肉食の弊害

 前略 ご多忙中恐れ入りますが、肉食の弊害についてご見解を伺いたくよろしくお願いいたします。
 過日、友人に肉食は良くないと自然食をすすめたところ、「長生きしたけりゃ肉食べよう」という見出しの新聞記事(東京新聞、平成10年7月29日)を見せられました。また、沖縄の長寿の一因として「豚肉の摂取」を指摘する専門家の意見もあります。確かに人間が肉食ではないことは分かるのですが、これらについての反論は如何したものか、見解をお聞かせ願えればと思います。
神奈川県川崎市 T・K

肉は体に良いという説と 本誌の主張

〈新聞記事の内容〉
・平成の日本人は明治期に比べ肉からの蛋白質摂取量が19倍。その結果、抵抗力・免疫力がついて結核や乳幼児死亡率が減少。
・脳卒中の減少にも肉食が関与(脳卒中になる体質のラットに、低蛋白で塩分を含んだ餌を与えると100%が脳卒中で死亡するが、高蛋白で塩分を含んだ餌の場合はわずか10%だった)。
・肉の脂肪に含まれる「オレイン酸」にはコレステロール低下作用が、「ステアリン酸」には善玉のHDLコレステロールを増やす働きがある。また、「アラキドン酸」からは、幸福な気分をもたらす脳内物質アナンダマイドがつくられる。
・肉に含まれるアミノ酸の一種から神経伝達物質セロトニンがつくられる。セロトニンが体内に十分にあると、うつ病になりにくく自殺が少ない。
〈人間の食性は本来、植物食〉
 本誌では、肉などの動物性食品は体に合わないからやめようと主張しています。それは、そもそも人間が肉食出身の動物ではないからです。
 人間の爪や歯の形が獲物をとって食べるのに適していないことや、約500万年前に人間の祖先と分かれたとされるゴリラやボノボなどの類人猿がほぼ植物食であることからも、これは明らかです。
 それが、なぜ肉食をするようになったのでしょうか。
 最近、エチオピアで約250万年前の人骨化石が発見されたとの報道がありました。「ガルヒ猿人」と名付けられたこの化石は、猿人から原人への進化の過程にあたる可能性が強いと注目されていますが、さらに、この猿人が石器を使って肉食獣の食べ残した骨から肉を削ぎ落とし、肉食をしていたらしい跡もみつかりました。
 専門家の話によると、ガルヒ猿人の時代は寒冷化など異常気象が多かった時期に当たり、困難な環境に直面した猿人が、それまでの木の実や根っこなどの植物食に、やむを得ず肉食をとり入れることで絶滅を逃れたのではないかと考えられています。
 はじめのうちはまともに消化できなかったでしょうが、時間をかけて遺伝子を変化させ、ある程度は消化酵素がつくられるように適応していったのだと思われます。
 栄養全般を十分にとれるようになったところから、頭脳も発達し、活動範囲も熱帯から温帯、寒帯まで広がりましたが、北へ行くほど作物の栽培が困難になり、どうしても肉への依存が多くなります。それで、北に住む白人種は肉食に適応せざるをえなかったわけです。
 一方、日本人は鎖国や仏教の影響から明治期まで四つ足動物はほとんど口にせず、動物性食品はせいぜい少々の魚程度という環境だったので、特に動物性食品の消化は苦手な体質・遺伝子なのです。
 それでは、もともと草食動物出身で、特に動物性食品に適応していない日本人が肉を食べるとどうなるか――。新聞記事への反論と併せてご説明していきましょう。

新聞記事への反論

・"肉は良質な蛋白源である"という誤解
 確かに、免疫を担う本体は蛋白質で、蛋白質が不足すると病気への抵抗力は弱まりますし、丈夫な血管をつくるには、蛋白質の適量摂取が大事です。そして、肉などの動物性蛋白質は必須アミノ酸が十分に含まれ、その組成も良いことが知られています。
 しかし、日本人の消化能力では、肉を食べても上手に消化して栄養源として役立てることはほんの少量しかできず、ほとんどは、腸の中で腐敗して毒素や発がん物質を生み出すもとになってしまうのです。
・肉が脳卒中を予防!?
 腸から吸収された強酸物質が脳血栓をつくったり、脳の血管を痙攣させて脳内の血圧を上げると、かえって脳卒中をおこしやすくなることが指摘されています。
・肉に含まれる脂肪酸の問題
 「オレイン酸」は、肉だけでなくオリーブ油や菜種油にも多い脂肪酸で、酸化しにくい上に、オリーブ油を日常的に使うイタリア人に心筋梗塞が少ないことが知られています。しかし、とり過ぎればやはりカロリー過多で肥満の原因になります。特に酸化しにくい油は消化吸収が良いので、脂肪として蓄積されやすいのです。
 「ステアリン酸」は、人間の体温の36〜37度では固まりやすい飽和脂肪酸です。血液の粘度を高めて血流を悪くし、動脈硬化をおこしやすくなります。
 「アラキドン酸」はn6系の脂肪酸です。肉食で多量にとると、αリノレン酸のようなn3系脂肪酸とのバランスを崩し、動脈硬化や高血圧を招くもとになります。さらに、アラキドン酸からつくられる生理活性物質のロイコトリエンやプロスタグランディンには、アレルギーの炎症を悪化させる作用もあります。
 いずれにしても脂肪分の摂取は極力控えるべきで、必要な脂肪酸は豆類やゴマなどの種実類、穀類、野菜、また少々の魚などで十分にまかなえます。
 とにかく、今、日本人の脂肪摂取量はエネルギー適正比率を大幅に上回り、特に、摂取源が肉・乳製品などの動物性食品に偏りがちなことが指摘されています。肉からの脂肪摂取などは意識的に減らすべきというのは、何も本誌に限らず、世界の常識です。
・セロトニンは肉のアミノ酸からしか作られない?
 神経伝達物質セロトニンは、必須アミノ酸のトリプトファンからつくられますが、ナッツ類や大豆などの植物性蛋白質にもトリプトファンは豊富です。

うまく消化できない肉は 栄養にはならず、毒になる

 以上、新聞記事に対し、個々に反論しましたが、とにかく十分に消化することができなかった肉は、栄養にはならず、毒になるということが肝心です。
 大腸に運ばれると便秘のもとになり、悪玉菌の働きで腐敗してフェノールやインドールなどの発がん促進物質をつくり出して大腸がんの引き金になり(図)、さらに、肉とがんとの関係では、
・肉などの高蛋白食をとると、大量に発生したアンモニアを肝臓が処理しきれなくなり、アンモニアが遺伝子を傷つけてがん化させる
・肉や魚の焦げた部分には、強力な発がん物質のニトロソアミンがつくられる
・赤身肉に多いヘム鉄が脂肪の酸化物(過酸化脂質)と反応すると、非常に酸化力の強い過酸化脂質ラジカルができ、細胞や遺伝子を傷つけて発がんのきっかけをつくる――などの報告もあります。
 ですから、高蛋白・高熱処理・赤身肉という条件をすべて満たしたステーキなどは、大変に危険です。
 また、アミノ酸の段階にまできちんと分解されていない蛋白質(ペプチド)が腸壁から吸収されると、体はそれを異物(異種蛋白質)とみなし、アレルギー反応をおこすもとになります。

蛋白質は植物性食品で確保

 肉などの動物性食品の消費量増加にともない、脂質のとり過ぎだけでなく蛋白質のとり過ぎの害も指摘されるようになりました。
 しかし、肉の代わりに穀類や芋類などの植物性蛋白質をとるようにすれば、同じエネルギー量でも、脂肪や蛋白質の量はぐっと抑えることができます。
 植物性の蛋白質は、制限アミノ酸といって、必須アミノ酸のどれかが基準値を下回っていることが多いのですが、うまく組み合わせれば、それぞれの制限アミノ酸を互いに補って質の高い蛋白質になります。
 特に、お米と大豆の組み合わせは相性が良く、必須アミノ酸は理想に近いバランスで揃います。麦・雑穀ご飯を主食に、大豆は消化しやすい納豆や味噌などの大豆発酵食品でとるのがおすすめです。

畜産が招くさまざまな問題

 食糧問題の面からも、蛋白質は植物性食品からとるべきです。100〜200gの肉蛋白を得るためには、家畜に1kgの飼料蛋白を与えなければなりませんが、肉の代わりに直接、穀物を食用にすれば、たちまち5〜10倍の蛋白質を供給でき、食糧不足の発展途上国にまわすことができるのです。
 この他、畜産の現場では、家畜に感染症が広がるのを防ぐために抗生物質が乱用され、それが、院内感染などの原因となる多剤耐性菌をつくり出す温床になっているという問題があります。
 さらに、家畜に投与された成長促進ホルモン剤が、それを食べた人間にも早熟化・早老化の影響を及ぼすことが指摘されています。
 また近年、食べた人間を痴呆にする狂牛病をはじめ、肉を媒介とした感染症が世界各地で蔓延していることも、肉食を避けたい理由の一つです。