食から始まって生活全般、心も体も心地よいオーガニックライフ

──自然に即した本来の生活

オーガニックコンシェルジュ 岡村 貴子さん

日本の多くの人に、オーガニックの素晴らしさ、楽しさを伝えたい

 岡村貴子さんはオーガニックコンシェルジュ(案内人)として、食を中心に衣食住の生活全般、自然に近いものを取り入れた「オーガニックライフ」を提案されています。
 岡村さんがオーガニックライフを日本で広めようと思ったきっかけには、オーストラリアでの4年間の生活がありました。
 自然の中で動植物と共に生活するヒッピーとの共同生活では「人間は地球と一緒に生きている」ことを実感し、物質的には豊かではないのに「心と体が満たされていて不思議な幸せ感」を味わったと岡村さんはいわれます。
 岡村さんはその後、撮影コーディネーターの仕事を通してオーガニックと出合い、自然に即したヒッピーの生活は「オーガニックの考えそのもの」であるのを知ると同時に、オーガニック市場の存在や、オーガニックの考えに貫かれたライフスタイルの存在を知り、オーガニックについて学んでいきました。
 帰国後、日本ではまだオーガニックの理解が浅いことや、生産者側と消費者側との連帯がうまく取れていない現状を知り、オーガニックの存在、素晴らしさや楽しさを伝え広めていくには、オーガニックの知識や情報を紹介する「案内人」が必要と考え、04年にNPO法人オーガニックコンシェルジュ協会を立ち上げました。
 インターネットを通してオーガニックを学ぶ受講者は現在約500人になり、最近はオーガニック商品を開発する会社で研修として学ぶケースも増えているとか。
 日本第一号のオーガニックコンシェルジュとして、オーガニックに関するさまざまな分野で活動されている岡村さんに、オーガニックライフの素晴らしさと、始めるに当たっての知恵をうかがいました。

オーガニックライフのすすめ
自然との調和を図りながら 健康で心豊かな生活

岡村 オーガニックというと、多くの人はオーガニック(有機)農業やオーガニック食品を思い浮かべると思いますが、オーガニックは食べ物だけではなく、自然環境や心や体に密接につながっています。
 「オーガニック(organic)」は日本語では「有機(の)」という言葉が使われていますが、オーガニックにはその他に、「生まれつきの、生命の、本来の、根本的な、本質的な」という意味や、「生き方が簡素で自然に即した、すばらしい、最高の」という意味があり、私にとってのオーガニックはこのコンセプトを持ったものです。
 例えば、人は何かを購入する時にブランドなり値段なり何らかの選択の基準がありますが、私にとってはオーガニック、つまり自分の健康だけでなく環境にも配慮しているかが大きな基準となっています。
 ですから、オーガニックライフとは衣食住の生活全般において、オーガニックを基準に、体の健康や環境に配慮した質の高い生活といえます。私自身、オーガニックライフを送るようになって、心身ともに健康を感じるようになり、毎日がとても快適に過ごせるようになりました(表1)。
 そして、本来の意味での「オーガニックライフ」を常に意識して物事の根本的なもの、本質的なものに目を向けていくと、他人の視点ではなく、自分の目で人、モノ、コ卜をしっかり見分ける習慣が身につき、自分で判断、決断することが楽しくなって、世界がどんどん広がっていきます(表1)。

オーガニックへの目覚め
──オーストラリアでの 自然との共生生活

岡村 私は学生時代チアリーダーで活躍し、アメリカ・アトランタオリンピックのパフォーマンスをテレビで観て、次のシドニーオリンピックは生で観たいと、技術の勉強も兼ねて1年早く1999年にオーストラリアに行ったところ、何とオーストラリアにはチアリーディングチームがなかった。
 目的をなくし「では何をやる」となった時に、現地で自由に暮らすヒッピーに興味をもちました。裸足で髪の毛も生まれたまんま。誰と目が合ってもニコッと笑って「ハーイ」とか「こんにちは」。「今日は月がきれいだからビーチで太鼓を叩こう、海で泳ごう」とか、自分の気持ちと、その時の自然と、その日のシチュエーションで気ままに生きている。その存在も知らなかった私は「地球上にこんな生活をしている人たちがいるんだ!」と衝撃を受けました。
 虫と動物と人間の垣根がない、自然を楽しみながら、キノコや野草をとり、少しの畑を耕し、自分たちで作れるものは作り、足りないものは近くのマーケット(生鮮市場)などで買い足す。
 基本的に物やお金がいらない生活で、誰もが満ち足りて、豊かに生きている。こんなに身近に自然を感じ楽しむことはないだろうと、私も靴を脱ぎ、服を脱ぎ、布をまとって、しばらくの間、彼らと共に生活しました。裸足で土を踏むと地球にも体温がある。人間は地球と一緒に生きているという実体験ができたのはとてもラッキーでした。
 コミュニティを離れた後もオーストラリアには4年間滞在し、撮影コーディネーターの仕事をしていた時に携わったテレビのオーガニックの特集番組を通して、初めてヒッピーの生活が「オーガニックの考えそのもの」であると知り、同時にワイナリーやマーケット、レストランなどの取材で市場としてのオーガニックの存在を知りました。
 例えばオーストラリアのマーケットにはオーガニック専門のセクションが必ずあり、野菜や果物、穀類や豆などが豊富に置いてあり、多くの人は持参の布バックや、調味料なども持参の器に入れ替えて持ち帰っていたりしていました。基本的に無駄なゴミを出さない、環境に配慮したライフスタイルが日常化しているんですね。
 03年に帰国し、東京の生活に慣れてきたところで、日本でのオーガニックの現状を調べてみたところ、日本ではまだオーガニックの理解が浅いことや、生産者側と消費者側との連帯がうまく取れていない現状を知り、オーガニックの存在、素晴らしさや楽しさを広め、生産者と消費者をつないでいくにはオーガニックの知識や情報を紹介する「案内人」が必要と考えて、04年にNPO法人オーガニックコンシェルジュ協会を立ち上げたわけです。

基本となるのは「食」
──オーガニック(有機)食品は エコであり、LOHAS

岡村 私がオーガニックを広めたいと思った理由の一つには、農薬や化学肥料を使わずに栽培する生産者の方たちの、半端な努力ではない労働力、苦労を、食べる私たちがもっと知り、それを噛みしめていくべきではないかという思いがありました。
 自分の母親や祖母が育った時代はオーガニックが当たり前の生活で、農薬や残留化学肥料を排除したものが健康に良いとか、環境に優しいということを考慮して選ぶ世界ではなかったと思いますが、選ばないと手に入らない今の時代は、オーガニックを広める以前にまず知らせる役割が求められます。生産者の方たちの苦労がわかれば、高いと敬遠していた値段も逆に「こんな値段で売っていいの?」と思うようにもなります。
 オーガニック農業はもともとは農薬や化学肥料を用い、人体毒性や生態系破壊が危惧される従来の農業に対して、「畑や農地に生きる動植物の生態系をむやみに崩さず、環境に極力負荷をかけずに栽培する」環境保全型の農業を発祥とし、オーガニック農産物は「自然環境に配慮し、土や自然の力を活かし農業や化学肥料に頼らないで作られた農産物」と定義されていました。
 しかし、この定義は曖昧で混乱や誤解が生まれやすいことから、オーガニック食品については平成11年に改正されたJAS法に基づいてJAS規格が定められ(表2)、この法律によるさまざまな厳しい栽培や製造のルールを守った上で、第三者の登録認定機関の認定を受けたものだけに有機JASマーク(図)が付けられ、「オーガニック」や「有機」の表示が許されるようになりました。
 JAS法が100%適正であり、有機JASマークの付いたもの全てが安全とは言い切れませんが、やはりきちんとしたルール、最低限のルールは必要ではないかと思います。
 体に優しい食物を作ることは環境にも優しく、当然、オーガニックは「エコ(エコロジー。ecology)」や「LOHAS(Lifestyles of Health and Sustainability, 健康と持続可能性重視の生活様式)」、「ナチュラル(natural)」と相通じています。ただ、大きな違いはきちんとしたルールが定められていて、選択する上で明確な指標があることではないかと思います。
 そして私自身、オーガニック農業を推進していく活動が、農薬散布で死んでいく多くの生命体を救い、自然の生態系を守り、化学肥料による土壌・水質汚染を防ぐことにつながれば環境保護に貢献していることになるのではと思っています。

「衣」や「住」も生活全般 オーガニックを取り入れて こだわりから始める オーガニックライフ

岡村 食だけではなく、最近は衣料や住宅、化粧品などの業界でもオーガニックの関心が高まっています。
 オーガニックライフを始めるに当たって「何から始めればよいか」という質問に対して、私がいつもお答えするのは生活は食だけで成り立たない。起きる、食べる、運動する、肌の手入れ、音楽を聴く、いい香りに包まれてリラックスするなど、一日はいろいろな要素でできています。
 その中で一番好きなこと、こだわっていることからオーガニックを取り入れてみることをおすすめしています。
 そして、日々の生活を振り返ってみて、自分は何からオーガニックを取り入れるべきか、どんなものを変えていけるかを考えることから始めて、オーガニックライフの素晴らしさ、楽しさを体験して、オーガニックな世界を広げていっていただけたらと思います。

岡村 食なら、こだわっているワインとかハーブ、また、お米や野菜、味噌や醤油、酢などの醸造調味料、豆腐や豆乳、お茶やコーヒーなど、購入頻度の高いもの、使用頻度の高いものから替えてみてはいかがでしょうか。
 私自身は朝はグレープフルーツの生絞りをベースに、その時のフルーツをざく切りにしたものを入れたフルーツカクテル、夜は玄米に黒豆や小豆を混ぜた豆ご飯、1週間分ストックした野菜スープで味噌汁とかスープ、それに豆腐や野菜の1品という献立が多いのですが、朝の果物から始まって玄米や味噌、豆腐や野菜などオーガニックなものを体に取り入れると、本当に健康そのものを食べているみたいで、すごく気持ちが良く、何より美味しいのですね。

岡村 食にこだわる人は、身につけるものも肌に心地良いものを好む人が多いものですが、例えばオーガニックコットンの心地良さを知ると強制感ではなく、自分から進んで選ぶようになります。
 そこから入ってコットンの知識を深めていき、綿花生産の深刻な環境破壊を知るようになると、自然に農業や食、環境にも思いを馳せるようにもなっていきます。コットンは大量生産するために化学肥料を投与したり、害虫を防いだり収穫時の作業を楽にする目的で危険な農薬を大量に使っているのです(表3)。
 オーガニックウールも厳しい条件をクリアし、認定機関による認定を受けており、コットン以上に高価なのですが、値段以上の価値があると思います。

岡村 住に関しては近年、シックハウス症候群が深刻な問題として取り上げられているのも、建材やカーテンや絨毯、家具などから揮発する化学物質や、ダニやカビなどさまざまな原因によって室内空気が汚染され、症状を引き起こされているからですね。
 オーガニック住宅の基本的概念は「健康で安心して住める家」。オーガニック住宅はオーガニック食品と同じレベルの安全性にこだわって建築され、建築原材料の産地から、完成された住宅まであらゆる工程を追跡(トレーサビリティ)することができ、有害化学物質に汚染されていない素材が使われています。

ボディケア・コスメ

岡村 石鹸一つからスタートする人もいます。化粧品とか石鹸は匂いが嫌いとか、肌に合わなければノーとなりますが、オーガニックのものはケミカルなものを排除し、天然成分で作られていますから安心して使えます。
 化学物質は皮膚のバリアを壊し経皮毒性の心配があり、アレルギーなどの皮膚障害を起こす恐れがあります。
 私もボディケア商品は洗顔石鹸から始めました。もともと肌が弱く、肌に優しいといわれる商品でも吹き出物が出たりしていたのですが、オーガニックなもので、かつラベルで中身を確認する習慣をつけてからトラブルも少なくなりました。
 石鹸や化粧品は、自分に合ったオーガニック素材で、自分で作る人もいます。
 自分自身ではなく、友達などたった一つのアイテムからでも始められます。例えば赤ちゃんのお祝いでも、オーガニックのものなら自信を持って渡せるわけです。

キッチンでできること

岡村 私の仕事ではクッキングスクールの先生方に講演することがあります。
 クッキングスクールでは食材はもとより、ゴミの分別、生ゴミ処理、排水など、キッチンから環境のことを考えられるようなものを提供していくことが大事です。
 「洗剤は?」、「今握ってるスポンジの素材は?」など、クッキングスクールでできること、しなくてはいけないことは沢山あり、スクールではオーガニックな食材を提供するだけではなく、キッチンに置いてあるものも納得できるようなものにしていかないといけないと思うのですね。
 それはまた、家庭でも同様だと思います。

出合いの機会・場所
──アースデイマーケット

岡村 では、これらをどこで手に入れるか。
 日本でもオーガニックのものやコンセプト(考え)を取り入れたお店、レストラン、ホテルが徐々に増えてきました。今はコンビニ(ナチュラルローソン)もあり、コーヒーショップ(TULLY'S COFFEE)でもオーガニックコーヒーを味わえます。
 東京では06年から原宿の代々木公園けやき並木で「アースデイマーケット」という朝市がスタートしています。毎月1回行われるこの朝市は、出展者、来場者ともに大好評で、農産物だけでなく野菜の苗や花、味噌や醤油などの品数が徐々に増え、常連のお客さんも回を重ねるごとに多くなっています。
 生産者の方々は、ふだんあまり言葉を交わす機会がない消費者(食べてくれる人)との交流が何よりの宝物で、往復の交通責や出展料が売り上げと同じくらいになっても気にならないそうです。
 こういったコミュニケーションの場を各地で定期的に開ける環境を作っていければ、食の安全安心を求める消費者と、それに適したものを提供したい生産者がお互いに理解し、より良い関係を築けるのではないかと思います。
 オーガニックの展示会も毎回新しい発見があって楽しめます。
 自分や家族の生活の中で、プラスアルファの質の良さや、それにこだわるおもしろさを体験したいのなら、まずは自ら足を運んで、見て触れることから始めたらいいと思います。

世界と日本の オーガニック事情
日本の気候風土に合った基準と 政府や消費者の支援を!

岡村 オーガニック先進国といわれるアメリカ、イギリス、ドイツなどは需要に対して供給が追いつかない商品もあるくらいで、特にBSEや鳥インフルエンザ、口蹄病などが蔓延して消費者が食の安全により配慮するようになってから、多くの人々がオーガニックを強く求めるようになりました。
 南半球の国々、アルゼンチンやオーストラリアはオーガニックの耕地面積(栽培している畑の広さ、牧草地を含む)は世界トップクラスですが、栽培品や商品はほとんど北半球の先進国へ輸出されているようです。
 オーガニック市場自体はどこの国もシェアはまだ全体の5%以下がほとんどですが、注目したいのは市場の成長率。スウェーデンでは05年のオーガニック市場の伸び率は40%と驚異的で、ヨーロッパでは現在オーガニックコスメ製品が年間20%の成長をみせています。
 一方、日本では農産物に限っていえば、約0・16%前後(06年11月現在)のシェアしかなく、これではスーパーなどに買い物に行って約1000個に1〜2個くらいしかオーガニックがないということになります。
 ドイツや韓国など先進各国では有機農業の推進を目指して基本法が制定されるなど世界的に大きな動きがみられる中で、日本は有機農業に対するスタンスがいまだ不明確です。それでも、参議院議員のツルネン・マルテイさんが率いる「有機農業推進議員連盟」など、日本でもオーガニックを政府の後押しで発展させようとする動きが始まっています。
 一般農法からの転換期を何とか乗り切り、有機JASの認定を取れても、労力も手間もかかる栽培を続けるのは簡単ではなく、しかも、日本での栽培基準は、冷涼・乾燥地域を中心にした国際的基準「コーデックス・ガイドライン」に沿ったもので、高温・多湿で雑草や病害虫との闘いが避けられない日本では、この基準で実施するのは大変なことといわれています。
 また、EU諸国ではオーガニックや減農薬などの環境保全型農業に取り組む生産者には減収をサポートする仕組みができていますが、日本ではこのような点でもまだきちんとした優遇措置が取られていません。
 一日も早く、日本の風土に適した認証基準や生産者への支援が整備されれば、そうすることで、私たち消費者がもっと手軽に日本のオーガニックなものを購入できるようになり、それがさらにオーガニックの世界を広めていくことになるのではないかと思います。