木造建築のシロアリ対策 はホウ酸塩で
健康住宅研究家 岩月 淳先生
木造住宅には盲点があった! 念願のマイホームを手に入れた!というのに、いざそこに住み始めると体調を崩してしまう人の数は少なくありません。その原因の一つに、木造住宅に使われる「シロアリ対策」の薬剤(殺虫剤)があります。神経毒性がある殺虫剤を主成分とし、敏感な人は昆虫同様に神経をやられてしまうのです。また鈍感な人でも、殺虫剤成分は体内に蓄積し、自覚症状はなくとも、長期にわたり健康阻害の要因として残ります。
今、日本には化学物質過敏症の患者が70万人とも100万人ともいわれていますが、この数は更に増していくことでしょう。何故ならば日本の新築木造住宅では、約95%程度の割合で殺虫剤が使用されているからです。
現在日本では、シロアリ予防剤として5年以上効果の持続する薬剤の使用は制限されていますが、同時にそれは5年毎に再施工を必要とすることを意味しています。
床下や、家の周りの土壌への薬剤は、揮発分解して室内にも漂うことがあるため、木造住宅に住んでいる間中は、薬剤の漂う空気を吸い続けながら生活することになります。
一方、アメリカ、豪州、ニュージーランドなどの先進国では、木造建築には天然鉱物の「ホウ酸」を使うのが通例です。これらの国では新築への殺虫剤の使用は、そもそも法律で禁止しています。ホウ酸は揮発することもなく、人には全く安全です。一回施工すれば再施工は不要で、防カビ効果、難燃効果もあるのです。このような技術を日本でも広げなければならないという試みがあります。食衣住の「住」と「健康」の話です。
住まいの環境こそ 健康の決め手
そこにいるだけで疲れが取れていく、癒しの家。
そこにいるだけで大自然の懐に抱かれたような気持ちになれる家。
化学物質や電磁波など、あらゆる健康リスクから解放された家。
新築する自宅を、そんな徹底した癒しの健康住宅にしようと思い立ったのは、2009年のことでした。
その頃、衣食住を問わず健康生活に役立つさまざまな商品や情報を全国から発掘し、会員様にお届けする企業に勤めていました。20年間の毎日が学びの連続で、日常生活の中に潜むさまざまな健康リスク、同時にそれを解決する画期的な最新技術が豊富に存在することを知ることができました。
世の中は健康志向だと言われ、「衣」や「食」の分野では、商品の安全性や積極的な健康増進効果に注目が集まるようになり、健康リスクの少ない自然素材や生体活性力の豊かな商品を選択しようとする、消費者意識も高まってきています。
また、それを支援する生産者や、無農薬野菜、自然派化粧品あるいは天然素材を重視した日常雑貨などを流通するサービス体制も充実し、遅ればせながら法令も一部整い始めています。良質の商品が比較的容易に手に入るようになっている今日この頃です。
しかし「住」についての関心はそれほど高くありません。住環境と健康との関連性が一般的にはまだ十分に知られていないからです。
そもそも健康生活に適した住環境のガイドラインがなかなか整備されず、化学物質を多用した建材が次々と開発されて、自然素材の普及は滞る傾向にありました。それにともなって、アレルギーや化学物質過敏症などの病気を訴える人々が増えてきたのです。
ここには、諸外国に比べ日本の法規制が遅れたことが関係しています。住宅を建てる際に使用される、特定の化学物質を制限する法令は、2003年7月にようやく施行されましたが、その規制も不十分であるという声もあり、住宅建材から揮発する化学物質によって、今でも多くの人々が健康被害を訴えています。
ビニールクロスや通気性を遮断する工法による、カビの発生も問題です。アメリカでは蓄膿症の97%を占める原因として、仕事場や住まいの菌類(カビなど)が関連しているという研究結果が出ているようです。
また日本では、電磁波規制はあるものの、欧米の一部に比較して緩いと言われています。
現代医学と東洋医学を駆使しながら、アレルギー患者専門の治療をされている、あるクリニックの院長は、「当院の患者が訴える不調の多くは、住まいの電磁波が原因です」と指摘しておられますが、そういった声はまだ一般には浸透していません。
どんなに優れた医療を施しても、「衣食住」という基本がすべて整わなければ、健康的な生活を続けることは難しいといえるでしょう。そして中でも基本となるのは、私たちが日々、生活をしている「住」です。住まいが安心して身をゆだねられるものでなかったら、いくら食事の安全性や化粧品、日常雑貨にこだわってみても、その努力がすべて台なしになりかねません。「住まいの環境が健康の決め手」であることに気がつき、本当の健康住宅づくりについて、自分なりの研究に取り組んできました。
幸いなことに、住居の環境リスクを解決する様々な技術が、近年次々に開発されています。ちょっと情報感度を高めていけば、一般的な市場には出回っていない優れた技術や商品に出会うことも可能です。
そういった情報をいち早く集積する職場で学んできた強みを生かし、自分の知識のすべてを盛り込んだ最高の住宅、つまり「究極の健康住宅」をつくり上げようと思い至ったのです。
もちろん経済面での限界はありますが、炭素埋設、抗酸化住宅、電磁波対策など、予算内であらゆる工夫を盛り込みました。住空間を活性化させるさまざまな情報は、サトルエネルギー学会誌のvol.15 2010(通巻27号)に論文で掲載させていただきました。
まったく考えてもいなかった 木造建築の盲点
その年の秋から始まった建築業者との打ち合わせは、健康住宅づくりへの思いと数々の手法をとことんまで盛り込み、忙しいけれども希望でいっぱいの日々でした。なにしろ、自分の住む家そのものを、丸ごと「癒される空間」にしようというのです。万全の健康住宅ができあがる日を思い描いては、毎日わくわくしていました。
ところが2010年2月の着工を前に、いよいよ詰めの打ち合わせをしていた頃のことです。建築業者さんから「シロアリ対策をどうしますか」という問いかけをされました。後になってわかるのですが、建築の打ち合わせでシロアリ防除というテーマは、たいてい最後の最後になって出てくるようです。
それまでは誰もが自分の理想とする住空間を思い描き、こだわり、ときに妥協しながらも話が進められますが、シロアリまでは考えが至りません。長期間の打ち合わせを続け、ゴールが見えてホッとするとともに、疲れも出てくる頃です。そうなって初めて、床下のシロアリという課題を突き付けられるのです。
多くの人はシロアリに関する詳しい知識など持ち合わせていません。慣れない住宅設計のプランニングに疲れ切った頭には、シロアリのことなど気にする余地がありません。銀行の借り入れがふくらんで、少し心にブレーキがかかる頃でもあります。たいていは「一般的な安いものをおまかせします」という返事で、オプションの駆除プランをそのまま受け入れる施主さんが多いのだそうです。
自分でも、危うくそう返事をしてしまうところでした。正直言って、シロアリのことは何も考えていなかったからです。「住宅の専門家がなにかしらの対策をとってくれるのだろう」くらいにしか、認識していなかったのかもしれません。
しかし、よく考えてみると、自分が木造住宅にこだわったのも、健康住宅の基本が木づくりの家にあるとイメージしていたからです。木造住宅はヒトに温もりを与えるものではあるけれど、シロアリに狙われやすいという宿命を持っています。
木造健康住宅だからこそシロアリにとっては格好のエサ場なのです。つまり、シロアリ対策をしっかりしなければ、究極の健康住宅は維持できないということになります。
最後に迎えたこの詰めを絶対に誤ってはいけないと思い立ちました。
そのとき、ふと思い出したことがありました。幼少のころから没頭した空手道の先輩の言葉です。シロアリ防除の仕事をしていた先輩は、いつしか健康を損ねてしまい、「あれは体に悪いぞ」とこぼしていたのです。
当時は強烈な臭気を放つ防除剤を噴霧していたそうですが、長年その仕事をいっしょにしていた仲間の多くは、なにかしら体調を崩していて、職場では防除剤が体に良くないという認識が当たり前にあったそうです。仕事仲間の体調不良が必ずしも防除作業のせいとは限らないでしょうが、少なくとも現場にそういう危機感があることは事実のようです。
それほど強い毒性を持つ薬剤が、自分の家に使われたとしたらどうなるか。今までこだわり抜いてきた、究極の健康住宅づくりへの取り組みが、すべて無駄になってしまうではありませんか。なぜこのことに気がつかなかったのでしょう。アリの一穴から堤も崩れると言いますが、まさか長年思い描いてきた自分の理想が、シロアリというたったひとつの盲点から突き崩されそうになるとは、夢にも思いませんでした。「我、破れたり」の心境でした。
日本のシロアリ予防は 合成殺虫剤が主流だった
着工は目の前です。あわててシロアリ防除について、自分なりに調べてみました。
かつてのシロアリ防除剤は、有機塩素系農薬、有機リン系農薬、ヒ素系といった、毒性の強い合成殺虫剤が主流で、施工後には灯油のような臭いが立ち込めていたそうです。しかしさまざまな健康被害が報告されたことから、現在ではほとんどのものについて使用が禁止されていると知って、まずはホッとしました。
代わって現在、シロアリ防除剤に主に使われているのは、ネオニコチノイド系および合成ピレスロイド系という殺虫剤です。ネオニコチノイドはその名の通り、たばこにも含まれるニコチンから造られたもので、神経を興奮させることで昆虫を死に至らしめる効果を持っています。人間に対する毒性は、以前に使用されていたものに比べて、ずいぶん緩和されているようです。
ところが、この薬剤について少し調べてみると、見逃せない情報も出てきました。ヨーロッパやアメリカでは、1990年代初めからミツバチが謎の大量死や大量失踪に陥る「蜂群崩壊症候群」が報告されてきました。現在では、北半球のハチの数が4分の3にまで減少したといわれています。また、使用量の多い日本では、最近になって赤とんぼが絶滅に瀕しているとも聞きます。赤とんぼの減少が始まった時期が、農薬としてこのネオニコチノイドを散布するようになった時期と一致するというのです。
これらの薬剤には神経毒としての働きがあり、神経伝達物質であるアセチルコリンの正常な働きを阻害し、昆虫の神経を興奮状態にさせることで死に至らしめます。それがハチの神経を狂わせて、異常行動に駆り立てているのではないかと見られています。
数々の情報は、インターネットの書店で「ネオニコチノイド」を検索してみると、様々な警告を発する書籍が販売されていて、知ることができました。
この説は必ずしも確定されたものではなく、その他にも気候変動説や電磁波説、病原菌説などがあり、結論は出ていません。しかし、2000年代に入ると、可能性のある要素を回避する予防原則の概念から、フランスやドイツを始めとするEUの主要国が、ネオニコチノイド系農薬の使用を禁止、もしくは制限するようになりました。そしてついに2013年12月1日、ネオニコチノイド系薬剤3種(クロチアニジン、イミダクロプリド、チアメトキサム)の使用を、2年間全面的に禁止するに至ったのです。
ついにめぐり合った ホウ酸処理という救世主
自然素材でヒトにも環境にも優しい防除剤はないのだろうか。自分でもあれこれとあたってみましたが、なかなかみつかりません。なぜなら、公益社団法人日本木材保存協会や公益社団法人日本しろあり対策協会の認定した薬剤を使用することが、たいていの業者の決め事になっており、当時は認定基準上、その対象になっているのは合成殺虫剤のみだったからです。
そして使用される薬剤の一覧をみると、個々の固有名詞がつけられているため、その由来がどのような成分であるかについては、一般にも建築会社にとっても認識が薄くなっているようです。施工業者の立場では、大切なお客様の家を守りたいという思いから認定薬剤を使うことは当然の選択となるでしょう。
それでも、どこかに天然の防除効果を持った商品があるに違いないと信じ、リサーチを続けているうちに、面白い情報に出会いました。
高温多湿のためシロアリの活動が日本の7倍近くともいわれるハワイでは、屋根裏までのすべての構造材に防腐防蟻処理を行うことが建築法で義務づけられています。以前はその処理剤として合成殺虫剤を使っていましたが、ヒトへの薬害が報告されたことから、人体に影響のない自然鉱物のホウ酸処理が主流になっているとか。
このホウ酸処理は、腐食しやすいパイン材を主に使用してきたニュージーランドから始まりました。1940年代頃から続けてきた研究と実践の成果を、最近になって世界に発表したことにより、すでに世界標準となっていました。
しかし、日本ではあまりシロアリ対策にホウ酸処理を行っているという話を聞きません。その理由は、前述のシロアリ防除剤の薬剤認定基準では、屋外でも使用できるレベルの耐水性が求められていたため、水溶性で水に流されてしまうホウ酸が、認められなかったということにありました。土台や壁の中の柱は、通常は雨に晒されることはないはずですが、雨の多い日本には適さないという理由で、ホウ酸が認められなかったのです。
けれども、どんな分野にも業界の慣習を後追いすることなく、素晴らしい技術を独自に研究開発していくパイオニアが存在するということを、それまでの仕事を通じて学んできました。
そのパイオニアを探し求めて、ついに出会ったのが、書籍『ホウ酸で長寿命住宅をつくろう』でご紹介する「エコボロン」です。発売しているのは、埼玉県草加市にあるMエコパウダーでした。
世界ではホウ酸処理が標準になっていると聞いても、商品によってホウ酸濃度や溶剤、添加剤の安全性、ホルムアルデヒドをはじめとするVOC(揮発性有機化合物)の揮発の有無など、その効能と安全性を左右する要素を確認しなければなりません。また、しっかりとした試験データをメーカーが持ち合わせていることも重要です。
Mエコパウダーの齋藤信夫社長を何度も訪れ、日本で一般に行われているシロアリ駆除の実態と、海外での現状、それら薬剤による国内、海外の評価などを知らされるうち、この製品の安全性と優秀性が、きわめて高いことを確信しました。
そして、究極の健康住宅を目指す我が家のシロアリ対策はエコボロンでいこうと、迷わず決心したのです。
エコボロンは従来の薬剤と同様に噴霧するタイプで、刷毛で塗ることも可能です。商品には日本木材保存協会の認定商品エコボロンPROと、一般向けのエコボロンエースがあります。
当時は、エコボロンPROの認定がとれておらず、購入したのはエコボロンエースでした。そして、基礎工事の始まっていた自宅の建築現場に行き、ホームセンターで購入した安価な噴霧器を使って防腐防蟻処理を施したのです。
半日弱の作業ではありましたが、ホウ酸処理は無事完了し、人体に無害のエコボロンは、建築中の作業者に気にされることもなく、また、普段着のままで簡単に施工できるということを実感したのでした。
あれから4年。究極の健康住宅として完成した我が家は、訪ねてくる方々から、「どうしてこんなに居心地がいいの」と驚かれています。家内の友人が連れてくるアレルギーを持ったお子さんたちも、我が家では気にせず元気に遊んでくれます。
施工開始の土壇場で出会ったエコボロンが、この快適な住空間を完成させる最後のワンピースになってくれたからこそ、この安心を手に入れることができたのです。
そして、エコボロンは木造住宅に対し、シロアリ予防だけではない様々な効能を発揮することもわかってきました。我が家はその恩恵を豊かに受けています。
この製品は、日本の木造建築の歴史を変えるのではないか。
これまで世に知られていない、いくつもの優れた健康住宅づくりのノウハウを発掘、紹介してきた自分自身の直観が、そう語りかけてきます。
日本の建築業界への啓蒙
自宅にエコボロンを採用したことを皮切りに、知り合いの意識の高い建築関係の方々にも紹介して回ったこともありました。
「薬剤なんて使用していてはダメだよ。あれは殺虫剤なんだよ」
「ホウ酸は目に入れても安心で、子供やお年寄りにも全く安心だよ」
「一度噴霧するだけで再施工がいらないんだ」
「シロアリだけでなく、キクイムシやヒラタキクイムシなどの全ての食害中にも効果があり、更に木材を腐らせる木材腐朽菌も抑えることができるんだ」
という具合です。
そして今から2年程まえに起業することとなり、今度はボランティアではなく仕事として、エコボロンの啓蒙活動をさせていただくことになりました。
今まで携わったことのない建築業界でしたが、業界の体質や働く人々の考え方、商品の流通等について、その有様も次第に解ってきました。
エコボロンは木材保存協会の認定を正式に取得し、国内損保会社が15年の新築保証を出すまでに信頼を高めた商品です。しかし、いざ建築会社に話を持ち込むと、僅か数万円のイニシャルコストが上がることを理由に、なかなか受け入れてもらえません。また、既存の防蟻会社や殺虫剤を製造する製薬会社との利権もあり、簡単には新しいものに手を出さない日本特有の業界体質があることも知りました。
各地でセミナーを行えば、聴講された施主さんは、100%例外なくホウ酸の使用を希望します。
5年毎に20万円程度の再施工を必要とする殺虫剤を選ぶ人は皆無です。
しかしながら、建築業界においてはそうはいきません。
「いやーっ、そりゃぁ、自分の家にはソレを使いますけど。でも…うちの会社は…」
確率で言えば、賛同する建築会社の割合は5%程度。その他の多くは、従来通りの殺虫剤を使い続けます。
一般に新築を建てる際、施主さんがシロアリ処理の詳細な説明を受けることはありません。
知らない間に処理が施されているという流れなので、施主さん自身が勉強して、強い要望を出さなければ、反映されない分野であることを知りました。
試行錯誤の末、情報の全てを掲載する書籍を出版し、多くの方々に啓蒙をするしかないことに行き着きます。
書籍『ホウ酸で長寿命住宅をつくろう』は、そのような経緯から書かせていただいたものです。
小学校の木造校舎にこそ ホウ酸処理
文部科学省はこれから学校建築について、国内産の木材を使った木造校舎を建築していくとの方針を打ち出しているそうです。衰退していた国内の林業再生と、地元の大工さんたちの雇用促進も配慮された話で、木造建築の普及がますます広がるうれしいニュースです。
しかし「ホウ酸処理」の情報が伝わるまでは、新築の校舎であっても合成殺虫剤が引き続き使用されることとなります。
学校校舎に散布された殺虫剤は、多かれ少なかれ化学物質過敏症となる要因として、未来を背負う子供たちの体内にも残ります。
ホウ酸で校舎まるごと処理を検討していただいた場合、
・子供たちが学ぶ環境についても化学物質の使用を軽減できる。
・5年ごとの木部へのシロアリ再施工が不要となり、予算が大幅に削減できる。
・校舎のカビ対策にもなり、質の良い空気環境が保たれやすい。
・燃えにくい木造校舎になって、安全性が高くなる。
・校舎自体の修復や建て替え時期を大幅に伸ばすことで、予算が大幅に削減できる。
などが見込まれます。
学校建築の関係者には、ぜひホウ酸の活用を、前向きに検討していただきたいと願っています。
子供たちの未来の健康を一緒になって考えていただきたいからです。
全国の神社仏閣が 深刻な食害昆虫の被害に さらされています
日本には神社が約8万1千社、お寺が7万7千寺くらいあるといわれています。それらはいずれもその時代における木造建築の精華であり、その場所に静かにたたずみ続けることによって、歴史の生き証人となってきました。
先祖が育んできたその偉大なる遺産を、子孫である私たちは未来永劫にわたって存続させるための努力をしていかなければなりません。特に数百年、数千年の文化を担う神主さんや住職さんたちは、今この時代だけを生きているわけではなく、過去から未来へと日本人の魂を橋渡ししていく立場に置かれているのです。
ところが現在、これらの神社仏閣が、深刻な劣化の危機に陥っています。ある社寺建築を専門とする建築会社の話によると、神社仏閣から依頼される改修工事のほとんどが、シロアリを始めとする害虫の被害によるものだそうです。
今どこの神社も、簡単に建て替えや修復のできる経済状態にありません。目が行き届きにくいこともあって劣化も進みますが、資金難で改修工事などとてもできる状態ではありませんから、さびれてしまって廃墟のようになったところも少なくありません。
こんな状態が続けば、あと何年もしないうちに、各地の小規模な神社は、本当に維持できなくなってしまうのではないでしょうか。その状況は、寺院においても同じです。
そこにきて、温暖化の影響も反映しているのか、これまで温かい地方でのみ繁殖していた昆虫類が、北上を始めています。アメリカカンザイシロアリ(※)、キクイムシ、ヒラタクイムシ、クロタマムシなど、羽があって食害を起こす昆虫にとって、人気の少ない神社仏閣は絶好の繁殖場所となり、どこからともなく屋根裏や柱の上部に忍び込んでは、木部を食い荒らしているのです。
しかし、食害が起きるたびに従来の薬剤処理を行っても、被害はなかなか食い止められません。そしてその薬剤の効果も5年間しかもちません。
このように、全国いたるところで生育する、複数の害虫たちと神社仏閣との間で、いたちごっこが繰り広げられています。
個人の声や努力だけで、社会の体質を変えていくことは困難です。しかし、多くの人の声が集まれば、やがては社会全体へと反映されていきます。
書籍『ホウ酸で長寿命住宅をつくろう』を、一人でも多くの方に読んでいただくことが、日本の住環境問題を改善する最も近道であると考えます。書籍を手に取ってご覧いただければ幸いです。
解説
※アメリカカンザイシロアリ
日本におけるシロアリの被害は、長い間ヤマトシロアリとイエシロアリの2種が主流でした。ところが近年になって、「アメリカカンザイシロアリ」という新しい外来種の被害が広がってきています。
このシロアリは戦後、アメリカ西海岸から輸入材や家具などに隠れて、日本に侵入してきたといわれています。被害そのものは30年ほど前からごくわずかに報告されていたのですが、輸入材や輸入家具が増加、引越しなどによって、その猛威を拡大してきているのです。
2009年1月に、NHKの「クローズアップ現代」がアメリカカンザイシロアリの被害にスポットを当て、全国に放映したことによって、多くの人に知られるところとなりました。
アメリカカンザイシロアリは、その名のとおり、乾燥した木材を好み、羽アリが木材にいきなり入り込んで、そこを巣にします。
羽をはばたかせて空を飛び、住宅の2階からでも屋根裏からでも自由に侵入し、乾燥した2階部分の柱や天井、家具、木製品など、いたるところに巣をつくっていきます。
地面から1メートルまでの部分だけを防除施工する日本の場合、建物の上層部は丸腰のままで立ち向かうこととなります。アメリカカンザイシロアリは、まさに日本のシロアリ対策の盲点を突いた新しい脅威なのです。