糖質制限食事法(ダイエット)に警告!

長期にわたると短命の危険も!?

(社)生命科学振興会理事長・『医と食』編集長 一般社団法人 統合医療学院学院長 渡邊昌先生

「がんばれ日本食委員長」

 糖尿病はこの50年間で40倍に増え、患者数は予備軍を含めて2千万人超といわれています。
 糖尿病の治療では、「食事療法(=ダイエット)」が基本となりますが、最近、──糖質を制限するだけで他は好きなものを好きなだけ食べてOK──という「糖質制限食(低糖質ダイエット)」(表1)が脚光を浴びています。
 この「糖質制限食」は短期間で血糖降下や減量の効果が高く、生活習慣病全般の予防にも効果があり、手軽で我慢も不要と、一般にもブームを呼んでいます。
 ブームの一方で、主要エネルギー源の糖質を極端に制限するこの食事法は栄養バランスを大きく崩し、脂肪や蛋白質の過剰摂取による弊害、すなわち心臓病や脳卒中、腎臓病などのリスクが高まる、さらには死亡率が上がり短命になりやすい──という報告も相次いで出ています。
 そこで本誌はこの問題について、本誌374号(2005年1月)で、「がんは食生活で防げる!!」というお話をしていただいた渡邊昌先生に伺うことにしました。
 渡邊先生は国立がんセンター研究所疫学部長時代に、血糖値から見るとかなり重度の糖尿病(HbA1c12・8%)が見つかったことから、食と健康の問題に目覚め、自ら食事・運動などの生活療法のみで糖尿病を克服、その体験を多くの著書で紹介され、「がんばれ日本食委員長」としても活躍されています。
 国立がんセンターで病理学20年、疫学10年、さらに東京農大教授、国立健康・栄養研究所理事長時代に栄養学の研鑽を深め、現在は(社)生命科学振興会理事長、隔月誌『医と食』編集長、統合医療学院学院長として、「環境・食料・健康」の一体化を研究、その一環として食育や統合医療に取り組まれている渡邊先生にお話をお聞きしました。

低糖質ダイエットのリスク  血糖改善・減量には有効でも      長期の安全面は不明
――食事・栄養摂取の成果は 長期的・総合的視点に立って

──最近、炭水化物はゼロでもいいという極端な「低糖質食」が、血糖や減量効果が高いとして脚光を浴びています。その一方で、リスクもいわれています。そこで玄米菜食や日本食を推奨されている渡邊先生のお考えをお聞かせ願います。
渡邊 食事法は、朝飯は抜け、いやしっかり食べろ、時間栄養学だ何だといろいろいわれています。しかし、結果が出てくるのは20年後、30年後なんですよ。まずは10年はやってみないとわからない。
 私は百歳前後の健康長寿者5〜6人にインタビューしたことがありますが、要は食事だけの問題ではなく、健康長寿はトータルな生活が問題であり、その生活の中でどういう食事をしているのか。キーポイントは、必要なエネルギーをとれているのか、いないかです。行き過ぎた食事制限はさまざまな代謝障害をもたらす可能性があります。
──糖質を大幅に減らす「低糖質ダイエット」(表1)は、短期間で血糖や肥満の改善が見られるといわれる一方で、長期ではリスクが多いともいわれていますね。
渡邊 確かに多くの研究で、低糖質食はインスリン感受性や血糖、脂質の改善、減量維持などが報告されている一方で、危険性も多く指摘されています(図1・2)。
 最近、米医学誌『JAMA』に掲載された、ボストンの肥満センターによる肥満者24人を対象に4週間、3種の試験食、すなわち、
@低脂肪食(糖質60%)全粒粉食品、野菜や果物を摂取、脂肪を減らした食事
A低GI食(糖質40%)穀物やデンプンの多い野菜を低GIの野菜、豆、果物に変え、オリーブ油を増やした食事
B低糖質食(糖質10%)極端に糖質を減らした食事──を試みた介入試験では、研究者は介入後の結果から(表2)、
「@の低脂肪食はレプチン(脂肪細胞より分泌。通常肥満で増加し肥満を抑制する方向に働くが、過度に多くなると耐性が生まれ食欲抑制ができなくなる)が高く、食欲を刺激しリバウンドが多い」
「Bの低糖質食はエネルギー代謝が高く、インスリン感受性や脂質の指標なども良く利点が多いが、ストレスマーカーのコルチゾールの排泄増加、CRP(C反応性蛋白:炎症時や組織細胞が破壊されると血中に増える蛋白質)上昇は望ましくない」
「Aの低GI食が望ましい」と結論付けています。つまり、脂肪よりも糖質を減らす方が、減量維持や心血管疾患予防に効果的であろうということです。一方で、減量維持には長期の生活習慣と環境の変化が必要ともしています。
 私たちの佐久肥満克服プログラムでも、食事と運動の介入により、レプチン減少、アディポネクチン(脂肪細胞より分泌。抗糖尿病、抗動脈硬化、抗炎症等に働く)上昇という好結果につながり、さまざまな代謝マーカーが改善することを報告し、さらに高蛋白食のリスクを指摘してきました(図2)。
 日本で高血糖解消に低糖質食が推奨されてまだ10年程度。食事の影響は20年、30年とかかって現れることを思うと、血糖を下げることのみを目標にした低糖質食は、安全とはいえないのは自明です。

低糖質・高蛋白食の弊害 ――心疾患・脳卒中・腎障害
   さらに死亡率も高まる!?

渡邊 前提は、まず1日に必要なエネルギーをまかなうこと。糖質をとらないとエネルギーを蛋白質や脂肪でまかなうことになり、必然的に高蛋白・高脂肪になります。
 低糖質・高蛋白食で血糖や体重だけを下げて喜んでると、次第に蛋白代謝がおかしくなり、腎臓に負担となり腎症や、心筋梗塞や脳卒中、発がんなどのリスクが高まってきます(図2)。
 実際、海外の長期コホート研究をまとめてみましたが、とにかくリスクが高くなっています(表3)。
 さらには、死亡リスクが高まるという研究も相次いでいます。
 ハーバード大学などが4万人超の女性を対象に平均15・7年観察した「スウェーデン女性生活習慣・健康コホート」研究では、低糖質・高蛋白質食は動脈硬化症、およびそれにつながる心筋梗塞などの発症につながる傾向にあるとし、さらに心疾患死や全死亡率も高まる──と英医学誌『BMJ』に報告されています(図2・表3)。
 日本でもつい最近、国立国際医療研究センター病院糖尿病・代謝・内分泌科の能登洋医長らは海外の論文の統計解析の結果、「糖質摂取量に関して5〜26年追跡した海外の論文を分析したところ、総摂取カロリー中、糖質が3〜4割の低糖質グループは、6〜7割のグループに比べると、死亡率は低糖質食5年以上で3割高い」と今年1月、米科学誌『プロスワン』で発表しました。
 長期にわたる糖質制限ダイエットは、早死にする可能性もあるということです。

脂肪・蛋白質の分解物      「ケトン体」の問題

──低糖質食を推奨する人は、糖質を摂らなくても、エネルギーはケトン体で補えるともいっていますね。
渡邊 甲田断食療法をきっかけに1日青汁1杯で15年以上、元気で生活している森美智代さんという女性がいます。
 糖質を摂らなくても森さんのように比較的平気な人と、寒くてガタガタし体力も出ないという2通りの人がいます。調査してわかったのは、森さんのように元気な人は短鎖脂肪酸が非常に高い。
 つまり、エネルギー源にケトン体(ヒドロキシ酪酸、アセト酢酸、アセトンの3つの物質の総称。飢餓状態等で糖質をエネルギー源として使えない時に、肝臓で脂肪や蛋白質を分解してエネルギー化する時にできる分解物)を使っているんですね。一方、寒くて体力もなくなるという人は短鎖脂肪酸が少なく、エネルギー源が枯渇している。この違いはおそらく腸内細菌の違いからくると思います。
 エネルギー源となるATP(アデノシン三リン酸)はTCAサイクルで回るわけですが、TCAサイクルに一番入りやすいのはグルコースで、脂肪からはベータ酸化でアセチルコリンとして入ってきます。この二つが足りていれば、食物から摂った蛋白質はアミノ酸になって蛋白合成に使われ、余った分が尿素になって排泄されます。しかし、この二つが足りなくなると蛋白質まで分解され始めて筋肉溶解ということも起こってきます。
 さらに、ケトン体が増え過ぎると体内で代謝異常が起こり、高ケトン血症といって血液が酸性になり(ケトアシドーシス)、症状がひどくなると意識障害や昏睡に至ることもあります。

人は何を   どれだけ食べれば良いか
1日の適正摂取エネルギーと、          適正蛋白量

──糖質の1日目標摂取量は厚労省の「日本人の食事摂取基準」では全エネルギーの50〜70%とし、患者さんには60%をすすめている日本糖尿病学会では今40%までは許容という意見も出ているようですが。先生はどのくらいが適正だとお考えですか。
渡邊 先にいいましたが、まずは総エネルギー摂取を、体に適した量にするのが一番大事です。
 そこで私たちは、その人に合った適正エネルギーを簡単に出す方法を見出しました(図3)。
 その人の労働や運動などの身体活動量も考慮して最も健康だった時の体重、あるいは適正体重に0・4単位をかけたものが適正エネルギーとなります。体重60 kgだとすると60 kg×0・4単位で24単位。1単位は80 kcalですから、24単位×80 kcal=1920 kcalがその人の1日に必要なエネルギーとなります(図3)。
 これを朝、昼、夕食に振り分ければ良いのです。例えば、24単位を3食均等に分ければ各食8単位、640kcalとなります。甘い物も少しはという人は食事から単位を少しもらえばいいわけです。
 適正な蛋白量は体重1kg当たり×0・8gで計算します(図3)。例えば、体重60 kgなら、60 kg×0・8gで48gとなります。腎臓機能が低下している場合は0・5g以下の低蛋白食にすると良いでしょう。

 腹八分で、 「まごわやさしい食」を バランス良く

──適正摂取量が分かっても、カロリーブックや食品換算表がないと、どれをどの程度食べて良いか分かりませんね。
渡邊 糖尿病の方は食品換算表は必須ですね。
 一般の方は、戦後の栄養行政に貢献した近藤とし子さんが提唱した「まごたち食(表4)」をバランス良く摂取して、腹八分目で食べていれば、個別の栄養素を気にしなくても大丈夫です。
 豆・ごま・卵・乳類・わかめなどの海草類・野菜・魚・しいたけなどキノコ類・芋類──の「まごたち食」、あるいは“た(卵)”、
 “ち(乳)”を除いた「まごわやさしい食」の食品をうまく摂っていれば必要なビタミンやミネラル、食物繊維もすべて確保できるでしょう。

 究極は   玄米と具沢山味噌汁。  ――植物性蛋白質のすすめ

渡邊 私は日本綜合医学会会長を引き受けてから一生懸命玄米食の研究を始めました。それで玄米と赤味噌の具沢山の味噌汁さえあれば、必須アミノ酸も含めて栄養素は全部まかなえる、完全栄養だということを確認しました。
 日本人の基本食は玄米と赤味噌の具沢山味噌汁でいいんですよ。おかずもいらない。せいぜい、まごたち食二皿もあれば十分です。
 玄米には抗酸化能もあります。白米は0です。炊いても抗酸化能は半分くらい残ります。毎日30
0〜400g、何十年も食べ続けた時の効果は全然違ってきます。
 今、つくばのトレーニングセンターも長距離選手は玄米をできるだけすすめ始めているそうです。体の粘りが全然違う、澤穂希選手も玄米食だそうですよ。
 低糖質食の長期コホート研究では、動物性蛋白質を摂取した場合には低糖質・高蛋白質になるほど心血管死が増え、植物蛋白質では心疾患死が減るとの報告もされています。
 特に牛肉が悪い。アメリカで出版された『チャイナスタディ』(日本版『葬られた「第二のマクガバン報告」』、T・コリン・キャンベル、トーマス・M・キャンベル、グスコー出版刊──革命直後の貧しい中国では動物性食品の摂取がほぼゼロで、国民に生活習慣病がなかった)──がまさにそうです。
 アメリカのニューヨーク州は「ノーミートマンデー」という条例を設け、ヨーロッパでは「肉は1割減らそう」というキャンペーンを張りました。肉は健康にも、地球環境にも悪い、食料資源を減らすというのは知識階層では常識的になってきています。
 糖尿病に限らず、健康食の要諦は食の欲望をほどほどに抑え、減量には運動を増やし、食事を減らすというのが王道であり、三大栄養素の組成を変えてまで減量を目指すというのは如何なものかと思います。
 人間は100兆個以上の細菌と太古の昔から共生状態にあり、日本人のような穀物食主体の民族の腸内細菌は肉食を主としてきた民族と異なってきます。ただ、多くのコホート研究からは、糖質が40〜60%の範囲ならば大差なさそうなのでこの程度の糖質制限は個人の嗜好の問題ともいえます。
 それよりも、「玄米・少食・まごわやさしい」食の方が簡単に腸内環境を整え、包括的に健康長寿食となりうることは多くの先人が体験してきたことです。
 玄米の栄養はほとんどすべてのビタミン、ミネラルを充足しています。宮沢賢治は『雨ニモマケズ』に「一日玄米4合と味噌と少しの野菜を食べ」と書いていますが、栄養価を計算するとこれだけで食事摂取基準を満たし、ほとんどのビタミンやミネラルが摂取基準の数倍も摂取されます。玄米と味噌で足りないのはビタミンCくらいで、これは野菜で充足させれば良いわけです。
 私たちは健康長寿に主食は玄米にして、エネルギーは炭水化物と脂肪から体重×0・4単位を目途に、高齢であまり動かなくなっても体重×0・3単位を摂り、副食は「まごわやさしい」を基本に摂っていれば、生活習慣病にもならず長寿を達成できると思っています。