歩くのが楽しくなる、画期的で理想的なウォーター インソール
水流コントロールで適正な衝撃吸収と押圧の効果
静岡大学名誉教授 森田 信義先生
機械の学問を人体に応用
──人体固有の振動を利用した画期的なウォーターインソール
最近「医工学」といって、工学と医学が融合した新しい学問分野が広がっています。例えば、橋や車の構造を研究している材料力学の分野で骨の研究をしたり、流体力学の分野で血液の研究をしたりしています。
機械設計学や振動工学を研究されている森田信義先生は機械振動の原理を応用し、人体固有の振動を利用した福祉・介護・健康機器の開発に取り組まれています(図1)。
いろいろ試作される中で、産学協同によって開発されたウォーターインソールは今年4月から、ウォーターマット(クッション)は8月から市場に出るようになりました。
水流コントロールにより、適切な場所に適正な衝撃吸収効果と押圧効果を発揮するウォーターインソールの使用では、これまでにない足の軽さに驚かされます。
長時間歩いてもなお歩くのが楽しい。そんな画期的なインソールを開発された森田信義先生にお話をうかがいました。
健康主体の理想的な
ウォーターインソール
靴と健康
──先生が開発されたウォーターインソールを早速愛用しておりますが、とても歩きが軽く楽になって、靴からはなせません。
森田 そうおっしゃる方は非常に多く(9頁・図5)、私の家内もインソールを装着したサンダルを愛用しています。
現代では靴を履いている時間が非常に長くなっています。足の不具合は膝や腰から体全体に悪影響を及ぼしますから、靴は健康面での機能、特に荷重による衝撃を吸収する機能が重要になります。歩行では全体重が衝撃的にカカトや膝や腰に作用し、それらの部位を痛める原因になるからです(表1)。
しかし、健康機能に優れた靴は非常に少なく、そこで私たちは、健康主体の靴への対応策として、歩行時に足裏、特にカカトにかかる衝撃吸収機能に優れたインソール(靴の中敷)の研究開発に取り組みました。研究にあたっては浜松医科大学と提携し障害者や高齢者の方々にもいろいろ使っていただき、さらに企業とも連携して市販に結び付けたわけです(図1)。
歩行は1Hz(ヘルツ)の振動現象
──振動によって生じる
衝撃エネルギー──
森田 私は機械の設計や振動を専門に研究しております。人間の体も弾性体(図1※)ですから、いろいろ振動します。心臓の鼓動(拍動)も、呼吸も、瞬きも振動です。歩きも足の振動です。声帯も震える(振動する)ことで発声します。
人体の振動は、例えば心臓の鼓動は1分間に約60〜80回と1秒に約1回(1Hz)の、非常にゆったりとした振動で、歩行も足の運びは1秒に1回くらいです。つまり、歩行は1Hz(ヘルツ)前後の振動現象といえます。
歩行では、カカトから着地して、つま先に向かって体重が移動し、再び着地した際に、カカトに衝撃エネルギーが生じます。このカカトへの衝撃エネルギーは、足自身や靴やインソールのばねの作用によって吸収されます。
インソールには、革や弾性体でつくられたいわゆる固定型と、流動型のウォーターインソールがあります。一般的なインソールの場合、インソール本体の弾性によってばね作用は得られ、ウォーターインソールでは水を緩衝材として衝撃を吸収します(表2)。
一方、私たちが開発したウォーターインソールでは、歩きのエネルギーの一部がインソール内の水の流れに変えられて、その水流が足裏に作用し、カカトへの衝撃を吸収すると共に、土踏まず部への押圧刺激を与えるという、二つの機能を兼ね備えています(表2)。
衝撃吸収効果と押圧効果の
理想的なインソール
──堰とオリフィスによる
水流コントロールで可能に──
森田 理想的なインソールとは、第一に、カカトへの衝撃吸収に優れたものであることと、もう一つは、足は「第二の心臓」といいますが、足は心臓から一番遠く、それで血栓やむくみを生じやすいので足の血流を良くする──この二つの機能を兼ね備えたものが良いということになります。
これらの二つの機能を実現するために、私たちは立脚期と遊脚期における体重の移動を利用して、1秒にほぼ1回という歩きのタイミングに合わせて水流を発生させるウォーターインソールを考えました。
すなわち、カカトが着地した時に水はつま先方向に流れるわけですが、1秒に1回(1Hz)という歩きのタイミングに合わせて水流がいったりきたりする(図2)ことで、適正なところで衝撃吸収し、適正なところでインソールを押し上げてマッサージ効果を発揮させることを考えたわけです。
具体的には、インソール内の水(プロピレングリコールを混ぜて粘性を持たせている)の流れを、堰(水止め)とオリフィス(水の流出口)によってコントロールすることで、衝撃を吸収する水流や水溜めを、歩行に伴って衝撃吸収が必要な場所につくり、歩行時における足裏への衝撃を吸収し、足への負担を軽減させました(図3)。
また、歩行によるマッサージ効果を発揮するには、土踏まず部に水を溜め、その部分を膨らませて土踏まずを刺激することが必要です。私たちは堰の形状とオリフィスの大きさを適切に設定することにより、インソール内における水の移動が渦をつくってインソールを膨らませ、それによって土踏まず部を押圧し、血流を良くする機能を持たせました。
このように、私たちが開発したウォーターインソールは、堰の位置と形状とオリフィスの大きさに大きな特色があり、それがインソールの衝撃吸収とマッサージ機能の程度を決定しています。市販に至るまでにはいろいろ試作を重ね、これまで6タイプの試作品をつくりました。
比類のない 優れた衝撃吸収効果
森田 表(表3)は、歩行時のカカトの着床時にカカトにかかる最大圧力(13周期分の平均値)を、インソールなしの場合と比べたもので、明らかに衝撃吸収性があることがわかります。
また、足圧の比較測定では(図4)、裸足では2ヶ所に強い足圧ができますが、ウォーターインソールの使用では平均化され、最大足圧の改善も見られ、さらに競合品との比較でも、明らかに他製品よりも優れた衝撃吸収効果が証明されました。
実際の使用感の評判も良く、健常者がこのインソールを使用すれば足の機能が維持され、特に長時間の立ちっ放しや歩行ではより効果を発揮します(図5)。また、中高年齢者の足の機能向上効果も期待できます。散歩やウォーキング用の靴などはもとより、サンダルやスリッパにも試して欲しいと思います。
血流を促進し、かつ足に優しい 押圧(マッサージ)効果
森田 血流が良くなると体温が上がりますが、サーモグラフィで足裏の温度を測定したところ、ウォーターインソール20分の使用で、温度上昇が大きくなるという結果が出ました(図6)。
また、浜松医科大学附属病院リハビリ科による足部血流改善効果の検証でも、ウォーターインソールを使用した人たちは使用していない人たちに比べて、明らかな血流改善が見られました(図7)。
浜松医大では、血流改善効果は水流移動による足底マッサージ効果によるものとして、糖尿病の足の潰瘍予防や冷え症の改善などへの臨床応用が考えられています。
──これまでの健康インソールには、足裏の土踏まずのアーチにぴったり寄り添って押圧するタイプとか、凹凸で足裏をマッサージするタイプのものが多いですね。
森田 はい。足裏アーチにぴったり寄り添ったり、凹凸のあるインソールは、足裏を押し上げる一次元の動きなので、短時間で押圧部が痛くなってきます。
このウォーターインソールは、歩行時に水が移動して流れて押すというように、上下と前後の二次元の動きをします。つまり、足裏の圧力が高まれば内部の水が逃げるので、足裏は痛くならず、適度なマッサージ感が得られるのです(9頁・図5)。
ヒトの体のセンサーは体の中には少なく、心臓よりも遠いところ、例えば足の裏や手の指、髪の毛などに多くあり、ちょうど昆虫が触角を使って遠いところで触って感じ取るのと同じです。従って足の裏は非常に感度が高く、ちょっとした膨らみでものすごく感じます。
このウォーターインソールは、3〜5mmくらい膨らむのですが、10分くらいの装着で十分押圧感があります。そういう感覚的なものと、工学的なものを考えながらつくったわけです。
耐久性・安全性・ 抗菌・消臭性に優れる
森田 材料は安全なものを用い、外部は酢酸ビニル樹脂、内部には水とプロピレングリコールという粘性のある不凍液を入れています。
酢酸ビニル樹脂は焼却しても環境汚染物質を排出せず、プロピレングリコールは食品添加物にも使われていますから、万一破損しても安全ですが、3トンの耐久試験でもインソールの破損は見られず、160万回の試験後でもインソールの破損は見られませんでした。内部液は不凍液混合ですからマイナス30℃でも耐えられます。
また、足との接地面に消臭・抗菌効果を出すために、これも食品成分である柿カテキンを使用しています。
座圧分散効果に優れた
ウォーターマット
高齢化・コンピュータ化で
座り時間が長くなる
森田 ウォーターインソールと同じ原理で開発したのがウォーターマットです。
日本はあと10年以内に65歳以上の高齢者が3000万人を超え、4人に1人は高齢者という超高齢社会を迎えます。
高齢者では椅子に座る時間が長くなり、車椅子を使う人も増え、褥瘡の患者さんが増えると考えられます。また、コンピュータ社会では健常者でもパソコン作業で椅子に座る時間が増えています。
椅子の多くはウレタンフォームが入っていますが、ウレタンフォームは座圧分散性が低く、姿勢によっては局所的に座圧が高くなったりすることもあります。そのため、低反発性のウレタンフォームを使用したクッションの利用も多くなっていますが、低反発性のウレタンも座圧分散効果はそれほど優れているとはいえず、長く使うと劣化(経年劣化)するという問題も指摘されています。
そこで、座圧の分散効果に優れたマット(クッション)の要求が非常に高まっています。
静止型マットと流動型マット
森田 既存の綿入れマット、ウレタンマット、低反発マットなどの静止型マットは、荷重が加わる場所で荷重(体重)を受けているわけです(図8・表4)。つまり、先程インソールでお話しした一次元の動きなんです。
一方、ウォーターマットやゲルマット、空気マットなどの流動型は「水は低きに流れる」というように、荷重が大きくなれば流体は荷重が小さい方に逃げますから、負荷が一様になります(図8・表4)。
つまり、既存の静止型マットに座ると一番下に荷重がきたところでバネみたいになって反発するのですが、流体型はギュッと荷重がきますと逃げてしまうので、荷重が一様になるというわけです。
ただし、空気マットは安定性に欠け、ゲルマットは材料が高価です。
座圧分散効果に優れ 安定感のある ウォーターマット
森田 そこで、ウォーターインソールと同じように、ウォーターマットにオリフィスと堰をバランスよく設けることで、流体の速度をコントロールして(流体の動きは人間の動きより少し遅らせることで安定感が出る)、座圧の分散効果と安定感を出しました(図9)。
いろいろ測定した結果、ウォーターマットは、
@特にやせ型の人で効果が高い、
Aどんな体型の人でも、特に正面を向いた姿勢に対して効果が高い、
Bどんな姿勢でも、少なくとも20〜30%の座圧減少効果があるなどのことがわかりました(図10・11)。
障害者の方や車椅子でも測定しましたが、良好な結果が出ていました。介護保険が適用されていますので、要介護の方にも気楽に使っていただけます。
今は、寝たきりの人の褥瘡の予防にさらに大きく貢献できるよう、ベッド用のウォーターマットの試作に取り組んでいます。健常者に快適な睡眠を与えるベッド用ウォーターマットも近々試作に取り組む予定でおります。
──高齢者だけではなく、運動不足で足腰のトラブルや不眠の悩みを抱える現代人も多い中、ご研究のますますの成果を心より願っております。