睡眠時無呼吸症候群

 激しいいびきをかいて寝ていたかと思うと突然呼吸が止まり、一時的な呼吸停止が一晩に何度も繰り返される"睡眠時無呼吸症候群"。
 40〜50代の働き盛りの男性を中心に全国に約200万人の患者がいるとされ、最近では更年期を迎えた女性にも多いことが分かってきました。
 慢性的な睡眠不足で疲労感がたまるばかりでなく、高血圧や心筋梗塞、脳梗塞などの原因にもなり、また、日中強い眠気に襲われ居眠り運転から交通事故もおこしやすくなる、命にも関わる病気です。

命取りにもなる睡眠時無呼吸症候群

 睡眠時無呼吸症候群は、「10秒以上の呼吸停止(無呼吸)が、7時間の睡眠中に30回以上、あるいは睡眠1時間あたり5回以上ある場合」と定義されています。
 自分がいびきをかいているか、ましてや呼吸が止まっているかどうかはなかなか自覚できないものですが(表)、いびきをかく人の7〜8人に1人は睡眠時無呼吸症候群だといわれ、長期にわたって続くと体にさまざまな悪影響を及ぼします。

高血圧、心筋梗塞、脳梗塞などを招く

 無呼吸をくり返していると体は慢性的な酸欠状態になり、心臓を速く動かしたり血管を収縮させたりして、少しでも多くの血液(酸素)を全身に送ろうとします。その結果、心臓や血管に負担がかかり、高血圧や不整脈、狭心症、心筋梗塞、心臓肥大などの心疾患をおこしやすくなってしまいます。
 また、血液中の酸素濃度が下がると、血小板の働きが活発になって血栓ができやすくなり、心筋梗塞や脳梗塞をおこす危険がさらに高まります。血糖をコントロールするインスリンの分泌も低下し、糖尿病にもなりやすくなります。
 米国の研究では、睡眠時の無呼吸が1時間に20回以上の人は生存率が低く、高血圧のリスクが2倍、狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患が3倍、脳卒中が4倍に高まるというデータが出ています。
 もともと心臓に病気がある人が睡眠時無呼吸症候群を併発すると突然死する危険性もあり、また、乳幼児突然死症候群の一因に睡眠時の無呼吸が関係しているのではないかとも指摘されています。

眠気・疲労感をもたらし、交通事故の原因にも

 無呼吸状態が続いて血液中の二酸化炭素濃度が上がると、脳の呼吸中枢が刺激されて、激しいいびきと共に呼吸が再開されます。このとき脳が一時的に覚醒するので熟睡することができず、日中強い眠気や疲労感に襲われます。
 この病気は働き盛りの中高年男性に多いのですが、会議中や接客中に居眠りしてしまい、リストラされるといった社会的な影響も軽視できません。
 居眠り運転から交通事故もおこしやすくなり、睡眠時無呼吸症候群の治療前5年間に交通事故をおこした人の割合は28・2%と、健康な人に比べ5倍以上も高いことが、順天堂大学の井上雄一講師の調査で明らかになりました。

無呼吸がおこる仕組みと危険因子 3つのタイプ

 眠っている間になぜ呼吸が止まってしまうのでしょうか。
 無呼吸の原因には、・空気の通り道(気道)が塞がれる「閉塞型」、・脳の呼吸中枢の異常でおこる「中枢型」、・両者の「混合型」――の3つがあり、その中でも圧倒的に多いのが閉塞型です。
 誰でも仰向けに寝ると、軟口蓋や喉頭蓋、舌根などが重力で垂れ下がり、気道が狭められます(図1)。睡眠時は緊張がとれた状態なので、特に筋肉がゆるみやすくなっています。
 気道が多少狭くなっても通常は問題なく呼吸できるのですが、何らかの要因で気道がさらに狭められると空気抵抗がおこり、これがいびきの音となります。そして、気道が完全に塞がれてしまった状態が無呼吸というわけです。
 気道の閉塞を促進する要因には、次のようなものがあります。

肥満

 睡眠時無呼吸症候群の患者の7割が肥満だといわれ、高度の肥満が引き金となるものを"ピックウィック症候群"といいます(図2)。
 太ると舌や軟口蓋などが肥大し、また、気道そのものにも余分な脂肪がついて、気道を塞ぎやすくなるのです。

口呼吸

 口呼吸で常に口を開けていると口の周囲の筋肉がゆるみ、仰向けに寝たときに気道を塞ぎやすくなります。
 また、空気は本来鼻腔を通ることで加湿されますが、口呼吸では乾いた空気が直接体内に入り込んで口腔や喉の粘膜を乾燥させ、扁桃リンパ輪(図3)にウイルスや細菌が感染して炎症がおこると、扁桃腺肥大によっても気道が狭められます。
 さらに、口呼吸をしていると鼻の機能が衰えて肥厚性鼻炎や蓄膿症、鼻茸、花粉症などの鼻アレルギーにもなりやすくなり、鼻でうまく呼吸できないので口呼吸するという悪循環に陥ってしまいます。
老化、飲酒、過労 年をとると口の周囲の筋肉がたるみやすくなり、飲酒後や過労時にぐったり寝込んだときにも緊張がゆるんで筋肉が弛緩します。
 連日のように残業や接待に追われている肥満体型の中高年男性は特に要注意です。

閉経

 また、これまで圧倒的に男性に多いとされてきた睡眠時無呼吸症候群が、女性にも多いことが最近になって分かってきました。
 女性の方が男性に比べて喉の筋肉が発達しているのですが、これは女性ホルモンに気道を確保する働きがあるためです。ですから女性の場合、更年期を迎えてホルモン環境が変わる40〜50代にかけて患者が急増することが、米国のウィスコンシン大学の調査で明らかになっています。

予防・改善の鍵、肥満と口呼吸対策

 医療機関では主に、就寝時に鼻から持続的に空気を送るCPAPという器具の装着や、気道を塞いでいる軟口蓋や扁桃腺の切除などが行われますが、まずは、食生活・運動・呼吸法など、日常の生活習慣の見直しから始めましょう。

肥満への対策

●高脂肪食を避ける
 卵・牛乳・肉・食用油の多い欧米型の高脂肪食が肥満の元です。日本人の総摂取カロリーは昭和30年代も今もほぼ同じなのに、脂質は3倍近くに増えており(図4)、それに伴って肥満も昭和30年当時の3倍に増えていると、日本肥満学会理事長の井上修二先生は指摘しています。
 本誌の食事指針(3頁)に基づいた日本食なら、脂肪控えめで、さらに過剰な脂肪を吸着して体外に排泄する作用のある食物繊維も豊富な上、穀類の胚芽部や、豆類、野菜類には、脂肪の代謝を促進するビタミンB群やクロムが多く含まれ、肥満解消に役立ちます。
 そして、ゆっくりよく噛んで食べるよう心がければ、脳の満腹中枢が刺激されるので自然と少食になり、食べ過ぎを抑えられます。
●缶コーヒー症候群に注意
 愛知医科大学内科の塩見利明助教授の調査によると、睡眠時無呼吸症候群の患者60人中26人が、眠気防止に缶コーヒー類を1日5本以上飲んでおり、最も多い人では1日16本飲んでいました。
 塩見助教授はこれを"缶コーヒー症候群"と名付け、「缶コーヒーには1本200キロカロリー近いものもあり、数本飲めば明らかにエネルギーのとり過ぎ。さらに肥満を招き、症状が悪化する。すると昼間の眠気が一層強まり、缶コーヒーをより多く飲むという悪循環に陥る」と指摘しています。
●適度な運動
 脂肪の燃焼には、ウォーキングなどの持続的に酸素を取り入れながら行う有酸素運動(エアロビクス)が適しています。また、基礎代謝を高めて太りにくい体をつくるには、ダンベル体操やチューブ体操などの筋肉運動が効果的です。
 井上先生は、1日総計1時間、1回10分程度の運動を5〜6回行うことをすすめています。
鼻呼吸で仰向け寝・枕なし 本誌連載中の日本免疫病治療研究会会長の西原克成先生は、口呼吸になりやすい睡眠時は、
●ノーズリフトを使って鼻孔や鼻腔を広げる
●紙絆創膏やネルネルテープなどを口唇に貼って開口を防ぐ(睡眠時無呼吸症候群の患者が鼻孔を広げないでこれをやるのは危険)
●マウスピースやブレストレーナーで下顎の落ち込みを防ぐ
●気道を塞ぐ高い枕はやめ、枕はなしか、1cm程度の低い枕、または頭の重みで沈む羽根枕にする――等をすすめています。
 鼻の疾患がある人はきちんと治療することが大切ですが、努めて
鼻呼吸をしていると鼻の疾患も良くなってくると、西原先生は話しています。
 なお、枕を高くした仰向け寝は気道を塞ぎやすいことから、横向き寝がすすめられていますが、西原先生は、横向き寝はこれも重力の影響で、・歯並びや顎の形が歪み、・頭の重さと鼻孔の鬱血で鼻が塞がるので、口呼吸を招く元になると指摘。俯せ寝も同様で、特に新生児の場合、自分の吐いた二酸化炭素が顔の周囲にたまって酸欠で死亡する危険もあると警告しています。枕なしか低い枕の仰向け寝を心がけましょう。

睡眠薬・飲酒は危険

 熟睡感が得られないからといって、安易に睡眠薬に頼るのは禁物です。睡眠薬の呼吸抑制作用や筋弛緩作用によって、さらに症状が悪化しやすくなります。アルコールも同様です。

表 睡眠時無呼吸症候群が疑われる症状

・朝目覚めたときに口が渇いている。
・朝目覚めたときに頭痛がする(無呼吸で脳が酸欠状態になっているため)。
・睡眠を十分にとっているのに熟睡感がない。
・日中突然強い眠気に襲われる。
・夜中トイレのために度々目が覚める。あるいは夜尿症がある(熟睡できず体が起きているのと同じ状態になり、尿をつくるホルモンの日内変動がなくなるため)。
・苦しくなって目が覚めることがある。
・赤ら顔である(酸素不足を補う必要から赤血球が増えるため)。
・体型的には、小太りで首が短く、顎が引き気味で、顔が丸いタイプに多い。