減塩は、健康寿命を延ばす第一歩

高塩食は、高血圧や関連疾患だけではなく、認知症・骨粗鬆症 ・胃がんの引き金にも

北村記念クリニック院長 安東克之先生

まだまだ高い日本人の食塩摂取量と、それを考慮した「摂取基準」

 5年に1回、改定される厚生労働省の「食事摂取基準」。最新の『2015年版』では、18歳以上の1日食塩摂取量は、目標量が男性9・0g未満が8・0g未満に、女性7・5g未満が7・0g未満と、低く変更されました。
 日本人の食塩摂取量が世界的に高いことはよく知られ、今回の変更でもそれが考慮されて、WHOの推奨量5gなどと比べてもまだまだ甘い目標値となっています。
 今回の見直しは、日本で最多の生活習慣病(推定患者数4300万人)といわれる高血圧の予防の観点からなされました。
 高血圧は、脳血管疾患、認知症、心臓病、慢性腎臓病(CKD)など、命やQOLなどに深く関わる疾患を招くリスクが高く、高血圧の予防は、平均寿命とは10年以上の開きがあるといわれる日本人の健康寿命を延ばすためにも重要とされています。
 さらに最近の研究では、高食塩食はメタボリックシンドロームに直接関与することや、骨粗鬆症や胃がんのリスクを高めることも明らかになっています。
 安東克之先生は筑波大学や東京大学などで長年、高血圧をはじめとする生活習慣病、特に食塩との関連を研究され、『高血圧治療ガイドライン』の策定や、今回の食事摂取基準『2015年版』策定検討会ワーキンググループにも参加されています。
 「日本人の健康寿命を延ばすのに減塩は欠かせない」といわれる安東克之先生に、高食塩食のリスク、減塩の重要性など、いろいろ教えていただきました。

 日本人の食塩摂取量と       減塩の重要性 日本人の食塩摂取量と目標量
──なぜ日本人は高塩分なのか

安東 日本人の食塩摂取量基準は長い間、成人1日あたり10g未満(所要量)とされていましたが、2010年に「目標値」として男性9g未満、女性7・5g未満に削減され、今回(2015年)の改定では男性8・0g未満、女性7・0g未満になりました(図1)。
 「目標量」とはあくまで実現可能を重視した「当面目標とすべき摂取量」で、WHOでは1日5g未満(16歳以上)、日本高血圧学会では6g未満を目標値として推奨しています(図1)。
 日本人の食塩摂取量は減ったとはいえまだまだ高く、2014年に発表された男性14g、女性11・8gという東京大学の佐々木敏先生の食塩摂取量調査の結果もあります(800人を対象に24時間蓄尿で調査。図1欄外※)。今回の目標量も、5〜6g未満という値は現状では無理だろうということで出された暫定的な値です。
 人類の長い歴史の中で大量の食塩を摂取するようになったのはこの1000年程度で、文明の進化とともに食塩摂取量は石器時代の1日1〜2g以下から、10g以上へと増えてしまいました。
 その理由は、@海から陸に上がった生命体の生命維持に食塩(ナトリウム)は重要であり、ナトリウムが失われるのを防ぐ意味からも、人間の体は食塩に対して嗜好があり溜まりやすい、A食物の保存としての使用、Bさらに現代では加工食品の氾濫──等により、最終的には「現代人は食塩中毒」といわれるほど食塩まみれになってしまったわけです(図2)。
 中でも、日本、中国、韓国などアジアの米食文化圏では食塩摂取量が多く、米飯食ではしょっぱいものをおかずに食べる傾向があり、また、島国の日本では海産物からも塩分を多くとることがあげられます。

 おいしく減塩。   健康寿命を高めよう  日本高血圧学会の 食塩摂取目標量1日6g未満
 ──ダッシュ食と減塩の下限

安東 日本高血圧学会が目標値としている食塩摂取量1日6g未満は、多くの高血圧患者さんで減塩試験をして確実に血圧が下がった値を参考にして決めたものです。実はこれも中間目標で、本来は、もっと少ない値にすべきだという専門家もいます。
 例えば、AHA(アメリカ心臓協会)では高血圧リスクのある人は3・8gという値を出しています。いずれにしても、高血圧学会がかかげる目標量は高血圧や合併症の治療だけではなく、予防にも期待されるもので、血圧が正常な人でも目標にして欲しい数値です。
 特に高血圧の発症に大きな影響のある食事因子としては、@ナトリウム、Aアルコール、B肥満(脂肪)の三つがあげられます。「ダッシュ食(Dietary Approaches to Stop Hypertension)」──野菜を多く摂ってコレステロールなどの飽和脂肪酸を減らし血圧を下げる──という食事療法では、減塩を加えるとさらに血圧が下がり、その時の塩分が3・8gで、AHAはそれを採用したわけです。
 ただ、2ヶ月間の試験結果なので、長期的にはどうかという意見もあります。極端な減塩食では栄養全般低栄養になる危険性もあるからです。栄養素は1種類だけを動かすのは難しいんですね。
 減塩の下限値は、厚労省も、WHOも1・5gを提示しています(表3)。肉や魚など食品には元々ナトリウムが入っていますから、調味料としての塩をとらなくても日本人の食事だと1・5gくらい入ると思います。ただし、慢性腎臓病(CKD)では食塩の排泄能力だけではなく、保持能力も落ちていますから、極端に食塩摂取量が少ないとかえって脱水になる可能性があり、CKDの人の下限値は3gと、正常人よりも高くなっています(表3)。高齢者も腎機能は落ちてきますから、この人たちも厚労省の下限値よりは高めにしないとまずいこと
が予想されます。
 また、心筋梗塞や狭心症などの冠動脈疾患は減塩をすると増加するという疫学データもあり、特に欧米では冠動脈疾患は血圧よりもコレステロールなどの因子が大きい可能性が考えられています。
 何事もオールマイティではありませんが、適切な減塩が健康に有利なのは変わらないと思います。
 小児からの減塩の重要性
安東 小児のデータはほとんどない中、製鉄記念八幡病院の土橋卓也先生の研究では、小児の食塩摂取量は平均4・4gでピーク値が大体3g強と、平均約14kgの体重を勘案するとかなり多い値です。
 なお、厚生労働省の食事摂取基準の食塩の最大許容量は1〜5歳で3gとなっています(欧米では1〜3歳が2gという基準もあります)。
 私たちの動物実験でも、幼若なラットで血圧の上昇を見ると、若い時から塩を負荷した方が血圧が上昇しました。6週齢から負荷すると尿蛋白がすごく出て腎臓が傷んできますが、10週齢から負荷したラットは血圧は上がるものの、尿蛋白は塩を負荷していないラットとほとんど変わらない結果が出ました。
 つまり、インターソルト研究(7頁図5)でも示されたように、小児から高食塩食を摂取していると、腎臓などに影響して血圧が将来的に上がる可能性が高くなるわけです。子供の時からの減塩は非常に重要だと思います。

 家庭でおいしく減塩 〈野菜を多くしてカリウム摂取〉

安東 血圧を下げる食事として知られる「ダッシュ食」は減塩食の参考になります。──野菜や果物を多く、コレステロールなどの動物性脂肪を減らす──というこの食事の減塩ポイントは、野菜や果物から、ナトリウムを体外に排泄するカリウムが多く摂れることです(表4・図6)。カリウムは他にも交感神経抑制や抗酸化作用などもあって、それも血圧上昇を抑える働きがあります。野菜の茹でこぼしなど下処理の段階でカリウムは流失するので、生食できるものは加熱しない方がカリウムの摂取量が増えます。この他、マグネシウムやカルシウムと
いったミネラルにも塩分の排泄を助ける働きがあります。但し、CKDの方は腎臓のカリウム排泄能力が落ちているので、カリウムの摂取には気をつけないといけません。
 また、コレステロールなどの飽和脂肪酸を減らすのは高血圧や肥満の抑制になるわけですが、肥満になると腎臓のナトリウム排泄が低下することが知られています。
〈食べ方の工夫〉
安東 例えば、食べ過ぎれば相対的に塩分も増えます。腹七〜八分は減塩にも適った食習慣です。
 また、外食や加工食品が増えると、どうしても食塩過剰摂取になりますから、なるべく自炊する。その際に、出汁、うま味、香味を活かした調理を心がけると不要な塩分の使用が抑えられます。
 表面に味付けすると味を強く感じます。味付けご飯も、炊き込みご飯や混ぜご飯より、表面に味付けたおにぎりやチャーハンの方が塩分が少なくなります(表5)。同様に、魚なども中に味が浸透する煮魚より、表面に塩をした焼き魚の方が塩分は少なくなります。
〈減塩のコツ〉
安東 減塩のコツとして高血圧学会のHPに掲載したのがイラスト(図7)です。原案は滋賀医科大学の三浦克之先生、イラストは僕です。
Cの具沢山の味噌汁にすると、汁も少なくなり、野菜や海藻に多いカリウムがナトリウムを外に排泄してくれます。
Dでは、原材料に書いてあるナトリウム以外に、コンビニ弁当など保存料に塩化物が使用されたりしているので要注意です。
Fは、むやみに塩や醤油、ソース、マヨネーズ、ケチャップ等をかけないことです。
Gとの関連では、同じ食塩量でも、水分量が多いと薄味になりますので、おいしく食べるには多くの食塩量が必要になります。

減塩の最大の問題点は加工食品     ──食品表示に注意

安東 減塩はもはや、家庭や個人の努力だけでは無理な時代にきています。
 加工食品は味付けの問題以外にも、保存上からも高食塩量になっています。外食、出来合いの総菜や弁当、調味料も含めておびただしい加工食品が氾濫し、それらを利用せざるを得ない現代では、国や食品メーカーなどの協力なしには減塩の推進は難しくなっています。
 その一環として20
15年4月から、栄養成分表示で、食塩はこれまでナトリウム表示だったのが食塩相当量表示になりました(2020年完全移行)。食塩はナトリウムと塩素の化合物ですから、ナトリウム表示だと低い値になり、誤解を生じます。それで我々は食塩表示をずっと要望し続けて、それがやっと認められたわけです。2020年まではナトリウム表示も許されているので、ナトリウム表示となっている場合は簡単に
ナトリウム(g)×2・5=食塩(g)、あるいは
ナトリウム(mg)×2・5÷1000=塩分(g)──で計算すればよいでしょう。
 無塩・減塩の強調表示も参考になります。食品100gあたりのナトリウム量は、@「無塩」で5mg未満、A「低塩」は120mg以下、B「減塩」などはナトリウム低減量が100gあたり120mg以上となります。注意したいのは、「うすしお」・「うすあじ」、「濃い口」・「淡口」といった表現は塩分量とは関係ありません。
 最近の減塩食品には通常品と変わらないような品質レベルのものも出ています。多くの加工食品がレベルアップしていけば、食塩摂取量は自ずと減る方向につながっていくと思います。
 運動・肥満・ストレスと減塩
安東 運動するとナトリウムの尿中排泄が高まるというデータがあります。汗からも出ます。
 また、太っている人ほどナトリウムを体内にためやすく、痩せている人ほど食塩の過剰摂取が高血圧に影響しにくいという報告もあります。肥満の人は食事と共に、適度な有酸素運動をおすすめします。
 有酸素運動はストレス解消にもなります。ストレスがあると、交感神経を亢進してナトリウム排泄が抑えられるというデータもあります。ウォーキング、水泳、自転車等、自分の好きな運動を楽しむとよいですね。

 血圧のチェックと減塩

安東 家庭で血圧を定期的にチェックすると、減塩の成果が確認できます。体質によって異なりますが、平均すると塩分摂取を1日1g減らすと、上の血圧が1mmHg下がるといわれています。
 日本高血圧学会の基準では
・診察室血圧 上(収縮期)140/下(拡張期)90 mmHg以上
・家庭血圧 上135/下85  mmHg 以上──だと高血圧です。
 血圧は朝起きて排尿後、あるいは夜眠る前に5分ほど安静にした後に測ります。数値が高いからといって何度も測って低い値を選んではいけません。血圧は変化しますので一喜一憂せず、1週間くらい続けて測定して傾向を見て下さい。そして、減塩の目安として下さい。