アルツハイマー病最前線
長寿高齢社会の現代、誰もがボケずに健康な老後を過ごしたいと願っています。
しかし、高齢人口の増加に伴って痴呆性老人の数は年々増え続け、65歳以上の7%、約160万人にのぼると推計されています(図1)。中でも、従来欧米に多かった「アルツハイマー病」の急増が目立ち、患者数は現在約60万人といわれています。
脳梗塞などの血管障害が引き金となる「脳血管性痴呆症」に対し、アルツハイマー病は長い間原因不明とされ、根本的な治療法もないとされていました。しかし、世界中でさまざまな角度から研究がすすめられ、アルツハイマー病にも少しずつ光が見えてきています。
そこで今回は、テレビの報道特集などでも大きく取り上げられたアルツハイマー病の最新研究をご紹介します。
ここまで分かってきた
アルツハイマー病の発症メカニズム アルツハイマー病の脳には、
・老人斑 βアミロイドという変性蛋白が蓄積してできる脳のシミ
・神経原線維変化(PHF) 神経細胞内のタウ蛋白が結合した糸くずのようなもの
・脳の萎縮 新しい記憶を司る海馬や、知的活動に関わる大脳皮質の萎縮が特に著しい――という3つの特徴的な病変がみられます。
この中では、老人斑の沈着がまず最初におこることから、老人斑の元となるβアミロイドがアルツハイマー病の元凶とする「βアミロイド仮説」が、現在最も有力視されています。
βアミロイドは、神経細胞膜のアミロイド前駆体蛋白(APP)が新しいものに置き換わるときに生じるゴミのようなもので、若いうちはすぐ分解されますが、健康な人でも40歳過ぎからβアミロイドが脳内にたまって老人斑ができ始めます。
アルツハイマー病ではその数が非常に多く、脳全体に広がっていることから、このβアミロイドが神経細胞に作用し、神経原線維変化と神経細胞死を引き起こす結果、脳を萎縮させると考えられています(図2)。
こうしたメカニズムの解明をもとに、βアミロイドに焦点を絞った新薬の研究開発が今、世界中で盛んに行われています。
米国では、APPからβアミロイドを切り出す酵素の働きを封じてβアミロイドができないようにする薬や、できてしまったβアミロイドを免疫の力で攻撃するワクチンの開発が進められています。また、理化学研究所のグループは、βアミロイドを分解するゴミ処理酵素「ネプリライシン」を特定、新薬開発につながると期待されています。
劇的な臨床効果を上げる漢方薬が見つかった!
新薬の開発が急ピッチで進められる一方、先人たちの知恵が作り上げた漢方薬の中にもアルツハイマー病に劇的な効果のあるものが発見されました。
その名は「加味温胆湯」。古くから不眠症や神経症の治療に使われている漢方薬で、13種の生薬から構成され、そのうちの遠志(ヒメハギ科の植物の根を乾燥させたもの)がアルツハイマー病予防の有効成分であることが突き止められましたが、遠志だけを単独で使うより加味温胆湯の方が効果が高いそうです。
アルツハイマー病では神経伝達物質のアセチルコリンが減ってしまうことが分かっていますが、加味温胆湯にはアセチルコリンの量を増やす効果があり、さらに、老齢ラットの神経成長因子を増やす効果もあることが、北里研究所・東洋医学総合研究所の研究で確認されています。
東北大学医学部で実際にアルツハイマー病患者に加味温胆湯を飲んでもらったところ、進行が抑えられるだけでなく、症状も殆ど正常までに改善するという劇的な効果を上げました。
残念ながら長期にわたる効果はないようですが、アルツハイマー病治療薬として国内で唯一認可を受けている「ドネペジル(商品名アリセプト)」に匹敵する効果が、生薬で確認されたのは大変喜ばしい事です。
食事・栄養療法 肉好き、魚・野菜嫌いはボケやすい
アルツハイマー病の発症には食生活が大きく影響することも指摘されています。
自治医科大学大宮医療センター神経内科の植木彰教授は、アルツハイマー病患者と健康な人の食生活を比較し、患者には「肉の摂取が多く、魚や野菜・海草が少ない(表)」という欧米型食生活の傾向があることを明らかにしました。さらに、こうした食事内容を反映して、
●微量栄養素の欠乏 ビタミンB群、ビタミンC、βカロチン、カルシウム、鉄などの不足
●脂肪酸(図3)のアンバランス
魚や野菜に多いn―3系脂肪酸(α―リノレン酸↓DHA↓EPA)に対し、植物油に多いリノール酸や肉に含まれるアラキドン酸などのn―6系脂肪酸の割合が多い――等の特徴があることを突き止めました。
そこで、肉の摂取を減らし、週6食は魚を食べ、毎食時にEPA剤をとり、緑黄色野菜を多くとるよう指導したところ、・認知機能を評価するMMSE(脳機能テスト)の点数が上がったり、・ハキハキ答えるようになった、・身の回りのことが自分でできるようになった――等の成果が得られました。
ボケ予防に役立つ栄養素・食品成分
最近になって、高齢者のボケには血管性痴呆とアルツハイマー病が混合しているタイプが最も多いことが分かってきました(図4)。
いずれのボケに対しても、予防・改善には、次のような栄養素・食品成分が大きな役割を果たすと考えられます。
〈油脂はn|6系を抑えn|3系を多く(図3参照)〉
n―6系脂肪酸からは体内で炎症をおこす物質(炎症メディエーター)が作られ、脳でおきる慢性の炎症がアルツハイマー病の引き金になるのではないかと注目されています。一方、n―3系脂肪酸には、n―6系脂肪酸から作られる炎症メディエーターを抑える働きがあります。
また、脳の神経細胞膜は大部分がDHAで構成され、心臓などの筋肉細胞のn―6/n―3比が5に対し、脳は1です。このことからもn―3系脂肪酸が脳に極めて重要だと分かります。
〈抗酸化物質〉
活性酸素のダメージから脳を守る抗酸化ビタミンやポリフェノールなどの植物性抗酸化物質も重要です。
米国の研究では、1日2000IUのビタミンEを2年間、アルツハイマー病患者にとってもらったところ、痴呆の進行が抑えられたことが報告されています(図5)。
ビタミンEの100倍の抗酸化力があるといわれるイチョウ葉エキスにも優れた効果が認められ、ドイツでは医薬品として用いられています。
東北大学農学部の宮澤陽夫先生は、アルツハイマー病患者の7割の赤血球膜から健康な人の3〜10倍の過酸化脂質を検出。βカロチンが赤血球膜の酸化を強力に防ぐことを報告しています。
〈ビタミンB群〉
血管性痴呆では動脈硬化が深く関係していますが、その動脈硬化の危険因子の一つ「高ホモシステイン血症」がアルツハイマー病患者に多いことが分かってきました。ビタミンB群の葉酸やビタミンB6、B12には、高ホモシステイン血症の改善効果があることが報告されています。
ビタミンB12は、神経細胞の修復やアセチルコリンの合成にも不可欠です。山口大学医学部の山田通夫教授がアルツハイマー病患者にビタミンB12の大量投与(500〜1500μg)を試みたところ、7割に劇的な改善がみられたことが報告されています。
〈発芽玄米〉
本誌が推奨している発芽玄米には、血管性痴呆の予防に働くギャバ(ガンマ―アミノ酪酸)や、アルツハイマー病の予防が期待されるPEP阻害物質が多く含まれることが報告されています。
日常生活での心がけ●アルミニウムを避ける
アルツハイマー病患者の脳には高濃度のアルミニウムが蓄積し、脳の神経細胞が変性していることが確認されています。
脳へのアルミニウムの蓄積は、アルツハイマー病の原因でなく結果ではないかとの根強い指摘もありましたが、元東大医学部の湯本昌先生は、アルミニウムが鉄輸送蛋白のトランスフェリンに結合して脳内に入りこみ、脳に蓄積することを明らかにしています。
アルミニウムは、アルミ缶飲料やアルミ製の調理器具、食品添加物(ミョウバン、ふくらし粉等)、薬(胃薬の制酸剤、解熱・鎮痛剤、制汗剤等)などから体内に取り込まれます。腎臓病の人はアルミニウムの排泄機能が衰えているので、特に注意が必要です。
●30分の昼寝
日中30分以内の昼寝をする人は、しない人よりもアルツハイマー病になる率が5分の1と低く、逆に、1時間以上の昼寝は発症率が高まることが、国立精神・神経センター武蔵病院の朝田隆リハビリテーション部長らより報告されています。
朝田部長は「短時間の昼寝は脳をリフレッシュさせるが、時間が長くなると睡眠リズムが乱れ、リズムの狂いがアルツハイマー病の発症に影響する可能性がある」と推測しています。
●適度な運動
脳の血流量の低下はアルツハイマー病の促進因子となります。適度な運動は脳血流量の改善に効果的だと報告されています。