放射線・紫外線・温熱の認識・受容・応答・適応

─その分子機構─

奈良県立医科大学医学部生物学教室 大西武雄教授

放射線・紫外線・温熱と生命のかかわり
──基礎研究からがん治療への応用

 「放射線生物学」がご専門である奈良県立医科大学の大西武雄先生は、地球に降り注ぐ放射線や紫外線と地球生命とのかかわりを、基礎研究から、がん治療の応用研究、さらに宇宙飛行士の健康保持を目的に宇宙研究にまで発展させてこられました。
 放射線や紫外線がもたらすストレスで生物の細胞は傷つきますが、これに対してがん抑制遺伝子「p53」はアポトーシス(細胞死)の仕組みなどで生体を放射線等の影響から守ろうとしています。
 大西武雄先生は、このp53が、平熱より少し高い状態で細胞の中に生まれるHsp(ヒートショックプロテイン)や、微弱放射線被曝(低線量率長期被曝)で誘導される仕組みを分子レベルで解明され、そのご研究は世界的にも有名です。
 本号では大西武雄先生自らが、この仕組みについて筆をお取りになり、読者に詳しく教えて下さることになりました。
 少々難しくはありますが、繰り返し熟読されて、広大な宇宙から地球に降り注いでいる放射線や紫外線と我々地球生命のかかわりあいや、また、それらの悪影響から生体を守ってくれるp53遺伝子について、Hspや低線量放射線との関係と共に、その理解を深めていただきたいと思います。

T 環境変化を 認識・受容・応答
さらには適応する。

 生物は環境の変化に対して、認識する受容器官・組織・分子を持ち、その刺激に対して応答する反応系を持つ。その応答の一つに生体はその環境変化に適応しようとする。時として、生体を元の状態に戻し、恒常性を保とうとする(ホメオスタシス)。しかし、生体の持つ能力の限度を超え、生体にとって危機を迎えることもある。
 さまざまな環境のうち、放射線・紫外線・温熱に対しても同様である。それらに対する感受性の決定因子には遺伝的要因と後天的要因とがある。遺伝的要因として、細胞レベルでは放射線・ 紫外線による遺伝子DNA損傷生成率を軽減させる能力、損傷を修復する能力、損傷が誘発する細胞内化学反応システム(シグナルトランスダクション)などに違いがある。それらは放射線・紫外線に感受性な患者さんがいること、その放射線・紫外線感受性が遺伝することが明らかになってきた。ネズミにも放射線・紫外線感受性な系統がいる。温熱に対しても生
ス体を構成する成分が温熱に強い構成成分に進化した生物(高度好熱菌)がいる。さらにはそれぞれの生物種には生育に至適な温度があること、温熱で変性するタンパク質を修復する能力も生物種によって差があることがわかってきた。一方、後天的要因として、分子レベル・細胞レベル・組織器官レベル・個体レベルでのそれぞれのおかれた環境の違いによって放射線 ・紫外線・温熱感受性が異なってくる。環境の違いが遺伝的能力を修飾することもある。その中でもあらかじめの放射線 ・紫外線・温熱の被ばく経験が次にくるそれらの刺激による生物影
ソを軽減させる適応能力があること、すなわち同一人物であっても放射線 ・紫外線・温熱に対する感受性が異なる可能性があることがわかってきた。
(1)放射線に対する適応応答
 1986年にWolffらの研究グループは細胞培養器に放射性チミジン(β線を発生する)を添加することによって、あらかじめに連続した放射線照射をほ乳動物培養細胞に行うと、次にくる高線量放射線急照射による染色体異常誘導が抑制されることを発見した1。その後、あらかじめの照射に低線量のX線の1回照射によっても適応応答が起こることが確かめられた。放射線影響として、姉妹染色体異常の抑制、小核の発現率の抑制、突然変異率の抑制、放射線抵抗性の獲得、奇形発生の抑制やアポトーシスの抑制などによっても放射線適応応答の存在
ェ報告されてきた。また、これらの放射線適応応答が見られるには特定の線量域(Window)が存在すること、次の放射線照射までに特定の時間間隔(Interval)が必要であることがわかってきた。さらに、あらかじめの細胞への処理にはX線以外のDNA損傷をもたらす化学物質などの異なった刺激が用いられても見られた。この放射線適応応答をもたらすためには、あらかじめの処理後にRNA合成やタンパク質合成が必要であること、特に遺伝的背景としてp 53遺伝子に突然変異があったり、欠損したりしている場合はこの放射線適応応答が見られないこと
ェヒト培養細胞やマウス個体で明らかになってきた。放射線適応応答にはp53のはたらきが必要であることは注目に値した2、3、4。
 この放射線適応応答の現象はあらかじめの放射線被ばくを細胞が記憶すること、その被ばくした記憶を一定の時間を経るとその記憶を忘れることを、我々はヒト培養細胞を用いて見出した3(図1)。p 53正常型ヒト培養細胞に高線量放射線急照射(1 Gy/minで5 Gy)するとp 53依存型のアポトーシス小体が出現する、DNA断片が出現する、p53およびBaxが蓄積する、Caspase-3活性が増強する(Caspase-3およびPARPの分解でわかる) (図1B)。当然、非照射の場合はアポトーシスが全く見られない(図1A)。0・001 Gy/minで1・5
 Gyの低線量率の放射線を連続照射してもアポトーシスやこれらの現象は誘導されない(図1C)。これらを組み合わせて、低線量率放射線で連続照射した直後に、高線量放射線で急照射するとp 53依存型のアポトーシス出現頻度が抑制される(図1D)。これこそが放射線適応応答である。しかし、低線量率放射線での予備連続照射後と高線量放射線急照射との間隔を48時間離すと、再び放射線適応応答が見られなくなった(図1E)。
 この放射線適応応答はマウスなどの個体でも起こることが報告されている。マウス個体での生死を測定することによる放射線適応応答では0・3─0・5Gyのあらかじめの放射線照射では次にくる高線量放射線までの期間が約2週間必要である場合と、0・05─0・1Gyのあらかじめ照射に対しては約2週間─2週間半必要である場合の、Windowと Intervalの組み合わせが異なる2組が存在し、それらの関係は全く不連続である。この現象は米澤博士によって発見され、米澤効果と呼ばれている5。しかしながら、これら2組の組み合わせのしくみに
ツいてはまだ解明されていると言えないが、p 53ノックアウトマウスでは放射線適応応答は見られないので、少なくともp53が関与しているのは間違いがない。
 我々はp 53遺伝子のみならず放射線によるDNA損傷を組換えで修復する酵素DNA─PKもこの放射線適応応答に関与していることを見出した。DNA─PK能が欠損したScidマウス(放射線に感受性)個体に放射線を照射した6(図2)。特に、放射線に感受性な臓器である脾臓に注目した。Scidマウスおよび正常マウスに3Gyの放射線を照射する(AのB)と脾臓が小さくなってしまう(BのB)。それらの脾臓細胞ではアポトーシス(一種の細胞死のタイプ)が観察された(BのC)。しかし、 0・45Gy放射線を照射(A)しても脾臓サイズ
iAのB)も、脾臓細胞のアポトーシス出現(AのC)もコントロール(@)のそれら(@のBとC)と余り変わりがない。0・45Gyの放射線では線量が少ないからであろう。しかしながら、0・45Gy放射線で照射した後、2週間目に3Gyを照射すると、脾臓サイズの縮小およびアポトーシス出現が正常型マウスでは軽減され(CのBとC)、放射線適応応答が観察された。しかし、 Scidマウスではこのような放射線適応応答が観察されなかった(CのBとC)、むしろあらかじめの0・45Gy照射によって脾臓のサイズがより小さくなっていた(Cの
B)。放射線適応応答にはDNA─PK能が関与していることがわかる。あらかじめの放射線被ばくを記憶するしくみをマウス個体は臓器・細胞レベルで持つことが証明された。
(2) 紫外線に対する適応応答
 あらかじめの少ない被ばくは次にくる高線量の被ばくに対して生物影響を低くするのは紫外線の場合にも見られる。古くは大腸菌を用いてなされてきた。紫外線を照射した大腸菌ファージを感染する大腸菌にあらかじめ少ない紫外線を照射しておけば、照射しなかった大腸菌に感染する場合よりも多くのファージ生産を得ることができる、これを宿主回復と呼んできた。この現象はSOS反応と呼ばれ、除去修復酵素や組換え酵素であるDNA修復酵素があらかじめの紫外線で発現誘導されることで理解されてきた。一方、大腸菌は可視光線または近紫外
線UVAを利用する光回復酵素で紫外線がつくるDNA損傷を修復する能力も持つ。あらかじめの紫外線を大腸菌に照射すると光回復酵素が誘導されることを我々は発見した7。事実、光回復酵素の遺伝子上流にはSOSボックスと呼ばれる、LexAレプレッサーが結合する部位が存在し、あらかじめの紫外線を照射した場合、大腸菌にはRecAというLexA分解タンパク質が誘導され、光回復酵素遺伝子が誘導されるので、先ほどのSOS反応を起こす酵素の一種であった。かくして、次にくる紫外線に備えるのである。ゾウリムシやミドリムシにもあらかじめ
紫外線照射は、DNA修復酵素を誘導合成することにより、次にくる紫外線に強くなることを我々は報告してきた8、9。あらかじめのUVB照射が植物のヤグルマギクのフラボノイドの一種であるアントシアニンの合成を促進させる (図3左)。アントシアニンは紫外線(UVB・UVC)領域に強い吸収ピークを持っており、 UVB・UVCのエネルギーを吸収して、核に紫外線が到達しないようにすると推察された。UVB・UVCによって生成されるDNA損傷であるピリミジンダイマー量をあらかじめのUVB照射が抑制する(図3右)ことに
よって紫外線に抵抗性になり(図3中央)、生体を防御するしくみを植物が持つことを見出した10。
一方、ヒト培養細胞を用いて、日焼けで生じるメラニン色素を多く含む細胞は少ない細胞に比べ紫外線によるDNA損傷量を軽減させ、紫外線抵抗性になることを証明した11。実際、ヒト皮膚器官培養を用いて紫外線によるDNA損傷を測定すると、メラニンキャップ(メラニンが核の上側に位置した細胞で見られる)を持った細胞では損傷量が少なかったが、メラニンキャップを持たない細胞では損傷量が多かった。最近、日焼けの色素メラニンの合成をする細胞を刺激するホルモン(alpha-MSH)やある種のペプチド(POMC)の分解を調節することによっ
ト、次にくる皮膚DNAの遺伝子損傷を紫外線から防御するという、p53によるがんを起こさせないための新たなしくみとして、実に興味ある報告12がなされた。まさにp53は多くの局面でしかも多様なしくみでがん発生を抑制していることになる。
(3) 温熱に対する適応応答
 あらかじめの温熱処理は次にくる温熱に細胞を強くする。この現象はあまりにも有名である。大腸菌から植物・動物など多くの生物にこの現象が存在する。一般にヒト細胞を43℃以上の温熱で処理すると細胞が死んでいくが、あらかじめの少ない時間での温熱処理または少し低い温度(39─42℃)で処理すると、細胞は温熱に強くなる。図4はヒト培養細胞を用いての実験である13。DNA修復酵素であるPolを欠損している変異株とその親株(野生型でPol
を持つ)とを比較したものである。これら両株を45・5℃で加温処理すると細胞は同じように死ぬことを示している(図4A) 。
しかし、あらかじめ45・5℃で5分間のみ前処理した後、 12時間目に45・5℃処理すると、野生型細胞は温熱抵抗性を獲得する(図4B)ことがわかる。しかし、前温熱処理後の12時間の間にヒートショックタンパク質(Hsp:ストレスタンパク質)合成の阻害剤(KNK437)を加えておくと、温熱耐性の獲得が抑えられる(図4B)。しかし、たとえHsp阻害剤を加えなくても、Pol欠損細胞にあらかじめの温熱処理しても、温熱抵抗性の獲得は極めて少ない(図4C)。温熱耐性の獲得にPol遺伝子が重要であることを示している。あらかじめの
温熱処理はHspの合成を誘導すること、それを阻害すると温熱で細胞が死んでいくことがわかる。しかも、温熱に強くなるにはあらかじめの予備加温後12時間目ぐらいが最も有効である(図4D)。実はその時間こそがHspが最も多く合成される時間である。これらのことから、温熱で変性を受けるタンパク質Polを救うのがHspであることが考察できる。なぜなら、Pol欠損細胞はあらかじめの温熱処理の効果がないからである(図4のCとD)。DNA修復酵素Polが温熱耐性獲得に重要であるという論拠に、 DNA分子に間接的に二本鎖(DSB
)をもたらしているのではないかという実験結果を我々は得ている14。なお、HspにはHsp90、 Hsp70s、Hsp60、 Hsp40、 Small Hspsなどの多くの種類が存在する(例えば70は70,000の分子量を表す)。Hspは温熱によって熱変性された生体を構成するタンパク質を元の活性を取り戻す修復能力(分子シャペロン能)を持つことによって細胞を温熱に強くしている、と考えられている。

U 放射線 ・紫外線・ 温熱に応答する分子

 古くは放射線 ・紫外線を被ばくした細胞は活性が低下すると理解され、すべての化学反応が抑えられると考えられていた。しかし、現在では進歩著しい分子生物学的技法を駆使することによって、放射線 ・紫外線に被ばくした後に活性化される分子が明らかになってきた。その活性化された分子が次に起こす一連の化学反応システムが明らかになってきた。そこで注目されるのが、「最初に活性化される分子が一体何か」ということである。
(1)タンパク質分子のリン酸化
 放射線照射後に最初に活性化される分子はATMであり、紫外線照射後ではATRであることが知られている。それらはいずれも自分自身をリン酸化させて活性化させる分子であると同時に他のタンパク質もリン酸化する(図5)。しかし、放射線 ・紫外線が照射されていない時はそれらの分子はリン酸化・活性化されていないので、それらの分子を活性化させる最初の出来事は何かが注目された。今では一般的にはDNA分子に損傷が生じることがその原因であると理解されている。放射線照射の場合はDSBであるとされている15。紫外線の場合は
Aまだはっきりと解明されているわけではないが、UVAやUVBでは生体を構成するさまざまな化学物質のうち、それらの光で励起される光増感剤(Porphyrine、 Sepiapterin、 NADH、 Flavins、 Pterins、 Quinones、 Folic acidなど)から間接的に各種の酸素ラジカルが生成され、間接的にDNAに鎖切断、特にDSBがもたらされ、そのことがATRのリン酸化の引き金となると考えられる16。また、それらの酸素ラジカルがグアニンなどの塩基に損傷をもたらす。または、UVCによりDNA分子に直接的にピリミジンダイマーや6─4光産物を
生じさせた状態でDNA複製が行われたり、それらの塩基損傷の修復の過程で、やはりDSBが生じたりすることが引き金になると考えられている。細胞にとってのDSB生成はATRやATM分子のみならず、DNA─PKやPARPも活性化される分子でもある。したがって、DSB生成後に生じるシグナルトランスダクションは必ずしも一方向のみではなく、DSBがいくつもの方向へと化学反応を広めていくと理解した方がよい(図5)。これらのタンパク質のリン酸化は下流の他のタンパク質分子群もリン酸化させ、細胞周期を制御するChk1やChk2さ
らにはCdc25AやCdc25Cの一連の化学反応を誘発することとなる。その結果、細胞はG1期、S期やG2期で細胞周期を停止させる、その間に細胞はDNA修復を喚起させる、しかしDNA損傷が多すぎるとp53の活性化(リン酸化)を介して、その細胞にアポトーシスなどの細胞死をもたらせる。細胞周期を停止させている間にDNA修復される方が、細胞にとってはより、誤りのない修復がなされることになる。細胞の遺伝子暗号どおりに修復される可能性が高く、誤りが少なくなる。誤りの多い修復は結果的に細胞に正常なタンパク質が合成されないので、
細胞に死がもたらされたり、たとえ細胞が死ななくても突然変異が誘発されたり、染色体異常が誘発されたりすることになる。p53は遺伝情報の守護神としてはたらく分子で、遺伝子安定性をもたらすことに中心的役割を演じている。DNA損傷が生じてきてからリン酸化を受ける分子は数多く報告されている。また、アポトーシス、細胞周期停止、DNA合成停止、DNA修復などのシグナルトランスダクションの方向性の違いはDNA損傷量に依存すると考えられている。
(2) 遺伝子の形質発現
 放射線が生体に照射されるとDNA分子が損傷を受け、ATM、ATR、DNA─PKなどによってp53がリン酸化を受け、p53を中心としたシグナルトランスダクションが誘導される(図5)。活性化されたp53は遺伝子上流に存在する特異的な塩基配列(p53REもしくはpCONと呼ばれている)に結合する。その結合は形質発現mRNA合成の引き金になる。p53によってコントロールされる遺伝子(p 53制御遺伝子)群は数多い。Hdm2遺伝子とHdmX遺伝子とがまたp 53制御遺伝子群の一つである。とHdm2遺伝子が発現誘導され、p53がユビキチ
ン化を受け、p53が分解されることにより、フィードバックコントロールがかかり、元の平常状態に戻る(図6)17。一方、紫外線照射後に活性化されたp53は紫外線によるDNA損傷の修復に関係するX P CやDDB2遺伝子を誘発する18。また紫外線照射後に活性化されたp53はXPBやXPDとも直接結合することによって、DNA修復を助ける。そしてフィードバックコントロールがかかり、結果的に元の平常状態に細胞は戻ることとなる。温熱によってもp53分子が活性化されること、 p53REに結合すること、p 53遺伝子の下流遺伝子が誘導される
ことを我々は報告してきた19、20。
 Hspの形質発現は温熱はもとより、放射線・紫外線が照射された後にでもPKCが活性化されH s p遺伝子の上流にある特異的な塩基配列HSEに結合するHSEがリン酸化される。その結果、温熱・紫外線によってもHspが誘導される21。Hsp72はさまざまな環境変化によって、誘導合成されて、細胞内濃度が増加するとHsp72がHSFと結合し、HSFがHSEに結合することを阻害する。すなわち、フィードバックコントロールされることによって、生体は元の状態に戻る。
 このように生体はこれらの環境、放射線・紫外線・温熱の変化を受容し、生体の化学反応のリン酸化をとおしてシグナルトランスダクションが起こり、細胞が環境に対して応答し、それぞれの環境に適応をする。そして、やがて生体はフィードバックコントロールをして元の状態に戻る。
(3)他のタンパク質との相互作用
 過度の放射線・紫外線・温熱によって細胞は死に至る。その時、p53が活性化され、 p 53制御遺伝子群の一つであるB a x遺伝子の発現を誘導する。そして、下流のCaspaseの活性を促進させ、アポトーシスを招く。p53は形質発現にはたらくことのみならず、他のタンパク質と相互作用を持ってp53のはたらきを発揮する。Baxのはたらきに拮抗するのがBcl-2である。p53はそのBcl-2に直接結合して、アポトーシスを促進する22。また、活性化されたp53によって形質発現が誘導される。
 変異型(m)p53も野生(正常)型(wt)p53もHsp72と結合する23。結合の強さはmp53の方が強い。細胞死のアポトーシスを決定するApoptosomeはApaf-1、Cyt C、Caspase-9で組成される。Hsp72はApaf-1と、Hsp27はCyt Cと結合することによって、ともにApoptosome形成を阻害する。そこでmp53がHsp72と結合することによってアポトーシスを阻害することとなる。悪性がん細胞に多く見られるmp 53型細胞は放射線、温熱、シスプラチンによるアポトーシスが生じにくく、それらに抵抗性であることを我々は報告してきた19、24。
翌廃 53型細胞はDNA損傷生成後にp53がリン酸化され活性化されることによって、p 53制御遺伝子であるB a x遺伝子の形質発現を誘導して、アポトーシスを誘導するので、mp 53型細胞に比べてアポトーシスが生じやすく、感受性であると解釈してきた。

V 酸化ストレスに 応答する分子

 細胞に放射線・近紫外線・温熱いずれを処理した場合でも細胞に直接ラジカルを生成するのではなく、間接的に細胞に酸化ストレスを生じさせる。したがって、細胞に直接酸素ラジカルを生成する化学物質を処理する場合に似た現象が細胞内に生じているのであろう。放射線適応応答のしくみとして、ラジカルスカベンジャーや抗酸化酵素群を細胞があらかじめの細胞への刺激によって合成されると考えることもできる。細胞に生じたラジカルがタンパク質リン酸化酵素であるPKCを活性化させ、次にNrf2のユビキチン化が抑制させ、Nrf2がリン酸化さ
れる。活性化されたNrf2は核内に移行し、酸素ラジカルを消去する遺伝子群の上流に結合し、それらの遺伝子群の形質発現誘導を促進することとなる。そしてフィードバックコントロールがかかり、結果的に平常状態に戻る。平常時はこのNrf2はKeap1とともにユビキチン化されており、細胞質ではCul3と結合している。酸化ストレス発生後に、この結合様式が崩れ、Nrf2の活性化が進行する。この系がNrf2-Keap1 pathwayと呼ばれている25、26、27。ここでもタンパク質のリン酸化による活性化、形質発現誘導、ストレスの解消、タンパク質の分解という
o路をたどる。もう一つの考え方に、細胞に生じたラジカルが遺伝子損傷をもたらし、それがタンパク質リン酸化酵素であるDNA─PK、ATM、ATRなどを活性化させているのかも知れない。

W 活性化分子の分解

 環境変化によって細胞内分子が活性化されることを裏返して言えば、平常時では活性化されていないことになる。環境の平常状態から変化状態の推移で起こる生体内のシグナルトランスダクションが研究の初期は大いに注目されてきた。しかし、その異常時から平常時にいかに戻るかも大きな関心事である。一つには脱リン酸化によって元に戻る。もう一つは活性化された分子を分解することである。実にその引き金がタンパク質のユビキチン化である。ATPがAMP+PPiに分解される過程のエネルギーを利用してユビキチン活性化酵素がユビキチ
(76アミノ酸である小タンパク質)化され、それとユビキチンリガーゼによって、標的タンパク質がユビキチン化を受ける。それがプロテアソームとATPエネルギー(AMP+PPiに分解)によって分解される。このようなユビキチン修飾系はタンパク質分解のみならず、広くタンパク質機能を制御する可逆的なタンパク質修飾システムとして位置付けられており、2004年に3名の科学者がノーベル賞を受賞した。p53もユビキチン化を受ける標的タンパク質である28。ユビキチンリガーゼがHdm2(マウスではMdm2)であり、HdmXと共にp53をユビキチ
ン化する。生体における平常時とDNA損傷生成時のp53を中心としたシグナルトランスダクションの違いはp53とHdm2の細胞内の量的バランスから起こると考えられている29。
 放射線適応応答が見られるしくみとして、あらかじめの放射線照射を記憶する化学物質が生体には備わっている。しかし、一定の時間にのみ、この現象が細胞に記憶されるが、それ以外の時間帯では放射線適応応答が見られないことから、 シグナルトランスダクションに変化が生じると考えられる(図6)。あらかじめ放射線がp53を活性型に転換し、 Hdm2遺伝子の発現を誘導する。合成されたHdm2がp53を分解する、その時に高線量放射線が細胞に照射されると、iNOS遺伝子が発現され、細胞内NOラジカルが合成される。そのことが細胞を放射線抵
抗性にさせたり30、31、誘発染色体異常の発生頻度を低下させたり32する放射線適応応答が現れる。したがって、p53が変異型または欠損型である場合はこの現象が見られなくなる。p53が分解されてしまうと、 Hdm2が合成されなくなる、そうなればまたある一定量の細胞内p53が増加してくる。このようなフィードバックコントロールが、放射線適応応答のIntervalであり、細胞に死をもたらさない状態でHdm2を誘導する線量がWindowとなる。実に、あらかじめの放射線被ばくを記憶する装置がp53とHdm2との細胞内バランス装置であることになる。
省略字:
Apaf-1, apoptosis protease-activating factor-1; ATM, ataxia telangiectasia mutated; ATR, ataxia telangiectasia and RAD3-related; Bax, bcl-2 associated x protein; Bcl-2, B-cell leukemia 2 protein; Cdc, cyclin-dependent kinase; Chk, checkpoint kinase; Cul, Cullin-RING ubiquitin ligases; Cyt C, cytochrome C; DDB, damaged DNA-binding protein; DNA-PK, DNA-dependent protein kinase; G1, 細胞分裂のM期の終了からS期の開始までの期間;G2, 細胞分裂のS期の終了からM期までの期間; HSE, heat shock element; HSF, H
eat shock factor; Hsp, heat shock protein; Hdm, human double minute; iNOS, inducible nitric oxide synthase; Keap1, Kelch-like ECH-associated protein 1; LexA, transcriptional repressor of SOS response; M, 細胞分裂の間期; Nrf2, nuclear response erythroid-2 fctor 2; MSH; melanocyte-stimulating hormone; NO, nitric oxide; Nrf-2, nuclear response erythroid-2 factor 2; p53RE, p53 responsive element; pCON, p53 consensus sequence, PARP, poly(ADP-ribose)polymerase; PKC, protein kinase C; Polβ, DNA poly
merase β; RecA, 相同組換え・組換え修復に重要な酵素でタンパク質分解活性を持つ; S, 細胞分裂のDNA複製期; Scid, severe combined immunodeficiency with sensitivity to ionizing radiation; UV, 紫外線; XP, xeroderma pigmentosum
謝辞:本研究成果の一部は文部科学省科学研究費および電力中央研究所との共同研究によって行われました。
連絡先:
〒634-8521 奈良県橿原市四条町840
奈良県立医科大学医学部医学科生物学教室
Tel. 0744-22-3051(内線2264)
Fax. 0744-25-3345
e-mail. tohnishi@naramed-u.ac.jp
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