長寿遺伝子をオンにするアンチエイジングの実践術

順天堂大学大学院医学研究科 加齢制御医学講座
白澤卓二教授

誰もが長寿者になれる

 アンチエイジング(加齢制御)研究の第一人者、白澤卓二先生は寿命制御遺伝子やアルツハイマー病の分子老化研究をはじめ、百寿者(百歳以上の健康長寿者)を含め長寿者の調査研究など、幅広く老化研究に取り組まれています。
 そうした長年の研究から導き出された長寿の秘訣は、食事・運動・ストレス対策など普段の生活習慣にあり、長寿は決して天性の賜でも、たまたま得たものでもないと白澤先生は強調されています。
 誰もがサクセスフルエイジング(健康長寿)を達成できるように、食事をはじめさまざまな角度からアンチエイジングライフを提案されている白澤先生は、ご自身がその実践者であるのは当然のこと。
 しかしながら、研究の傍ら年間150回の講演会をこなし、その上に昨年は本8冊を上梓されたというご活躍ぶりや、何より生き生きとして若々しい容姿をもって、ご自身の研究を実証されていることには改めて感嘆させられました。
 さらに、最近発見された長寿遺伝子「サー2(Sir2)」は、これまでのアンチエイジング研究を裏付けると同時に、「この発見によって老化研究は飛躍的に進化したといっていい」と白澤先生はお話しされています。
 白澤先生に、長寿遺伝子のスイッチをオンにするアンチエイジングの実践術、アンチエイジングライフについて教えていただきました。

元気で長生き 百寿者に学ぶ
スーパー長寿者 最高齢は122歳

白澤 ギネスブックが世界一の長生きと認定したのは、フランス女性のカルマンさんです。1875年に南フランスのアルルで生まれ1997年に122歳で亡くなりました。カルマンさんは85歳からフェンシングを始め、100歳を超えても街中を自転車で走っていたといいます。死ぬまで頭脳明晰で、冗談を言っては周囲を笑わせていたことからも、脳の機能が最後まで衰えていなかったことがうかがえます。
 日本でも、プロスキーヤーの三浦雄一郎さんの父上で100歳を過ぎてもスキーを楽しまれていた三浦敬三さん、102歳になっても日本舞踊を教えられていた板橋光さん、また、今年97歳になられる今も超人的な活躍をされている聖路加病院の日野原重明先生など、非常に若々しくアンチエイジング(抗加齢・加齢制御)されている先輩方がおられます。
 こうした先輩方はいきなり長寿になるわけではなく、若々しくエイジング(加齢)した結果、サクセスフルエイジングを実現された。つまり、日頃の生活習慣次第で、誰もが健康長寿を実現できる可能性があるのです。

長寿の要因は環境が75%
食事・運動・生きがい

白澤 カルマンさんは長寿家系ですが、三浦さんと板橋さんは特に長寿の家系ではありません。
 長寿には遺伝も関係しますが、双生児の研究などから遺伝的要因は25%、75%は環境要因であることが明らかになっています。その中で最も大きいのは食事、そして運動と生きがいです。
 三浦さんは生きがいとするスキーを続けるために、日頃の食事や運動に気を配られたそうです。板橋さんは40歳から日本舞踊を始めて、60歳で師範の資格を取りました。
 カルマンさんも85歳でフェンシングを始めています。晩年は白内障で目がほとんど見えなくなっていましたが、咀嚼力が最後まで強く、咀嚼力は長寿の要因として非常に大事です。三浦さんも一口60回の咀嚼を心がけ、鶏の骨まで食べていました。
 三浦さんも板橋さんも、足腰が強く(図1)、食事に気を遣い、お二人共に「朝食を欠かさず、朝食に必ずネバネバ食品(納豆、ヤマイモ、オクラなど)を摂取」という共通項がありました。朝食の習慣とネバネバ食品の摂取は、長寿の重要な要素である、血糖コントロールに役立つのです。
 日野原先生は毎日カロリー計算した上で「腹七分目」を実践され、他の方達も少食で、若い頃の体重を保っています。少食・低カロリー食が長寿の要であることは、長寿遺伝子の研究からも明らかです。

長寿遺伝子のスイッチを オンにする
長寿者は 長寿遺伝子が活性!

白澤 このように加齢と老化は必ずしもイコールではなく、老化のスピードには個人差があり、100歳を超えて元気な人もいれば平均寿命前に亡くなる人もいます。この違いは何によるのか。近年の遺伝子研究、ゲノム科学からも、この謎が解き明かされてきています。
 元気で長生きしている人達にはある共通の遺伝子、すなわち、「長寿遺伝子」が働いていることがわかってきました。老化のスピードや寿命は、この遺伝子が生き生きと働いているかどうかによって変わってくるのです。
 長寿遺伝子は特定な遺伝子ではなく、誰もが持っており、また、生活習慣によってそのスイッチは、オンにもオフにもなることがわかってきています。長寿遺伝子はDNAに働くもの、インスリンに関するもの、成長に関するものなど複数あり(表1)、多様なメカニズムが働いて寿命を延ばしていますが、例えば「サー2(Sir2)」はカロリー制限、「AMPK」は運動することによってスイッチオンになります。
 長寿遺伝子の働きをオンの状態にするのは「環境=生き方」そのものであり、健康長寿者の生活習慣と驚くほど合致していることは、大変興味深いことです。

長寿遺伝子「サー2(Sir2)」が 解明したアンチエイジング

〈カロリー制限〉
白澤 2003年、米マサチューセッツ工科大学のレオナルド・ガレンテ博士は、出芽酵母の「Sir
(Silent Information Regulatorの略:静かなる情報を規定するものの意)」と名付けられた遺伝子から、長寿遺伝子「サー2(Sir2)」を発見しました。この発見によって、老化・寿命の研究は飛躍的に進化しました。
 その後、線虫やショウジョウバエ、さらにマウスやヒトなど哺乳類からも見つかり、同じように老化や寿命にかかわっていることがわかりました。
 サー2は、エサがとぼしく寒い環境中の酵母菌から見つかり、豊富なエサと温かい環境で育った酵母菌ではこの遺伝子は活動していませんでした。
 博士は酵母菌のエサとなるグルコースを25%と、飢餓に近い状態にしたところ、サー2の中にNAD(ニコチン酸・アデニン・ジヌクレオチド)という物質が出てきて、これがサー2の働きをオンにすることを発見したのです。カロリー制限の動物実験では、ミジンコが1・7倍、ラットでは1・4倍も寿命が延びました(図2)。
 また、米ウィスコンシン大学の実験では、17年間栄養は不足させずにカロリーを30〜40%制限(削減)したサルは、好き放題にエサを食べさせたサルに比べて、「肌の色つやがよく、ほとんどシワもない」という結果が出ています。制限食のサルは、血液中のDHEAという若返りホルモン値が非常に高く、脳も活性化されているということもわかりました。
〈ブドウ皮のポリフェノール
レスベラトロールのすごい力〉
白澤 ハーバード大学医学部のシンクレア教授らは、ブドウの皮の直下に多く、赤ワインにも含まれている「レスベラトロール」というポリフェノールが、サー2の働きを活性化し、運動能力も上がったことを突き止めました(図3)。
 さらに教授は、脂肪分が多いエサにレスベラトロールを加えてマウスに与えると、体重増加や寿命短縮を防ぐ効果があり、メタボリックシンドローム症候群にしたネズミにレスベラトロールを注射したところ、脂肪肝が良くなったという衝撃的な研究を発表しました。この薬は今開発中で、アメリカでは拍手喝采だそうです。
 本来の食事を正さないで、薬でメタボを治すとはいかにもアメリカ的ですが、ガレンテ博士は「カロリー制限のし過ぎは体に悪く、また新薬に頼ることよりも、バランスのとれた食事・適度な運動・健全な精神で健康な日常生活を送ることが大切」と話されていました。私も全く同感です。
 ともあれ、赤ワインポリフェノールが動脈硬化や長寿に役立つことはよく知られており、その主役は皮の色素「アントシアニン」などの抗酸化作用によると考えられていましたが、レスベラトロールの「サー2活性効果」も大きいと思われます。

 アンチエイジングライフ
1. カロリー制限(腹七分目) ── 若いときの体重を目安に

白澤 結論的には、カロリー制限が、アンチエイジングの基本中の基本となります。
 カロリー制限では、長寿遺伝子の活性化だけではなく、老化の原因とされる活性酸素からのダメージが減り、若返りホルモンのDHEA濃度が高まり、アルツハイマー病の指標となる老人斑も減ることがわかっています(図4)。
 カロリー制限は、腹八分目ではなく「腹七分目」を目安に、糖質カットとか、脂肪カットとか、単独のものを制限するのではなく、食事の全体量を減らして、栄養バランスをとることが大切です。
 もう一つ、簡単な目安として、成長期が終わった20歳頃の体重を維持する。若い頃と比べて5〜10%の間の体重増は許されますが、それ以上になってる人は長い間、適正カロリー以上に摂取していたと推測できます。

2. 老化の元凶「活性酸素」を       抑える抗酸化物質

白澤 呼吸から取り込んだ酸素の約0・5〜2%は反応性の高い「活性酸素」になり、細胞のたんぱく質や生体膜、DNAを傷付け、細胞の機能が低下し、細胞の老化が進むと考えられています。生体には、活性酸素を抑える力が備わっていますが、活性酸素が過剰に生成されると、それに抗することができなくなってしまいます。
 活性酸素の害から体を守るには、紫外線やタバコ、農薬や大気汚染物質などの環境汚染物質、ストレスなど、活性酸素をより生成する要因をまずできるだけ排除することです。
 そして、ファイトケミカル(植物由来の化学物質)をはじめとする抗酸化物質を多く含む食品を積極的にとる。ブドウのレスベラトロール、日本茶のエピガロカテキンガレート、トマトのリコピン、ブロッコリーのスルフォラファンなどのポリフェノールやフラボノイドなどのファイトケミカルは、植物が紫外線や害虫、土中の細菌などから、自分を防衛するために備えている成分なので、色素成分、香気成分、苦味成分に多く、また皮に多く分布し、環境が厳しければ厳しいほど濃度は高くなります。
 皮は、ブドウの皮のレスベラトロールをはじめ、ピーナッツの渋皮、タマネギの皮のケルセチンも、サー2をオンにする活性が高い。だから皮が大切ということです。こうした皮は、ミキシングなどして味噌汁やカレーに入れたりすれば気にならずに食べられます。
 野菜・果物ジュースを週3回以上飲んでる人は、週1回以下の人に比べてアルツハイマー病になりにくいことがシアトル在住の約2000人の10年間にわたる食事・栄養調査でわかっています(図5)。
 魚にも、カロテノイドなどのポリフェノールが含まれています。特にサケにはトマトに多いリコピンと似た構造のアスタキサンチンが豊富で、その強い抗酸化力は認知症予防にも役立つと考えられています。魚油に含まれるDHAやEPAも抗酸化力があります。
 死因三大トップの心臓病と脳卒中とがんにならないこと、加齢が原因になる認知症にならないことは、健康長寿の達成の大きなポイントです。これらの病気全てに、活性酸素は深くかかわっていますから、抗酸化食品は努めてとることです。

3. インスリンケアの重要性 ──食事は三食・ネバネバ食品

白澤 それとインスリンケアを大事にする。私が以前所属していた東京都老人総合研究所の調査でも「百歳長寿者に糖尿病はいない・極めてまれ」という厳然たる事実が明らかになっています。
 インスリンの働き(効き)が悪いと血糖を上手に処分できずに、糖尿病になり、また、インスリンを作るすい臓のベータ細胞はインスリンを過剰に分泌して、その働きを補うので、ベータ細胞が疲弊します。糖尿病は血管を障害する全身病ですが、高インスリン血症でも動脈硬化をもたらします。
 インスリンの効きのいい人は、インスリンの血中濃度が低い。日野原先生、三浦敬三さん、板橋光さん然りでした。
 元気で活躍している人は一様にインスリンが低く、これについては多くのデータがあります。年をとるとインスリンの働きが悪くなり、高齢者の約半数〜3分の2はインスリンの効きが悪い。こういう人は長生きできません。90歳以上の長寿者は、もともとインスリンの働きがいいということです。
 インスリンのケアには、朝食は必ずとり、三食規則正しくとる。朝食を抜くと、前夜からの空腹状態が長く続くことになり、そこに昼食が急に入ることで血糖値が急上昇し、インスリンが多く必要になります。食べ過ぎにもなりやすく、これもインスリンに負担をかけます。
 朝食もインスリンに負担をかけない工夫── 少食、粘り成分は血糖を包んで糖の吸収を遅らせるので、納豆、オクラ、ヤマイモ、はちみつなどのネバネバ食品を加える、食べる順番は、食物繊維の多い野菜類から始めて、たんぱく質、脂質、最後に糖質と進めると糖の吸収がゆっくりになります。
 なお、秋田県の南外村に17年間通って調査しました東京都老人総合研究所での研究では、朝食を食べない二食の人は「要介護」になりやすい。私も二食でしたが、この研究を始めてから三食にしています。

4. 咀嚼力

白澤 長い間、多くのお年寄りと出会ってきた経験から、私は「人は固いものを食べられる間は人間としての品位と尊厳を持って生きられる」と思うようになりました。
 固いものを食べられるということは、よく噛むことができるということです。
 よく噛むのは、消化以外にも、前頭葉の血流が増え、脳のアンチエイジングになり、骨や足腰の筋力にも好影響を与えます。唾液の分泌量を増やすことで免疫能を作り、口腔内の乾燥も防ぎます。
 適切な口腔ケアでよく歯をいたわり、また、たとえ入れ歯でも、ゆっくりよく噛むことが大事です。

5. 骨を丈夫にする

白澤 寝たきりの大きな原因に、骨折(大腿頸部骨折)があります。
 三浦敬三さんも板橋光さんも骨が丈夫でした。骨密度も80歳代、60歳代の若さで、腰の骨は圧迫骨折も湾曲もなく、若者のようにまっすぐに整っていました。このデータは、踊りとスキーの人生がいかに骨を鍛えてきたかを物語っています。骨には重力という圧力が必要なのです。
 食事では、小魚とかを骨ごと食べる。イソフラボンが豊富な大豆もいいですね。
 関節(軟骨)や肌の健康には、コラーゲンやグルコサミン。これもサプリメントではなく、手羽先や豚足、魚の煮こごりとか、軟骨を調理して食べることが基本です。

6. 認知症を防ぐ 日本食・地中海食
   ──穀類・野菜・魚

白澤 穀類・野菜・魚中心の日本食が評価されています。野菜や海藻たっぷりの味噌汁、大豆食品に魚、ご飯──という日本食は、私もやはり一番だと思います。白米を玄米にすればなお良いですが、雑穀ブレンドなどを混ぜてもいいです。
 穀類・野菜・魚に、オリーブオイルとワインが加わったのが、地中海食です。地中海食では、アルツハイマー症が少ないというデータが出ています。
 「カロリー、脂質、飽和脂肪酸のとり過ぎ」は認知症の大きな要因の一つとなっています。カロリー制限に加えて、食べ物では魚類や野菜類が注目され、青魚に多いDHAやEPA、サケに含まれるアスタキサンチン、ブドウのレスベラトロールなどが期待される成分です。
 野菜には、抗酸化物質の他に、ビタミンやミネラルも豊富です。野菜や果物は無農薬のものを、丸ごと全体食でとりたいものです。

7. カロリー制限と、 運動が最重要

白澤 今まで述べた中で、やはり一番大きいものは、カロリー制限と運動です。食事だけでは体力作りはできません。
 まずは歩く。東京都老人総合研究所の調査によると、骨粗鬆症の予防には1日6千歩、筋肉減少の予防には1日8千歩、メタボ予防には1日に1万歩程度が有効で、逆に、1日に平均4千歩以下の高齢者は閉じこもり傾向で、うつ病の危険があるということでした。
 また、最近発見された「AMPK」という長寿遺伝子は、運動することによってスイッチオンになることがわかりました。筋肉が収縮することで、この長寿遺伝子が活性化します。
 決して激しい運動ではなく、日常的にできる筋肉運動を、定期的に持続的に行うことが大切です。

8. 精神活動を含めて バランスが大切

白澤 健康長寿の方達はくよくよ考えない楽天的な方が多い。長寿の方々は、脳の中でどんどん神経細胞を再生させて、逆に嫌なことを忘れているのかも知れないことが、動物実験の結果からも推測されます。
 サー2を発見したガレンテ博士は、「栄養バランス」、「食事と運動のバランス」、そして「ストレスとのバランス」に注意することが大切と話されました。
 博士はストレスについて、「全くストレスのない生活は必ずしも長寿につながらない。適度なストレスは緊張感をもたらし、人生を前向きに生きる原動力になる。運動や瞑想などで気分転換をしながら、上手にストレスと付き合っていきたい」とおっしゃっています。博士とお話をして、「バランス」の取れた生活が健康長寿への道を開くために不可欠ということをあらためて実感しました。