治療の現場で見出されたチョコレート・ココアの健康効果

高齢化社会に向かって、美味しく愉しく健康に

自治医科大学医学部救急医学講座
救命救急センター
間藤 卓教授

疫学研究から、成分研究、臨床研究で成果を挙げるチョコレート・ココアの健康効果

 近年、健康長寿者にはチョコレート愛好家が多い(例:1997年に122歳で亡くなった仏人女性J・カルマンさんは1週間に約1・のチョコレートを食していた)、高塩分かつココアの飲食習慣を持つパナマ先住民クナは高血圧や心疾患が極端に少ない──等々、数多くの疫学研究が報告され、原料のカカオ豆(8頁表2)の機能成分についても、ずば抜けて多く含まれる抗酸化物質のカカオポリフェノール(8頁表3・9頁表4)を中心に研究が進み、ここ数年「高(ハイ)カカオ」を謳った製品が市場を賑わせています。
 高度救急医療(第三次救急医療)のスペシャリスト、間藤卓先生は「救急医療は、敗血症ショック、中毒、外傷など中等症から重症まで、幅広く多彩な臨床経験ができる場であり、俯瞰的な視点と複合的な判断力が問われる職場で症例を重ねることは、医師としての臨床能力を高める」といわれています。
 間藤先生がチョコレートの健康効果に注目されたのも、まさに救急医療の現場でした。
 20年ほど前、食事も受けつけない重症外傷患者さんが好物のチョコレートだけで命を繋ぐ中で、体力はもとより重度の創傷まで、改善・回復したのです。
 間藤先生はこの体験を契機に、臨床の現場における、チョコレート・ココア摂取によるカカオの機能性について研究・考察を続け、創傷治癒をはじめ多くの効果を見出されています。

カカオだけではないチョコレート・ココアの機能性
治療現場で遭遇した重症患者の目を瞠るチョコレートの効果

──先生がチョコレートの健康効果に注目されたのは救急治療の現場だそうですね。
間藤 20年ほど前、事故で重症外傷を負った50代男性ですが、感染症も併発し、痛みや熱で消耗して病院食も喉を通らない。食事が摂れなければ傷の回復もままならず、そこで何でも好きなものを好きなだけ食べてもらうことにしたら、チョコレートが食べたいということで、1日5〜6枚の板チョコを食べるようになりました。
 すると1ヶ月ほどで感染症が良くなった証拠に熱が下がり、体力もついてきて、何より驚いたのは、治療を施しても改善しなかった傷が快方に向かったことでした。こうなると病院食も摂れるようになり、無事退院できました。
 この症例に遭遇し、カカオには「創傷治癒」を促す効果があるのではないかと、研究を始めたわけです。

高カカオだけではない 機能性はミルク入りにも──食品を総体として捉える

──今、健康食としてチョコレート、中でも高カカオチョコレート(表1)が注目されていますが、先生の研究のきっかけとなった症例では、患者さんはごく普通の板チョコを摂取し、その後も先生は高カカオではなく、普通の砂糖・ミルク入りのもので研究されているそうですね。
間藤 はい。
 長い間嗜好品として愛されてきたチョコレートやココアは近年、主原料のカカオ(カカオ豆・表2)の機能性成分、特に豊富に含まれる抗酸化物質のカカオポリフェノール(表3)を中心に研究され、多様な機能性が報告される中で、最近はポリフェノール以外のカカオ成分についても研究が進められています(表4参照)。こうした成果を踏まえて、カカオをよりピュアな形で摂取し、その効能を享受しようというのが「高カカオチョコレート」です。
 一方、私達が日常口にしているチョコレートやココアは、カカオ単体ではなく、カカオに加えて、糖類や乳成分、中にはナッツや果実入りなど、多くの素材を複合して美味しさや風味を工夫した食品です。  私達がチョコレート・カカオの研究を始めたのは、臨床現場で偶然遭遇したチョコレート効果がきっかけでしたから、その後も、市販のチョコレートやココアを普通に摂取することで得られる効能効果を検証しています。高カカオの良さがある一方で、ミルク入りのチョコレート、ココアにも別の良さがあるだろうということで、チョコレートやココアという総体として生じる効能について考えていくというのが私達のアプローチです。

臨床応用から見出された健康効果
症状改善の事実が大事

上部 結局、欧米で販路を失ったモンサントは、日本政府に圧力をかけ、GMO及びF1の輸入を強化させているのでしょう。世界一、GMOを食べているのは我々日本人なのです。
──こうした悪法に対して対応策はあるのでしょうか?
間藤 研究者とは違い、医者である私達にとって大事なのは、成分の探索よりも、臨床結果であり、自信をもって言えるのは、チョコレートの摂取で容態が改善した事実です。
 そして、これを次にどう活かすかが大事です。現在の医療でも、例えば薬にしても十分ではないことはまだまだ多く、そういう局面に食品の出番があるのではないかというのが私のスタンスです。
 その食品は、入手が容易で、よりシンプルに臨床に応用でき、何より臨床医師の直感として──長い年月をかけて育まれてきた“人が好んで口にする食品”にはそれなりの効能があり、それを尊重して食品を捉えることが重要──と感じています。端的にいえば、美味しい、食べたいと感じる食品であることが重要です。
 このような理由で、私達が研究に用いたのはミルクココアや通常のチョコレートであり、それを希望する患者さんに食べていただき(または経腸栄養で投与し)、その患者さんを丁寧に観察する過程で効果を見つけてきました。 食養生などの予防法を講じないと自分の健康が損なわれ、病死しかねないのです。

●カカオとミルクの組み合わせで抗酸化力の相乗効果──腸内細菌と乳糖と水素

間藤 カカオには、老化・万病の元ともいわれる活性酸素を消去する抗酸化物質(カカオポリフェノール)が他の食材に比べ抜群に多く(表3)、高カカオチョコレートが選択肢となるのもわかります。
 一方で、ミルクチョコレートはカカオ本体の抗酸化作用に加えて、腸内細菌が乳糖を餌に生成する水素、それとミルク自体にも抗酸化作用があり、そういう意味でもミルクチョコレートも一つの選択肢となり得ると思います。
 腸内細菌はミルクに含まれる乳糖を餌にして水素を産生します。水素は最強(凶)の活性酸素「ヒドロキシルラジカル」の唯一のスカベンジャーとして抗酸化作用を発揮します。腸内細菌が乳糖を分解して作る水素を腸管はすぐに血液に通しますので、水素の摂取源として効率が良いとも考えられます。ミルクチョコレートやミルクココアの継続摂取で、持続的に体内に水素を供給できるわけです。

●創傷治癒促進効果──亜鉛などのミネラル

間藤 チョコレートで傷が著しく回復したのは不明な部分も多いのですが、カカオにはミネラルが多く、その中でも亜鉛や銅などが皮膚の再生に重要な細胞分裂や、炎症作用をもたらす白血球に何らかの働きかけをしていると考えられています(図1参照)。
 チョコレートやココアの抗酸化作用も、傷が治る過程で起きる過剰な炎症反応を抑制する働きがあることが考えられています。
 ココアを投与したラットと投与しないラットで傷の治り具合を比較したところ、ココアを投与したラットの方が傷の治りが早いことが確かめられました。

●腸内細菌と便通・便臭の改善──不溶性食物繊維・リグニン

──GMOを有害とする公的データはあるのでしょうか?
間藤 腸内細菌との関連では、カカオに含まれる不溶性繊維のセルロースと共に豊富に含まれる「リグニン」(木質素と呼ばれる高分子物質)という物質が善玉菌を増やしたり、リグニンが消化管を通過して便に至るまでに周囲の水分を吸収して便のカサを増すことで、大腸への自然な刺激となり、便通を改善すると考えられます(図2)。
 便臭の低減に関しても、便の通過時間の短縮や、カカオやミルクなどの影響の総体として、便中の臭気構成成分であるアンモニア量や硫化水素、メチルカプタン量などを低下させ、効果を発揮する可能性が考えられます。

●抗インフルエンザウイルス効果──NK細胞の活性

間藤 試験管内の実験で、インフルエンザウイルスにココア抽出液を混ぜたら、ウイルスが無力化されていました(表5)。
 そこで、致死量のインフルエンザウイルスを感染させたマウスにココア熱水抽出液を飲ませたところ、マウスの死亡率が有意に低下しました(図3)。
 実験で用いたココア熱水抽出液は、私達が通常飲んでいるココアの上澄み2〜3杯量に相当します。つまり、普段からココアを少し多目に飲んでいると、インフルエンザに効果がある可能性が示されたわけです。
 これにびっくりした私達は、健康成人男女100名以上に参加してもらい、ワクチン接種により擬似感染に見立て、ワクチン接種時に、@ココアを摂取した群と、Aココアを摂取しなかった群とで比較検討したところ、自然免疫を担うNK細胞の活性が、飲んだ群では有意に上昇していました。
 昔からいわれる「冬には温かいミルクココア」、これは理に適っていたのです。

●血流改善・冷え性抑制・ウォーミングアップ向上──カカオの血管拡張作用

間藤 高カカオのメリットで一番多く、今確実にわかってるのは「血管拡張作用」です。
 冷え性の原因で最も多いのは、末梢の血液循環が悪くなることです。共同研究者の実験では、ココアは毛細血管に働きかけ、体を長時間にわたり温めることが実証されました。
 冷え性を自覚する女性12人を対象に、ココアと他の嗜好飲料の効果を比較検討した実験では、手の甲の表面温度や、手の指先の血流は明らかにココア摂取群が優っていました(図4・5)。
 また、運動前のウォーミングアップの向上効果も見られました。試飲30分後にウォーミングアップしたところ、ココア摂取群では、@末梢の体表面温度、A柔軟性、Bバランス機能等が向上していました(図6)。
 これらの機能改善とその持続は血流改善だけではなく、ココアの成分が広く全身に好影響を与えた結果と考えられています。

●歯周病予防効果──カカオポリフェノールの抗菌効果

間藤 歯を失う二大原因の虫歯と歯周病のうち、歯周病は歯を失うだけではなく、歯周病関連菌が気管や血管に入り込むと、誤嚥性肺炎や心臓や脳、全身にまで影響を及ぼすと報告されています。
 鶴見大学歯学部との共同研究では、ココアに歯周病予防効果があることがわかりました。
 ココア熱水抽出液を用いた試験管内実験では、3種類の歯周病関連菌に抗菌作用を示し、ココア添加量が多いほど抗菌効果が強く見られました(図7)。
 そこで、健常者を対象にココア摂取による効果を検討したところ、@歯周病関連菌は全て減少傾向が認められる一方で、A口内環境を整える口内常在菌の数は全体では明らかな変化は認められず、また、B口臭原因となる揮発性硫黄化合物の濃度もココア摂取群で低下しました。
 この抗菌効果を有する主な成分は、ココアに含まれるカカオポリフェノールであることが明らかとなっています。
 尚、カカオポリフェノールの抗菌効果はピロリ菌でも見られています(図8)。

●動脈硬化・脳の老化の抑制効果──カカオポリフェノールの血管を守る機能

間藤 私の父の間藤方雄(自治医科大学名誉教授)が1970年頃に発見した「間藤細胞(Mato細胞)」は、脳内に常在するマクロファージ(貪食細胞)の一種といわれ、脳血管内の異物や老廃物を摂取して処理するスカベンジャー細胞として重要な役目を果たしていると考えられています。しかし、加齢に伴って間藤細胞は膨化し、そのために血管が狭まり、脳の血流が悪くなる原因になると考えられます。
 カカオポリフェノールには、コレステロールなどが誘因となってマクロファージが集積して起こる動脈硬化のうちの粥状硬化を抑制する効果が知られています。
 脳内の血管にはそのような血管変化がない分、同様のマクロファージ系の間藤細胞にも、カカオが何かよい効果を与えるのではないかと推測できます。
 そこで、高血圧をきたしやすいラットに生後5週までは通常飼料を与え、その後の6〜13週まで@Na含有飼料群、ANa含有飼料にココア0・25%添加飼料群に分けて、脳の血管を調べてみました。
 結果、ココア添加飼料群の脳血管では間藤細胞のライソソームの空胞化が少なく、間藤細胞の劣化が抑えられていることが推察されました。さらに興味深いのは血管自体も変形が少なく、血管内皮も正常に近く保たれていることで血管内の血流もより良好に保たれていることが推察されました。

●マスキング効果──服薬等の補助剤に

間藤 チョコレート、ココアには強い「マスキング効果」があります。
 カレー粉など、少量でも調理に加えると料理がほぼその風味に支配されてしまう効果を食品の「マスキング効果」といいます。
 チョコレートやココアパウダーもこの効果が強く、カレーの仕上がりにチョコレート片やココアパウダーを隠し味として使ったりするのは、カレー粉がチョコレートやココアに負けないマスキング効果があってこそ成り立つ組み合わせ効果といえます。
 私達はカカオのマスキング効果を服薬補助剤として積極的に利用したらどうかと考えました。チョコレートは子供からお年寄りまで喜んで食べるお菓子の代表格であり、中でも病床にある方々には、服薬の苦労や苦痛を和らげる助けとなると考えられます。
 普段から口にしているものでしたら、アレルギーなどの問診も容易であり、副作用のリスクを最小限に減らすことができます。
 そこで服薬補助剤としての効果を検討したところ、チョコレート含有服薬補助剤は従来の服薬補助剤に比べても、勝るとも劣らない服薬補助効果のあることが確認できました(図9)。

チョコレート・ココアの明日
高齢化社会に向けて美味しく愉しく健康に

間藤 健康長寿者にはチョコレートやココアを好む方が少なくないと聞きます。マザー・テレサもチョコレートが大好きだったそうです。父の間藤方雄もチョコレートやココアが大好きで、85歳を過ぎても知的好奇心旺盛で論文を書き続け、私の──間藤細胞におけるチョコレート効果を見た実験結果──には我が意を得たりと、さらに愛好していました。チョコレートやココアを毎日愉しむことが、脳の血流にも効果を発揮し、高齢になっても好奇心旺盛な脳の活動を支えていた可能性はあると考えられます。
 高齢者、特に高齢女性はかなりの頻度で排便が順調でないことに悩んでいます。排便を気にするあまり、食事を十分に摂れないケースもあります。便通・便臭の改善効果は病院の看護師さんの気づきからわかりました。この効果はご本人はもとより、看護や介護の側にとってもそのお役目の一助にもなると思われます。
 尚、肥満や糖尿病等の心配がある方は、糖分や乳成分が少ない高カカオチョコレートやピュアココアパウダーを選ぶと良いでしょう。

災害の場にも活かす

間藤 地球温暖化などの影響による気候変動、また火山や地震などの災害が相次いでいます。
 東日本大震災では私達救急医療従事者にも大きな試練でした。最大限の支援を行った一方で、同時に多くの課題があることを再確認させられました。
 その一つが、チョコレートやココアが十分に利用できなかったことです。チョコレートは長期保存ができず、高温環境で溶けてしまうことが大きなネックでした。
 災害支援に派遣した救命救急センター数十人のスタッフにインタビューを行い、より災害に適したチョコレートの要件──残渣の少ない包装や、ストレスのある状況の味覚にあった味付け──等についてデータを収集し、製菓会社にその結果を伝えました。
 その内の一社からは、夏の暑さでも溶けにくく、長期保存を可能にする“焦げ骨格”のあるチョコレートを用いることで災害食品としての要件を満たすチョコレート缶が開発されました。

最後に読者の皆様へ

間藤 今回ご紹介した一連の研究は、基礎的な検討レベルから臨床的な検証までいろいろな段階のものが混じっております。また効能を発揮する物質も多様です。いずれにしろココアは気軽に試せる自然食品ですので、ぜひ皆様ご自身で効能を確かめて、お気に入りのものがありましたら末永く愛用ください。
 今後はさらに、機能性の面からの改良を希望し、高齢化が進み、大災害が多発する昨今において、美味しくかつ機能性に富んだチョコレートやココアのさらなる活用を望んで止みません。