味わいほっと一息「緑茶健康法」

毎日美味しく飲んで、食べて、ストレス解消・生活習慣病を予防

大妻女子大学教授 大森正司先生

日本人にとって「お茶」はスローフードの要
「喫茶」はスローライフの要

 日本の優れた食文化を支えてきたものの一つに、お茶(緑茶)があります。
 食の欧米化に伴い一時は低落していた消費量も、茶カテキンをはじめとする成分研究の進展により、健康飲料として注目されるようになり、消費も回復しています。
 しかし、背景には缶・ペットボトル茶の消費拡大があり、昔ながらのお茶の飲まれ方は廃れつつあります。
 お茶の研究38年、お茶研究の第一人者であり、お茶博士として知られる大妻女子大学教授の大森正司先生は、健康に良いお茶の飲み方は「基本的に美味しいお茶を淹れること」。「旨み成分がたっぷりと抽出されているお茶は有効成分もしっかり抽出され、ほっと一息つく喫茶の習慣はストレス対策にも最適」と、スローフードとしてのお茶の見直しを提案されています。
 日本茶普及協会理事長として食育と茶の融合「茶育」を推進、茶育指導士を養成され、日本茶インストラクター協会副理事長として日本茶インストラクターによる日本茶の啓蒙と普及に取り組まれている大森先生に、お茶と健康について広くいろいろお話をうかがいました。

お茶のルーツと 日本独自のお茶文化

大森 お茶は中国が起源で、原産地は雲南省西南部あたりとする説が有力とされています。そこから世界各国へ「ティーロード」が延びていったというのが一般的なお茶のルーツです。
 お茶が日本の文献に登場するのは約1200年前の平安初期、『日本後紀』の記述が最初です。この頃は貴族階級の間でお茶が飲まれていたと推測されます。
 日本でお茶が広まるようになるのは、鎌倉時代に入ってからで、臨済宗開祖の栄西禅師が平安末期の1191年に中国(宋)から茶の種を持ち帰り、九州や京都で栽培させ、自著『喫茶養生記』で禅の修業に不可欠な飲物である抹茶を広めようとしました。
 栄西によって将軍や武家社会にも普及したお茶は、室町時代にさらに広まり、足利義政の東山文化の時代には「佗び茶」が生まれ、さらに千利休による「茶の湯」へと発展します。
 それとは別に、江戸時代の半ば頃には「煎茶」が登場し、またたくまに庶民の間に広まり、煎茶道という新しいお茶の文化も生まれました。煎茶は今、日本茶消費量の80%を占める日本緑茶を代表するものとなっています(表1)。
 中国からもたらされたお茶は、日本では単に嗜好品として飲み継がれるだけでなく、文化、芸術の域にまで達する高い独自性を見せて発展し、その影響は作法や建築様式、身近には器や和菓子などにも及んでいます。
 日頃何気なく口にしているお茶ですが、手のひらに乗るほどの小さな空間の中に、先人たちにより創り上げられた独特の日本文化が息づいているのです。

緑茶の健康効果
健康増進の 3つの働きに優れる

大森 飲食物には何らかの機能が備わり、それは3つの働きからなっています。それぞれが優れていてしかもそのバランスの良いものが健康を増進させてくれます。
 日本茶はその3つの働きが全てそろい、そのどれもが優れている理想的な健康飲料なのです。
 1番目は、微量栄養素の補給。
日本茶はこの作用に大変優れ、ビタミン、ミネラルなどはもちろん、お茶特有の機能性成分、カテキン、テアニン、カフェインなども豊富です(12頁表3)。
 第2の働きは、味覚の満足感。
お茶の持つ「美味しさ」、「味わい」は、食べ物の持つ美味しさに匹敵し、その深い味わいは心までが癒されます。味わいゆえに人は日本茶を口にし、美味しいから毎日飲むわけです。
 3番目は、生体調節機能。摂取すると生活習慣病予防になるなど体に有効な働きです。日本茶は抗酸化作用に優れ、がんや動脈硬化予防効果、脂肪燃焼効果、美肌効果、虫歯予防効果など数多くの優れた作用があります。

緑茶の味わいと効能は 「甘」・「渋」・「苦」にあり
──アミノ酸・カテキン・ カフェイン

大森 日本緑茶は茶葉を採取後直ちに蒸して発酵を止めるために独特の旨みと緑色が特徴です。成分的に「甘(旨)み・渋み・苦み」の3つの味があり、これらをバランスよく淹れたものが美味しいお茶ということです(表1)。
 この味を構成する3つの成分がアミノ酸、カテキン、カフェインであり、お茶の健康効果もこの3つがカギを握っています(表1)。

苦みのカフェイン ──覚醒・疲労回復

大森 人は何故お茶を飲むのか、飲んできたのか、その主役はやはりカフェインの魅力です。
 二日酔いの将軍源実朝にお茶を献上したらたちまちにして頭痛が治ったとか、長時間座禅を組んでたお坊さんがお茶を飲むと目がパッチリ覚醒するとか、経験的にわかっていたことが言い伝えられてお茶は「健康の元」、「薬」として珍重されてきたわけです。
 カフェインは直射日光をあまり浴びていない若芽に特に多く、日光を遮断して育成した玉露や抹茶はカフェインを多く含んでいます。熱い湯によく溶け、特有の甘みやコクを大事にする玉露は、苦みを抑えるために約50℃程度のぬるま湯で2〜3分ゆっくり浸出するわけです。

渋みのカテキン ──強力な抗酸化作用と、 多くの生活習慣病予防

大森 お茶の薬効について、科学的にエビデンス(根拠)があり、はっきりわかってきたのはつい最近のことです。1991年に日本で初めてお茶の国際会議があり、そこでお茶の薬効研究がドッと発表され、その前から売れ始めていたペットボトル茶は爆発的に売れ出しました。
 その時の主役はカテキンで、カテキンは今なお研究が進められています。カテキンはタンニンの一種で、お茶だけにしか含まれていない重要な成分で、ポリフェノール構造を持つ低分子化合物です。
 カテキンは日光が当たると茶葉のアミノ酸がどんどんカテキンに変化していきます。ですから一番茶よりも二番茶、三番茶に多く、夏になると紫外線の害から身を守るためにどんどん消費されて、秋口になると今度は実に蓄積されていきます。乾燥した緑茶100g中には約12〜13%のカテキンが含まれています。
〈ビタミンEの20倍、Cの80倍の強力な抗酸化力〉
大森 がんや動脈硬化をはじめ多くの成人病、生活習慣病には活性酸素が関与しています。
 カテキンはその活性酸素を分解・消去する力(抗酸化力)が非常に強く、その力は活性酸素の中でも最も悪玉のヒドロキシルラジカルを消去するほどで、同じ抗酸化物質のビタミンEの20倍、ビタミンCの80倍にものぼるとされます。
 さらに、ビタミンEの酸化を防ぎ、体内の抗酸化酵素の働きを高めるという二重、三重の働きをあわせ持ちます。
〈がん・老化・認知症の予防〉
大森 疫学的調査ではお茶を多く摂る人ほどがんになりにくいことが多く報告されています。
 静岡県立大学短大部の小國伊太郎教授の調査ではお茶どころの静岡県のがん死亡率は全国平均を20%も下回り、また、埼玉県立がんセンター研究所の調査では緑茶を1日3杯以下しか飲まない男性に比べ、10杯以上飲む男性は3歳、女性では9歳も平均年齢がのび、発がん年齢も遅い──など緑茶のがん予防効果が数多く調査されています。
 また、東北大学の栗山進一准教授のアンケート調査では1日2杯以上のお茶を飲むとカテキンの働きで認知症を予防する可能性があると報告されています。
〈血液サラサラと動脈硬化・高血圧の予防・改善〉
大森 カテキンの抗酸化力は悪玉コレステロールの酸化を防ぎ、上昇を抑え、善玉コレステロールを増やし、血栓を防ぐ効果もあり、心筋梗塞や脳卒中、高血圧を防ぎます。
 私の研究室でも、1年間同じ環境でネズミを飼い、毎日緑茶を与えた群と水を与えた群と比較した実験では、緑茶群は水群よりも中性脂肪、コレステロール値がともに低く、高齢になっても記憶力が衰えず、長生きしました。
 なお、高血圧や動脈硬化の予防には1日7〜8杯とされます。
〈糖尿病の予防・改善〉
大森 カテキンは糖質の吸収を遅らせる作用があり、血糖値の急上昇を防ぎ、上昇してもすぐに下がることがマウスやラットの実験によって確かめられています。
 なお、富山医科薬科大学の清水岑夫教授の研究では、番茶に多いポリサッカロイド(複合多糖類)にも糖尿病予防効果が認められています。ポリサッカロイドは熱に弱く、効果を期待するなら水出し番茶が有効だそうです。
〈抗菌・抗ウイルス作用・消臭作用〉大森 お茶の嗽では、インフルエンザや風邪、虫歯や口臭などの予防効果が認められ、強力な食中毒菌O157を抑えることも報告されています(図1)。
〈抗炎症・抗アレルギー作用〉
大森 炎症を抑える作用もあり、アレルギー疾患における起炎物質の一つ「ヒスタミン」も抑えることが確認されています。
〈腸内細菌叢の改善〉
大森 カテキンの摂取により、寝たきり高齢者の便中にはビフィズス菌などの善玉菌が増え、大腸菌などの悪玉菌が減り、大便の悪臭も減り、便通も改善されたことが報告されています(図2)。カテキン量は煎茶5杯分で効果が現れたということで、研究者も驚いたそうです。

甘(旨)みのアミノ酸
──ストレス解消・血圧降下

大森 緑茶の旨みともいえる甘みは、テアニン、グルタミン酸といった20種類ほどのアミノ酸の働きによります。
 アミノ酸は根っこで生成され、葉に還元されていきます。一番茶に多く、さらに玉露のように覆いをして日光を遮るとどんどん葉っぱに蓄積し、甘みのある非常に美味しいお茶になります。
 緑茶を飲むと、ほっとして気持ちが落ち着きますが、これは緑茶に含まれるアミノ酸効果であると考えられます。特に、お茶にはテアニン(グルタミン酸エチルアミド)が多く、テアニンはリラックス時の脳波を示すα波を引き出し、リラックス効果をもたらすことが確認されています。
 私たちが行ったネズミの迷路実験では、アミノ酸(テアニンやギャバ)を与えないネズミはパニックになり迷路から出られなかったのですが、事前にアミノ酸を与えていたネズミは無事迷路から出られました。
 緑茶はコーヒーよりもアミノ酸が多いので、仕事が忙しくイライラしている時ほど「コーヒーブレイクよりもティータイム」ですね。
 ちなみに、血圧降下作用や健脳効果が知られているギャバ(γアミノ酪酸)は生葉にはわずかしかないのですが、鮮度保持の研究中に窒素ガスの中に入れたところ、含有量が約50倍と非常に増え、臨床実験でも血圧低下作用が認められました。このお茶は主成分のギャバとウーロン茶の響きから「ギャバロン茶」と命名して販売されています。
 また、日本茶には300種類以上の香気成分が含まれ、これらの香りもリラックス効果をもたらしてくれる大きな要因です。

ビタミンCなど、その他の 薬効成分も豊富(12頁表3)

大森 緑茶に多く含まれるビタミンCは熱に壊れない性質を持ち、ビタミンCの恰好の摂取源となります。
 他にも、血糖値を低下させる多糖類、疲労回復・強壮作用・精神安定作用などの効果があるサポニン、口臭予防に有効なフラボノイドなどが代表的なものです。
 緑茶に豊富に含まれるカロチン(α、β)は抹茶100g当たり約3mg含まれ、これはカロチンが多いとされる緑黄色野菜の3〜4倍に当たる含有量です。但し、脂溶性のカロチンは水には溶出せず、茶葉ごと飲む抹茶や、直接茶葉を食べる方法がベストです。

お茶は美味しく味わって、 健康に
美味しく淹れたお茶は 健康効果のバランスも良い

大森 甘み・渋み・苦みのバランスがとれたお茶は美味しく、健康効果もそれぞれの成分がバランスよく含まれていれば相乗効果により一層期待できます。
 カテキンを多く摂取したければ一番茶より二番茶、アミノ酸を多く摂取したければ一番茶、カフェインなら熱湯出しと、それぞれ多少の特徴はありますけれど、あくまでも嗜好品ですから、要は美味しく飲むことです。
 基本的には煎茶は、1人分3〜5gの葉に対して、沸騰後60〜80℃くらいに冷ました湯を100〜150cc程度注ぎ、1〜3分ほど蒸します(表2)が、その時の気分や好みで濃度などを調整すると良いでしょう。  

1日5〜10杯のカテキン効果
基本的に副作用はない

大森 カテキン類の溶け出る量は少ないので、がんやアレルギーの予防には1日10杯以上、便通には5杯以上が効果的といわれています。毎日10杯程度の摂取では特に副作用の心配はありません。
 食品中の鉄分にも影響しません。カテキンは鉄分と結合しますが、鉄分は食物が消化される過程で体内に吸収されるので、緑茶を飲んでもカテキンが鉄分と結合することはなく貧血にも影響はありません。
 但し、造血剤はカテキンと結びついて効果がなくなってしまいます。ですから、造血剤を飲んでいる人は水か白湯で服用し、その他の薬もお茶で飲むのは控えた方が良いでしょう。
 また、しっかり淹れたお茶はカフェインが多く、子供や妊婦さんには強すぎます。カフェインの心配な人は、「水出し」や「ぬるま湯出し」(表2)なら美味しく飲めて、睡眠の妨げにもなりません。
 良いお茶ですと、三煎くらいは飲めます。最初は「水出し」で甘く美味しいお茶を味わい、次に40℃くらいのぬるま湯で1分間浸出すると爽やかな渋みの「ぬるま湯出し」となり、最後に熱湯を入れて「熱湯出し」にすればカフェインの強い苦みの効いたお茶を味わうことができます。
 「宵越しのお茶は飲まない」と昔からいわれています。茶葉にはたんぱく質が多く、お茶を淹れても浸出されずにほとんど葉の中に残ります。たんぱく質は高温下で長時間置くと細菌やカビが生えて腐り、有毒物質を作り出しますから、お茶はその日のうちに飲み切ります。

茶食で有効成分 まるごと摂取

大森 緑茶にはカテキン、アミノ酸、カフェイン、ビタミンCの他に、ミネラルではカリウムやカルシウム、虫歯予防のフッ素も豊富です(表3)。
 食用ではさらに、脂溶性のビタミンEやβカロチンも摂取できますし、何より食物繊維の摂取源としては大きいものがあります。茶葉100g当たり煎茶で約46gの食物繊維が含まれ、茶葉大さじ1杯で約2・8gの食物繊維を摂取でき、これは、食物繊維が豊富なゴボウにもひけをとらない含有量です。
 緑茶成分(水溶性)の約60%が一煎めで浸出され、二煎めでは80%まで浸出されます。一煎めしか飲みませんと、残り約40%は茶殻として捨てられてしまいます。そこで有効成分を100%摂取しようということで、茶殻や粉茶を料理に使うお茶料理研究会を始めて14〜15年になります。
 茶殻を細かく切って佃煮にしたり、乾燥して粉砕すればふりかけにもなります。市販の粉茶を利用しても良く、ヨーグルトや納豆に混ぜたり、クッキーやパンに入れても美味しいものです。抹茶は高級で値も高く、カフェインも多いのですが、和菓子から洋菓子まで幅広く利用されているのはご存知の通りです。若葉の天ぷらも美味しいものです。

一番茶は農薬なし

大森 農薬は一番茶には使いません。虫は二番茶、三番茶につくので、一番茶の採取後にかけ、二番茶の芽が動き出す前になったら、残留農薬の問題からかけることはありません。完全無農薬栽培が望ましいのはいうまでもありませんが、お茶は大変虫がつきやすく、栽培農家の負担も非常なものです。だから低農薬でしょうね。

日常お茶を楽しんで 体と心を健やかに

大森 馥郁とした香り立つお茶をゆっくりと口に服む時の心地良さは、日本人に生まれて良かったと感じる瞬間でしょう。そのような気分の中では人との関わりもスムーズになり、争いも後退します。
 スローライフを実感する日本茶の存在は、スピード最優先の今の時代、その価値はより高く発揮され、必要とされていると思います。
 日常茶葉を用いてゆったりしたティータイムを持つことは心身の健康には最も望ましいことですが、忙しい時はペットボトルの利用も良いでしょう。美味しくて、体に良い成分がたっぷり含まれている緑茶をぜひ健康生活に役立ててください。