胃の病気a

――原因と発症――

 日本人に胃潰瘍や胃がんが多かったのは、白米に干物や漬け物という低蛋白・高塩分食の影響がいわれています。また、"胃腸は心の鏡"といわれるほどストレスの影響を受けやすく、そうしたメンタルな影響も関係しているのかも知れません。
 さらに最近注目されているのが、ピロリ菌感染と胃のトラブルの密接な関係で、40代以上の日本人の7割が感染しているといわれています。

胃炎・胃潰瘍とは〈胃炎〉

 胃炎は、胃の粘膜が炎症をおこしてただれた状態で、胃に強い刺激が与えられた場合におきる一過性の「急性胃炎」と、炎症が長引いたり、くり返しおこる「慢性胃炎」があります。
 急性胃炎では強い腹痛や胃の不快感を訴えますが、慢性胃炎の場合は、むかつき、胸やけ、胃もたれ、食欲不振などの不定愁訴的な症状があらわれます。
 慢性胃炎自体はありふれた病気ですが、炎症部位で絶えず発生する活性酸素によって、細胞ががん化しやすくなる危険があります。
 日本人の慢性胃炎の約6〜8割を占める「萎縮性胃炎(炎症をくり返すうちに胃粘膜が徐々に縮んで薄くなったもので、老人に多い)」は、胃がんの前がん状態ともいわれ、正常な胃粘膜に比べて、胃がんの発生リスクが5・7倍と高くなるので要注意です。国立がんセンターの研究でも、慢性胃炎の頻度と胃がん死亡率は相関することが明らかになっています(図1)。

〈胃潰瘍〉

 胃潰瘍は、食物を消化するための胃液によって自らの胃粘膜が消化されてしまった状態で、胃壁が内側からえぐられたり、胃穿孔といって胃に孔があいてしまうこともあります。
 急性胃炎が進行して胃粘膜にただれや潰瘍が多発した状態が「急性胃潰瘍」、それよりやや症状は軽いものの、再発をくり返しやすいのが「慢性胃潰瘍」です。
 空腹時や食後のみぞおちの痛み、腹部膨満感、胸やけ、胃もたれ、食欲不振、吐き気、吐血・下血などの症状があらわれます。
 胃潰瘍が進行して胃がんになることはないとされていますが、胃炎・胃潰瘍の一因となるピロリ菌感染は、胃がんの危険因子ともいわれているので注意が必要です。

胃のトラブルの背景に

 ピロリ菌の感染 胃炎や胃潰瘍の原因として、近年もっとも注目されているのが「ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)」です。
 ピロリ菌は、1983年にオーストラリアのバリー・マーシャルという内科医が胃粘膜の中から発見した細菌で、らせん形(へリコ)の鞭毛をもつ細菌(バクテリア)が胃の幽門(ピロルス)付近に住み着くところから名付けられました。
 長い間、強酸性の胃の中では細菌は生きられないと考えられていましたが、ピロリ菌は、胃酸に直接ふれないよう粘液層の中に潜り込んで生息し、自らアルカリ性のアンモニアを合成して、胃酸を中和することで身を守っています。
 このアンモニアが粘液層を溶かして胃粘膜を障害したり、ピロリ菌が放出するサイトトキシンなどの毒素や、白血球(顆粒球)が放出する活性酸素とアンモニアが反応してできるモノクロラミンという物質が、胃粘膜を傷つける原因になります。
 ピロリ菌の感染は主に子供の時の不衛生な飲食から経口感染し、萎縮性胃炎ではほぼ100%、胃潰瘍では70〜90%と、日本では国民の2人に1人、特に40歳以上では7割以上もの人がピロリ菌に感染していると報告されています(図2)。
 ピロリ菌は胃がんへの関与も指摘されています。日本人に胃がんが多かったのは従来は、白米に干物や漬け物といった低蛋白・高塩分食で、胃粘膜をつくる蛋白質が不足しているところに高塩分で胃粘膜が障害されるためと考えられていました。ピロリ菌の発見以後、最近はピロリ感染率の高さと高塩分食の相互作用が、日本人に胃がんを多くもたらしたのではないかといわれています。
 胃がん検診受診者を対象とした産業医学大学の徳井教孝講師らの調査では、ピロリ菌陽性で高塩分摂取者では、胃がんの引き金となる萎縮性胃炎のリスクが16倍にも高まり、高塩分食とピロリ菌感染が相乗的に胃がんリスクを高めることが示されています。

攻撃因子と防御因子の

 アンバランスが問題 しかし、ピロリ菌に感染していなくても胃炎や胃潰瘍は起き、また、ピロリ菌に感染している人すべてが胃炎や胃潰瘍になるわけではなく、ピロリ菌に感染しているところにさらに危険因子が加わることで発症しやすくなるといわれています。
 胃炎・胃潰瘍は、胃の"攻撃因子"と"防御因子"のバランスが崩れることで発生すると考えられています(図3)。

〈攻撃因子〉

 攻撃因子にはaピロリ菌の他、b食物の消化に欠かせない胃液が筆頭にあげられます。胃液の主成分は、pH1〜2・5という強酸性の胃酸と、蛋白質消化酵素のペプシンで、これらは胃粘膜に直接ふれると胃そのものを消化してしまう力をもっています。さらに、c精神的ストレス、d暴飲暴食、e喫煙、f非ステロイド系消炎鎮痛剤などの薬剤も攻撃因子を強める要因になります。

〈防御因子〉

 一方、胃液の消化作用から胃を守っている防御因子が、a胃粘膜を覆う粘液と、b胃粘膜細胞に酸素と栄養を供給する血液循環、c新陳代謝による胃粘膜の抵抗力です。
予防・治療のポイント 交感神経の過剰緊張による

血流障害の解消と

 炎症を鎮めることが重要 胃潰瘍では従来、手術が多用されていましたが、胃酸の分泌を強力に抑えるHブロッカーが開発されて以来、手術は激減しています。しかし、薬をやめると再発するケースが多く(再発率80%)、また、実際に胃酸が出過ぎている人は胃潰瘍患者の10%位に過ぎないとの報告もあり、薬に頼るばかりでは根本的な治療には到りません。
 新潟大学医学部の安保徹教授と福田医院の福田稔先生は、精神的ストレスや暴飲暴食、非ステロイド系消炎鎮痛剤などの薬剤、ピロリ菌感染などはすべて、自律神経の交感神経の緊張を招く因子であるとして、自律神経のアンバランスが胃炎・胃潰瘍を引き起こすと指摘しています(図4)。

〈血流障害〉

 交感神経が優位になると、血管が収縮して血流障害がおこります。その結果、胃粘膜の細胞に酸素や栄養が十分に供給されず、胃の防御因子である粘液の分泌が減って、胃粘膜が胃液にさらされやすくなります。
 また、血流の一時的な低下(虚血)のあと、とだえていた血流が再開(再灌流)するのに伴って大量の活性酸素が発生し、この活性酸素の暴発も胃粘膜にダメージを与えます。

〈分泌・排泄機能の低下〉

 交感神経が優位になる一方、副交感神経が司っている分泌・排泄機能は低下し、胃の蠕動運動や胃液の分泌が抑制されて、胃もたれや食欲不振がおこります。
 安保教授によると、「この状態を解消しようと一過性の副交感神経反応が引き起こされ、突然の蠕動運動と胃液の分泌がおこる。この反応を、痛みが伴う故に胃潰瘍の原因とみなしたため、誤って多くの制酸剤が投与されることになった。痛み自体を治療対象にするのではなく、その先にある原因を治療しなければならない」と強調しています。

〈顆粒球の増大〉

 さらに、交感神経が優位になると白血球の顆粒球が多くなり、顆粒球の放出する活性酸素が組織破壊を引き起こします。
 実際、安保教授らが胃潰瘍患者の胃切除標本を観察したところ、粘膜下に多数の顆粒球が発見され、また、マウスを金網に挟んで拘束ストレスを与えた実験でも、24時間後に胃の顆粒球レベルが高値を示すことが確認されました(図5)。
 このように考えると、胃炎・胃潰瘍を根本的に予防・改善するには、制酸剤で胃酸分泌を抑えることよりも、自律神経の交感神経と副交感神経のバランスを整え、血流障害を解消し、活性酸素の炎症を鎮めることが重要になるわけです。
 次回は、これらを踏まえた胃炎・胃潰瘍対策を考えてみたいと思います。
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◎参考文献
・『絵でわかる免疫』
安保徹著、講談社サイエンティフィク
・『ガンはここまで治せる!』
福田稔著、マキノ出版
・『胃・十二指腸潰瘍/逆流性食道炎
 (胸やけ)お助けガイドブック』
佐藤信紘監修、武田薬品工業株式会社
・『よくわかる最新版ビタミンブック』
吉川敏一著、主婦の友社
・他