毎日大さじ一杯のお酢で、元気なパワー

夏バテ・食中毒、メタボ・生活習慣病の予防まで "お酢の多彩な効用”東京農業大学        

応用生物科学部醸造科学科教授小泉幸道先生

 蒸し暑い日本の夏、食欲は減退、疲労もたまり、おまけに食中毒も心配。高温多湿な日本の夏を元気に乗り切るのには、お酢のパワーが欠かせません。
 私たち人類は昔から体験的に、お酢には疲労回復、食欲増進、殺菌・抗菌などなど、さまざまな健康効果があることを知り、広くその恩恵に与ってきました。
 こうしたお酢のさまざまな効果は、近年の研究で科学的根拠が明らかになってきています。
 さらに最近では、血圧や血糖の改善など、メタボ(メタボリックシンドローム)を中心にした生活習慣病予防効果も次々に明らかにされ、今新たにお酢が健康調味料、健康飲料として脚光を浴びています。
 お酢(醸造酢)は、穀類、果実、野菜などを原料に作られますが、いずれもお酒(アルコール)をもとに、酢酸菌という微生物の発酵作用によって作られます。
 お酢の多彩な健康効果のほとんどは、酢酸菌が作り出すお酢の主成分、「酢酸」によっています。とはいえ、原料や製造法によって、成分も微妙に異なり、味わいも異なります。今、市場にはさまざまな食酢が出回るようになり、それぞれの特徴を知ることでお酢の有効活用も広がります。
 そこで、お酢の研究40年、「お酢博士」として知られ、ご自身も「揚げ焼きそばにはお酢をむせるほどかけて、汁ごといただく」というほどお酢好きな小泉幸道先生に、お酢の健康効果、効果的なとり方を中心に、お酢のあれこれをお聞きしました。

 お酢の主役・健康の鍵は  お酒が酢酸発酵してできる
       「酢酸」にあり   「お酒」の数だけ       「お酢」はある

小泉 お酢は、酢酸菌の作用でお酒(アルコール)が酸化し、変化したものです。穀類や果実など、でんぷんや糖分を含んだお酒になる原料から、まず酵母菌によって発酵してお酒(アルコール)になり、さらに第2段階として、そこに酢酸菌が作用して酢酸発酵することでお酢となるわけです。つまり、お酢は2段階の発酵を経て作られているわけですね。
 太古の昔から人類は、自然発生的に生まれたお酒やお酢の存在を知っていたわけですが、やはり、お酢作りにはちゃんとした酢酸菌を添加しないと、なかなかお酢にはなりません。
 例えば、庭で採れた柿を渋抜きして容器に入れて放っとくと、いつの間にか酸っぱくなっている。柿酢ができたと思いきや、ほとんどは乳酸菌による乳酸発酵で酸っぱくなっていることが多い。容器の中に空気中の酢酸菌が入って、自然に酢酸発酵するというのはなかなか難しいのですね。
 文献に初めてお酢が記載されたのは紀元前5千年頃のメソポタミア文明の時代までに遡り、現在のような科学的、工業的な製法で作られるようになったのは、19世紀にフランスの細菌学者、パスツールが酢酸菌を発見し酢酸発酵の仕組みも解明してからのことです。
 日本には5世紀に中国から酒の醸造法と共に酢作りの技術が伝えられ、大阪南部の和泉国に定着し、江戸時代には日本各地でお酢が生産されるようになりました。
 「お酒のあるところにはお酢あり」で、世界各地にはそれぞれ伝統的なお酒に対応したさまざまなお酢があります。
 例えば、日本では米酢、フランスやスペインなどワイン産地ではワインビネガー(ブドウ酢)、イタリアではワインとブドウ果汁を長期熟成発酵したバルサミコ酢もあり、イギリスでは大麦麦芽が主原料のモルトビネガー、アメリカではリンゴ酢、中国ではもち米が主原料の黒酢(香醋)、また、フィリピンではさとうきび酢やココナツ酢が愛用されています(表1参照)。
 「お酒ができるものなら酢もできる」わけで、穀物でも、果実でも、さらに野菜や豆、はちみつなどでもお酢が作れるわけです(表2)。
 私たちは、南米の果物「カムカム(ペルーなどのアマゾン川流域に自生。100g中ビタミンCを2800mg含む)」で、「カムカム酢」(写真)を作りました。通常、酢にはビタミンCは含まれませんが、カムカム酢には大さじ1杯当たりレモン1個半ものビタミンCが含まれています。このカムカム酢はコカ栽培が盛んだった地域でカムカムを栽培して、農家の自立援助と麻薬撲滅に一役買おうということで開発が進められました。

 お酢の成分   ──主成分は「酢酸」

小泉 お酢の主成分は、酢酸菌がアルコールに作用して作り出す「酢酸」です。クエン酸などとは違って揮発性があり、お酢特有の強い酸味とツンとくる刺激臭は酢酸がもたらします。また、お酢のさまざまな調理機能、健康機能も、主には酢酸から得られています。
 お酢の成分(表3)は、約9割が水です。
 残りの約4・5%が有機酸で、そのうちの約4%が主成分の酢酸、残り約0・5%はグルコン酸、コハク酸、リンゴ酸、クエン酸、乳酸などの有機酸で、お酢の風味を決めています。
 うま味のもとになるアミノ酸は、0・1〜0・8%程度含まれ、黒酢などアミノ酸が多いほど、うま味も強くなります。
 その他、約1〜7%が糖(ブドウ糖、果糖)、さらに微量の香気成分やミネラルが含まれています。
 食酢は、醸造酢と合成酢(氷酢酸や酢酸を水で薄め、砂糖類や調味料を加えたもの)に大別されます。現在売られている食酢のほとんどは穀物、果物、野菜、その他の農産物を原料に酢酸発酵させて作った醸造酢です。
 代表的な醸造酢には、穀物酢、米酢、黒酢、りんご酢、ブドウ酢などがあり、それぞれ原料や醸造工程の違いで、独特の香り、うま味があり、料理に適した用途があります(表1)。

 お酢の健康パワーと     効果的な摂り方
 夏バテ予防から    メタボの予防まで

小泉 お酢の健康効果に関しては、近年の研究でいろいろなことが科学的に明らかになってきました。
〈疲労回復効果──夏バテ予防〉
 まずは「疲労回復効果」。糖と酢を一緒にとると疲れが素早く回復します。
 体を動かすエネルギー源は、ブドウ糖から作られて肝臓や筋肉に蓄えられているグリコーゲンです。グリコーゲンが減ってくると疲れを感じてきます。グリコーゲンは車でいえばガソリンのようなもので、疲労回復にはグリコーゲンの補給が一番です。その時、糖と一緒に酢をとるとグリコーゲンの再補給がアップします。
 特に、筋肉中のグリコーゲンは糖の補給だけでも回復しますが、肝臓のグリコーゲンは糖だけではほとんど回復されず、糖と酢を同時にとることでグリコーゲンが補給されます(図1)。
 スポーツ選手にバーモントドリンクの愛飲者が多いのも、お酢の酢酸とハチミツがグリコーゲンを素早く補給してくれるからです。
〈食欲増進・消化液の分泌促進─
便秘・夏バテ・嚥下障害の予防〉
 次に、食べものの消化吸収、排泄を高める効果。
 酸っぱいものを食べると唾液が出ます(図2)。お酢の酸味と香りは味覚や嗅覚を刺激して脳の摂食中枢に働きかけて、唾液を出し、食欲を蘇らせます。
 唾液が分泌されると、連鎖して胃液も分泌されるので、食物の消化吸収が良くなり、さらに腸のぜん動を促して便秘も改善してくれます。
 ですから、食事は酢のものを最初にとると、食欲が湧き、自然に唾液が出て、食べものも喉を通りやすくなり、消化吸収や、排泄も良くなります。
 こうした効果により、栄養不足からくる夏バテの予防、お年寄りの嚥下障害(飲み込み障害)の改善、美肌効果も期待されます。
〈食品中のカルシウムを溶出し、
吸収も促進する〉
 酢酸には、カルシウムやマグネシウムなど、ミネラルの溶出作用があります。
 食品中のカルシウムは他の成分としっかり結びついて容易には溶け出ません。ところが、肉や魚などをお酢で煮ると、カルシウムは他の成分と離れて煮汁に溶け出します。例えば、殻つきのシジミをお酢で煮ると、水に比べて4・4倍もカルシウムが溶出します(図3)。
 さらに、カルシウムの吸収率は牛乳でも約50%と低いのですが、動物実験では、お酢と一緒に摂取することでカルシウムの吸収率も高くなることが確認され、骨形成が促進される上に、骨からのカルシウム流出を防ぐ効果も実証されています(図4)。
 鳥手羽先、スペアリブ、イワシなど、骨つきの肉や魚を骨ごとお酢で煮る料理がおすすめです。煮汁300ccに大さじ1杯(15 cc)のお酢を入れるだけで十分です。煮汁もとればカルシウムも一緒にとれます。
〈血圧を下げる〉
 酢酸には血圧上昇に関わるホルモン調節機構「レニン・アンジオテンシン系」を抑制する働きがあります。
 高血圧の人を対象に、1日にお酢大さじ1杯摂取し続けると、1ヶ月半で明らかに血圧が低下し、大さじ2杯(30 cc)ではさらに早く効果が現れたという研究があります(図5)。
 お酢の摂取をやめると血圧は元に戻り、また、正常血圧の人がお酢を飲んで血圧が下がってしまうこともありません。お酢は塩味を引き立てる効果もあるので減塩効果にも役立ってくれます。
〈血糖値の上昇抑制、インスリンの過剰分泌を防ぐ〉
 糖尿病対策には、血糖値の急上昇を抑えて、インスリンの過剰分泌を抑えることが重要です。
 お酢には糖の吸収をおだやかにする作用があり、炭水化物などと一緒にとると、食後の血糖値上昇をゆるやかにしてくれ、インスリンの過剰分泌も抑えてくれます(図6)。
〈内臓脂肪・肥満抑制・中性脂肪・コレステロールの抑制〉
 メタボ関連では最近の研究で、毎日お酢ドリンク(水500ccに大さじ1杯のお酢)を12週間(約3ヶ月)継続摂取することで、内臓脂肪や、体重やBMI(肥満指数)、血中の中性脂肪やコレステロールが減少することも明らかになりました(図7、 8、 9、10)。
 酢酸が細胞内の「脂肪を燃やす遺伝子」を活性化し、その遺伝子が活性化すると、脂肪分解を助けるたんぱく質が増え、体内の脂肪蓄積を防ぐと考えられています。

 毎日大さじ1杯のお酢と        生活習慣の改善     ──継続が鍵

小泉 こうしたお酢の健康効果は、普段からの食事内容、食事量、運動量が大きく影響します。
 お酢はその助けをしてくれるものと考えて、何よりも規則正しい生活、適度な運動、食物繊維の十分な摂取、栄養バランスの良い食事を心がけることが大切です。肥満なり、便秘なり、高血圧なり、まずは原因をもとめるということですね。
 健康効果が期待できるお酢の摂取量は1日に大さじ1杯(15 cc)。毎日とり続けることが肝心です。お酢の健康効果はいずれも、お酢を摂取している間は有効ですが、お酢の摂取を中止すると元に戻ることも明らかになっています。
 とり方は、料理からとっても、飲んでも効果は同じです。ただし、飲む場合は必ず5〜10倍に薄め、空腹時は避けます。お酢をそのまま飲んだり、空腹時に飲むと粘膜を荒らす危険性があります。
 なお、酢(酸)は酸蝕歯といって虫歯菌が無くても歯を蝕む原因にもなり、酸っぱいものを口にしたら、直後に水やお茶を飲んだりうがいをして酸を洗い流すことが歯科ではすすめられているようです(酸っぱいものを食べた後の歯磨きは、水やお茶を飲んで唾液で歯の軟化がおさまる20〜30分後に)。

 暮らしの中で    お酢を上手に活用!   抗菌効果で食中毒予防

小泉 他に、お酢の大きな効果に、「抗菌効果」があります。
 お酢はpH2・5〜3・5の強酸性のため(中性はpH7)、pH5〜9で活発化する微生物の活動を抑制する作用があり、菌数を減らす「殺菌作用」と、菌の増殖を防ぐ「静菌作用(防腐効果)」ですね。
 お酢(酢酸)は強酸で抗菌性が強い上に、菌のあらゆる部分に働きかけるのでより攻撃力が強まります。こうした抗菌効果はさらに加熱では全ての食中毒菌に、塩分の添加では好塩菌の腸炎ビブリオを除いて強まることが確認されています。
 ピクルスなど野菜の酢漬けをはじめ、刺身などもお酢に短時間浸けるだけで抗菌効果が出ます。ご飯も少量のお酢を入れて炊けば炊飯時には殺菌、保存時には静菌効果が期待できます。細菌が繁殖しやすい挽き肉料理などにもお酢を上手に使うことをおすすめします。
 まな板などの調理器具も食酢液に浸すと抗菌力が出ますし、手に酢水をつけておむすびを握る昔からの方法も理にかなっています。
 かぜの季節には、コップ1杯の水(お茶でも)に大さじ1杯の酢を混ぜてうがいするのもおすすめです。

調理に活用──下ごしらえにも

小泉 最近はいろいろなお酢が出回っています。同じ米酢にしても産地や銘柄によって味わいには違いがあります。お料理好きな方はいろいろなお酢の味わいを極めるのも興味深いものです。
 料理にどれを使うか迷う方は、和食なら米酢、フランス料理ならワインビネガー、ハンバーグなどアメリカ料理にはりんご酢、中国料理には中国酢(黒酢・香醋)といった、単純な使い分けでも料理が引き立ちます(6頁表1)。
 お酢ドリンクなら、アミノ酸が豊富でうま味の強い黒酢、また、蜂蜜を入れたバーモントドリンクならりんご酢がよく合います。
 また、お酢は調理の下ごしらえにも、いろいろと活躍してくれます。
@ビタミンCの保護 ビタミンCは空気中の酸素やニンジンなどに含まれるアスコルビナーゼなどの酵素によって破壊されますが、酢は食品のpHを下げて、これらの酵素の働きを防止します。
A食材の色を鮮やかにする ゴボウやハスなど酸素に触れると褐変するのを防いだり、ショウガやミョウガなどではアントシアニン色素を引き出して赤く発色させたりする効果があります。
B肉をやわらかくする 肉をマリネ(香味野菜などと酢やレモン汁の漬け汁に浸す)にすると、肉質がやわらかくなり、保存性が上がります。肉に含まれる酸性プロテアーゼという酵素が酢の酸性によって活性化し、肉のたんぱく質を分解するからです。
Cたんぱく質の凝固 一方で、茹で卵やポーチドエッグ(落とし卵)、卵白の泡立てなどにお酢をひと垂らしするのは、酢酸は短時間ではたんぱく質を固める作用の方が強く働くからです。この作用は、魚にお酢を塗って焼くと、皮が焼き網にくっついたり身崩れするのを防ぐのにも活用できます。
D魚の臭い消し 魚の生臭い臭いはアンモニア系のアルカリ性で、酸性の酢が中和してくれます。
Eシュウ酸カルシウムの刺激を抑える 里芋や山芋の皮をむくと手がかゆくなるのはシュウ酸カルシウムが皮膚を刺激するからです。シュウ酸カルシウムは酸に弱いので、食材を酢水で洗ったり、手に酢水をつけてむくとかゆみを抑えられます。

 お酢を上手に活用して    実り豊かな健康ライフ!

小泉 最近はクリーニングにもお酢は大活躍していますね。酸性のお酢は、アルカリ性の水垢やトイレ汚れや、また油汚れ、抗菌が望まれる冷蔵庫やまな板のクリーニング、また、カビ防止スプレー、シールはがしにも利用できます。
 週3回以上お酢料理が登場する家庭では、あまりお酢料理を作らない家庭にくらべて、子どもの好き嫌いが少なく、健康状態も良い傾向があるという報告もあります。
 ぜひ、お酢を暮らしの中で上手に活用して、実り豊かな健康ライフを築いていただきたいと思います。