冷蔵庫の中身で顧みる、己の食生活

「始末のいい食生活」で、地球にも、体にも、ふところにも、安心にして安全、そして健康!

食文化研究家 魚柄仁之助さん

『冷蔵庫で食品を腐らす日本人』・ 『冷蔵庫で食品を腐らせない日本人』

 自ら研究実践した「安全で健康的、無駄なく安上がりな食生活」を提案されている食文化研究家の魚柄仁之助さん。
 昨年8月に出版した『冷蔵庫で食品を腐らす日本人』(朝日新聞社刊・朝日新書・740円)では、家庭の冷蔵庫を通して、日本人がこの50年間どんな食生活でムチャクチャをやってきたかを検証。先人の知恵を生かして、食はもとより暮らし全体のスケールダウンを提案されています。
 そのアンサーとして今年5月に出版されたのが、『冷蔵庫で食品を腐らせない日本人』(大和書房刊・1400円)。
 ジャーナリスティックな視点で書かれた前書は、軽妙洒脱な魚柄節を炸裂させながらもその舌鋒は鋭く、思わず我が身を顧みて恥じ入ることしきり。
 一方、実用に徹した最新刊書では、達人の技を駆使した食品保存術・料理術を、イラストと写真をふんだんに使って公開。目と頭にすっと入るノウハウの数々に「これなら出来る!」、これならば我が家の冷蔵庫を「食品の墓場」、「魑魅魍魎のブラックボックス」、「永久凍土」に化さずに済むと安心させてくれます。
 国の無策を嘆く前に、「あなた自身、生産者を買い支えていますか」と問う魚柄さんは現在、地方の真っ当に耕している生産者と消費者をつなぐプロモーターとしても活躍されています。
 食の達人、魚柄仁之助さんに「地球にも、人体にも、ふところにも、安心にして安全、そして健康」に導く食生活の技を伺いました。

冷蔵庫で知る 恥知らずな日本人

魚柄 僕が生まれた1956年あたりからの50年間は、日本が一番ムチャクチャな食生活になった時期だと思います。添加物だの何だの何でもあり、ダシなど引かない、化学調味料ですませる。そして、外食ばかりになった。
 国内農業は壊滅状態(図1・11頁図3参照)。それは皆が買い支えなかったから潰したんですからね。
 それで、これは自分も含めて日本人を考え直さなきゃいけないと思った時に、一番槍玉に挙げたくなったのが冷蔵庫だったんです。
 日本が経済力をつけて、冷蔵庫がでかくなった。巨大冷蔵庫を手に入れると、もう小さい冷蔵庫に戻れない。そして、どんどんものをつめこんで、冷蔵庫で腐らせる。食べ物に対してこんなに失礼なことはない。冷蔵庫を手に入れてから、本当に日本人はだらしなくなったと思います。買った以上は腐らすなということです。
 日本人は「もったいない」という言葉と、「始末」という言葉が大好きです。ところが今一番始末に負えなくて、一番もったいないことをしてるのが今の日本人です。
 本当に日本人は、「生きよう」という生命力がなくなったと思いますね。戦中・戦後の一頃は生きるためにもっと必死で、冷蔵庫なんかないわけですから、食べ物を腐らせないように一生懸命になった。それが食べ物に対して正当な扱い方だと思うんですよ。

己を知ることから始めよう
「食のノート」

魚柄 「どうやって安全性を見分ければいいんでしょうか?」。
 そんなことはスーパーの総菜をそのまま買って食べたり、冷凍食品に頼ったり(図2)、輸入食品だけで賄ってるような外食をしている以上、見分けようもない。それ自体が緩慢な自殺、緩慢に自分の命を短くしているのです。
 僕は加工したものは一切食べません。外食もしません。どんなものが入っているかわからんようなひき肉も買いません。ましてそれを使って餃子とかハンバーグに加工したら、ますます何が入ってるかわからない。そこで人間、拝金主義になったらミートホープになってしまう。加工度が高くなればなるほど危険は高まるんです。
 僕は素材はわかるところから買ってきて、自分で全部加工する。それが一番安全性を担保できると思います。
 日本の食料自給率を上げなきゃと皆いいますが、実際に買い支えているかといったら、昼飯はコンビニのおにぎりや弁当。今お米農家は買い叩かれて、米の価格が10年前の約2分の1。だから僕は逆に「20年間は絶対お前のところを裏切らないよ」という仲間を増やしています。僕自身、契約農家で10 kg6千円以下では買わない契約をしています。
 それに対して、10 kg6千円、
1万円のお米を「高い! それじゃ家計を逼迫する」というご本人は、冷凍餃子を買ったり、外食したり。
 うちの食費は未だに1ヶ月一人9千円切ってます。外食ゼロですもん。カミさんと二人分なら1万5千円くらいです。
 僕は人参1本まで、どんなものを買ってどれくらいかかるか、レシートを貼ったり書きこんだりしている「食のノート」を30年間つけていますから、自分が1ヶ月どのくらい食べるのかがすぐにわかる確かなデータがちゃんとあるんです。
 そうしたデータももたず、試しもしないでイメージだけで「お米10 kg6千円は高い」と決めつけ、僕の食費を知って「どうしたらそんなに安くなるんですか?」と聞く。
 結局、自分の家計、食の在り様がわかってないんですね。まず己を知りなさいということです。自分の現状がどうなのかも知らずに軌道修正できますか? それで安全を求めたり、安くしたいの何のっていっても机上の空論です。
 ヒトは、そもそもどのくらいの食べものが必要なのか。僕の場合、米は1日1・5合、30日で4升5合。ジャガイモは1ヶ月約8個、人参約5本。これらは冷蔵庫に入れる必要はない。要冷蔵食品は、@野菜は、キャベツ1玉、トマト10個、セロリ2束、キュウリ8本、大根1本、里芋6個、南瓜2分の1個など、A肉は、鶏または豚が800g、B魚は、アジやイワシなど10匹、切り身8切れ、C調味料は、トマトケチャップ他約6種、Dその他、酒粕、梅干し、ヌカ床など。魚や肉は必要な時に必要なだけ買い、冷凍ストックはなし。他は週に1回の
買い物で十分です。

冷蔵庫で食品を 腐らせない
「干す」・「漬ける」・「熟成させる」

魚柄 買ってきたものは冷蔵庫に直行。それで「大根萎びちゃった」、「牛蒡干からびさせちゃった」、「南瓜1個買って半分煮物にして、後の半分は冷蔵庫入れたら、中がドロッとなって腐りました」。
 それでもう捨てるしかないという人に、「もったいない」なんていって欲しくない。本当にもったいないと思ったら、冷蔵庫の中をよく見て反省して欲しいものです。
 生鮮食品の野菜が萎びる、干からびる、腐るのは当たり前。1本使い切れんと思ったら、使い切れんかった分は切って干せば半年はもつ。うちでは大根でも、南瓜でも切って干してます。牛蒡はささがきにして干しとけばいい。干せば、うま味も栄養価も高まります。夜寝る前にそれを鍋に入れて水を張っておけば、朝までには戻る。火にかけて味噌を溶けば味噌汁の出来上がりです。
 魚を買ったら皆さん、ひとまず冷蔵庫に入れる。その段階から、腐る方向にカウントダウンが始まっているんです。まずは頭を落とし、腹を抜く、塩を振る、味噌に漬ける、粕に漬ける。それで冷蔵庫に入れておけば、そこから先は腐るのではなく、熟成するんです。酒粕に塩したタラを漬けこんで半年経って冷蔵庫から出してみたらべっ甲色。それが抜群に美味しかったとです。サンマも下ろして塩して酢漬けにすれば、3週間も経てばサンマのなれ鮨みたいになってくる。冷蔵庫の使い方は本来そっちなんですね。
 冷蔵庫を手に入れたことで、日本人は「干す」「漬ける」「熟成させる」という日本人がもっていた知恵を全部捨ててしまいました。

原理原則を考える

魚柄 学生時代から僕は、「少ないお金でどう食べるのか」ということに血道を上げてましたから、人参だろうが何だろうが腐らせるなんてことはご法度なんですよ。冗談じゃない、食べられるものを腐らしてなるものかと。それで、「なぜ腐るのか?」という原理を考えました。
 水分があると腐る。空気にふれると酸化劣化する。じゃあ「水分を飛ばしちゃえ」と野菜でも魚でも肉でも干す。「塩分があったら腐るのが遅れる」とわかったら、「味噌に漬けとこう」とか、「醤油に漬けとこう」とか。煮干しとか、ジャコとか、ナッツ類とか酸化しやすいものは「密封して冷凍庫に入れればいい」。そういう風に考えて実践してきました。
 料理のレシピには分量から茹でる時間まで全部書いてあります。「バカになりなさい」といってるのと同じです。考えないで済む人間、工夫することを忘れる人間にしているんですね。

やればできる

魚柄 そして、一食ごとに始末する。区切りをきっちりすることが台所仕事の持続につながるのです(表1・2)。ところが皆さん「忙しい」という弁解をよく使う。それはやったことないからですよ。やったこともないのに、「できない」という。できないじゃない。したことがないんです。
 餃子中毒問題の時にちょうどテレビに生出演していました。街頭インタビューで「冷凍餃子がないとお弁当ができない。忙しいから頼りにしていたのに困るわよね」といっていた人たちが、次の週も出演したんですが、「しばらく買いません」といっている。そしてスーパーの冷凍食品売り場はガラガラ。
 結局やっていなかっただけ。やってみりゃできるんです。
 その時に僕は、週末は「家族で餃子包んでみよう」と提案しました。
 家にある野菜、キャベツでも白菜でも小さく刻んで、ひき肉をほんのちょっと入れて、乾物、例えば春雨の切ったのとか、きくらげとか椎茸を戻したものとか、欲をいえば干し貝柱、こわれたのでいいから戻して混ぜると一味違う、うま味が増します。それを家族で、市販の皮でもいいから、包んで焼いて、焼く時に後に入れる水にほんのちょっと片栗粉を入れれば、パリッといきますよと。
 作った方はFAXを下さいと番組を終えたら、50枚のFAXがきました。「簡単でした」、「キャアキャアいいながらパパと子供たちが喜んで作りました」、「週末は家族で餃子作ろうとなりました」。やってみりゃできるんです。
 僕が「全部三食作ってます」というと、「忙しくてできない」、「勤め人だからできない」、「夜遅く帰って疲れて、作る気にならない」という。それはそれで悪いと思いません。
 人生の持ち時間って結局、死ぬまでしかないんです。その時間を、どれだけ豊かに健康に過ごすか、会社の健診でメタボといわれ「そのうち頑張ります」といって死ぬまでやらないか、どっちをとるかです。

食物価格高騰でも 困りゃせん

魚柄 最近では「これだけ食料が値上がりしたら、もうやっていけません」と皆さんいってますけど、僕は全然困らない。カップ麺なんか買わないし、昔から南部小麦粉を契約して買ってますから、小麦の値段は全然変わっていない。お米もそうですね。
 何のアクションも起こさずに、「食料自給率40%じゃ心配ですね」と人ごとのようにいう。いよいよ餓死しそうになったら、今いっぱいある耕作放棄地に「何かを植えりゃいい」なんていってますけど、一回放棄したら何年復帰できないか、それも日本人は忘れているんです。
 だから僕らは、放棄せずに耕してくれてる人たちを組織化して、食料危機が来ても俺たちはこの人たちと一緒に作って買い支えていくぞという関係を今作っているわけです。
 「マグロが食卓から消える日」とか、トマトが高騰してるからどうしたこうしたって、マグロもトマトも、それを食べなくて死んだ人はいませんでしょう。元々人間はその時にあるものを食べていたわけです。これを食べたいと思って手に入れたわけではなく、たまたま、マンモスが獲れたらマンモスを食べ、たまたまイネ科の植物があって美味しかったからそれを採って食べていたわけです。
 ですから、そこにあるものを自分で工夫して食べるというのが、まともな食だと思います。
 僕は原稿書き始めると10日間くらいは籠っていますから、買い物に行けません。でも3週間買い物ゼロでも全然問題ないです。三食ちゃんと作って食べてます。緑豆や大豆を発芽させたら、もやしができる。鮮度のいい生きた生の野菜がそこにあるわけですよ。煮干しやチリメンジャコなどをうまく使えば動物性蛋白質もOK。ゴマやクルミをすって和え物にすればマヨネーズもいりません。コッテリしたうまさも味わえます。
 一手間かけて、ちょっと工夫していれば、買い物しなくても有り余るほどあるはずなんですよね。なんで毎日毎日買い物して、しかも何千円も買い物して、「高い、高い」っていってるのかがわからないですね(笑)。