健康寿命の伸長は"血管の若さ”に尽きる

しなやかで健康な血管を保つ「血管若返り生活」

大阪市立大学大学院准教授島田健永先生

アンチエイジングの鍵は「動脈硬化」の予防と改善

 「人は血管とともに老いる」といわれます。しなやかで健康な血管を維持することこそ、「アンチエイジング(抗加齢・抗老化)」の鍵となり、血管老化の本体「動脈硬化」の進行を遅らせることができれば、「百歳長寿」も夢ではないといわれます。
 実際、日本人の死因別死亡率では、心筋梗塞や脳卒中などを併せた「心・血管病(循環器病)」の死亡率は、
第1位の「がん」に迫ります(図1)。心筋梗塞や脳卒中は突然死の原因にもなり、命が助かっても予後を著しく損なうことが多い病気です。
 大阪市立大学循環器内科の島田健永先生は、カテーテル手術は5千件以上と血管内手術を中心に心筋梗塞の血管と向き合う中で、「心臓トラブルによる緊急患者さんを少しでも減らしたい」という思いが募り、現在は「病気の予防」を研究テーマに循環器病に取り組まれ、同時に、多くの患者さんの診察や健康指導、啓蒙活動に活躍されています。
 その中でも、子供を含めた若年層にメタボリックシンドロームや循環器病が増えていることから、特に「食育」を含めて食生活の重要性を警告されています。

 老化は血管から始まる血管の老化「動脈硬化」
――血管は人体を健やかに保つ「つなぎ役」

島田 体のあらゆる臓器、組織は互いに密接に関連し、相互に作用し合って人体を健やかに保っています。その「つなぎ役」となるのが「血管」です。人体のつなぎ役である血管が若々しく保たれていれば、人は「いつまでも健やかに過ごせる」ことも可能ですし、逆に、血管が衰えれば全身の老化につながります。まさに「人は血管とともに老いる」のです。
 血液を運ぶ通路である血管は全身をくまなく巡って@心臓から身体各部(細胞、臓器、組織)に血液中の酸素や栄養を供給し(動脈)
A栄養供給後に出された二酸化炭素や老廃物を心臓へ回収します(静脈)。
 血管が衰え老化してくると、血液の流れ(血流)が悪くなったり、途絶えたりして栄養や酸素が十分行き届かなくなり、そこの細胞は衰え、細胞の集まりである臓器の働きも低下してきます。
 血管を、ホースにたとえると、
・健康な血管は、新品のホースのようにしなやかで弾力があり、血液(ホースでは水)が滞りなく流れています。心臓から勢いよく血液が送り出されても、弾力のある血管は瞬時にその太さを拡張できるために血圧は正常に保てます。
・老化した血管は、経年劣化して硬くボロボロになり、中に水垢や汚れがたまり水がスムーズに流れなくなった古いホースのように、硬くボロボロになった血管の内側には汚れ(プラーク)がたまり、その中をドロドロの血液が流れています。心臓から勢いよく血液が送り出されてきても、勢いを和らげる弾力がないために血管は拡張できず、血圧が上昇し、血管壁にはストレスがかかって(シェアストレス)傷つきやすくなり、「動脈硬化」が引き起こされます。つまり、血管の老化とは「動脈硬化」のことなのです。
 主要な動脈が硬化すると、狭心症や心筋梗塞、脳卒中、慢性腎臓病(CKD)など、QOLや命に関わる重篤な病気が引き起こされます(表1)。ホースは買い換えられますが、血管は換えがききません。きちんと管理して、一生大事に使っていかないとならないのです。

 血管の老化「動脈硬化」と「血管内皮」機能の重要性
 ――NO(一酸化窒素)

島田 動脈硬化を起こした血管は@硬くなり(硬化)、A狭くなり(狭窄)、B詰まりやすく(梗塞)なります。
 血管は「外膜」「中膜」「内膜」の3層からなり、そのうち、動脈硬化の鍵を握っているのが血液と直に接している「内膜」の表面にある「血管内皮細胞(血管内皮)」です(図2)。
 血管内皮の総面積はテニスコート6面分にも及び、血液を体中に十分届けられるように、さまざまな物質を分泌して、血管を守ってくれます(表2)。代表的な物質が「NO(一酸化窒素)」です。NOは、@血管を拡げたり、A血圧を調整したり、B血液の凝固や血栓の形成を防いだりしてくれます(表2)。
 血管内皮の機能は、糖尿病、高血圧、高コレステロール、血栓などの生活習慣病や、タバコ、過剰なストレスがあるとNOが正常につくられなくなり、低下します。
 動脈硬化(一般的な「アテローム性動脈硬化」)の経過を簡単に言うと、
@血管内皮が、高血糖や高血圧などで働きが低下すると、食べ物などから血液中に取り込まれた過剰なコレステロールや脂肪が血管内膜に潜り込んで、粥状(アテローム)の沈着物(こぶ・プラーク)となってたまる
Aプラークが大きくなるにつれて血管は狭くなり、プラークを覆う血管内膜は薄くもろくなり、そこに高血圧やストレスなどが加わるとプラークが傷ついたり、破れる
Bプラークが破れると、その修復に血小板が集まってプラーク表面に「血栓」をつくり、血管を詰まらせる――となります。
 動脈硬化は・危険因子となる悪い生活習慣が引き起こす血管内皮障害・と言えます。そして、そこには活性酸素による酸化障害と白血球との闘いによる「炎症」が強くかかわっています。

 動脈硬化の原因・危険因子
 「加齢」と「生活習慣病」

島田 動脈硬化(大半を占めるアテローム性動脈硬化)の発症には、加齢やメタボリックシンドローム(内臓肥満に加えて高血糖・高血圧・脂質異常症のうち2つ以上の症状がある)などのさまざまな危険因子(表3)が積み重なると、起きやすくなります。
 人間は産まれた瞬間から老化が始まり血管も例外ではなく、動脈硬化の大元の原因は「加齢」です。男性では50代、女性は60代になると大半の人に動脈硬化が見られ、遅いか早いかの違いで、完全には予防できません。
 しかし、加齢や遺伝的なものを除いて、動脈硬化の危険因子(表3)をなるべく遠ざけ、あるいは少しでも減らしていくことで、血管の若さをできるだけ保ち、健康寿命を延ばしていくことは可能です。

 最大の危険因子は糖尿病

 動脈硬化の危険因子にはさまざまありますが(表3)、そのうち現代では1番は糖尿病、次いで高血圧、高コレステロールではないかと私は思います。
 総コレステロールは20年前と比較してそれほど増えてはなく、高血圧も減っていますが、糖尿病はダントツに増えています(図3参照)。5年ごとの「国民健康・栄養調査」では、予備軍を含めた糖尿病有病数は平成9(1997)年は1370万人、それが平成24(2012)年には2050万人とすごい勢いで増えています。
 糖尿病や糖尿病予備軍になると、高血糖による酸化ストレスや、高インスリン血症、インスリン抵抗性などの影響で血管が侵され、動脈硬化が進みます。
 動脈硬化の発症年齢は早まり、心筋梗塞や脳梗塞などの発症は糖尿病の人の方が10〜15年早いとされています。その結果、寿命は約10年短くなります。
〈特に要注意! 若者にも多い「食後高血糖」と「脂肪肝」〉
島田 特に危険なのが、空腹時血糖は正常ですが、食事1時間後でも血糖が140(基準値139未満)を超える「食後高血糖」(「血糖値スパイク」)です。糖尿病予備軍に多く、「耐糖能異常」とも言います。
 私が30年近く、急性心筋梗塞と向き合う中で痛感するのは、@10年ほど前から若者の心筋梗塞が顕著に増えていること、A心筋梗塞で緊急搬送される患者さんには――「脂肪肝」(肝臓に中性脂肪やコレステロールが多く蓄積し、肝細胞の30%以上が脂肪化している状態)が多い――という事実です(図4)。さらに、「脂肪肝」があると空腹時血糖は正常でも、「食後高血糖」の人が多いことがわかってきました。
 アメリカでは小児の10人中1人は「脂肪肝」、日本では10人に1人が「肥満」で、コレステロールが高い小学生は約10%、肥満児童には脂肪肝が多いことが報告されています。「和食離れ」と「食事の欧米化」が進み、さらに近年はファストフードやコンビニ食がすっかり日常に定着したことが大きいと考えられます。食育、家庭での食事の大切さを痛感します。
〈ヤセの糖尿病と、怖い隠れ肥満「異所性脂肪」〉
島田 日本人の糖尿病は必ずしも肥満を経過せずに発症することも多く、背後には「隠れ肥満」があり、隠れ肥満の真犯人として近年注目されているのが「異所性脂肪」です。
 過剰に摂って余った脂肪は、皮下(皮下脂肪)や腸の周囲(腹部内臓脂肪)に真っ先につきますが、容量を超えると脂肪の行き場がなくなり、脳以外の肝臓や心臓などの臓器、筋肉や血管周囲などにたまるのが「異所性脂肪」です。
 皮下脂肪や腹部内臓脂肪とは異なり、むき出しで存在し、脂肪が持つ毒性が蓄積した部位に直接伝わります。
 膵臓では膵細胞を殺して、膵炎や糖尿病を、「脂肪肝」では「NASH(非アルコール性脂肪肝災)」という肝炎も引き起こします。心臓にたまると動脈硬化が進み、5千人の非肥満患者さんを5年間追跡した私たちの研究でも、明らかになりました。また、筋肉(脂肪筋)ではインスリンの作用が低下し、筋肉内への糖の取り込みが低下するので糖尿病につながります(図4)。
 異所性脂肪も内臓脂肪の一種と言えますが、いずれも「カロリー過多で高脂肪の食事」と「運動不足」で蓄積されます(健康的な食事でも運動しなければ蓄積されることが指摘)。一方で、短期間の運動で減ることがわかっています。
 痩せているのに、健診で血糖値やコレステロールや中性脂肪の数値が高く出たり、肝臓の数値が高く出たりしたら要注意です

 腹7〜8分目で栄養確保・食事は楽しく

島田 江戸寛永年間の1630年に生まれ、84歳で大往生を遂げた貝原益軒が著した『養生訓』に食事は「腹7〜8分目」とあります。少食は・長寿遺伝子を活性化する・という最近の研究結果でも少食の効果が裏づけられています。
 動脈硬化の予防には、「楽天的な生き方や考え方をするのがよい」ことも言われています。特に食事の大原則は「美味しく食べること」。体によいものを、美味しく食べる工夫をあれこれ楽しみながら挑戦し、美味しく食することが大切です。

 血管若返りには「運動」・「睡眠」も重要 血管疾患を発症しやすい人は運動習慣がない
 ――毎日歩く・歩数を増やす・食後に歩く

島田 血管を若々しく保つためには「継続的な運動」も大変重要です。患者さんに問診すると運動習慣のある人は実に少なく、ほとんどの人は運動習慣がありません。
 運動すると、体重だけではなく、血圧や血糖値なども下がってきます。食事から血液中に取り込まれた糖(血糖)は真っ先に肝臓と筋肉に蓄えられるので、筋肉量が少ないと血糖は行き場がなくなり、糖尿病を引き起こします。血糖のストック場所として筋肉は必要であり、また、筋肉は使わないとあっという間に減っていきます。
 ウォーキングは、誰もが手っ取り早く取り組めて負担も少なく、全身運動としてあらゆる病気を遠ざけてくれます。運動習慣のない人は、まずは歩く習慣をつけ、徐々に歩数を増やしていきます。
 私自身は、勤務先の最寄駅1駅前で降りて早足で歩く「1駅ウォーキング」で、50代の今まで健康診断にひっかかったことはありません。お酒も結構楽しみますが、メタボなどとは一切無縁なのは、「1駅ウォーキング」と、好物の「魚食」のお陰ではないかと考えています。
 「毎食後歩く」のは、より有効的です。1日1回45分ドカンと歩くより、毎食後「15分×3回」のプチ・ウォーキングの方が高血糖が抑えられ、血糖変動が少なかったという、70代を対象にした米国の研究結果があります。食後の運動では筋肉がエネルギー源である血糖を取り込んで消費するからです。逆に食後に昼寝をした場合、しばらくの間、血糖値は上がったままでなかなか下がらないということがわかっています。血糖値の上昇は食後1時間〜1時間半でピークとなるため、食事30分〜1時間後に20〜30分の運動が理想的です。食後すぐは、腹痛
や消化不良を引き起こしたり、低血糖を起こすリスクもあります。
 信州大学らが研究・開発した、「インターバル速歩」は、筋肉負荷が大きい「速歩」と、負荷が少ない「ゆっくり歩き」を3分間ずつ交互に繰り返すことで、血圧や血糖値改善効果が、継続的な速歩より高いことが認められています。
 高齢の方では、1日3回小分けにして合計15分以上になるのが理想です。例えば「速歩2分」・「ゆっくり歩き1分」を1回2セット行えば1日3回で計18分となります。

 「睡眠」は7時間前後確保
 起きている時間は有意義に!

島田 睡眠時間が短すぎると、高血圧や糖尿病などの慢性疾患のリスクが上がります。
 睡眠時間と総死亡率の関係は、@4・4時間未満では男女共1・6倍高く、A9・5時間以上では男性で1・7倍、女性で1・9倍高く、B「睡眠時間7時間の人の死亡率は最も低い」というデータが日本の研究で出ています。
 最新の分析では、男性の場合は「飲酒習慣があり睡眠時間5時間未満の人は脳卒中死を起こしやすい」、女性は「飲酒をしなくても、睡眠時間4時間未満になると、心筋梗塞死を起こしやすい」ことが判明しています。
 ゲートボール、カラオケ、詩吟や囲碁将棋、あるいはウィンドーショッピング、アイドルグループの追っかけでも、「何かに好奇心を持っている」ということ自体が生きる動機となり、外出の機会やコミュニケーションが増え、運動量アップにもつながり、健康寿命を延ばしてくれます。

 入浴の効用――炭酸風呂

島田 入浴や加圧トレーニングは上手に利用すれば効果的です。
 入浴は、@血管を拡げる、A血流量をよくする効果がありますが、「炭酸浴」ではさらに効果が高く、B血管再生による血管アンチエイジング効果が非常に高まります。

 動脈硬化の早期発見と検査

島田 糖尿病、高血圧、脂質異常症等、動脈硬化の危険因子となる生活習慣病、またそれから引き起こされる動脈硬化や心・血管病は症状がほとんどないままに進みます。
 一般の方は健康診断だけに頼らず、家庭での「血圧測定」をすすめます。高血圧では最も危険であり、かつ健診では見つけにくい「早朝高血圧」も見つけられます。
 血糖値計も、今後5年以内には血液採取が不要な「家庭用血糖値計」が普及されると思います。それであれば、血圧並に簡単に血糖値が把握できますし、やはり危険な一方で健診では見過ごされる「食後高血糖」が見つけやすくなります。
 医療機関の検査では、年齢に関係なく、・糖尿病歴10年以上の人・には、私は「心臓CT」をすすめています。保険外なので費用は数万円かかりますが、@冠動脈の様子が一番よくわかり、A10秒程度で終わるので負担が少なくすみます。「ナプキンリングサイン」が見られた場合は、多くの人が2〜3年以内に心筋梗塞を発症します。
 その他、5分で動脈硬化が見つかる「頸動脈エコー」、血管拡張時のNO放出量を計測する「FMD検査」や「エンドパット」、「心臓超音波(エコー)」で冠血流予備能を測る検査、体内の炎症反応を見る測定――など、動脈硬化の早期発見に役立つ検査は今、非常に進化しています。
 よく患者さんの話を聞いてくれる医師と相談し、適切な検査を受けられることは、病気の予防には重要です。