キノコの多彩な健康効果と、美味しくて効果的なとり方
干す・冷凍等で、栄養とうまみ倍増
女子栄養大学教授 青柳康夫先生
味覚の秋、実りの秋、王者はやはりキノコでしょうか。
栽培種が一般になり、キノコはいつでも出回るようになりましたが、旬ならではのマツタケや本シメジなども加わり、サンマや栗など他の旬の食材と合せた秋のキノコ料理はまた格別の味わいです。
山がちで温暖多湿な日本では約4000種のキノコが自生し、うち120種程度が食用になるといわれています。
さらに、キノコには多彩な食効、薬効があり、食用と共に古くから薬としても用いられてきました。
女子栄養大学の青柳康夫先生は食品機能学がご専門で、30年近くキノコを研究されています。山菜や自生キノコの造詣も深く、登山が趣味であるところから、山菜やキノコの採集では研究と趣味と実益(グルメ)を兼ねた豊かな時間を過ごされているようです。
一方で、山菜や自生キノコに対して一般の人がもっている「自然の恵みを受け、すごい効果がある」というイメージは幻想に近く、
味はともかく、栄養面や健康効果などは栽培種とそんなには変わらないと青柳先生は笑って話されます。
それならば、栽培キノコを安価な時に多めに買って保存しておけば利用範囲も広くなるというもの。
青柳先生に、キノコの成分を中心に、キノコの効用と、うま味が数段アップし、さらに保存性も高まるという摂取法など、生活に役立つお話をしていただきました。
森の不思議な生き物 "木の子”
青柳 キノコは和名の「木の子」の名の通り、樹木などに寄生する菌類で、カビなどと同じ仲間です。植物でも動物でもなく、微生物に属します。
植物とは違い葉緑素はないので光合成はできず、樹木や落ち葉などに菌糸を伸ばして栄養を摂取します。
摂取の仕方によって、
@腐生菌性…シイタケ、ナメコ、エノキタケ、ブナシメジなど、枯れ木や切り株などに発生し、落葉や土中の腐植質、動物の糞などの生物の遺骸から栄養を摂取するもの(人工栽培のほとんど)
A共生(菌根)菌性…マツタケやホンシメジなど、生きた樹木の根と共生し、そこから栄養を摂取するもの(人工栽培が難しく、最近になってホンシメジで成功)
B寄生菌性…冬虫夏草など、生きた植物や動物(昆虫など)に寄生するもの──に大別されます。
普通私たちがキノコと認識し、食用にしている部分は「子実体」(イラスト)という、植物でいえば花に相当する、胞子(植物でいう種)を作って子孫を残すための器官です。
シイタケをはじめ、多くのキノコは、傘の裏のヒダに胞子を作ります。胞子は非常に頑丈で暑さ寒さに強く、空気中をただよってあちこちの地面に落ち、そこに雨が降ったりなどして湿度や温度条件が適合すると白い糸状の菌糸を伸ばし、地中や植物(樹木)の中にもぐって栄養分を吸収し増殖し、「菌糸体」を形成します。
この菌糸体がキノコの本体で、菌糸体は新たな子実体を生じて、キノコは繁殖していくわけです。ですから子実体は菌糸が複雑かつ高度に固まって盛り上がった、菌糸の塊のようなものなのですね。
秋にいっぱいキノコ(子実体)が出るのは、温度が低下してきて菌糸を伸ばすのには不都合な環境になって、生き延びるために胞子(種)を作っていくからです。
多彩な食効・薬効と
キノコの成分
一般的な栄養評価
青柳 キノコ類の成分は90%前後が水分で、残りの固形物の50%以上が炭水化物です。
炭水化物の3分の2近くは食物繊維であり、また、キノコ類はタンパク質や脂質の含有も低いので、エネルギーや良質タンパク質の供給源という点では栄養価は高くはありません(表1)。
微量栄養素では、ミネラル類(無機質)は摂取量から見て特に有用なものではなく、ビタミンはB群とDの良い供給源となっています(表1)。
キノコ類の成分で声を大にしていえるのは食物繊維で、キノコ類は食物繊維の良い供給源です。
食効・薬効の主役は 主成分の食物繊維
青柳 よくいわれるキノコの食効や薬効のほとんども、難消化性食物繊維の多糖類によっています。
例えば生活習慣病に対して食物繊維は、便秘の予防改善、腸内環境の改善、血中コレステロールの低下、血糖値の改善、動脈硬化や動脈硬化性疾患の予防、糖尿病の予防、腸疾患の予防──等の多くの機能性を発揮します。ですから、それ自体が低カロリーで肥満予防にもなるキノコは、日常とり続けていきたい食品であるといえます。
なおシイタケの場合、食物繊維に加えて、「エリタデニン」というシイタケ特有の成分(核酸誘導体)が血中脂質の改善に働き、血液をサラサラにします。エリタデニンは、悪玉のLDLコレステロールを下げ、善玉のHDLコレステロールを高め、総コレステロールを低下させる働きがあります。また、シイタケでは血圧を下げる効果もいわれ、これは食物繊維の働きによるものか、あるいはペプチドの効果かはよくわかっていません。うま味成分のグアニル酸の血栓予防効果も報告されています。
キノコのがん予防効果も、主役は難消化性食物繊維の多糖類です。中でも「β-D-グルカン」の免疫活性、抗腫瘍活性がよく知られています。ただし、β-D-グルカンはヒトの消化酵素では分解されないので、口から摂取しても効果はなく、例えば、シイタケのβ-D-グルカンから分離した「レンチナン」などは抗がん剤に応用されています。
食用によるキノコのがん予防効果は、試験管レベルのものが多く、ネズミでの実験や人での疫学調査結果も報告されていますが明確なものではなく、キノコは普通においしく食べて、なおかつ健康にも良いということで食すのが良いかと思います。
ビタミンDの宝庫・ ビタミンB群も多い
青柳 食物繊維の他に特筆すべき成分は、健康な骨を作るのに必要なビタミンDです(表1)。これはキノコ類に含まれるビタミンDの前駆体「エルゴステロール」が紫外線によって、利用率の高い活性型のビタミンD2に変換するからです(図1)。
成分表(表1)ではキクラゲにビタミンDが最も多いのは、栽培過程で日光によくさらされているためと思われ、実際にエルゴステロール自体の含有量が低くなっています(表2)。一方、干しシイタケのビタミンDがそれほど高くないのは、最近は機械乾燥で製造されているからです。
干しシイタケも含めて、一般にキノコ類は調理前に天日に干せばビタミンDは増え、特に裏面を紫外線に当てると多く増えます(図1)。紫外線の照射では30分ほどでピークになるというデータがあり、長く照射すればどこまでも増えるということはないようです。これは、紫外線が届く表面近くの前駆体エルゴステロールが変化し、内部のものは変化しないからと考えられます。
キノコ類は水溶性のビタミンB群も多く、野菜類と比較すると平均で、B1は2・1倍、B2は2・6倍、ナイアシン(B3)は9倍も多く含まれ、ビタミンB群の良い供給源となっています(表3)。
キノコの効果的な摂り方
干す・冷凍でうま味倍増
キノコの風味と
呈味成分
青柳 通常食用にされているキノコは味は淡泊なものが多く、核酸系の旨味成分や遊離アミノ酸類などが調和した出し汁%Iな味といえます。
核酸系のうま味成分は、キノコ類に多く含まれる核酸「RNA」が酵素で分解されてできる「グアニル酸」です。グアニル酸はキノコ類の一番のうま味であり、コンブのグルタミン酸(アミノ酸系)、かつお節のイノシン酸(核酸系)と並ぶ代表的なうま味成分です。
遊離アミノ酸類には、うま味成分のグルタミン酸、甘味のあるグリシンやアラニン、苦味を呈する疎水性アミノ酸などがあります。
加えて、キノコにわずかに含まれる糖分が加熱調理の過程でまろやかな甘みを与え、かすかな酸味や苦味もキノコに独特の味わいをもたらしています。キノコ類の中には苦味や辛味が強いものもありますが、それは通常食用にはなりません。
さらに、マツタケや干しシイタケなどはその特徴的な香り成分、例えばマツタケでは1-オクテン-3-オールと桂皮酸メチル、干しシイタケでは1-オクテン-3-オールやレンチオニンなどが独特の風味を出しています。
キノコの風味にはテクスチャー、すなわち歯触り、歯ごたえもポイントになります。
干す ──うま味は煮出し時に増加
青柳 干しシイタケに代表されるように、キノコは乾燥するとうま味が増し、生とは違う風味が生まれます。栄養的には、天日干しでビタミンDが増える以外は、干したものも水に戻せば生のものとほとんど変わりません。
干すとうま味が増すのは、キノコの一番のうま味成分、グアニル酸が増えるからです。
当初、シイタケは生と乾燥では風味が非常に異なることから、グアニル酸は乾燥過程で生成すると考えられました。しかし、調べてみると、生でも乾燥でもシイタケそのものにはグアニル酸はほとんど含まれず、戻し汁にもわずかしか含まれていませんでした。
ではどこで増えるのか。煮出した時に増えるのです(図2)。
煮出し後は、グアニル酸の材料であるRNAが減少し、グアニル酸を含むRNAの分解物であるヌクレオチド類が増えていたのです。つまり、煮出した過程でRNAの分解酵素が活性化し、RNAが分解されてグアニル酸が生成されていたのです。
では、干しシイタケの煮汁にうま味が多いのはなぜか。
まず、干すと乾燥によって細胞膜が壊れ、細胞の恒常性が破綻し、それまで遺伝子でコントロールされていた各酵素類が勝手に働き出します。しかし、酵素は水がないと働けず、干しシイタケの場合は水で戻した時点で働きはじめ、さらに加熱によって活性化するからです(図3・4)。
加熱による酵素活性では、RNAを分解する酵素(ヌクレアーゼ)と同時に、その分解物(ヌクレオチド類)を分解する酵素(ホスホモノエステラーゼ)も活性化します。ところが、RNAの分解酵素(ヌクレアーゼ)が100℃近くまで活性を保つのに対し、ヌクレオチド類の分解酵素(ホスホモノエステラーゼ)は60〜70℃あたりで失活するので、グアニル酸はそのあたりからどんどん蓄積されていきます。
一方、生シイタケの場合は、加熱による温度上昇によって細胞膜が破壊された後に酵素系が働くので、適切に戻した干しシイタケに較ベて、グアニル酸を含むヌクレオチド類の蓄積は少ないのです。
この適切に戻すということも、うま味を生じるポイントです。
グアニル酸の量は戻し方によっても違い、原料となるRNAをなるべく壊さずに戻すことが重要です(図5)。
冷蔵庫に入れて、5℃程度の冷水で徐々に戻すのが最も良く、肉厚のドンコなら12時間くらい、薄いもので4時間くらいかけます。最悪は戻しすぎで、戻す過程で酵素が徐々に働いてRNAの量が減ります。夏場に室温で戻せば、RNAはどんどん減少してしまいます(図5)。
戻す過程では、タンパク質加水分解酵素のプロテアーゼが活性化し、うま味成分のグルタミン酸を含む遊離アミノ酸も増えます。しかし、これも戻しすぎると苦味をもつ疎水性アミノ酸が多くなり、それに伴って加熱時に生成するグアニル酸が減り、キノコの歯ごたえも悪くなります。
加熱の仕方も大事で、グアニル酸はホスホモノエステラーゼが失活した後、なるべく長くヌクレアーゼが作用することで多く蓄積されますから、沸騰しているところに入れて煮るより、水から加熱していくのが良いのです。電子レンジのように急速に温度が上がる出力が強い条件だと蓄積が悪く、うま味が少なくなります(図6)。
また、干す過程においては、なるべく生の状態を保って成分変化を最小限に抑えて水分を飛ばすことが重要で、それには速やかに乾燥することです。乾燥過程で酵素反応が起こると、黒子と呼ばれる不良品ができてしまいます。
冷凍でも増えるうま味 ──生鮮キノコの うま味を増やすには
青柳 生のキノコでも調理前に、包丁の峰でたたいたり、冷凍するなどすると、細胞膜が損傷し、グアニル酸が増えます(図7)。
キノコの冷凍実験は私たちが最
初で、シイタケの実験では、生よりも冷凍してから加熱した方がグアニル酸が大幅に増加しました(図8)。冷凍すると、細胞内の水分が凍って膨張し細胞膜が壊れるので、乾燥させたのと近い状態になるからです。
解凍の過程が水戻しの過程に近い状態になるわけですが、冷凍したものは解凍後時間を置かずに調理するので、アミノ酸類はあまり増えません。
成分測定、食味テストの結果はほぼ合致し、学生30人以上を対象にした食味テストでは、シイタケとナメコは特におすすめで、マイタケは意見が分かれ、ブナシメジでは味も歯触りも落ちました(図8参照)。
ブナシメジの冷凍を推奨したテレビ番組が過去にNHKで放映されたようですが、これは是非、皆さんがいろいろなキノコで試されて自分の舌で判断していただきたいところです。
冷凍期間は長くても1ヶ月以内には食し、それ以上だと冷凍焼け(酸化)してきます。ドリップの流出を避けるためには、凍ったまま加熱調理した方がおすすめです。
劣化を防ぎ、うま味を増やし 上手に調理
青柳 キノコは水分が多く劣化しやすいので(表4)、キノコの種類にもよりますが、数日干して乾物にしたり、そこまでせずとも、調理前に2〜3時間干したり(ビタミンD生成では30分程度)、冷凍したりすると、うま味が増すと同時に保存性も高まります。
干しシイタケは密封して冷暗所に保管しておけば、脂質がほとんどないので酸化もせず、10年くらいは十分に保ちます。開封後は、湿気に注意して保管し、時々天日干しで再乾燥すると良いでしょう。
なお、中国産の干しシイタケは戻し汁は捨てた方が無難です。
健康的でおいしいキノコ料理をいろいろ工夫して、毎日の食卓を豊かにしてください。