められています。
 さらに、飛行機に限らず、バスや鉄道、車の運転やデスクワークでの長時間の座業でも発症する恐れがあり、また、肺塞栓症は、手術後の合併症でも起き、突然死するケースも問題となっています。

||突然死もある||
肺塞栓症と

ロングフライト症候群 飛行機での長旅を終えた乗客が、空港に降りた途端に胸痛や呼吸困難を訴えて倒れる「ロングフライト症候群」は、長時間狭い座席に拘束されていることで起きる「肺塞栓症」です(表1)。
 肺塞栓症は正式には「肺動脈血栓塞栓症」といい、足の静脈にできた血栓(血の塊)が肺の血管につまってしまう病気で、a長時間足を動かさない、b血管が傷んでいる、c血が固まりやすい体質や病気がある場合に起きやすいといわれています(表2)。
 飛行機内で特に肺塞栓症を起こしやすいのは、狭い座席で長時間体を動かさないでいると、足の血流が悪くなって血液の粘りが増し、静脈に血栓ができやすくなるからです。そして、立ち上がって歩き出すことなどをきっかけに、血栓が静脈壁からはがれて血管の中を移動し、心臓を経由して肺の動脈に達すると、肺の血管がつまって、息切れや胸痛、不整脈、呼吸困難などに陥ります。さらに、太い肺動脈や複数の血管がつまると、肺組織が壊死したり、肺での酸素交換ができなくなって死亡するケースもあります。
 ロングフライト症候群は、軽症を含めると成田空港だけで毎年100〜150件も発生しているといわれ、正確な統計はありませんが、近年増加傾向にあるといわれます。その理由としては、
●食生活の欧米化による生活習慣病の増加で、血栓のリスクの高い人が増えている
●高齢者の海外旅行が増えた
●航空機の性能が向上して、ノンストップで長時間運行する飛行機が増えた(図1)などがあげられています。
 飛行機だけではなく、東京慈恵会医科大学の一杉正仁医師の研究では、20代前半の健康な男性9人に同じ姿勢で2時間イスに座ってもらったところ、足首の血液の粘度が平均17%上昇し、ふくらはぎがむくんだり、赤く腫れあがるなどの症状が認められました。
 一杉医師は、「同じ姿勢で2時間位座ることは、車の運転やデスクワークなど日常生活でもあり得る。糖尿病や高脂血症の人はもともと血が固まりやすい」と注意を促しています。
手術後に起きやすい
肺塞栓 近年、目立って増加しているのが、手術後に起こる肺塞栓症です。
 手術中や手術後の安静時は、足の静脈の血流が停滞して血栓ができやすく、この血栓が術後2、3日目にベッドで体位を変えた時や、トイレへ行こうと自力で歩き始めた直後、リハビリを始めた時などに肺に運ばれ、肺塞栓症を来します。
 発症すると、約10%が1時間以内に突然死するといわれ、手術は無事成功したのに肺塞栓症で亡くなるという悲惨な事態を招いてしまいます。
 肺塞栓症はもともと欧米に多く、欧米では足のマッサージや抗血栓薬などの予防措置が広く行われています。これに対し、日本では肺塞栓症は少ないとされ、医療側の予防意識も薄く、十分な知識がないために診断や適切な措置が遅れるケースも少なくありません。
 しかし、厚生労働省の人口動態統計によると、88〜98年までの10年間で肺塞栓による死亡者は約3倍に増加しており(表3)、日本でも決して少ない病気とはいえなくなってきています。
 術後の肺塞栓症の急増について、肺塞栓症研究会世話人の中野赳・三重大学教授は、「食生活の欧米化による肥満の増加、急速な高齢化、人工関節手術や腹腔鏡手術の普及などが背景にあるのではないか」と分析しています(表2・4)。

予防の鍵は、 血液をサラサラにする

食事・栄養療法 糖尿病や高脂血症など、血流を悪くする要因がある人は、まずはこれを解消することが第一です。生活習慣の改善に努めましょう。
 長旅や手術時などに血栓ができないようにするには、普段から血液をサラサラにする食生活を心がけておくことが大切です。
●動物性食品や植物油を避ける
 肉・卵・牛乳などアラキドン酸の多い動物性食品や、紅花油など体内でアラキドン酸に変わるリノール酸系植物油(図2)のとり過ぎは、血液を粘らせて血栓をできやすくします。
 油は、脂肪酸のn―6/n―3比が重要です。リノール酸などのn―6系脂肪酸からは、体内で血液の粘性を高めるエイコサノイド(ホルモン様物質)がつくられる一方、n―3系列のαリノレン酸やEPA(エイコサペンタエン酸)、DHA(ドコサヘキサエン酸)からは、それを抑える物質がつくられます(図2)。
 名古屋市立大学の奥山治美教授は、「n―6系脂肪酸は穀類・豆類・種実類などの食品から十分とれるので油としてはとらず、n―3系脂肪酸は、調理油にシソ油やエゴマ油、亜麻仁油(フラックスオイル)などを適宜用い、新鮮な魚を適量とると良い」とアドバイスしています。
●血栓予防に役立つ食品成分
 納豆のネバネバに含まれているナットウキナーゼという酵素には、血栓予防薬のウロキナーゼよりも強力で持続効果の長い血栓溶解作用があることが、倉敷芸術科学大学の須見洋行教授の研究で明らかになっています。ただし、血栓予防薬のワーファリンを処方されている場合、ワーファリンが納豆中のビタミンKと拮抗して薬の効果をなくしてしまうので、納豆は食べてはいけないとされています。納豆が食べられるよう、医師に薬の変更(例えば小児用バファリンなど)を相談してみるのも一考です。
 ニンニクのにおい成分であるイオウ化合物に、抗血栓薬のアスピリンやインドメタシンに匹敵するほどの強い血栓予防効果があることが、日本大学の有賀豊彦教授の研究で明らかになっています。ニンニクと同じユリ科植物の玉ネギにも、刺激性の催涙物質や黄色色素のケルセチンに血栓予防効果が報告されています。この他、野菜類には血栓を防ぐ効果のあるものが多いことが分かっています(表5)。
 食用赤ミミズに含まれるルンブロキナーゼという酵素にも、ウロキナーゼより強い血栓溶解作用があることが、宮崎医科大学の美原恒名誉教授の研究で確認されています。凍結乾燥したミミズの粉末健康食品のカプセルを用いるのも良いでしょう。
●血流を良くするビタミン
 末梢血管の血流を良くするには、ビタミンEが役立ちます。ビタミンCやビタミンP(甘橘類のヘスペリジンやソバのルチンなど)は、血管を強くしなやかにして、血管の内壁が傷つくのを防ぎます。栄養補助食品(サプリメント)なども利用して積極的に確保しましょう。
●十分な水分摂取
 水分が不足すると、血液が濃くなって粘りが増し、血栓ができやすくなります。飛行機旅行の際など、常時切らさずチビチビと水分補給を。アルコールやコーヒーなどは利尿作用があり、かえって脱水しやすいので要注意です。
とにかくよく足を動かす とにかく、長時間動かないでいることが足の血流を悪くし、血栓をつくる原因となります。
 下肢の血流を良くして血栓を防ぐには、足の筋肉、特にふくらはぎの腓腹筋をよく動かすことがポイントです。足は"第二の心臓"と呼ばれ、腓腹筋が収縮・弛緩をくり返すことで血管を圧迫し、静脈血をスムーズに心臓に押し上げます。日頃からウォーキングや柔軟体操などで足の筋肉を鍛えておくことが大切です。
 座席では、座ったままできる足の運動を行いましょう(図3)。血流が妨げられるので足を組むのはやめ、ベルトなど体を締めつける物は緩めます。腹式深呼吸をするのも効果的です。
 手術後は、なるべく早期離床を目指しましょう。いつまでも寝たままでいるのは、肺塞栓症の危険が増すだけでなく、お年寄りでは寝たきりやボケにもつながりかねません。動けない時は、足のマッサージや弾性ストッキングを履くのもおすすめです。
 冷えは血流を悪くする元凶なので、半身浴や足湯、靴下の着用、竹踏みなど、日頃から冷え対策も怠らないようにしましょう。
 血流の改善に著効のある「爪もみ(写真)」も日課にして、特に飛行機などの長旅では機内で行うのをおすすめします。