「骨質」劣化に潜む糖尿病などの生活習慣病
東京慈恵会医科大学整形外科准教授斎藤充先生
世界で初めて解明!
骨粗鬆症は、「骨密度」だけではない、「骨質」が関与 日本では急速な高齢化に伴い、骨粗鬆症は年々増え続け、現在患者数は1300万人、予備軍を含めると2000万人以上いると推測されています。
骨粗鬆症が怖いのは、骨の脆弱化がもたらす「骨折」です。70歳以上になると女性の50%、男性の20%が骨粗鬆症を発症し、大腿部頸部(太ももの付け根)骨折や背骨圧迫骨折などが引き金になって、寝たきりの原因になったり、死亡率を高めることが指摘されています。
これまで骨粗鬆症の主な原因は、「低骨密度(骨ミネラル不足)」とされていましたが、骨密度が高くても骨折するケースがあるなど、近年は骨密度だけではなく、骨の質「骨質」も問われるようになっていました。
しかし、カルシウムなど骨ミネラル量を測る「骨密度」とは異なり、「骨質」を評価するマーカー(指標)の研究は進んでいませんでした。
東京慈恵会医科大学整形外科の斎藤充先生は──「骨質」の善し悪しは骨のコラーゲンの状態で決まり、骨コラーゲンの錆びつき老化が骨質の劣化をもたらす──ことを、独自に開発された分析装置で突き止められました。すなわち、骨粗鬆症は骨密度以外にも、骨コラーゲンの劣化が大きな因子となることを、世界で初めて解明されたのです。
斎藤先生はさらに、骨コラーゲンの異常を定量的に知ることのできる骨質マーカー(ペントシジン、ホモシステイン)を見出し、骨質マーカーから、骨コラーゲンの劣化には生活習慣病、中でも糖尿病が深く関与し、骨コラーゲンの酸化(・糖化)劣化が骨質の劣化をもたらすことを明らかにされています。
斎藤先生に、「骨質」を中心に、強くてしなやかな元気な骨作り、骨粗鬆症を防ぐ手立て、生活習慣を、教えていただきました。
「骨粗鬆症」と骨の強度 骨粗鬆症による骨折は、 寝たきりだけでなく 寿命を8年も短縮!
斎藤 高齢化の波で骨粗鬆症(表1)の患者さんは現在、約1300万人いると推定されています。しかし、そのうち15%ほどの人しか治療されておらず、残りの約85%は骨折しやすい状況にあるのにもかかわらず治療されていません。
骨粗鬆症は骨がもろくなる疾患です。症状がないので放置されがちですが、治療すべき疾患であり、高齢者医療の大きな問題の一つになっています。
骨粗鬆症で最も問題なのは、容易に骨折しやすい(易骨折性)ことで、高齢者では骨粗鬆症に伴う骨折が、寝たきりの原因(特に大腿骨頸部骨折など)になったり、死亡リスクを高めることが明らかにされています。
骨粗鬆症で最も多い骨折は、背骨の骨折(脆弱性骨折。表1のT)です。背骨の骨折では痛みを伴わずにいつの間にか骨折する方が3人に1人もおり、そのまま放置していると5人に1人が1年以内に別の部位の背骨を骨折してきます。痛みを伴わずに背骨がドミノ倒しのように骨折していくので、背中が丸くなり(円背)、身長が低くなります。身長が若いときに比べて「4・低下」していたら、背骨骨折の可能性があり、痛みがなくても背骨のレントゲンをとることが大事です。
背骨の骨折が進むと、その後の死亡リスクを8倍も高めてしまいます。骨粗鬆症の治療は要介護を避けるだけではなく、生命予後の改善にもつながるのです。
骨密度が高くても骨折する! ──骨の強度を決めるのは 「骨密度」プラス「骨質」
斎藤 骨粗鬆症はこれまで、骨密度(骨量)の低下で起きるとされ、治療には骨密度を高める薬のみが処方され、骨折のリスク評価には骨密度測定が用いられています。
しかし、骨密度が改善したにもかかわらず、再骨折を起こす症例は少なくなく、これまでも整形外科の世界では、@骨密度が高いのに骨折をきたす症例や、A骨粗鬆症治療薬が骨折リスクを低下させる寄与度は4〜30%と低い──といった臨床的事実から、骨の強さは骨密度だけではない、骨の質「骨質」が関係し、骨強度の約70%は骨密度に、残り約30%は骨質に依存しているといわれるようになりました(図1脚注参照)。しかし、骨の質を具体的に評価する指標(マーカー)についての研究は進んでいませんでした。
私は長年の診療経験の中で、手術で骨を触りすべての患者さんは個々に違う骨を持っていることを実感し、骨粗鬆症にもいろいろなタイプがあり、その人に合う治療を考えなくてはいけないと考えていました。そのような理解を踏まえ、私たちの研究から──骨の強さは、「骨密度」すなわちカルシウム量の問題だけではなく、骨の質「骨質」が重要である──ことを発見し(図1)、さらに、骨や血管・軟骨・腱といった組織を支えるコラーゲンについて研究を進める中で、コラーゲンに過剰な老化産物が蓄積している患者さんは、骨にカルシウムが蓄
積されていても、骨や血管がもろく、骨折や動脈硬化を同時に発症することを見出したのです。
すなわち、「骨質」は骨のコラーゲンの状態で評価され、そして、コラーゲンに過剰に蓄積する老化産物が「骨質マーカー」となることを世界で初めて発見したのです。
骨は「鉄筋コンクリート」。 「骨質」は、鉄筋に相当する 「コラーゲン」が決めてに! ──善玉架橋と悪玉架橋
斎藤 骨の構成成分は、重量比ではカルシウムなどのミネラルが80%、コラーゲンを中心とする蛋白質が20%を占めますが、体積比ではほぼ同量です(図1)。
骨の構造は鉄筋コンクリートによく似た構造をしており、コンクリートに相当するのがカルシウムなどのミネラル(ハイドロキシアパタイト:水酸化燐灰石)、鉄筋に相当するのが蛋白質のコラーゲンです(図1)。
鉄筋コンクリートは鉄骨を組んでから周囲をコンクリートで固めます。骨も同じで、まずコラーゲンの骨組みができて、その周りにミネラルが蓄積していきます。コンクリートが豊富でも、支える鉄筋がサビたりして丈夫でなければ建物はもろくなります。これは骨も同じです。
骨組み(鉄筋)作りで重要なのが、コラーゲン分子同士をつなぐ、鉄筋コンクリートでいえば鉄筋同士を結びつける梁やビスに相当する「架橋」と呼ばれる構造です。
コラーゲンは、多数のコラーゲン分子が「架橋」という架け橋で強固に結合されて、骨の強さとしなやかさを維持しています(図2・表2)。このコラーゲン分子をつなぎ止める架橋構造が、骨の質を決めていることを、私たちは独自に開発した装置で解明しました。
架橋には、コラーゲンを作る骨芽細胞のコントロールによって、
@分泌される酵素の作用により、コラーゲン分子を秩序正しくつなぎ止め、適度な弾力を保ちながら骨を強くする「善玉の生理的架橋(良いビス)」と、
Aコラーゲン分子を無秩序につなぎ止め、骨を過剰に硬くし陶器のようにもろくしてしまう悪玉の非生理的架橋(粗悪なビス)──が存在し、善玉架橋では骨はバネのようにしなやかで骨折しにくく、反対に、悪玉架橋になると骨の強度が低下し、小さな衝撃でも骨折するようになります(表2)。
骨粗鬆症の3つのタイプ
斎藤 骨粗鬆症、すなわち骨の強度が低下し骨がもろくなるのは、@加齢や、A閉経に伴う女性ホルモン(エストロゲン)の分泌低下、B生活習慣病に伴う酸化ストレスの亢進等により、
1.古い骨を破壊(骨吸収)する「破骨細胞」の活性化
2.新しい骨を作る「骨芽細胞」機能の低下
3.コラーゲン架橋の異常──が生じて起きてくるわけです(図3参照)。
私たちは骨質の研究を踏まえて、閉経後女性502名の検討から、骨粗鬆症は3つのタイプに分けられることを見出しました。
すなわち、骨折リスクを、「骨密度が高く骨質の良い人」と比べると、
1.骨密度が低く、骨質が良い「低骨密度型」は、3・6倍
2.骨密度が高く、骨質が悪い「骨質劣化型」は、1・5倍
3.骨密度が低く、骨質も悪い「低骨密度+骨質劣化型」は、7・2倍──も高くなることを見出しました。
骨質劣化型を見つけ出すマーカーとして、「血中のホモシステイン高値」、「尿中の悪玉架橋ペントシジン高値」を用い、これらが骨質マーカーとして有用であることを明らかにしました。
骨質劣化の本体は 「コラーゲンの過剰老化」 背景に生活習慣病の関与 骨粗鬆症を起こしやすい 生活習慣病 ──酸化によるコラーゲン老化が 骨に及ぶ
斎藤 私は、臨床医として患者さんの治療や実験を続けるうちに、コラーゲンの老化が進行しやすい患者さんは、糖尿病や動脈硬化などの疾患のある人が多く、「骨密度が高くても骨折や動脈硬化を同時に発症する」こと、そして、「コラーゲンの過剰老化こそ、骨質低下の本体である」ことを突き止めました。
内外の疫学的研究や動物実験でも、糖尿病(DM)や、慢性腎臓病(CKD)、高血圧、脂質異常症、動脈硬化症、慢性閉塞性肺疾患(COPD)といった生活習慣病では、骨密度が高くても骨折することが明らかになっています(図4参照)。
骨質とコラーゲンの密接な関係と体全体の老化が世間で話題になり始めたころ、臨床研究の分野で、分子レベルから患者さんの臨床データまで持っていたのは、コラーゲンを研究する中で蛋白質の老化を分析する装置を独自に開発した私だけでした。
この装置の開発がきっかけとなり、骨質低下のメカニズムの解明からバイオマーカー(生体での定量測定ができる指標となる物質)の発見にまで至ったわけです。
骨質マーカーは、コラーゲンの老化産物を測定して、患者さんの全身のコラーゲンの老化状態を判別します。骨コラーゲンの錆びの程度を骨質マーカーで評価することで、患者さんの体質に合ったテーラーメイド治療ができるようになります。
悪玉架橋の正体と骨質マーカー ──最終糖化産物(AGE)の 「ペントシジン」と、 動脈硬化の危険因子 「ホモシステイン」
斎藤 私たちは、様々な生活習慣病において、コラーゲン架橋内で、老化物質であるAGE(終末糖化産物。体内の蛋白質が酸化や糖化ストレスでできる)が骨の強度を低下させることを見出しました。
さらに、骨に悪玉架橋の多い症例では、AGEの一つである「ペントシジン」が尿中や血中に多いことを突き止め、ペントシジンこそが悪玉架橋の正体であることを明らかにしました(図4)。
また、悪玉架橋をもたらす原因として、心血管の危険因子として知られるホモシステイン(14頁表3脚注参照)の高値と、その代謝に関わるビタミンB6の低値の関与を見出しました(図5)。
大規模臨床研究からも、血中のホモシステイン高値は、
@骨密度低下とは独立した骨折リスクであること
A大腿骨頸部骨折患者では血中のビタミンB6が低いという報告
B高ホモシステインや低ビタミンB6では、善玉架橋の形成に必須の酵素(リジルオキシダーゼ)の働きが阻害される
C悪玉架橋の形成に関わる酸化ストレスが増大する──ことが報告されています。つまり、血中のホモシステインが高いと、骨のコラーゲンでは善玉架橋が低下し、悪玉架橋が増加すると考えられます。
こうしたことから、ペントシジンとホモシステインは、骨質のバイオマーカーとして、骨密度では評価しきれない骨折リスクを知る指標となることが明らかになりました。
別の見方をすると、糖尿病や腎機能低下、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などでは、血中ペントシジン濃度は著しく高くなり(10頁図4参照)、また、ホモシステイン高値やビタミンB6低値は動脈硬化や高血圧の危険因子であり、さらに糖尿病でもホモシステインは高くなるので、これらの生活習慣病を持つ骨粗鬆症の患者さんは、骨のコラーゲン架橋に異常が生じている可能性があることを念頭に置くことが重要だと考えます。
なお、悪玉架橋は、加齢でも産生されます。骨折体験のない0〜84歳までの骨を解析したところ、
@善玉の生理的架橋は、0〜40歳にかけて増加し、50歳以降は一定で推移したのに対して、
A悪玉架橋のペントシジン量は、80歳代まで増加し続け、特に50歳以降は著しく増加し、高齢であるほど骨コラーゲンに悪玉架橋が蓄積していくことが明らかとなりました。
加齢も、活性酸素を増やす大きな要因であり、エストロゲンには活性酸素の害を抑える抗酸化作用があるので、閉経後は加齢とともに活性酸素の害を受けやすくなります。実際に、糖尿病がなくても、骨折した高齢女性では悪玉架橋の正体であるペントシジンが多いことを、私たちは大腿頸部骨折をした女性たちの症例で見出しています(図6)。
骨質も丈夫にして 骨粗鬆症の予防 糖尿病をはじめとする 生活習慣病を防ぐ
斎藤 糖尿病や、糖尿病でも併発する高ホモシステイン血症があると、善玉架橋の形成が低下し、悪玉架橋が形成されます。
糖尿病では、@インスリン作用不全に伴う骨芽細胞機能の低下や、AビタミンB6不足と糖化や酸化ストレスの亢進、B骨代謝回転(破骨細胞による骨破壊吸収と骨芽細胞による骨形成の代謝)の低下が骨質の異常をもたらします。
また、動脈硬化や心血管系疾患の危険因子でもある血中ホモシステインの高値、ビタミンB6の不足、酸化ストレスの増大も、コラーゲン架橋の異常の原因になります。
糖尿病では、動脈硬化や高ホモシステイン血症を引き起こすことから、糖尿病における骨コラーゲン代謝を取り巻く環境は劣悪です。
まずは、こうした生活習慣病を防ぐことが骨質の劣化を防ぎ、骨粗鬆症の予防につながります。
ビタミンB群で 骨質の健康を維持する
斎藤 骨質の健康維持に欠かせないビタミンB群では、ビタミンB6の他に葉酸、ビタミンB12は、
@ホモシステインを代謝する酵素を活性する
Aペントシジンの発生を抑える
B善玉架橋が生まれるのをサポートする──などの働きで、健康な骨の質を維持します(表3)。
実際にホモシステイン高値の人に、葉酸とB12をとってもらった研究では、骨密度は加齢とともに低下したものの、骨折するリスクが大幅に低下しました。
なお、緑色野菜や納豆などに多く含まれるビタミンKは、骨芽細胞を活性化し、新たな骨コラーゲンが増えるのを促すことが報告されています。
また、コラーゲンのサビつきは、エストロゲンの低下とともに進むので、エストロゲン様作用がある大豆イソフラボンを、納豆、豆腐、油揚げ、豆乳、煮豆などの大豆食品から適量摂取することもすすめられます。
骨密度の維持
斎藤 骨粗鬆症を予防する上では、骨密度の維持はもちろんのことです。
骨の約半分を占めるカルシウムの摂取目安は1日800mg。乳製品以外に、野菜や小魚、海藻から摂取できます。
カルシウムの吸収率を上げて骨密度維持に働くビタミンDは、魚や干し椎茸などの摂取で体内の貯蔵ビタミンDが増えます。これを活性型に変えるのが日光浴。手の平を1日15分程度、日光に当てれば十分なので、紫外線を心配することはありません。
運動は、骨密度も 骨質も高める
斎藤 骨密度を高めるには重量負荷のかかる運動が良いことが知られていますが、骨質にも良い影響を与えます。
ウォーキングや、カカト落とし、片足立ち、四股踏みなど、ご自分の体力に合わせて日課とすることが望まれます。
遺伝も影響
斎藤 日本人の5人に1人が、ホモシステインがたまりやすい体質を持っています。また、骨粗鬆症になりやすい体質は母親から娘に受け継がれやすいことが知られています。
自分の骨の質が今どんな状態かは、血液中のホモシステインや、尿中や血液中のペントシジンを測る「骨質検査」で判定できます。
体質的に骨の質が弱いと考えられるのは、
@骨密度は十分高いと言われていたのに背骨などが骨折した
A家族に複数の骨が折れたり、背中が丸くなっている人がいる
B骨密度を上げる薬を飲んでいるのに骨折した──等が上げられます。
骨質を検査してくれる医療機関は一部に限られますが、気になる人は相談してみられると良いでしょう。