飲料容器から溶出する

環境ホルモン の潜在的危険性

大妻女子大学社会情報学部 井上源喜教授

農業から地球化学の道へ

 井上源喜先生は地球化学の分野で、地球環境論、生物地球化学、陸水学、温泉科学をご専門とされています。アメリカ・ニュージーランドの招待で、南極マクマードドライバレー露岩地域の国際協同観測には5回参加され、マクマードドライバレーの池の一つは旧姓(松本)に因んでMatsumoto Pondと命名されています。
 南極へは湖沼や湖沼の生態系のモニタリングや、生物地球化学的プロセスの調査等で行かれましたが、地球化学を専攻されたのは、実際に農業にたずさわったことがきっかけになったそうです。
 「農業高校出身で実際に農業を3年間やり、土壌に取り組み、農薬や肥料を使う、そうすると、いろいろな環境問題が見えてきて、化学がわからないと解決の糸口がつかめない。そこで、化学の原理を基本から勉強しようと思ったんですね」と話される井上先生は、今は週末、家庭菜園で肥料は庭木の落ち葉や剪定したものを畑の上にぶちまけるだけの循環型農業に取り組まれています。
 「現代は生活の質や利便性を追求した挙げ句、今まで予想していなかったことへの危険性を考えなくてはならなくなってきました。その一つに環境ホルモン(外因性内分泌撹乱物質)があります」といわれる井上先生は、このほど、「アルミ缶、スチール缶およびペットボトル飲料中に存在する環境ホルモン(内分泌撹乱物質)」の分析結果を発表されました。
 井上先生に、環境ホルモンを中心に、もっとも身近な環境ホルモンの摂取経路であるペットボトル飲料、缶飲料についてお話をお聞きしました。

 科学の発展と   予測される人類の困難  ──キャパシティを超える
人類の活動    人口爆発

井上 宇宙の始まりから現在までの137億年を1年に短縮すると、現代人(Homo sapiens)が誕生したのは12月31日23時54分過ぎです。
 最後の1秒でサイエンスが飛躍的に発展し、さらにこれからの1秒には人類が今までに経験したことのない様々な困難に遭遇することが予想されます。地球のキャパシティに対して、人類活動が限界を超えているからです。
 その大きな要因の一つは人口爆発です。世界の人口は1万2千年前には約4百万人でしたが、7千年前頃から次第に増加し、6千年前には1千万人、2千5百年前には1億人、2百年前には十億人、1997年には60億人を超え、2010年では68億人を超えています(図1)。
 産業革命以降、特に最近の百年間は爆発的に増加し、21世紀半ばには百億人を突破すると予測されています。人口の増加は人類発展の指標となる一方で、エネルギーや鉱物資源の枯渇だけでなく、地球環境を破壊し、人類が突然破綻をきたす可能性があります。

自然界にない人工物の増大と   生分解性による循環の破綻

井上 科学の発達はさらに、自然界にまったく存在しなかった新しい化合物を合成してきました。
 商品化されている主要な化学物質は約1万5千種類あり、プラスチック、農薬、医薬品など様々です(表1)。それらによる環境汚染物質も様々生み出されました。
 特に問題が大きいのは、炭素に塩素やフッ素などのハロゲン(周期表で17族に属する元素の総称。フッ素・塩素・臭素・ヨウ素など)が結合した、有機ハロゲン化合物です(表2)。
 これらは自然界では極めて安定で、例えばダイオキシンやフロンなどの有機塩素化合物は微生物による分解(生分解性)が極めてされにくいため、長年にわたって地球上に存在することになります。その一部は環境ホルモン(外因性内分泌撹乱物質)としての影響が問題となっています(表2の*印)。
 科学技術の発展は人類社会を豊かに複雑に多様化し、世界の距離と時間を著しく短縮したばかりでなく、人類の生存基盤をも脅かすようになったわけです。人口爆発、人類を何度も滅亡させるほどの核弾頭、地球温暖化や環境ホルモンなどの環境問題──等々、今我々は様々な課題を抱えています。
 これまでの経済生産型社会から地球環境に配慮した環境共生型社会に移行するために、私たちに課せられた使命は、21世紀に生きる私たち一人一人が地球市民として考え、行動することであると思います。

飲料容器から溶出する 環境ホルモンの潜在的危険性  内分泌撹乱物質    「環境ホルモン」とは

井上 人々の生活の質や利便性が向上すると共に、今まで予想していなかった危険性の一つが環境ホルモン(内分泌撹乱物質、内分泌撹乱化学物質)です。
 環境ホルモンは、環境中に存在する化学物質のうち、生体のホルモンに似た作用を起こしたり、逆にホルモン作用を阻害して、人や野生生物の内分泌系を撹乱する物質です。
 環境ホルモンには、人類が合成した化合物もあれば、自然界での自然発生的な化合物もあります。その毒性は、物質によって差があり作用も違いますが、人体および野生動物にとって有害であることに変わりはありません。
 例えば、環境ホルモンとして騒がれたビスフェノールA、ノニルフェノール、DDT類は、女性ホルモンのレセプター(受容体)にすっぽりはまり込んで女性ホルモンのような作用をしたり、黄体形成ホルモンの分泌を少なくしたり、男性ホルモンの生成を抑制してオスのメス化をもたらしたりするといわれています。

身近な摂取経路として    飲料容器からの経口摂取 ──ペットボトル・飲料缶

井上 人類は多種多様な化学物質を合成し、そのうち現在利用されている合成化合物質は約10万種にも達するといわれ、そのうち、日本では65種類が環境ホルモンの疑いがあるとして、環境ホルモン戦略計画「SPEED'98」にリストアップされています。
 その中で、身近な人体への摂取経路の一つと考えられているのは食品や飲料からの経口摂取です。近年、その利便性から飲料容器にはペットボトル、アルミ缶、スチール缶等が多用されています。
〈国民は、毎日1本以上を消費〉
 今や、わが国におけるペットボトルの生産量は500N換算で140億本に達し、1人あたり年間100本以上利用していることになります。
 アルミ缶は185億缶、スチール缶は160億缶もの消費量があり、合計では1人あたり260缶消費していることになります。
 ペットボトルとアルミ缶・スチール缶を合わせると、私たちは毎日1本以上消費していることになり、日常生活ときってもきれない関係となっています(図2)。
〈ペットボトル〉
 ペットボトルは、ポリエチレンテレフタラート(PET)樹脂から作られている飲料容器で、小さくて持ち運びやすい小型ボトルを中心に増加の一途をたどっています。容量も小型化し、容器自体も軽くしたり、加温や炭酸飲料にも用いることのできる圧力に強いものなど、種類も形状も多様になっています。その一方で、環境ホルモンが溶出し、摂取の危険性が高まっています(表3)。

〈アルミ缶やスチール缶の     コーティング(被膜)材〉  缶容器についても環境ホルモンの溶出が危険視されています。

 飲料缶容器の内側の表面には、容器の酸化や金属の溶出による味や香りの変化を防ぐために、エポキシ樹脂などによってコーティング加工が施されています。
 このエポキシ樹脂やポリカーボネート樹脂などの原料に環境ホルモンの一種であるビスフェノールA(BPA)が使用されています。
 これら樹脂によるコーティングは、飲料の製造過程における加熱および加圧処理によってビスフェノールAが溶出してくる可能性があり、また内容物が炭酸飲料やアルコール飲料では酸などの影響で溶出しやすくなります。
〈可塑剤〉
 飲料容器に使用されている樹脂にも添加されている可塑剤などの添加物は、主としてポリ塩化ビニルを中心としたプラスチックに柔軟性を与えるフタル酸エステル類が使用されています。
 可塑剤は、本体の樹脂とは化学的に結合せず、混合されている状態なので、温度や時間の経過と共に分離してしまいます。
 飲料容器の内容物によっては、加熱販売されていたり、加圧状態であったり、酸性条件下に置かれたりと、可塑剤とプラスチックの分離をより早める環境にあります。

 飲料容器からの     環境ホルモンの溶出  ──飲料缶からより多く検出

井上 市販されている様々な飲料のペットボトル、アルミ缶、スチール缶容器117本を、ガスクロマトグラフィー/質量分析法(GC/MS)を用いて、飲料容器から溶出する物質を調べ、環境ホルモンとされている化学物質のうち、フタル酸エステル類、ビスフェノールAおよびノニルフェノールを対象に、溶出状況と健康への影響を検討しました(図3・表3)。
 尚、どのくらいの量の環境ホルモンを試料から抽出できているかを知るために行った添加回収実験では80%以上の割合で抽出が行われていたといえます(表4)。
〈飲料中の検出数・検出割合〉
 ペットボトルおよび缶飲料中の環境ホルモンを、全試料117本からの検出数および検出割合を見た場合、
・フタル酸エステル類のうち、DBPは61本で52%(ぺットボトル42%、アルミ缶60%、スチール缶54%)、DOPは58本で50%(スチール缶75%、アルミボトル60%と、アルミ缶40%、ぺットボトル47%)検出されました。
 内容物は、DBP、DOP共にスポーツ飲料、アルコール飲料には75%含まれ、コーヒー、ジュース、またチューハイにも60%以上と多く検出され、お茶類は38%と低めでした(表3)。
 DOPが比較的多かったのは、砂糖が多く含まれる紅茶(加糖)、コーヒー、炭酸飲料、ジュース、スポーツ飲料、チューハイ、その他アルコール飲料で、逆に、無糖の緑茶、その他茶類、ビール、発泡酒などからの検出割合は低い結果でした(表3)。理由は不明です。
 冷蔵販売と加温販売の比較では、DBPはほぼ同等でしたが、DOPは冷蔵が46%で、加温販売は73%と加温販売が冷蔵販売を大きく上回っていました。
 全試料の中でコーヒーは、DBP、DOP共に最も高い濃度で検出。これは、製造・販売過程での加熱により溶出している可能性が大きいことが示唆されます。
 また、緑茶はDBP、DOP共に平均濃度が高く、中でもスチール缶加温販売のものが圧倒的に高濃度でした。紅茶やその他の茶系飲料についても同様の傾向で、やはり、製造時の加熱による溶出の可能性と販売時の加温状態がより溶出を高めていることが示唆されました。
・ビスフェノールA(BPA)は、17本で15%検出(アルミ缶16%、スチール缶29%、ぺットボトル7%、アルミボトル非検出)され、濃度の高いもののほとんどが加温販売されていたスチール缶飲料でした(表3)。
 スポーツ飲料(25%)、チューハイ(30%)、その他アルコール飲料(25%)に比較的多く含まれ、紅茶(25%)や炭酸飲料(38%)などの砂糖添加飲料の検出割合は高めで、逆に無糖の緑茶(8%)や発泡酒(9%)は低めでした(表3)。
 検出されなかったものはコーヒー、ジュース、ビールで、その相関性は不明です(表3)。
 また、加温によりスチール缶内部のコーティング材が非常に溶出しやすくなっていることが強く示唆されました。
 アルミ缶飲料やスチール缶飲料は、ペットボトル飲料に比べると2〜3倍高い割合で検出され、また、アルコール飲料は若干非アルコール飲料より検出割合が低く、これにはアルコール飲料ではスチール缶は使用されず、非アルコール飲料にはスチール缶が多用されていることも関係していることが考えられます(表3)。
 BPAは食品衛生法により安全基準値が決められており、一日の摂取量が体重1kgあたり0・05mg以下ならば生涯摂取し続けても害がないとされています(厚生労働省、2010年)。
 検出されたBPAの濃度をみると、毎日1Pの飲料を飲んでも安全基準値の176分の1であり、また、肝臓で速やかに代謝され体外に排出されやすい物質でもあるので、特に問題な量ではありませんが、長いスパンでみた場合、どのような症状が現われてくるかはまだ解明されてなく、十分に注意する必要はあります。
・この他の、フタル酸ジメチル(DMP)、フタル酸ジエチル(DEP)、ノニルフェノール(NP)は、その存在が示唆された試料はありましたが、確認された試料はありませんでした。
〈容器からの溶出と溶出割合〉
 飲料容器に酢酸エチルを入れ、超音波洗浄機にかけ、容器から溶出する環境ホルモンを調べた結果では、各容器からDBP、DOP、BPAが検出され、DMP、DEP、NPは検出されませんでした(表5)。
・DBPは、ペットボトルが42%、アルミ缶が60%、スチール缶が54%と、缶容器からの溶出がペットボトルよりもやや多めでした(表3)。
・DOPは、スチール缶が75%となり、ペットボトルの47%、アルミ缶の37%よりも大きく上回っています(表3)。
・BPAの溶出割合は、DBPやDOPに比べると低いものの、缶容器(アルミ缶16%、スチール缶29%)はペットボトル(7%)よりも多く検出されました(表3)。
〈全体的評価
──加温販売・加糖・缶飲料は
特に要注意〉
 全体的評価としては、ペットボトルよりも缶容器からの溶出が多く見られ、特にコーヒーのように加温販売されていたスチール缶飲料からの溶出平均濃度はDBPが402ng/P、DOPが293ng/P、BPAが165ng/Pと高くなっていました。
 これらは缶内表面に酸化防止などのために塗布されているエポキシ樹脂などのコーティング材が、製造過程における加熱・加圧により溶出しやすい状態になり、さらに販売時の加温状態によってさらなる溶出の危険性を伴っていると考えられます。
 さらにどの飲料容器においても加糖飲料は無糖飲料よりも溶出度が高かったのは、理由は不明ですが健康問題においても興味深いことでした。

 健康への影響  ──乳幼児・子どもの摂取は         極力避けたい

井上 飲料容器の環境ホルモンに関する実験から検出されたフタル酸エステル類(DBP、DOP)やビスフェノールA(BPA)は現在、人体への影響に関して国やその他の研究機関で調査研究が進められていますが、ラットなどを用いた動物実験では@精細管の萎縮、A貯精嚢や前立腺の重量の低下、B排卵の阻害、C妊娠率の低下──などが報告され、また、C乳がん細胞を用いた検査でエストロゲン作用を確認、D甲状腺ホルモン撹乱作用を示したことなども多くの研究者が指摘しています。
 ビスフェノールAの女性ホルモン様作用はヒトの体内で作られる女性ホルモンの1万分の1以下の弱いもので、ヒトや野生生物への影響は確認されていませんが、これまでの安全基準は化学物質の毒性で評価され、特に環境ホルモンとしての作用は知られていなかったので、現在の安全基準がヒトの次世代までの健康に問題がないかはわからないという意見もあり、より詳細な研究が望まれます。
 厚生労働省は動物での低用量影響の問題を受け、2010年に、新たな対策が必要かどうかを検討するため、BPAの低用量曝露がヒトの健康に及ぼす影響について食品安全委員会に食品健康影響評価を依頼し、その結果を基に規制の見直しなど必要な対応をするとしています。
 一方、カナダ政府は低用量のBPAの乳幼児への影響を考慮し、ポリカーボネート製哺乳瓶の輸入および販売禁止の方針を発表し、EUでもポリカーボネート製哺乳瓶の禁止を予防原則に基づいて発表しています。
 飲料容器に使用されているポリ塩化ビニル、ポリカーボネートなどの樹脂については、健康に重大な影響を生じるという科学的知見は得られておらず、現段階で直ちに使用禁止等の措置を講じる必要はないとされていますが、乳幼児や妊婦からの胎児への影響ははっきりしておらず、人への健康や安全を確保するために、多くの製品を調べて研究を進めていく必要があります。
 これからさらに製造側の企業が溶出を防ぐ対策を検討し、環境ホルモンが溶出しない製品が増えていくことを期待すると共に、環境ホルモンを予防する観点から、缶やペットボトルに入っている飲料を必要最低量にし、特に乳幼児や子どもには多量に摂取させないことが必要と思われます。