ビフィズス菌は、体の内から増やそう強力な「ビフィズス菌増殖因子」
"アップル・バナナ・キャロット”の「ABC療法」
摂南大学薬学部名誉教授 吉岡正則先生
来春から連載!! 「吉岡先生の健康よもやま話あれこれ」に先立って
薬学博士で摂南大学名誉教授の吉岡正則先生は、薬害で大きくクローズアップされた「スモン(スモン病)」の原因物質が当時整腸剤として盛んに使われていた「キノホルム」であることを化学的研究により突き止めました。本誌2006年3月号(No.388)巻頭インタビューでは、そのキノホルムが"アルツハイマー病に有効”ということで、「キノホルムと、アミロイド蛋白と、アルツハイマー病」と題してお話を伺っています。
2009年3月に摂南大学を定年で辞され、今は名誉教授として次代を指導しながら研究を続けられている吉岡先生は、薬学はもとより、多岐にわたり健康への造詣が深いところから、本誌では来春から、健康に関するよもやま話のあれこれを、お住まいの京都から発信していただくことにしました。
連載に先立って今回、「お腹のビフィズス菌を増やすにはどうしたらいいか」というお話をして下さいました。
吉岡先生は、東京大学の大学院生時代に、「ニンジン根のビフィズス菌増殖因子」の構造を決定し、ニンジンと同じくビフィズス菌増殖因子となるリンゴ、バナナなどを含め、それらの摂取により腸内のビフィズス菌を増やす「ABC療法」を提唱されています。
吉岡先生に、ニンジン中に見出したビフィズス菌増殖因子を中心にビフィズス菌をお腹の中で増やす方法など、いろいろお話をしていただきました。
母乳栄養児の 腸内ビフィズス菌の 健康への意義 ビフィズス菌の由来
──日本人はビフィズス菌信仰というか、ビフィズス菌は人気が高いですね。
吉岡 日本では他の国ではあまりみられないくらいにビフィズス菌ヨーグルトやビフィズス菌製剤が普及しています。それは、ビフィズス菌の研究は日本で大きく発展してきたからです。
ビフィズス菌(Bifidobacterium bifidum)は、1899年にフランス・パスツール研究所のティシエ(Tissier)によって、乳児の糞便の中に発見されました。
その後、全ての動物の腸内に生息していることが明らかになり、成人の腸内にも存在していますが、特に人間では母乳栄養児の腸管に多く生息していることがわかっています(7頁図1)。
酢酸と乳酸醗酵をして腸内のpHを酸性に保つので、他の菌、いわゆる腸内悪玉菌や、あるいはO-157などの病原菌の増殖を抑えて健康に寄与すると考えられました。今では、@善玉菌として腸内の環境を整える他に、A花粉症などアレルギーの抑制、Bがんの抑制、C免疫力の活性化──などへの貢献も報告され、それで一層人気が高まっていったというわけですね。
──ビフィズス菌と乳酸菌は違うのですか。
吉岡 乳酸を生成するので昔は乳酸菌としていましたが、今では「ビフィドバクテリウム」(Bifidobacterium :「二又」を意味するbifidusと「細菌」を意味するbacteriumの合成語)として再分類されています。
乳酸菌も糖を分解して乳酸と酢酸を生成する点では同じですが、乳酸菌は好気性醗酵なのに対し、ビフィズス菌は嫌気性です。
「通性嫌気性多形性桿菌」といって、通性嫌気性とはエネルギーを得るのに、酸素のあるところでは酸素呼吸によってエネルギーを得ますが、酸素がないところでは醗酵によってエネルギーを得られるように代謝を切り替えられるんです。また、乳酸菌は細胞がきれいに揃っていて、形からも違います。ビフィズス菌は多形といって形も複雑で細胞は二又、桿菌というのは棒状の形をした菌ですね(写真)。それで、ビフィズス菌はグラム陽性といって、グラム染色すると紺紫色に染まります。
ビフィズス菌は基本的に嫌気性ですから、腸内では、空気のある上部には乳酸菌や大腸菌が多く、空気のない下部にビフィズス菌が多くいます。
母乳とビフィズス菌増殖因子 ──ニンジンからも発見され 構造が解明!
吉岡 第2次大戦後に、アメリカの援助物資として粉ミルクが大量に輸入されて人工栄養に用いられたのですが、人工栄養児は母乳栄養児に比べて大きくは育つけれど、罹患率や死亡率が高かった。
原因は、腸内細菌叢の違いにありました(図1)。
即ち、母乳栄養児は腸管内にビフィズス菌が優勢に生息し、糞便は乳酸臭がして快適なのに対して、人工栄養児はその他の菌、いわゆる悪玉菌が多く、大人の糞便のように不快臭を放つんです。
それで研究が始まったんです。
東京医科歯科大学小児科教授の太田敬三先生は、人工栄養児の罹患率や死亡率が高い原因を調べ、粉ミルクでは大腸菌のようなものが増えて、便も臭い。一方、母乳栄養児が健やかに育つのは、腸内にビフィズス菌が非常に増えていることを突き止めたのです。母乳の中にはビフィズス菌を増やす成分が入っていたんですね。
この成分を、ビフィズス菌増殖因子、あるいは単にビフィズス因子と呼んでいますが、では、母親が母乳の出ない乳児には、それに代わるビフィズス因子を与える何かはないのか。
太田敬三先生はドイツの小児科学会誌で「カロテンセラピー」、即ち、下痢症など小児の腸管内が具合が悪い時にヨーロッパの小児科医はニンジンスープをつくって飲ませるという記事を読んで、ひょっとしてニンジンの中に良い成分があるのではないかと調べた結果、確かにニンジンを与えると、ビフィズス菌が増えることを発見したんです。
太田先生はこの増殖因子(ビフィズス因子)を東京大学薬学部教授の田村善蔵先生らと共同研究で精製したのですが、その時に、東大の大学院生だった私も研究に加わったというわけです。
大量のニンジンを精製して粉末を抽出するのは、東大紛争で研究中止の時期もあり、大変な苦労の末に最終的には、ニンジン(根)1トンから精製して3mgの粗精製品を得ることができました。
これを種々の方法で分析して、ビタミンの一つであるパントテン酸から、コエンザイムAの生合成の中間体「パンテテイン(PaSH)」がS-スルホン化およびリン酸化された「4'-ホスホパンテテイン-S-スルホン酸(P-PaSSO3H)」を決定しました(図2)。
即ち、このビフィズス因子は、硫黄(S)やリン酸を含んだ、基本骨格はパンテテインからなる物質であることが決定されたのです。
さらに、ビフィズス菌には、パントテン酸からコエンザイムAまでのビタミンの利用性が違う種々の株があることもわかりました。
実際の臨床応用には、リン酸基はないけれど、同じ効果をもつ「パンテチン(PaSS:パンテテインが酸化され2分子結合したもの)」が用いられ、乳児の腸内ビフィズス菌を増殖することが判明しました。
ビフィズス因子としても有効なパンテテインは、研究に協力してくれた第一製薬が高脂血症治療薬などとしてドル箱商品となり、会社の増殖因子ともなりました。
ビフィズス因子の解明から 各種ビフィズス菌製品が 開発される
吉岡 このようにしてビフィズス因子が解明され、多くの健康効果や、さらには分類も明らかになり、多数の会社が種々の製品の開発に乗り出しました。
ビフィズス菌入りヨーグルトはもとより、ビフィズス菌の餌としてオリゴ糖入りの製品がつくられたり、成人が1週間ほど飲み続けて、腸内細菌群の30%ぐらいまでがビフィズス菌になるような機能性食品も市販されています。
薬としては、多量の抗生物質を投与して腸内に細菌がいなくなる外科手術後の患者の菌交代症などに投与されたり、肝性昏睡では、有毒なアンモニアを中和するために、ビフィズス菌が用いられています。
最近では、EUや米国でも、膨大なビフィズス菌入りのヨーグルトや飲料製品が市販され、国際的に総合し、60億ドルの市場規模となっていると推定されています。
しかし、ビフィズス菌は人によって種類など生息状況も違い、また、外から与えた場合、与えている期間は確かに増えますけれど、やめると減ってしまいます。ビフィズス菌を増やすには、外からではなく、内側から増やす方が好ましいのです。
「ABC療法」 ビフィズス菌は 食べ物から増やそう! 自前のビフィズス菌を 腸内で増やす リンゴ・バナナ・ニンジン
吉岡 太田先生は食物からビフィズス因子を探す過程でいろいろな植物を調べ、リンゴ(アップル)、バナナ、ニンジン(キャロット)の三つに非常に多くあることを見出されました。ただ、研究対象としては当時一番安く手に入ったニンジンを選んだというわけです。
この三つは、ちょっとでも食べると、腸管内でビフィズス菌が増える。外からビフィズス菌を摂取するよりも増えるんです。
ビフィズス菌自体は8種類くらいあり、人それぞれ菌種も違う。だから、外から摂取したものは摂取している時は増えるけれど、なかなか定着はしない。摂取をやめるともういなくなります。
それよりも、腸内にいる自前のビフィズス菌を増やす方がいいのです。毎日、リンゴ、バナナ、ニンジンを少量とるだけで増えます。そこで私は、Apple, Banana, Carrotの頭文字から、「ABC療法」と名づけたのです。
──1種類でもいいのですか。
吉岡 組み合わせてもいいし、1種類でもいいです。毎日とることが大事です。ジュースにして飲んでもいいし、何でもいい。刻んでそのまま食べてもいい。中でもニンジンは安いので最もいいんです。
──少量で十分なのですか。
吉岡 もう一切れでもいい。
ただし、ビフィズス因子はビタミンとして少量でよいので簡単に満たすことができますが、ビフィズス菌の餌となる糖源が不足するとビフィズス菌には十分でないことがあります。その点、リンゴ、バナナ、ニンジンは糖源としても十分なわけです。
──私はニンジンを山ほどスライサーで千切りして、少量の塩と酢をまぶして冷蔵庫につくりおいて、そのまま食べたり加熱調理にも使って重宝しているんですが、夏は時間が経つと粘ついてくるので塩と酢を多めにしているんです。
吉岡 ニンジンは蔗糖(ブドウ糖と果糖が結合した糖)が多いからですね。だから雑菌も繁殖しやすい。それで粘ってくるんですね。
──糖源としてはオリゴ糖がよいということでしたね。
吉岡 ビフィズス菌に取り込まれる糖源としては乳糖が一番なのですが、離乳期以降は乳糖は不足してきます。
オリゴ糖は消化性と難消化性を含む多糖類で、植物の貯蔵物質として広く分布しています。当然、リンゴ、バナナ、ニンジンにも含まれています。
動物の腸内では、特に難消化性の多糖類、例えばガラクトオリゴ糖、フラクトオリゴ糖、キシロオリゴ糖、ラフィノースなどがビフィズス菌の格好の餌となっているんです。ですから、オリゴ糖入りのビフィズス菌製品がつくられているわけです。
カロテンセラピーから ビフィズス菌投与 ABC療法まで
──ビフィズス因子構造決定の背景に、戦後日本の人工栄養児の健康問題とヨーロッパのカロテンセラピーがあったということですが、結局、人工栄養児には、ニンジンスープやニンジンジュースを与えたのですか。
吉岡 1969年11月に構造が決定して以後はビフィズス菌を直に与えるようになったんですね。プロバイオティクスの時代に入ったんです。
──カロテンセラピーは当然、大人でもいいのですね。
吉岡 最初は子どもだけの問題だと思ったのですが、大人でも子どもとは少し違いますけれど、腸内の下部の方で腸内細菌の30%くらいは存在することが望ましい。乳児と同じように腸内にビフィズス菌が30%以上増えてきますと、本当に便がきれいになります。
それで、機能性食品やビフィズス菌製剤は腸内に30%以上のビフィズス菌を増やすものでない限り、売ることはできなくなりました。
手術後、特に抗生物質浸けになった手術後の患者にとっては腸内細菌がいないですから、直接ビフィズス菌を処方します。がんなどいろんな病気で便が臭くなる。ビフィズス菌はそういうのも全部和らげますから臭くなくなります。
ですから、便が臭いのは健康人ではないといえます。
──便の改善も、カロテンセラピーとかABC療法の方がいいのですか。
吉岡 腸内細菌叢がダメになった場合はビフィズス菌製剤しかないけれど、そうでない場合は食物から腸内細菌叢を整える方が好ましいと考えられます。
ビフィズス菌だけではなく、腸内の他の種々の微生物が共生してヒトの命をはぐくんでいます。
つまり、腹も身の内であることを共感することが重要で、ABCだけではなく、食生活全般において腸内細菌叢をよくすることを心がける。その意味からも、西原先生がおっしゃる「冷たい物中毒」には気をつけた方がいいのです。
ビフィズス菌の真の意義と
痴呆症
これまでにわかっている
健康効果
吉岡 ビフィズス菌の働きはこれまでにわかっているものとして、
@乳酸や酢酸を生成し腸内を酸性に傾け、病原菌から体を守る
A腐敗細菌の発育を抑え、腸内腐敗産物の産生を抑制
BビタミンB群(B1、B2、B6)と、ビタミンKの産生
C腸のぜん動運動を促し、便秘を予防
D細菌性下痢の予防改善
E免疫の賦活
Fガン抑制──などがあります。
このうち、BのビタミンKに関しては、大腸菌などの他の腸内菌の産生の方が大きいのですが、Kの前駆物質「1,4-ジヒドロキシ-2-ナフトイン酸」は新しいビフィズス因子として他の菌から分泌される腸内細菌の共生が最近わかってきています。
21世紀に向けての真の意義 ──プリオン病・痴呆症と ビフィズス菌
吉岡 では、ビフィズス菌の真の働きは以上のところだけか?
21世紀の医学では、人類の未解決の大問題は、痴呆症やプリオン病があります。
これらの病気は、身体の中に、「アミロイド蛋白質」の沈澱が起きるという共通の現象があります。
特に、プリオン病は、共食いという悪弊が引き金になっています。
共食いをタブーとしているのはどの民族でも同じですが、ユダヤ民族のコシャ(Kosher : 食べ合わせ)はその中でも一番厳しく、世界の食品の最低限の品質はそれによって守られているのは有り難いことです。
しかし、よく考えてみると、乳幼児にとって、母乳は共食いではないのか。
どんなルールにも例外があり、母乳に依存して増殖するビフィズス菌は、この共食いに対処するために増えているのではないかとも考えられます。
ビフィズス菌はほとんどの哺乳動物で検出されていて、検出されていないのはネコとミンクだけです。肉食動物は何か別の対処方法があるのかもしれませんが、彼らの糞便は特有の匂いがあり、ネコの糞が嫌われるのはもっともなことなんです。
私は、アミロイドタンパクの一種である「トランスサイレチン」を沈澱する引き金は、トランスサイレチンの中にあるアミノ酸のシステインが「S-スルホン酸」に代わることによって引かれることを見出しました。
また、合成システイン-S-スルホン酸は、アミロイドタンパクをはじめとする種々の蛋白質の沈澱反応を促進することも確認しました。
さらに、ビフィズス因子はパンテテイン-S-スルホン酸(PaSSO3H) の誘導体です。図3のように、ビフィズス菌はS-スルホン酸を取り込み処理することができます。
ビフィズス菌の栄養にはシステインが必須なのです。従って、肉類に多いシステインが酸化して、システイン-S-スルホン酸になるとこれを取り込む処理をしていると考えられます。
クールー病はニューギニアの現地人の人肉食をした中から見つかりました。発病した患者にはビフィズス菌が腸内に少なかったのではないかと私は推測しています。
なぜならば、一般のパプアニューギニアの人々はタロイモを常食とし、腸内にはビフィズス菌が生息していることがわかっているからです。
ウシ海綿状脳症(BSE)では、脳、脊髄、回腸遠位部位に異常プリオンが蓄積しています。ビフィズス菌は消化管の下部に生息するので、ウシのビフィズス菌が減少すると、異常プリオンを処理できないのではないかと思われます。
日本人も百年余り前から動物の肉食をするようになりました。
BSEを発病しないのは異種の蛋白質であるためとされていますが、ビフィズス菌も一役果たしているのではないかと考えられます。
また、老化とともに腸内ビフィズス菌が減少するために、痴呆の原因となる可能性もあるのではないかとも考えられます。
プリオン病を化学的にみると、微生物が死滅する高温処理でもプリオンが死なないのは、システイン-S-スルホン酸関連物質のような安定な物質が媒介している可能性があります。
独断と偏見ですが、今後の研究を待ちたいところです。