久山町研究から導かれた、糖尿病と認知症予防の食事パターン
九州大学大学院医学研究院 環境医学分野教授 清原裕先生
世界が信頼する疫学調査「久山町研究(ヒサヤマ・スタディ)」
福岡県福岡市に隣接する糟屋郡久山町の40歳以上の全町民(8千人強)を対象にした「久山町研究」は、世界でも第一級の疫学調査として信頼されています。
「ひさやま方式」と呼ばれるこの疫学調査は、九州大学と町と地元開業医が協力して健診・医療相談・追跡調査・剖検(住民約8割が承諾し死後病理解剖)を行い、住民の健康管理も兼ねるという体制の下、受診率(80%以上)も追跡率(99%以上)も高く、こうした精度の高い研究が、高い信頼を得ているところです(表1)。
また、住民の年齢や職業構成は全国平均に近似し、栄養摂取状況も国民栄養調査とほとんど変わらないことから、久山町研究はある程度日本人全体の健康状況を反映するものと考えられています。
1961年に九州大学第二内科によってスタートした久山町研究は、当時日本人の死因第一位を占めていた脳卒中の実態解明と予防の調査から始まり、今では生活習慣病全般に発展し、50年以上にわたって継続されています。
その中で高齢化社会の進行を背景に、1985年からは認知症の疫学調査が新たに開始され、急増する糖尿病と認知症との深い関連が様々、明らかになってきました。糖尿病と認知症は、ともにその急増ぶりが、医療的にも社会にも深刻な問題となっています。
そこで、1980年から本研究に携ってこられた清原裕先生に、糖尿病と認知症の関連、そこから導かれた予防のポイントなどについて教えていただきました。
久山町研究から見た 認知症と糖尿病の深い関連 2人に1人が認知症になる!? ──現在6〜4人に1人 30年後は1千万人超
清原 近年、高齢者人口の急速な伸びで、高齢者認知症が急増し、医療的にも社会的にも切実な問題になっています。この上昇を食い止めるには、基礎研究によりいまだ十分解明されていない成因を明らかにするとともに、疫学研究により認知症の実態を明らかにして予防対策を講じる必要があります。
久山町研究は、福岡県久山町の住民における生活習慣病の実態を50年間にわたり見守り続けてきましたが、現在は認知症が大きな課題になっています。私たちは1985年から認知症を調査対象に追加し、65歳以上を対象に、有病率や発症率を7年間隔で調査し、これまで計5回行っています。
認知症の有病率は、80年代から90年代にかけては7%前後で推移していましたが、2000年代に入ってから急増し、最新の2012年度調査では、65歳以上の約18%(5・6人に1人)に上りました(図1)。
病型別では、時代とともに血管性からアルツハイマー性に変化し、アルツハイマー病の有病率は1985年調査開始時の1・4%から、2012年度は12%超と9倍も増加しています。
なお、有病率は医師の面接でスクリーニング調査(事前調査)を行い、認知症が疑われる人に臨床的に認知症の有無、重症度、病型を判定する2段階方式で行っており、追跡調査では剖検(死後解剖)も加えています。
厚生労働省が実施した認知症に関する共同研究には私たちも参加しておりますが、研究班の集計では、65歳以上の高齢者のうち認知症の人は2012年時点で推計15%、約462万人となり、予備軍を含めると4人に1人が認知症といわれています。
久山町のデータを、全国の高齢者に当てはめてみると、現在、日本では約550万人の認知症高齢者がいることになり、今後10年間このまま認知症の有病率が増加すれば、30年後には1千万人の認知症高齢者が出現することになります。
さらに久山町の60歳以上の高齢者1193人を17年間追跡した調査から、高齢者が生涯に認知症になる確率をシミュレーションしたところ55%の確率となり、これは60歳以上の高齢者は死ぬまでに2人に1人が認知症になることを意味します。
認知症急増の背景に、糖尿病の急増 ──アルツハイマー病では2・1倍
清原 認知症の急増は、年齢調整をして認められることから、高齢化の影響を超えて認知症を増加させる要因があると考えられます。ではなぜ、認知症がこれほど急増したのか。
認知症の危険因子となる可能性がある脳卒中、高血圧、肥満、高コレステロール血症、糖代謝異常──等の頻度の時代的変化を検討したところ、脳卒中(なかでも脳梗塞)とその最大の危険因子となる高血圧の頻度が低下した一方で、肥満、高コレステロール血症、糖代謝異常といった代謝系の危険因子の割合は男女とも、この50年間でいずれも顕著な増加を示しました(図2・3)。
なかでも私たちが注目している糖代謝異常を正確に判定するために、1988年から40〜79歳の健診受診者全員に75g経口糖負荷試験(75gのブドウ糖を負荷し2時間後の血糖値を測定)を実施し、追加調査を行いました(診断基準はWHO・図4)。
その結果、糖尿病の有病率は1988年当時ですでに男性15%、女性9・9%と予想より高く、2002年には男性23・6%、女性13・4%と増加しました。さらに、予備軍と考えられる空腹時血糖異常(IFG)、耐糖能異常(IGT)も増加していました(図5)。
つまり、この年齢層の男性の約6割、女性の約4割が何らかの糖代謝異常を有すると考えられます。
この成績を日本人全体に当てはめると、糖尿病を有する者は1200万人に達し、糖尿病に至らない糖代謝異常のある人は2000万人を超えると推定されます。
糖尿病は血管を障害し、様々な合併症を引き起こすことはよく知られています。
最近では、糖尿病の新たな合併症として、認知症が注目されるようになり、海外での疫学調査でも糖尿病と認知症の関連が報告されるようになりました。
そこで、久山町第3集団(1988年に健診に参加した2637人)のうち、追跡開始時の健診で75g経口糖負荷試験を受けた60歳以上の対象者1017人を15年間追跡した成績でこの問題を検討してみました。
糖尿病と認知症との関連は、
@空腹時血糖値は、血管性認知症およびアルツハイマー病の発症との間には明らかな関連は認められませんでしたが、
A糖負荷後2時間血糖値は、上昇に伴って血管性認知症もアルツハイマー病も発症リスクは直線的に増加し、2時間血糖値120mg/dl未満の人たちに比べて、血管性認知症では200mg/dl以上の糖尿病で、アルツハイマー病では140〜199レベルのIGTから有意に高くなりました(図6・表2)。
糖負荷後2時間血糖値は、食後高血糖によって引き起こされる酸化ストレスやインスリン抵抗性のよい指標であり、動脈硬化と密接に関連することが知られており、糖尿病は血管性とアルツハイマー型の両方の危険因子であり、とくにアルツハイマー病では正常な人に比べて2・1倍もかかりやすいことがわかりました(表2)。
最近10年の認知症の急増は、高齢化の影響に加えて、糖尿病の蔓延が大きな要因である可能性が高いと考えられます。
糖尿病・耐糖能異常が 認知症をもたらす機序 ──特に問題な インスリン抵抗性
清原 ではなぜ、糖尿病、IGTが認知症の発症の原因になるのか。
2型糖尿病、およびメタボリックシンドロームではインスリン抵抗性が基盤にあります。インスリン抵抗性とはインスリン感受性が低下した状態(インスリンの効きが悪い状態)で、代償として高インスリン血症をもたらします。
インスリン抵抗性および高インスリン血症は動脈硬化を進展させます。脳動脈硬化の進展により、脳卒中(とくに脳梗塞)を発症させるとともに微小血管病変を形成して潜在的脳虚血を引き起こし、血管性認知症の原因となることが知られています(図7)。
いくつかの疫学調査や基礎研究で、様々な糖代謝障害がアルツハイマー病の原因になることが報告されています(図7)。
@高血糖状態では糖毒性によって酸化ストレスが増え、酸化ストレスがあるとアルツハイマー病原因物質のベータアミロイドが脳に沈着しやすいとされています。
A高血糖が長期持続すると終末糖化産物(AGE)が血液中にたまり、脳の神経細胞を傷害するとも報告されています。
B糖尿病の人はインスリン分解酵素(IDE)が少なくなることが知られています。IDEにはベータアミロイドを除去する作用もあり、IDEが減少するとベータアミロイドが脳に蓄積し、アルツハイマー病にかかりやすいのではないかと考えられています。
糖尿病とともに認知症を防ぐ 追跡調査でわかった 認知症予防の食事パターン
清原 適度の運動やバランスの取れた食事が2型糖尿病など生活習慣病の予防に役立つことはよく知られています。認知症も生活習慣病の一つであり、食事や運動による予防効果がわかっています。
久山町では、1988年に食事調査を受けた人のうち、認知症ではない60〜79歳の住民1006人を15年間追跡調査した結果、効果的でかつ日本人に合った、認知症予防に役立つ食事パターンが明らかになりました。
これまでに認知症に関連する危険因子または予防因子として指摘されている7つの栄養素──飽和脂肪酸・一価不飽和脂肪酸・多価不飽和脂肪酸・ビタミンC・カリウム・カルシウム・マグネシウム──を選択して解析しました。
その結果、一定の摂取カロリーの中で、「大豆製品と豆腐」、「緑黄色野菜」、「淡色野菜」、「海藻類」、「牛乳・乳製品」の相対的な摂取量が多く、「米」の相対的摂取量が少ない組み合わせが効果的という食事パターンが導き出されました(表3)。
ご飯の量を減らし、その分、野菜や果物、大豆製品、海藻類、芋類、魚などを増やしたバランスのとれた和食メニューに、牛乳などの乳製品を加えると理想的といえます。
この食事パターンの度合いが最も高い人たちは、最も低い人たちに比べて、認知症になるリスクが4割あまり低くなっていました。糖尿病ではない人にはより効果が高く、同様に比べたところ、リスクは半減していました。
米については、ご飯が多いと、とくに高齢者では、大豆製品や野菜、海藻など認知症予防に好ましい食品の摂取が低くなることで栄養バランスがくずれることが問題で、米そのものが悪いわけではありません。
牛乳・乳製品については、乳中に含まれるマグネシウムがインスリン抵抗性を改善することから、結果として認知症の予防につながっているとみられます。
海外の追跡研究では、地中海式食事法(オリーブオイル、穀物、野菜、果物、ナッツ、豆、魚、鶏肉を中心とし、乳製品および赤肉を控える食事に少量のワイン)は、アルツハイマー病のリスクを減少させるという報告が見られます。乳・乳製品に関しては真逆の結果となっていますが、これは欧米人と日本人の摂取量の違いからくると思います。ですから、乳・乳製品も極端にとりすぎれば動物性脂肪が過剰摂取になります。
糖尿病の有病率と食品群別摂取量の時代的推移を検討したところ、糖尿病の増加に伴い増加している唯一の栄養素が動物性脂肪でした。このことから、動物性脂肪は糖尿病の最大の危険因子であると考えられ、肉類を増やせば当然、動物性脂肪も増えるので、肉類はとりすぎないほうがよいといえます。
最近、糖尿病予防に極端な糖質制限食(糖質以外は何を食べても良い)がすすめられていますが、まず糖質制限ありきではなく、適切な総摂取エネルギー量の中で大豆製品、野菜、海藻のおかずをしっかりと食べ、その分、ご飯の量を減らすという方法をとるべきです。
糖尿病でも認知症でも、それを予防する食事は日本人がこれまではぐくんできた食文化の中から、日本人に合った無理のない形を見つけることが重要です。何かを極端に制限したり、過剰摂取したりせず、多くの食品をバランスよく食べることが結局は病気の予防につながると考えています。
運動
清原 久山町の追跡調査では、運動の影響についても検討しています。
1995年に、久山町研究は世界で先駆けて余暇あるいは仕事中の運動量の多い群でアルツハイマー病の発症リスクが有意に低いことを報告しました。ウォーキングあるいはそれ以上の強度の運動を1日30分以上、週3回以上行うことでその予防効果が認められます。
その後、多くの研究でこの問題が検討され、運動が認知症の有意な防御因子であることはほぼ定説となっています。
これらのデータを一つに集めて検討したメタ解析によれば、運動は血管性認知症およびアルツハイマー病のリスクを40〜50%減少させるといわれています。