新興・再興感染症

 前号の結核だけでなく、ペストやマラリア、コレラなど、一時は制圧されたかに思われた感染症が今、ますます狂暴になって復活し、"再興感染症(表1)"として世界中で再び猛威をふるい始めています。
 また、エイズやエボラ出血熱などの"新興感染症(図1)"も、ここ20年で30種も出現しています。これは過去にないハイペースです。
 私たちは感染症の脅威から、どのように身を守れば良いのでしょうか。

現代社会がもたらした

新興・再興感染症 WHO(世界保健機関)は1996年の世界保健報告で、感染症が世界の死因の3分の1を占めることを報告し、「今や地球的な規模で感染症による危機に瀕している」と警告しています。
 感染症が蔓延している背景には、a細菌やウイルス、寄生虫などの病原体側の因子、b感染を受ける人間側の因子、c両者を取り巻く環境の変化――の3つが関連していると、東邦大学の山口恵三教授は指摘しています。

1.凶暴化する病原体

 多くの再興感染症が、凶暴になって復活しています。
 代表的なのが「A群溶血性連鎖球菌」です。これは喉や関節の痛みなどをおこすありふれた菌ですが、数種が突然、強い毒性を獲得して「劇症型」に変異。すぐに処置をしないと、数時間から数日のうちに体が腐って死に至る"人食いバクテリア"として、90年代に恐れられるようになりました。
 また、「マラリア」をはじめ、薬に対する抵抗性を身につけた病原体も増えています。WHOは、病原体が薬剤への耐性を獲得する能力の方が、人間の新薬開発能力を上回り始め、その差は急速に広がりつつあると懸念しています。
 病原体はもともと、環境への優れた適応能力や薬剤への耐性能力を持っています。しかし、現在の薬剤耐性菌の急速な出現を助けているのは人間です。先進国では"薬漬け医療"、途上国では薬局で簡単に入手し、誤った使い方をする"素人療法"が問題だと指摘されています。また、畜産の現場における抗生物質の乱用も見逃せません。

2.免疫力の低下

 人間の免疫力の低下も感染症を拡大させている原因の一つです。特に、日本人の免疫力低下は深刻だと言われています。
 それを象徴しているのが、95年にバリ島でおこった「コレラ」の集団発生事件です。このとき、現地の人や他国の観光客は全然平気なのに、日本人観光客だけが次々と発病し、その数は2ヶ月で200人を超えました。
 日本人の免疫力が低下している一因として、東京医科歯科大学の藤田紘一郎教授は、行き過ぎた清潔志向が病原体への抵抗力を弱めていると指摘。特に最近の抗菌ブームは、悪玉菌から人間を守る善玉菌まで殺すことにつながると警告しています。
 また、精製加工食品の普及などで微量栄養素が不足しがちな現代型食生活や、糖尿病をはじめとする生活習慣病の増大も、免疫力の低い人を増加させています。

3.環境の変化

a国際交流の活発化
 交通機関の発達に伴い、かつてはある地域に限られていた感染症が、世界中にあっという間に広がるようになりました。
 海外から日本に持ち込まれる輸入感染症としては、アジア・アフリカ地域に多い「マラリア」、「コレラ」、「黄熱病」、「デング熱」などが代表的です。
b食環境の変化
 海外からの感染症は、人が持ち込むとは限りません。"食品生産地や食材流通の拡大"による輸入食品の増加も、感染症を蔓延させている一因です。
 近年、海外渡航歴のない人が国内で「コレラ」を発病するケースが相次ぎ、原因はまだ不明ですが、輸入の魚介類が犯人ではないかと疑われています。また、日本で急増している「サルモネラ・エンテリティディス(SE)」は、イギリスから輸入した産卵のためのヒヨコがもたらしたのが原因です。
 さらに、"食品の新しい生産法の出現"も感染症の拡大に一役かっていると、アメリカのミネソタ州公衆衛生局のM・オスターホルム氏は指摘しています。
 例えば、アメリカで22万人が「SE」に感染した食中毒事件では、原因となったアイスクリームは、工場で原料を混合し、トラックで運搬、サイロに保管、その後加工して全米に大量流通――という生産法から、原料へのわずかな細菌の混入が多くの感染者の発生につながったと報告されています。
 96年に日本で「病原性大腸菌O157」が大流行した際にも、センター方式で大量につくられる学校給食の問題が取り沙汰されました。
c地球環境の変化
 熱帯雨林などには、古くから野生動物と共生してきた未知の病原体がたくさん潜んでいます。
 開発のために森林が伐採されると、これらの病原体と人間が遭遇しやすくなり、「エイズ」や「エボラ出血熱」などの新興感染症はこうして発生したのではないかと考えられています。
 また、地球温暖化がこのまま進めば、熱帯・亜熱帯地域に棲息する蚊の分布が広がり、「マラリア」などの熱帯性の感染症が日本にまで広がることも予測されています。

食生活からの予防

 地球規模での感染症の拡大を防ぐには、個人の力ではどうにもならない問題もありますが、まずは、一人一人が感染症から身を守る努力をすることが大切です。
 食生活から考えてみましょう。
a動物性食品は極力避ける
 タイ産の輸入鶏肉から「バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)」の感染者が出たり、牛の生レバーを食べた人がサルモネラの耐性菌「DT104」に感染するなど、食肉からの感染が相次いでいます。「サルモネラ」、「SE」の汚染源である卵も含め、動物性食品の摂取は感染症の危険が常につきまといます。
 専門家は、加熱調理を徹底すれば大丈夫とアドバイスしていますが、本誌では、動物性食品はアレルギーやがんなどの引き金になることからも、避けるべきだと考えています。
b調理上の注意
 ただし、O157騒動でカイワレダイコンが疑われたように、生鮮野菜などが汚染されている可能性もあります。洗浄、加熱、石鹸での手洗いなど、調理には細心の注意が必要です。
 生ものは抗菌効果のある酢を加えて調理すると良いでしょう。
 まな板などは熱湯消毒、酢洗い、天日干しなどでいつも清潔に。
c伝統食を見直そう
 輸入食品の増加が感染症蔓延の一因になっていることから、その土地の旬にとれたものを食べるのが理想的です。私たち日本人はもっと昔ながらの和食を見直す必要があります。
 納豆や味噌、漬け物などの発酵食品は、腸内細菌叢を整え、病原体の毒性を打ち消すのに役立ちます。また、納豆やお茶には、優れた抗菌効果が報告されています(図2・表2)。
d微量栄養素をしっかり確保
 ビタミン・ミネラルの不足は、免疫力を弱め、感染症にかかりやすい体をつくってしまいます。
 大気汚染やストレスの多い現代社会は、ビタミン・ミネラルが消耗されやすいので、総合微量栄養素サプリメント(栄養補助食品)を取り入れた食生活がおすすめです。

規則正しい生活と体力作り

 さらに、日頃から病原体に負けない強い体をつくることが大切です。
 適度な運動、乾布摩擦や冷水浴などは体を鍛えるのに役立ちます。特に子供はもっと外で体を動かして遊び、自然の中の細菌にふれ、抵抗力のあるたくましい体をつくる必要性を多くの研究者は指摘しています。
 過労や寝不足、精神的・肉体的ストレスは免疫力を低下させるもとです。規則正しい生活を心がけましょう。

要チェックの海外旅行

 日本には、輸入感染症に知識のある医療関係者が少なく、診断や治療が遅れたり、薬が入手できなくて命を落とす人もいます。まずは自衛が第一です。
 気軽に海外旅行を楽しめる時代になりましたが、
・出発前から体調に気をつける
・無理な日程は組まない
・旅先で流行している感染症を事前にチェック
・必要があれば予防接種を
・現地では生水や生ものを避ける(ジュースの氷にも注意)
・長袖シャツやズボンで虫に刺されない工夫をする
・むやみに動物に近づかない――など、慎重な姿勢が望まれます。

表1主な再興感染症(WHO報告をもとに作成)

細菌感染症A群溶血性

連鎖球菌感染症劇症型は"人食いバクテリア"として知られ、筋肉の壊死や敗血症をおこす。日本では92年に初の患者が確認され、98年3月までに169人が発病、うち4割が死亡。ペストノミが媒介。中世ヨーロッパで"黒死病"と恐れられた。94年、インドで2500人が感染、約50人が死亡。ジフテリア飛沫感染。93年、ロシアで約100人が死亡。発熱や喉の痛み、リンパの腫れによる呼吸困難など。結核日本では97年に38年ぶりに新規患者数が増加。多剤耐性結核の蔓延も問題。百日咳飛沫感染。風邪の症状に続き、痙攣性の咳の発作を繰り返す。96年にオランダで急増。サルモネラ卵の殻などを汚染する従来の菌に対
し、80年代後半から、卵の中に入り込んで鶏卵を汚染する「サルモネラ・エンテリティディス(SE)」が流行。また、食肉を主な汚染源とする「多剤耐性DT104」も出現。コレラ飲食物を通じての経口感染。激しい下痢と嘔吐による脱水症状などをおこす。92年、インドで毒性の強い新型コレラ「O139」が発見された。
ウイルス感染症狂犬病感染した犬などにかまれると、中枢神経がおかされ、痙攣、唾液の異常分泌、水を恐がるなどの発作をおこす。98年にはタイで49人が死亡。デング熱、
デング出血熱ネッタイシマカが媒介。高熱、頭痛、筋肉痛、関節痛、発疹などがみられる。致死率15%以上。98年にはインドネシアで3万人が感染、700人以上が死亡。黄熱病蚊が媒介。主に肝臓・腎臓がおかされ、高熱、血液の混じった黒色の嘔吐、黄疸をおこす。中南米で年間数百人が発症。
寄生虫・原虫感染症マラリアハマダラカが媒介。毎年3億〜5億人が感染、150万〜270万人が死亡。中でも熱帯熱マラリアは致死率が高い。50年代に殺虫剤や特効薬の登場で激減したが、それらに耐性をもつマラリアの出現で70年代から再び急増。住血吸虫症熱帯地域の川や湖で水浴びをすると皮膚から侵入。肝臓に寄生して肝炎・肝硬変をおこすタイプと、膀胱に寄生して血尿を出すタイプがある。トキソプラズマ症ネコが媒介。接触感染の他、感染した家畜の肉を食べて経口感染も。妊婦の場合、流産や奇形児の危険がある。エキノコックス症キツネや犬が媒介。北海道のキタキツネの4割が感染しており、流行地域は青
淨ンネルを通じて本州にも拡大。肝臓などで増殖し、肺や骨、脳への転移もある。治療薬はまだなく、手術で患部の摘出が必要。