健康は自己責任でつくるもの医学に求められる
パラダイムシフト(革命的変換)
鈴木整形外科理事長 鈴木裕視先生
鈴木裕視先生ご自身のパラダイムシフト 〜材料力学から生体力学、手技療法の鎮痛機序・ 日本人の体質劣化対策への変遷〜
鈴木裕視先生は大学医局時代に人工関節の必要強さを工学的に研究され、医学に材料力学の導入を志されました。
1969年に愛知県豊橋市に鈴木整形外科を開かれてからは、患者さんの治療に向き合う中で種種の手技療法と出合い、手技療法の痛み緩和のメカニズムの解明も志されるようになりました。
1970年代に入って患者さんの治療効果の低下を感じるようになり、それを機に日本人の体質劣化対策の考察・研究を志されるようになり、それが今に引き継がれ、ライフワークともなりました。
医局時代から、多くの優れた諸先輩の訓(おし)えを積極的にとり入れ、かつ修正される、その歩みを今も決して止めることのない鈴木裕視先生は今年、82歳になられます。
鈴木裕視先生の療法の基本的原則
1.自覚症状消失が治療ではない
2.省みれば体質劣化は進んでいる
3.標的筋の疲労破壊近くまでの
筋力強化を毎日行う。
訓練を毎日行う。複数回不可。
医療のパラダイムシフト 医療観の変遷 ──人工関節の研究から 体質劣化対策の研究に
鈴木 まず、なぜ医学にパラダイムシフトが必要か、どうして現代医学では救われないと感じるようになったのか、その過程をお話しします。
私は1955年に慈恵医科大学に入学当時、現代医学を勉強すれば病気は良くなるものと思っており、'59年の卒業時も尚、現代医学べったりでした。
'60年に医師免許証を取得。整形外科を選び、'62年に医局(片山整形外科)に入りました。
医局2年目に、片山良亮教授が片山・前沢式人工膝関節の臨床使用例をアメリカで発表することになり、人工関節の強さはどのくらいあればよいかという力学的な「必要強さ」は全く解明されていなかった。急遽論文の体裁を整えるために、人工関節にかかる力の密度が縞模様でわかる「光弾性実験」で解明することになりました。
私が大学とかけもちで理化学研究所光弾性研究室に出向することになり、西田正孝主任研究員の下で学びました。初会時、西田主任から、「お医者さんは力学に弱くてね」といわれましたが、私自身理化研で勉強する過程で、日本の整形外科があまりにも力学的領域で貧弱なのを知りました。
理化研で学び始めて1年足らず、片山先生の論文発表は何とか格好ついたが、実質は何も解明されていない。
そこで、論文発表後も私は、人工膝関節の必要強さを求め続けることにしましたが、医局では孤立、'67年に「整形外科に材料力学を導入する」と宣言し、大学を退職しました。
'69年に開業。世界初ではないかと思える、股関節と膝関節の力学的解析を重心線を記録した全身X線写真撮影で試み、「骨よりも強い人工関節をつくるな。骨に匹敵する手前あたりがのぞましい」となりました。骨が壊れる程の力が作用したら、人工関節が先に壊れる方がよいということです。後日東京工大の著名教授から、我々の盲点を解明してくれました。
重心線記録X線写真から力学的解析を試みるうちに、片脚立ちの下肢機能と姿勢、数値(諸測定値)間に密接な関係あることに気付き、材料力学の関心は次第に下肢・脊柱の生体力学に拡がり、カイロプラクティック療法、橋本操体法、鍼灸・指圧・マッサージなど物理的療法や手技療法における痛み緩和の解明や、栄養の問題を含めた体質劣化対策に取り組むようになりました。
人工関節の必要強さを求めている時期に、航空工学の鈴木眞一・名古屋大学教授から「お前の仕事は高度の数学を使うな。四則算(加減乗除)と初歩の代数は2次方程式まで」と諭され、'67年以降にご指導いただいた保田岩夫医博から「ものごとの本質を常に考えろ。本質は単純だ。ゴチャゴチャ言っている間はわかっていない」と諭され、「医療は数値よりも低次元哲学の世界」だと思いました(表1)。
'70年代に入って日本人の体質劣化が目立つようになり、私自身、患者の治療効果が以前より悪くなっているのを体験していました。1978年から日本人の体質劣化対策、次第に橋本敬三翁の「治療なんて下の下」という心境がわかるようになりました。曰く「“息食動想”は最小の自己責任で環境と相補相関にある」──ということです。
こうした多くの先達からうけた訓えのうち、今でも常に意識しているものが表1です。
手技・代替療法等で 痛みを緩和・取る・予防する 鍼でなぜ痛みが取れるか ──刺激が干渉し合うことで 痛みがなくなる
鈴木 1968年、右肩甲骨の内縁部に激痛突発。菊栄一氏のカイロプラクティックを受け、激痛消失・感激。翌日再発、以後加療継続するも次第に効果低減、'76年には良導絡に出合う中で、手技療法でなぜ痛みが取れるのか、或いは、なぜ効かなくなるのか、人によって効いたり効かないのか、また、効果を継続長大化するにはどうしたらよいか等を模索するようになりました。
1977年、中国で鍼麻酔を指導した張香桐博士の講演『鍼鎮痛の神経学的機序』を受講。
──「痛みを引き起こす侵害刺激と、刺針による侵害刺激が、中枢場で干渉して、神経興奮を中和する」──という説です。簡単にいうと、最初の痛み刺激に、鍼という2番目の侵害刺激が、中枢で絡み合い痛みが軽くなるということです。受講後、「試論経皮物理的剌激療法」を考案、多くの鎮痛例を得ました。
鎮痛の要点は、 U・V群求心性神経の 興奮のさせ方にある ──さする・温めるなど 自分でできる経皮物理療法
鈴木 末梢神経線維の太さには、T群、U群、V群、W群の4種類があり、このうちU群とV群はV・W群(痛覚神経)神経の興奮を抑える働きがあります(表2)。
U群は皮膚を引っ張る・圧・振動・捻るなどの刺激により、V群は温めたり冷やしたりの温冷刺激によって、興奮を抑える。それをうまく応用すれば、痛み消失〜緩和します。つまり、鎮痛の要点は、U・V群求心性神経の興奮させ方にあります。
U群神経興奮では、痛むところを濡らし、石鹸をつけ、軽くこすると快感に次いで痛みが鎮まるでしょう。石鹸を用いなくても単に、軽く撫でたりさするだけでもよく、按摩やマッサージ治療もこのU群神経興奮に当たります。尚、橋本敬三先生の瞬間脱力もU群神経興奮の応用と解されます。
V群神経興奮では、鍼、灸、温罨法(温湿布・温ハップ・蒸しタオル・ホットパックなどの湿性、湯たんぽ・アンカ・カイロ・電気毛布・熱気浴などの乾性)、冷罨法(冷湿布・アルコール冷却などの湿性、水枕・氷嚢などの乾性)がこれに当たります。
マッサージや罨法などは、必ずしも治療師に頼らずとも、自分で行うこともできます。さらに、究極の痛みの自己コントロールは、「筋スタミナ」増強と解されます。
究極の痛みの自己調整 「筋スタミナ」 ──痛みの消失・予防・ 治療効果の長大化
鈴木 手技療法は痛みが出てから行う方法ですが、痛みを起こさない、つまり予防のためには筋力を強くすることが有用です。
私が提唱する「筋スタミナ(略:「筋スタ」)」は、人に施術してもらわなくても、自身でかなりのところまで痛みをコントロールできます。
1980年代末頃、腹筋と背筋(脊柱抗重力筋)の持続緊張時間(抗重力持続挙上時間)を、「筋スタミナ」と呼び、「筋スタ」の強化と維持で、自分の腰痛と肩甲骨内縁痛を消失させました(表3)。
当時50歳近くの私の「筋スタ」は、背筋は30秒余り、腹筋は辛うじて数秒。「筋スタ」が弱い期間は痛みにさいなまされていたわけですが、「筋スタ」訓練で2分位可能となった頃、全身の痛みが意識から消えていました。
「筋スタ」は、上半身と膝は離床、両足を揃えての挙上できぬ間は、片脚ずつ行います(図1・写真・図2)。就床直前の訓練効果大。訓練直後の重労働は避けます。
楽をしている間は筋肉は強くなりません。ある程度苦しいレベルで姿勢を維持し、最大努力の限界で当日の訓練を終了します。就床直前に行うのがよいでしょう。1日複数回行うと筋の疲労破壊を引き起こすおそれがあり、頑張りすぎないことです。1〜2週間で訓練時間が伸長し、努力の成果を感じるはずです。楽をしている間は短時間で成果はあがらないでしょう。若い人は腹筋スタミナが比較的弱く、高齢者は背筋が弱い。どちらも鍛えるわけですが、年を取ったらまず背筋強化。高齢の方には「背筋を第一に鍛えて、それから腹筋の方もお付き合
いでやりなさい。両方強化が最良でしょう」と、アドバイスしています。
今、重度の腰痛患者さんが増えています。寿命の長大化に関節や筋肉の耐用期間が伴わず、さらに、現代生活が人の筋力を弱化させています。
「終末まで健やか」に! 健康は自らつくるもの 体質劣化を防ぐ 「食・息・動・心」
鈴木 幼児期から「筋スタ」強化を心がけ、強い筋を維持する習慣ができれば、「終末まで健やか」に生きられる一つの柱ができたといえます。
加えて、細胞内代謝を良好に保つ(食)、精神活動(心)、良い呼吸(息)の3本柱ができれば、「終末まで健やか」という夢は現実化しましょう。既に身体に不調を来している方、病いを得ている方は、かなり強固に良い生活習慣を維持することが必要です。
1990年頃の米国の主要死因解析では、生活習慣50%、環境20%、遺伝20%、医療10%となっています。現代の日本でもこれに近いものと思います。
遺伝、環境、医療を個人で変えるのは難しいが、生活習慣は自分で変えるほかなく、またそれが最大の効果をあげます。生活習慣をわずかに変更継続することで閾が変わり、長期的には健康状態も変わります(図3)。
健康増進の肝心かなめは、橋本敬三翁の哲学がわかりやすく、──ヒトが生きてゆくのに、呼吸・飲食・運動(休息)・精神(心)の4因子は、最小限自己責任で、これらと環境は相補相関にある──と説く。私はこの哲学を現在により適合させるため、表に掲げたように修正しました(表4)。
活性酸素に打ち克つ食事 ──ミネラル・ビタミン等 微量栄養素等の重要性
鈴木 生命体は、体内で強い障害性反応を起こす活性酸素を発生します。
活性酸素を分解する物質(スカベンジャー)には、生体内に備えている高分子スカベンジャーの酵素があり、食物由来では低分子スカベンジャーのビタミン類(B2・B3・C・E・K、葉酸)、フィトケミカル(フラボノイド・カテキン・カロチン)等があります(図4)。
高分子スカベンジャーの酵素は、ミネラル(銅・鉄・マンガン・セレン・亜鉛等)を補酵素として活性し、低分子物に比べて反応速度が速く、安価のため私は微量ミネラルにこだわっています。
発生した活性酸素をすみやかに消去できないと、細胞や遺伝子が障害を受け、それが積もると重大な健康障害を受けると考えられています。
老年期になると、体内の合成スカベンジャーが少なくなります。また、良好な土壌で育った作物はミネラルやビタミンが豊富ですが、不健康な土壌で育った作物が多い現在は、マルチミネラル・ビタミンなどのサプリメントで補助するのは次善の策としてやむを得ないと考えています。
現代は、三大栄養素過剰・微量栄養素不足の時代と考えられています。少食にしてかつ、微量栄養素不足に陥らない食生活を守ることが必要です。
さらにサプリメントの適量に個体差があり、キメ細かい観察・試行錯誤の試みが必要となりましょう。