福島第一原発事故の対応にあたって

「放射線パラダイムの大変革」を再考する

財団法人 電力中央研究所 元名誉特別顧問 服部禎男先生

「スーパー」・「セーフ」・「スモール」・「シンプル」の 超安全・超小型原子炉が秘める可能性

 過去最悪の原発災害といわれる「チェルノブイリ原発事故」から25年、日本ではチェルノブイリと同じレベル7(暫定)の「福島第一原子力発電所事故」が起きました。
 東北大震災により引き起こされた福島第一原発事故は、地震により運転中の原子炉は緊急自動停止したものの、津波によって浸水、原子炉冷却に必要な電源を喪失し、高レベルの放射性物質が大量に流出し、半径20〜30km圏内の近隣住民の退避、農・水産物の集荷停止、またそれに伴う風評被害など深刻な事態を引き起こしました。
 「放射線ホルミシス」の概念を世界に広め、その研究を推進されている服部禎男先生は、「放射線直線仮説(放射線に安全量はない)」の誤謬を指摘し続けてこられました(本誌2007年6月号インタビュー)。
 今回の事故においても、科学的誤謬に基づいた国の事故対策に振り回される現地の人々に真剣な同情を寄せられています。
 発電は今のところ、埋蔵量の限界や地球温暖化が懸念される化石燃料依存型の発電や、また、太陽エネルギーや風力発電なども量的問題などで、原子力発電に代わり得るものはないといわれています。
 原子力発電においては何より「安全性」と「核拡散」への不安の超克が重要です。服部先生は、原子力の安全性は「単純で人の手を借りず、いかにして運転ミスなしで原子炉を動かすかにつきる」と
して超安全・超小型原子炉を設計。
「スーパー」・「セーフ」・「スモール」・「シンプル」の頭文字を取って「4S炉」と呼ばれている「超小型高速原子炉」を考案されました。
 今回の福島第一原発事故にあたって、服部先生に改めてお話をうかがいました。

インタビューにあたって服部先生が書かれた論文と要旨 「放射線パラダイムの大変革」
2011年3月31日 服部禎男

[要旨](注 小見出しは編集部)
〈セビリア会議 1997年〉
 1997年秋、WHO/IAEA共催で1週間に及ぶ放射線の身体影響に関する専門家会議(国際放射線防護委員長以下650名参加)がスペインのセビリアで行われました。
 この会議は、DNAの修復やアポトーシスなど生体防衛機構の専門家と放射線ホルミシス研究の専門家達から国際放射線防護委員会(ICRP)に対しての激しい問題提起となりました。
 最終日のまとめのセッションで、「原爆は線量率でいえば自然放射線(0・2マイクロシーベルト/時)の10億倍以上の恐るべき線量率の被爆である。
 一方、低レベル放射線の身体影響の議論は、DNAの損傷とDNAの修復活動との競争関係の問題である。
 低レベル放射線の身体影響について、今後充分な調査と実験研究を要する。」ということになりました。
〈ガンマ線の身体影響と線量率〉
 これを受けて、フランス医科学アカデミーのモーリス・チュビアーナ博士は、1998年からEUの科学者達にも呼びかけ、ヒトの細胞などにいろいろな線量率でガンマ線照射実験を行いました。
 これらのデータを集約して、2001年6月にアイルランドのダブリンで、チュビアーナ博士は歴史的な発表をしました。
 いろいろな線量率によるガンマ線の身体影響について、がん細胞など異常細胞の発生の有無を追及しました。
 結論として、「10ミリシーベルト/時以下の放射線照射で人体細胞のがん化はあり得ない。
 さらにがん抑制遺伝子p53の活性化によるアポトーシス(異常細胞の除去)もあり、10ミリシーベルト/時以下の照射を長期間受けても、ヒトのからだの細胞はパーフェクトで、発がんなど考える必要はない。
 このことは100ミリシーベルト/時以下でもいえるかもしれない。」と極めて重要な総まとめの報告がありました。
 2007年、その積極的な実験指導活動を高く評価して、この分野で世界的に名誉あるマリー・キューリー賞が贈られ、その受賞講演で、チュビアーナ博士は2006年米国科学アカデミー報告書のヴィレンチック論文を紹介しました。
〈ヴィレンチック論文(2006年)〉
 ここでヴィレンチック論文の要点を報告致します。
 背景として、1994年秋の日本からの放射線ホルミシス研究成果概要報告(於ワシントンシェラトン)の内容に応じて、DNA研究核医学会大御所カリフォルニア大学名誉教授のマイロン・ポリコーブ博士と放射線分子生物学の創始者ルードヴィッヒ・ファイネンデーゲン博士(ドイツユーリッヒ研究所長)のお二人が1995年からワシントンD.C.に移住され、論文の共同作成と米国エネルギー省への働きかけを始められました。
 その結果、1996年に 「ヒトの細胞は活性酸素とのたたかいで、1個の細胞あたり毎日100万件のDNA修復活動がなされており、活性酸素とのたたかいは自然放射線の1、000万倍のレベルでなされている。」 という論文を発表しました。
 これはDNAの修復活動を無視している低レベル放射線に対する世界的な認識を改めるべきことを示したものでした。
 これを受けて、急きょ開催されたのが、1997年秋のセビリア会議でした。
〈ヴィレンチック論文
──がん抑制効果は、自然放射線の
約300万倍で発揮〉
 さて、2006年の米国科学アカデミーに発表されたヴィレンチック論文(PNAS Nov.21,2006 Vilenchik and Knudson)は、極めて広範囲に線量率の効果を追求したもので、生体活動を支配しているDNAの働きについて放射線による細胞実験の結果を明示したものです。
 まず、放射線に弱い精源細胞を用いてDNA損傷修復活動の最高値を求め、その最高値が自然放射線の10万倍すなわち20ミリシーベルト/時程度であること、さらにDNA修復活動の限界は自然放射線の3、000万倍すなわち6シーベルト/時以上、おそらく10シーベルト/時あたりにあることを確かめました。
 次に、白血病誘発遺伝子や前立腺がん細胞の複製活動遺伝子に5シーベルト程度のガンマ線をいろいろな線量率で照射してみて、どのような線量率ならこのようなよくない遺伝子活動を抑えられるかを調べました。
 結果は、自然放射線の300万倍すなわち600ミリシーベルト/時から1、000万倍すなわち2、000ミリシーベルト/時(2シーベルト/時)あたりの線量率で3時間程度までの照射が最も効果的にがん細胞の活動を抑えられることを発見しました。
 要するに、ポリコーブ博士とファイネンデーゲン博士が1996年に指摘したように、われわれは、自然放射線の1、000万倍あたりのアタックの中で毎日特訓されて生きているために、このあたりのリズムに適応応答の最高能力が発揮できるのではないかということが判ってきたと考えられます。
 何よりも、DNAについてもDNA修復についても全く無知であった80年前に、テキサスのマラー氏がDNA修復機能のないショウジョウバエ精子の細胞が介在した実験で「放射線は少しでも危険である」というデータを発表しました。
 それを重視している国際放射線防護委員会(ICRP)勧告は、科学的に全く誤ったものであるとしてDNAの研究者から激しく責められています。
 日本は直ちに科学的に適正な判断をして基準値≠改めなければ、農業・漁業・畜産等の活動におよぼす被害と、長期退避や風評の拡大が国自体の滅亡をもたらすとさえいわれています。
(要旨は、本誌2011年4月号(bS49)にも掲載
[内容]
 DNAの修復活動(リペアダイナミックス)に関するカリフォルニア大学(バークレー)など最近30年の「活性酸素のアタックとDNA修復」の研究は目覚ましいものです。
 カリフォルニア大学マイロン・ポリコーブ博士とドイツ放射線分子生物学者ルードヴィッヒ・ファイネンデーゲン博士によって「人体細胞は活性酸素によって激しくアタックされ、その損傷の修復活動は細胞あたり毎日100万件である」として1996年に点火された放射線パラダイムの大変革は、驚異的な進展をしています。

1. マラーの法則

 1927年、テキサスのマラー氏は雄のショウジョウバエに放射線を当て、直ちに雌のショウジョウバエと一緒にして出来た二代目、三代目を観察しました。
 DNA損傷修復機能の無いショウジョウバエ精子の細胞が介在した実験で、
放射線照射による染色体異常は受けた放射線の量に比例する≠ニいうデータを発表しました。
 世界各国はこの実験データなどをもとに、放射線は少しでも危険であるという考え方による放射線規制を法令化し、厳しい放射線管理を実行し、世界中の常識になっています。(国際放射線防護委員会(ICRP)勧告、50年前)

2. トーマス・D・ラッキー博士

(生命科学者)
 アポロ計画に協力したミズーリ大学教授トーマス・D・ラッキー博士は1982年、世界的に有名な専門誌(Health Physics)に、「自然放射線よりも高く、特に100倍あまりの線量率が最適であり、10、000倍程度までの線量率の放射線を受けるのは、有害どころか生体の活性化を生じ、有益な効果をもたらす」と発表しました。
 逆に放射線の極度に低い環境では、体調が悪くなるとのカーブを明示しました。

3. オークランド会議と

電力中央研究所
 ラッキー博士の論文を知った電中研は、ラッキー博士の主張について、その当否を米国電力研究所に質問し、米国に責任ある回答を要求しました。(1985年1月)
 1985年8月、米国はカリフォルニア大学医学部に頼み、エネルギー省と電力研究所の共催で放射線ホルミシスの専門家会議を開きました。(オークランド)
 この会議は、予定の3倍を超える参加者で、放射線ホルミシスを肯定する専門家会議となりました。
 カリフォルニア大学と協力し1985年秋、会議の座長を務めた米国電力研究所環境部のレオナード・セイガン氏から「ラッキー博士の主張は、科学的に誤りではないが、昆虫など小動物のデータが多い。だから哺乳類動物実験など、積極的に研究をするべきである」という回答を頂きました。

4. 放射線ホルミシスの プロジェクト研究

 電中研の依頼で、1988年岡山大学がマウス実験を開始し、劇的なデータが得られ、1989年から岡田重文(放射線審議会会長、東京大学医学部教授)、菅原努(京都大学医学部長)、近藤宗平(大阪大学教授、日本の放射線分子生物学第一人者)ら20名以上の指導者を含む研究委員会を発足し、マウスなどへの100〜500ミリシーベルトまでのX線やガンマ線の全身照射で、ガン抑制遺伝子p53の活性化、活性酸素の抑制酵素SODやGPxの増加、過酸化脂質の減少、膜透過性の増大(電子スピン共鳴測定)、インシュリンやアドレナリン、
メチオニンエンケファリン、βエンドルフィンなど各種ホルモンの増加、DNA修復活動の活性化、免疫系の活性化、LDLコレステロールの減少──など、次々と明解なバイオポジティブ効果が、検証されました。

5. 日本の動物実験結果による 米国などの動き

(1)1994年秋、ワシントンNIH(米国立衛生研究所)近くのシェラトンホテルで動物実験成果の概要を講演し、1995年秋の原子力学会(サンフランシスコ)では放射線に関する臨時会合で講演し、その夜カリフォルニア大学医学部マイロン・ポリコーブ教授の特別講演があり、低レベル放射線規制についての誤りを正すために、自分はカリフォルニア大学を辞めてワシントンに移り、原子力規制委員会に加わることを表明されました。
(2)マイロン・ポリコーブ博士(カリフォルニア大医学部米国核医学会大御所)、ルードヴィッヒ・ファイネンデーゲン博士(ユーリッヒ研所長、放射線分子生物学世界第一人者)のお二人がワシントンD.C.に移住し、原子力規制委員会とエネルギー省にそれぞれ所属して、活性酸素のDNAアタックが、自然放射線によるDNAアタックの1、000万倍であると結論付け、ファイネンデーゲン博士と連名で多くの専門誌に発表されました。(1996年)
(3)米国原子力規制委員会(NRC)マイロン・ポリコーブ氏の激しい提唱で1997年秋、600名以上の専門家がスペインのセビリアに集まり(WHO・
IAEA共催の専門家会議)、低レベル放射線の問題はDNA修復活動を無視しては議論にならないことを主張する医学・科学者側と、国際放射線防護委員会側との激論が続き、極端な線量率の広島・長崎(自然放射線の10億倍以上の線量率の瞬時被爆)と、低線量率の身体影響は決定的な違いがあると指摘されました。

6. モーリス・チュビアーナ博士のダブリン宣言

 フランス医科学アカデミーのモーリス・チュビアーナ博士主導によるEU研究者たちの大掛かりな研究、放射線線量率をどこまで上げていけば人体細胞のDNA修復は不可能になるのか、1998年から限界追求がなされました
 2001年6月、アイルランドのダブリンでチュビアーナ博士は、「自然放射線の10万倍の線量率すなわち10ミリシーベルト/時以下の放射線による損傷に対して、DNAは充分修復され、修復不良のDNAを持つ細胞を除去するアポトーシスなどの人体細胞の防御活動まで考慮すれば、自然放射線の10万倍以下の線量率であれば、長時間におよぶ照射でも人体細胞はパーフェクトで、ガンなどの発生は無い」と50年以上継続していた全人類の課題に対して、歴史的な発表をしました。
 世界の専門家たちはこの活動に敬意を示し2007年、権威あるマリー・キューリー賞をモーリス・チュビアーナ博士に贈りました。

7. ヴィレンチック博士と クヌードソン博士の論文

放射線線量率効果、生命活動におけるDNA損傷そして信号応答共鳴(Signaling Resonance) Michael M. Vilenchik (Sally Balin Medical Center, Media PA)Alfred G. Knudson (Fox Chase Cancer Center, Philadelphia PA)PNAS, Nov. 2006 Vol. 103 No. 47 (米国科学アカデミー)
 環境に適応してゲノム構築してきた生物体は、環境刺激が低くDNA損傷が少ない場合、DNA損傷修復活動自体が低調になっていきます。
 DNAは二重螺旋構造で守られて、軽い損傷は毎日膨大な修復がなされています。DNAの異常で生じる生命の諸問題は、全てDNAのDouble Strand Break (二重螺旋切断)によるものです。
 30年前はこのDSBばかりは修復が困難であると思われていました。現在は、通常生活でこのDNAの特別な異常(DSB)までが殆どエラー無く修復されることがわかっています。
 生命体活動の原理から当然のことかもしれませんが、最も効果的な修復応答を生じるのは、通常の生命活動で毎日活性酸素で訓練しているのと同じ様な発生率でDSBが発生する場合でした(共鳴的な適応応答)。
 この図は、日常生活における活性酸素のアタックについて、マイロン・ポリコーブ博士がルードヴィッヒ・ファイネンデーゲン博士と共に論文化(1996年)、米・仏・科学アカデミーで講演し、WHO/IAEA国際シンポジウム(1997年秋)で主張した値に一致しています。
 活性酸素で訓練してきた身体の真の適応応答が明解になりました。

まとめ

 1997年のセビリア会議(放射線身体影響専門家600名参加)を受けて、フランス医科学アカデミーのモーリス・チュビアーナ代表はEUの細胞学者達に呼びかけ、ガンマ線などによる連続照射で発がんなどの限界値を追求しました。
 2001年6月、ダブリンで彼は次のように発表しました。
 「自然放射線の10万倍(10ミリシーベルト/時)もしかすると100万倍(100ミリシーベルト/時)以下の線量率であれば、ひとの細胞のDNA修復は見事になされ、アポトーシスによる異常細胞除去機構まで考えると発がんに至ることはない。要するにこのレベルなら、ひとの細胞の抵抗機構はパーフェクトである。」
 この研究努力を評価して、低レベル放射線影響の専門家達は、モーリス・チュビアーナ博士に名誉あるマリー・キューリー賞を贈りました。
 2007年受賞講演で、博士は米国科学アカデミー2006年の報告書のヴィレンチック博士の論文を紹介しました。
 ヴィレンチック博士は、細胞実験で放射線に最も影響を受けやすい精源細胞で、DNA修復限界は自然放射線の3、000万倍(60、000ミリシーベルト/時)であることを確かめました。
 放射線による治療を目指して前立腺がん細胞などによって、800ミリシーベルト/時を5時間程度照射することによって、がん細胞増殖抑制の可能性ありと暗示しています。
 すべての根拠として、数千万年ものあいだ活性酸素とたたかって生きてきた細胞のDNAは、たたかい慣れたレベルつまり自然放射線の1、000万倍(1シーベルト/時)レベルのたたかいに最も習熟しているとし、レソナンスアダプテーション(共鳴適応)を述べています。

服部禎男先生インタビュー
福島第一原発事故 放射能怖いは5桁オーバー

服部 今回の福島第一原発事故で、放射能が怖いというのは5ケタくらいオーバーです。
 本文(前掲「放射線パラダイムの大変革」)に書きましたが、2001年にモーリス・チュビアーナ博士は「自然放射線の10万倍、すなわち10ミリシーベルト/時以下なら、ひとの細胞でのDNA修復は充分なされ、アポトーシスによる修復失敗細胞の除去まで考えれば、防御機構はパーフェクトであり、発がんなどありえない。これは100万倍(100ミリシーベルト/時)あたりまでいえるかもしれない」と明解に発表されました。
 さらに、2006年に発表されたヴィレンチック博士の論文では「酸素の中で生きてきたわれわれの細胞はDNAのDSB(Double Strand Break :二重螺旋切断)現象とたたかって適応対応して生きてきた。DNA損傷修復のための酵素の産生とそれによる化学反応の活動は数千万年をかけて完成し、そのリズムは1分間に0・14個のDSB発生であり、ガンマ線などの放射線でこのリズムに合わせたDSB発生は数百ミリシーベルト/時の照射時に対応するものであることが確かめられた。言い換えると、DSB修復機能の最高値はこの線量率の照
ヒである」「数千万年ものあいだ活性酸素とたたかって生きてきた細胞のDNAはたたかい慣れたレベルつまり自然放射線の1000万倍(1シーベルト/時)レベルのたたかいに最も習熟している」と述べています。

放射線ホルミシス研究で わかってきたこと

服部 これまでの放射線ホルミシス研究の概要(18頁表)は前回(本誌2007年6月号bS03)お話ししましたが、私がラッキー博士の放射線ホルミシスの論文を読んで大騒ぎしたことがきっかけとなり、今カリフォルニア大学バークレー校が世界的トップクラスですが、そのリーダーのマイロン・ポリコーブ博士がDNA修復について思い詰め、放射線分子生物学の創始者のルードヴィッヒ・ファイネンデーゲン博士と共同で放射線による「DNA変異を防衛する機構」という大論文を1996年に発表しました(図3)。
 なぜ私のホルミシス騒ぎから、DNA修復を思い詰めたのかを、ポリコーブさんに直接聞いたところ、80年前のマラー博士のショウジョウバエ精子細胞が介在した実験から導かれた「LNT(直線)仮説」すなわち──放射線に閾(しきい)値はなく、従って安全量はないという仮説(17頁図4)が世界の定説になっていることが背景にあったというのです。
 マラーの実験は、ショウジョウバエの精子細胞にいろんなレベルの放射線を照射したところ、レベルに比例して二代目、三代目に奇形や死んだり障害が出ているというものでした。
 実はショウジョウバエの精子細胞は大変特殊な、DNA修復機能のない細胞で、「あなたの放射線ホルミシス騒ぎに対して、LNT仮説を基に何をいってるんだということになる」。それで彼は放っておけないということで1996年にファイネンデーゲン博士と大論文を発表したわけです。
 論文の要点は「活性酸素によるアタックは自然放射線の1000
万倍で、われわれの細胞は1個あたり毎日100万件のDNA修復で生命を維持している。従って、低線量放射線の身体影響の問題は、放射線によって損傷を受けるDNAを、生命活動としてもDNA修復はどのように防御できるかの問題であって、瞬時にDNAを破壊した原爆の話でも、また、DNA修復機能のない特殊な細胞が介在したマラーの実験結果でもない」というものです。
 DNA修復を無視したマラーの法則を基にICRP(国際放射線防護委員会)が世界勧告する食い違いはあまりにも大きい。まず、そこから叫ばなければ放射線ホルミシスなんて楽しい話にはたどり着けないということです。
 翌年1997年のセビリア会議では激論が1週間続き、最終日にICRPと協力関係にある広島の放射線影響研究所の専門家から、
「広島・長崎原爆の瞬時の被爆は、
1秒で8〜10グレイという膨大な放射線である。線量率で考えると、原爆は自然放射線の10億倍以上の線量率であり、低線量長期被曝の身体影響に関する科学的データを提供するものではない。従って低線量率放射線が人体にどのような影響をもたらすかについての積極的調査研究が重要である」という素晴らしいコメントをしてくれました。生命体に強烈なパンチでぶん殴った場合と、体を撫でた場合とでは全く違う学問であるということです。
 翌1998年にはフランス医科学アカデミーが研究を開始し、リーダーのモーリス・チュビアーナ博士がEUの科学者に呼びかけ、人体細胞に線量率を変えて放射線をどんどん当てるという限界追求実験の結果、「自然放射線の10万倍、つまり10ミリシーベルト/時以下なら細胞障害は出ない」と明解に発表され、「他国の研究からは100万倍(100ミリシーベルト/時)あたりまで安全といえるかもしれない」と発表したんですね。
 そこで我々はチュビアーナ博士を日本に呼んだのですが、日本ではこのデータは発表されませんでした。

「共鳴適応」── DNAは、自然放射線の 1千万倍(1Sv/hr) レベルのたたかいに最も習熟

服部 さらに2006年に米国科学アカデミーで報告されたヴィレンチック博士の論文では、放射線に最も弱い精源細胞(精子になるもとの細胞)の実験で、DNA修復限界は自然放射線の3000万倍(6000ミリシーベルト/時)であることを確かめました。
 論文に掲げた「がん進行抑制の放射線線量率の効果、DNA損傷修復の共鳴現象」のグラフ(11頁図2」)は、横軸の線量率を変えていき、これが最高に体にいい、治療に使えるという線量を探したものですが、800ミリシーベルト/時で5時間程度の照射が最もがん細胞の増殖を抑制する可能性があると暗示されています。縦軸はがん細胞の複製なんです。
 また「最高のDNA修復が明示されたデータ」のグラフ(11頁図1)は、放射線でどこまでやられ修復はどうされたのか、つまり、突然変異を調べているんです。そうしたら自然放射線の3万〜30万倍、6千〜6万マイクロシーベルト/時で底ですね。つまり、10ミリシーベルト/時くらいあたりが最も修復をしているというものです。福島第一原発の大騒ぎは、何も病人を治す話ではなくて、細胞修復の段階の議論なんです。
 これは、数千万年もの間、活性酸素とたたかって生き抜いてきた細胞のDNAは、たたかい慣れたレベル、つまり、自然放射線の1000万倍(1シーベルト/時)レベルのたたかいに最も習熟しているという共鳴適応を述べているんですね。
 つまり、ヴィレンチック論文は我々のDNAは活性酸素による訓練をメチャメチャに受けている、それは1日100万件で、自然放射線の1000万倍だとポリコーブ博士が予言したように、そのあたりが最も修復が得意なところなんだということで、それを頭に置いて探ってみたら、こういうことになるというのがヴィレンチック論文なんです。

50年以上前の 「直線仮説」がなぜ今も 支配しているのか

服部 これまでの話は、今の局面で退避してる人は家に戻れるということを示唆しているんですね。退避生活が長引くほど生計は立ちゆかず、それの方がどれだけ恐ろしい結果を生むか。
──先生の今のお話が、なぜいつまでも一般化されないんでしょうか。
服部 最高の質問です。研究者も含めて、なぜいえないのか。そしてこれがわかっても、これをどうしようという会議がなぜ開かれないのか。
 マイロン・ポリコーブ博士が1996年に論文(14頁図3)を発表した時、彼はドメニチという上院議員に直訴し、ワシントンに世界の専門家百数十人が集まって会議をしたんです(1999年12月)。その会議では結局、今の社会は1958年にICRP(国際放射線防護委員会)が出した「直線仮説」(図4)によってできている。それは誤りだったと今誰がいえるのか、社会は大混乱を起こす──ということになった。60年近く前の勧告で社会ができ、30年前から「ゲノム」や「DNA」がわかってきて、その修復の詳細がわかったのはさらに後の
ポリコーブ博士の1996年の大論文で、それで世の中に「ごめんなさい」といって全部ひっくり返すことはできないという結論になったと、日本から出席した元・菅原努京大医学部長から報告を受けました。
 しかし、この誤謬を放っておくのは大変な間違いで、広島・長崎に次いで今回の福島と、日本は、「直線仮説は基準値、目標値ではないんだ」と本音のサイエンスで大勢の人を救わなきゃいけない時がきたのではないか、それが日本の使命なのではないのかと思います。
 「非常事態だ」と建て前で大勢の人を生活できない状態にしているのはもうやめにしようといいたい。セシウムがどうのヨウ素がどうのというのは桁がメチャクチャに違うんだと。これは、ICRPを叩きつぶせという話では全くない。この機会に建て前はやめて、本当のサイエンスで処理することを始めないといけないという思いなんです。
 この間違いを正すために、例えばフランス医科学アカデミーのチュビアーナさんなど、本物の科学者を呼んでもいいのではないかと今思っています。)