疲労

――"単純疲労"と"慢性疲労症候群"――

 満員の通勤電車に深夜残業、過酷なノルマ、複雑な人間関係、コンピュータ社会のテクノストレスなど、高度ストレス社会に生きる現代人の心と体は疲れきっています。毎日の生活の中で無理を重ね、疲労をため込んでいくと、頭痛、肩こり、めまい等の不調をはじめ、さらには神経症や胃潰瘍、過労死などにもつながりかねません。
 また、"慢性疲労症候群"という病的な疲労も問題となっています。

免疫力を低下させる "単純疲労"

 疲労は、精神的ストレスを受けた時におこる「精神性疲労」と、運動をしたときに筋肉が疲れておこる「筋肉疲労」の二つに大別されます。言い換えれば、大脳などの中枢神経が疲労を感じる「中枢性疲労」と、手足などの筋肉が疲労する「末梢性疲労」ということになり、これらを総称して「単純疲労」と呼んでいます。
 ラットを使った実験では、筋肉疲労と精神性疲労が重なった場合に免疫機能が著しく低下し、病気に対する抵抗力が弱まることが明らかとなっています(図1)。
 単純疲労はまた、a休養をとればすぐに回復する一時的な「急性疲労」と、b回復しないうちに次の疲労が蓄積され、なかなか簡単には回復しなくなってしまう「慢性疲労」とに分けられます。
 疲れは心と体が発する警告です。これを無視していると、疲労が積もり積もって過労となり、神経症や胃潰瘍、過労死を招く恐れもあります。
 バランスの良い食生活や、十分な睡眠・休養などを心がけ、毎日の生活の中で上手に疲労を解消していくことが大事です。

上手な疲労回復法
食事・栄養療法

 食生活では特に、次の点に気をつけるようにしましょう。
a急性の疲れには黒砂糖
 「疲れをとるには甘いもの」といわれますが、これは、消化吸収の速い砂糖が速やかに血糖値を上げ、体のエネルギーを高めるからです。しかし、一時的に体の疲れがとれたように感じても、砂糖のとり過ぎは血糖を急上昇させる反動で低血糖症を招き、かえって体がだるくなってしまいます。
 カロリーばかり高くて代謝に必要な栄養素の欠けている白砂糖は、体内のビタミンB群も大量に消耗し、B群の不足で代謝が低下すると、細胞の中には疲労物質といわれる乳酸やピルビン酸がたまってしまいます。また、アルコールもビタミンB群を消耗するので、「ストレス発散に酒」も、とりすぎは逆効果です。
 急性の肉体疲労時は、黒砂糖を一かけら、これがおすすめです。
b主食は麦・雑穀ご飯に
 同じ糖質でも、未精白の穀類などに含まれるでんぷんは、吸収がゆるやかなので血糖が持続して疲れにくい体をつくる上、エネルギーの代謝に必要なビタミンB群も豊富です。
 主食は麦・雑穀ご飯(麦2〜5割に、米は二分搗米か発芽玄米)がベストで、これに納豆や具沢山の味噌汁などの大豆食品を取り入れれば、アミノ酸バランスも大変よくなります。
c疲労回復に役立つ栄養素をしっかり確保
 疲労物質の乳酸をつくらないようにするには今申し上げたビタミンB群を、乳酸の分解を早めるにはお酢や柑橘類に含まれるクエン酸をとると良いでしょう。
 精神的な疲労に強くなるには、"抗ストレスビタミン"といわれるパントテン酸や、ビタミンC、カルシウムが役立ちます。なお、ストレスを受けると毛髪中の亜鉛濃度が減ることが報告されており(図2)、亜鉛の十分な確保も欠かせません。
 鉄不足で貧血になると、全身の細胞に酸素や栄養が十分に行き届かなくなり、疲労感や倦怠感がおこります。鉄分の豊富な海藻類や緑黄色野菜をしっかりとるようにしましょう。貧血の予防には、ビタミンB6、B12、葉酸、銅、亜鉛、コバルトなども大切です。

何と言っても休養が一番

 そして、疲労の回復には何と言っても休養が一番です。
 睡眠は何よりの休養になります。十分な睡眠の確保は、筋肉にとっても脳神経細胞にとっても欠かせません。
 入浴は精神的なリラックスにもなる上、血行が良くなることで、疲労した細胞に栄養を十分与え、細胞に不要になった老廃物を速やかに処理することができ、細胞が元気を取り戻します。
 ただし、40度程度のぬるま湯なら副交感神経が刺激されて緊張が解きほぐされますが、42度を超えると交感神経の働きが活発になり、くつろぐどころか、かえって興奮状態になってしまうのでご注意を。
 最近は、乱れた食生活や不規則な生活が原因で、いつも疲れているような人のことを指して「常時疲労症候群(TATT:Tired All The Time Syndrome)」という言葉も使われています。生活習慣が乱れれば、疲れやすくなるのは当然のこと。食事、睡眠、休養などの生活スタイルを見直して、疲労をためないように気をつけましょう。

原因不明の堪えがたい疲労
"慢性疲労症候群"

 一方、きちんと休養をとれば回復する単純疲労に対し、いくら休養しても疲れがとれない「慢性疲労症候群(CFS:chronic fatigue syndrome)」という病的な疲労もあります。
〈症状〉
 CFSは見た目には健康そうなので、"仮病"や"怠け病"などと誤解されがちですが、微熱、のどの痛みやリンパ腺のはれ、普通の社会生活が送れないほどの強い倦怠感や疲労感、集中力や思考力の低下――など、精神性疲労の症状も筋肉疲労の症状も併せ持ち、かつその状態が長く続きます。
 診断の決め手となる検査方法はなく、疲労の強さや期間、おこりやすい症状をもとに診断基準がつくられています(表)。
 CFSと似たような症状が出る病気には、肝臓病や更年期障害、甲状腺機能低下症、うつ病などがあります。医師の中にもまだまだCFSを知らない人が多く、これらの病気と診断されている人の中にも、実はCFSの人がかなり含まれているのではないかといわれています。
〈原因〉
 免疫系の異常や内分泌系の失調など、CFSの原因は諸説となえられていますが、まだ明らかにはなっていません。
 最も有力視されているのはウイルス説です。これは、一部の患者の血液からエンテロウイルスやヘルペスウイルスなどの抗体がみつかること、また、CFSには集団発生がしばしばみられ、発熱やリンパのはれといった感染症特有の症状があるためですが、今のところ確かな原因ウイルスは見つかっていません。
 最近の研究では、CFS患者の脳は大脳辺縁系の辺りの機能が衰えていることが分かってきており、ある特定のウイルスではなく、どのウイルスが原因でも大脳辺縁系がやられればCFSをおこすのではないかと注目されています。
〈治療法〉
 原因が不明のため、的確な治療法もまだみつかっていません。しかし、食事・栄養療法やホルモン療法などに取り組んで成果をあげている病院もあり、希望をもって治療に取り組むことが大切です。
aビタミン 大阪の堺市立堺病院の木谷照夫院長は、ビタミンCの大量投与で疲労回復に成果をあげています。
 また、ビタミンB12の投与も有効だといわれ、ビタミンB12が脳の中で変性をおこしている神経細胞を回復させるのに役立つのではないかと考えられています。
b低カロリー 大阪府八尾市の甲田医院では、玄米を中心とした低カロリー食に、血液の循環を促す体操を取り入れた合宿を行って、症状の改善を図っています。
 甲田院長は「低カロリーという一種のショックが、失われた体の調節系のバランスを回復させるのではないか」と考えています。
cメラトニン 熊本大医学部の三池輝久教授は、不登校児の3割程度はCFSではないかと推測。
 体内時計と生活のリズムを合わせ、質の良い睡眠を十分にとることを目標に、時差ボケ解消にも効果のあるホルモン剤のメラトニンなどを用いて、子供のCFS治療に取り組んでいます。

表 日本の慢性疲労症候群診断基準(1991年、厚生省CFS研究班作成より)

《A.大項目》
1.生活が著しく損なわれるような強い疲労が、少なくとも6ヶ月以上持続または再発を繰り返す(50%以上の期間認められること)。
 この強い疲労とは、疲労が短期の休養で回復せず、月に数日は疲労のため休まねばならなかったり、家事ができず、しばしば床に入っていなければならない程度のものである。
2.病歴、身体所見、検査所見で、よく似た症状が出る他の病気を除く。
 ただし精神疾患については、心身症、神経症、反応性うつ病などはCFSに先行して発症したものは除くが、同時または後に発症した例は除外しない。《B.小項目》
@.症状(以下の症状が6ヶ月以上にわたり持続または繰り返し生じること)
 a微熱(37.2〜38.3℃)または悪寒、bのどの痛み、
c首や腋のリンパ節の腫れ、d原因不明の筋力低下、
e筋肉痛ないし不快感、
f軽い作業後に24時間以上続く全身倦怠感、g頭痛、
h腫れや発赤を伴わない移動性関節痛、
i精神神経症状(光線過敏、一過性暗点、物忘れ、易刺激性、錯乱、思考力低下、集中力低下、抑うつのいずれか一つ以上)
j睡眠障害(過眠、不眠)、
k上記の症状が数時間から数日の間にあらわれる
A.身体所見(少なくとも1ヶ月以上の間隔をおいて2回以上)
 a微熱、b咽頭炎、c首や腋のリンパ節の腫れ《診断》
●Aの全てに該当した上で、
 aB・@の6項目以上、B・Aの2項目以上に該当、あるいは、
 bB・@の8項目以上に該当――のいずれかを満たすと「CFS」と診断する。
●Aには該当するが、Bの条件を満たさないものは「CFS疑診例」とする。
●上記の基準で診断されたCFS(疑診例は除く)のうち、感染症の後に発症したものは「感染後CFS」と呼ぶ。