百歳長寿者は、未病が少なく血管が若い
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──老化と 動脈硬化と免疫──
(財)博慈会老人病研究所所長
福生吉裕先生
百寿者は、糖尿病をはじめとする生活習慣病が少な
戦後日本人の平均寿命は急速に伸び、今や長寿世界一の日本。
「百寿者」といわれる百歳以上の超高齢者の数も、1985年は全国で1740人だったのが98年には1万人に達し、5年後の2003年には2万人を超え、05年には2万5千人以上、06年は2万8395人(うち女性2万4245人、男性4150人)となり、驚くほど急増しています(厚生労働省調査)。
百寿者の研究も進み、生活習慣や生活環境などの調査からも、長寿の秘訣が続々と明らかになってきました。昔は遺伝的エリートと見なされていた百歳長寿になることも、百寿者から学ぶことで、最早夢ではなくなってきたのです。
(財)博慈会老人病研究所所長の福生吉裕先生は、長年動脈硬化と免疫の研究に携わられ、近年は病気発症の前段階である「未病(図1)」から、抗老化や健康長寿の研究に取り組まれています。
福生先生は未病の代表的なものとして、生活習慣病予備軍、メタボリックシンドロームをあげられ、今や中高年男性の2人に1人、女性では4人に1人といわれるメタボリックシンドロームが、百寿者には非常に少なく、中でも糖尿病では約5%と顕著に少ないことに注目されています。
福生先生に、未病が少ないという百寿者の健康長寿の秘訣、また、血管の健康と免疫のかかわり等について教えていただきました。
福生 2005年4月に「メタボリックシンドローム」の概念と基準が世に出されて、瞬く間にメタボリックシンドロームの概念は一般に認知され、これにより「未病」の概念(図1)──健康と病気は連続している・健康と病気の間の状態がある──ことが再認識されました。
来年08年4月からは、40〜74歳の人を対象に、メタボリックシンドロームを軸とした健康診断の義務化がなされます。このことは糖尿病や生活習慣病を未然に防ぐことで、医療費削減につなげることを目標にしています。しかしながら、落とし穴が心配です。それは、
@自分の身体は自分で守る
A健康と病気は連続しており、健診で要指導となるのは未病の段階であるという説明
B健康は次の世代への贈り物──という基本精神が明確にされていないことです。なぜならメタボリックシンドロームと診断されても治すのは医師ではなく、医師は1割、9割は自分であり、この9割に当たる部分への教育システムがなされなければ、成果はあまり期待できないからです。
これを補うためには、健康と病気の間を科学し、自分で治せるところは自分でコントロールするという「未病医学」の考えが必要です。
未病とは、東洋医学的な「軽微な自覚症状はあるが、検査では発見できない状態」と、西洋医学的な「自覚症状はないが、検査をすれば異常値を示す状態」の2つの部分が入り(図1)、前者は、疲労、倦怠感、めまい、冷えなど、これまでの現代医学の検査ではチェックできないけれど自覚症状として存在するもの。後者は、肥満、高脂血症、境界型糖尿病、高血圧症、高尿酸血症等々、生活習慣病といわれていたものとかなりオーバーラップしています(表1参照)。そして「病気」とは、東洋医学的未病と西洋医学的未病のオーバーラップした状態
をいいます(図1)。
健康長寿の鍵は、病気になってから治すのではなく、未病を早期に見つけ(近年は検査機器の発達で未病は早期発見できるようになってきました)、それを治す。同時に「未病を治す」のは自分であり、医療者はそのナビゲーターであるという理解を深めることが大切です。
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老化は、未病の複合体
福生 老化とは、加齢による未病の蓄積の過程ともいえます。
老化に伴って臓器機能や、神経の伝達、肺活量をはじめ腎血流量などは低下し、相対的に、血圧、クレアチニン、大動脈脈波の伝達速度などが上昇しますが、これは未病ではありません。
臓器機能の低下と異常値の上昇が交わるところで病気は発症しやすくなり、未病は加齢による変動範囲から逸脱し、しかも自覚症状がない状態をいいます。老化に伴って個々の未病は進行し、複数絡み合い、これが高齢者特有の老人病になっていくわけです(表1)。
ですから、未病をどうコントロールするかで、老化の個人差は生じ、それが寿命の相違にもつながっていくのです。死は平等に訪れますが、寿命は不平等なのです。
百寿者の血管は若い
──百寿者の調査でわかった健康長寿の鍵──
"マイペースで強い幸福感”
福生 国立精神・神経センターなどによる百寿者の調査では、次のようなことがわかっています。
男女の割合は、男性が20%、女性が80%と女性が圧倒的に多く、これは女性特有の、女性ホルモンの影響で動脈硬化が進みにくい皮下脂肪が多くエネルギーを備蓄できる代謝が男性よりも少なくエネルギー燃焼効率が良い──などの身体特性によります。一方、男性は全身が健康でないと長生きが難しいことがわかっています。
このうち、健康で介助なしで、食事、トイレ、入浴などの日常の基本動作が一人でできる人は約2割(男性28%、女性14%)と少なく、一方、寝たきりの人は約4割となっています。
健康でいられる条件は、男性では運動習慣があり、視力がしっかりし、歯があり普通に食事ができる。女性では運動習慣や視力に加えて、決まった時間に起床、食欲がある、同居家族がいるなどの傾向が見られています。
性格面では、男性は他人への依存心があまりなく、体調変化に気づいたらすぐに医者にかかるなど多少神経質な面が見られ、女性は活動的で社交性に富み、ストレスをうまく発散できる人が多いようです。
男女共通しているのは、マイペースに生き、自分の生き方を肯定的に捉え、幸福感を得やすい人が多いということです。
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生活習慣病、中でも、
糖尿病は顕著に少なく血管が若い
福生 健康面で特筆すべきことは百寿者には生活習慣病が少なく、特に糖尿病が極端に少ないこと。
慶應大学医学部の広瀬信義講師の調査でも糖尿病の百寿者は全体の5%にすぎないという結果が出ています。
糖尿病の原因に内臓脂肪型肥満(腹部内臓肥満)がありますが、百寿者のBMI(肥満指数。18・5〜24が正常値)は男性が20・5、女性が19・5で、内臓脂肪が少ないことが示唆されます。
内臓脂肪は糖尿病だけではなく、死因につながる動脈硬化性疾患に進みやすいメタボリックシンドロームの主因ともされています。「人は血管とともに老いる」といわれるように、動脈硬化こそエイジング(加齢)の指標といっても過言ではなく、糖尿病が怖いのも、高血糖が続くと、毛細血管から大動脈まで血管をボロボロにしてしまうからです(図2)。
内臓脂肪が少ないと、脂肪細胞からはアディポネクチンというインスリンの働きを良くしたり、動脈硬化を抑えたりするホルモンが多く分泌されることがわかっています。百寿者のアディポネクチンの血中濃度は50歳代の人の2倍も高い一方で、多く出すぎると高血圧や高脂血症を招きやすくなるインスリンの濃度は低く保たれており、それぞれの働きが平均的な高齢者よりも優れていることがわかっています。
聖路加国際病院の調査ではアディポネクチン濃度が高いこととインスリン濃度が低いことに加えて、副腎から分泌されるDHEA(デヒドロエピアンドロステロン)の血中濃度が高いという結果も得られています。DHEAは若返りホルモンとも呼ばれ、動脈硬化や糖尿病、認知症の予防や改善効果がいわれているホルモンです。
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和食ベースのバランスの良さ
大豆食品の常食に注目!
福生 百寿者が長生きできたのは、バランスの良い食生活を送り、中年の頃から太りすぎず、内臓脂肪もため込まなかった結果、糖尿病などにもならず、動脈硬化の進行を遅らせることができたことが大きいと考えられます。
健康・体力づくり事業財団の調査によると、百寿者の食生活は、ご飯、パン、麺などの主食は90%の人が毎食摂取し野菜も毎日食べている人が90%芋類をほとんど摂取しない人は10%弱肉や魚も毎日ないし2日に1回はとり、特に魚を好んでよく摂取し牛乳や卵、豆腐・納豆などの大豆食品、海草類もよく摂取している──など、大変バランスの良いことがうかがわれます。
この中で、大豆食品を多くとる(図3参照)と、長寿ホルモンのアディポネクチンが体内で多く分泌されることがわかっています。
大豆はアミノ酸バランスが良く、肉や魚に比べても遜色のない蛋白源である上に、大豆イソフラボンをはじめとする生理活性物質も豊富です(表2)。大豆の多食でアディポネクチンが多く分泌されるのは主として大豆イソフラボンの働きによりますが、この他、大豆ペプチドの血中の余分なコレステロールを排出したり、血圧の上昇を抑える働き、大豆レシチンの健脳効果、大豆サポニンの抗酸化作用や肥満予防効果など、大豆には生活習慣病を防ぐ成分が多く含まれています。
こうしたことから健康長寿には、豆腐1日1丁、納豆1日1パックを目安に、大豆食品を毎日摂取することがすすめられます。私自身も豆腐と納豆は毎日欠かさずとっています。
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タバコ・ストレスなど
動脈硬化危険因子が少ない
福生 さて、動脈硬化の危険因子にはさまざまあり、タバコ、ストレスなども大いに関係します(表3)。
健康・体力づくり事業財団の百寿者の調査では、喫煙者は男性で5・6%、女性で0・8%と低く、男性でも元々吸わない人は60%近くに達しており、百寿者の禁煙意識が高いことが示されています。
睡眠状況も、80%以上の人が夜よく眠り、睡眠時間も9時間前後と十分な睡眠をとり、過剰なストレスがないことがうかがわれます。
散歩や体操などの運動習慣のある人は、男性で54・4%、女性で40・2%で、週に5〜7回と回答した人が最も多く、これも肥満やストレス対策、さらにアディポネクチンを増やすことに役立っていると思われます。
動脈硬化と免疫システム 最近になってわかってきた 動脈硬化の発症機序と 免疫との関係
福生 これは私の長年の研究テーマでもありますが、動脈硬化には免疫システムが深くかかわっています。
私が大学を卒業した昭和47年(1972年)当時、脳卒中は死因のトップでした。脳卒中はかすり傷程度なら治療せずとも治りますが、正面衝突だと亡くなるか、命を取りとめても重い後遺症が残り、寝たきりになることも多く、内科医局に入ってそんなケースに多く遭遇するうちに、脳卒中の元を正さなければいけないという気持ちを強く持ちました。
当時から脳卒中の原因の一つに動脈硬化(そのうちの粥状動脈硬化)がいわれていましたが、当時臨床での診断はほとんどできず、動脈硬化は死亡後の解剖結果でわかる病理学の世界の病気でした。わからない部分が多く、それで動脈硬化の研究に入ったわけです。
動脈硬化の発症機序については19世紀から100年間もいろいろな説がいわれ、その中で画期的だったのが、1913年にロシアの病理学者ニコライ・アニチコフがコレステロールを与えたウサギで動脈硬化が生じることを証明した「コレステロール説」であり、その後70年以上を経て研究を一気に進展させたのが、1986年に米国のラッセル・ロス博士が唱えた「傷害反応説」です(表4)。
ラッセル・ロス博士はコレステロールを食べさせて内壁にコレステロールがたまったサルの動脈を電子顕微鏡で観察し、動脈壁の内皮細胞が、高血圧など何らかの原因(表3参照)で傷つくと、それを修復しようとして、血液中のさまざまな物質(血中因子)が血管壁の中に入り、それが原因で動脈硬化が生じると唱えました。
この傷害反応説でわかったことは、動脈硬化はコレステロール(悪玉といわれるLDLコレステロールが酸化変性したもの)が動脈壁にたまることで起こりますが、一番の悪玉は、血液中の免疫細胞の単球が血管の内皮細胞に入って、より効率的に働くマクロファージ(貪食細胞)に分化し、このマクロファージが変性したコレステロールをお腹いっぱい取り込んで、血管の内膜に泡沫細胞として居座り、プラーク(粥腫)を形成し、動脈の内腔を狭めるということです(図4)。
胸腺の退縮と動脈硬化
──「胸腺退縮─
マクロファージ活性化説」──
福生 その後、スウェーデンのヨーラン・ハンソン博士が動脈硬化の部位にTリンパ球が存在していることを証明し、さらに、Tリンパ球をつぶすと動脈硬化が増え、もともと胸腺のないヌードラットも同様であり、その一方で、Tリンパ球から出るインターフェロンは動脈硬化を抑えることを明らかにしました。この結果から、Tリンパ球は動脈硬化を抑えていることが示唆されました。
生体を防衛する免疫機構の主役となる白血球(主に骨髄造血幹細胞で作られる)は大別して、顆粒球と、リンパ球(T細胞とB細胞など)と、単球─マクロファージに分けられます。
このうち、単球─マクロファージは、無差別に片っ端から異物を食べ、いろいろな活性酸素を出して異物を殺し除去する、免疫機構では一番最初に出てくる原始的な免疫細胞です。
これに対し、リンパ球はより高等な免疫細胞で、異物を見分けて特異的に処理します。胸腺(Thymus)で教育されたT細胞は直接異物を排除し、骨髄(Bone marrow)で教育されたB細胞は抗体を作って異物を排除します。
私は動脈硬化の研究と同時に、免疫の研究にも携わっていたことから、こうした動脈硬化と免疫の関係に興味を抱き、Tリンパ球を教育する胸腺と、マクロファージと動脈硬化の関係に注目して研究を始めました。
モルモットの胸腺を取ると、大動脈のコレステロールなどの脂質がどうなるかを見たのが図(図5)です。胸腺を取ると、動脈内に非常にコレステロールが蓄積されることがわかりました。さらに、ウサギの実験でも、胸腺を取ると明らかに動脈硬化巣が多くなっていたのです。
胸腺を摘出すると動脈硬化が起こることを世界で初めて動物実験で証明した、私どものこの一連の研究から、胸腺は動脈硬化を抑制することが示唆されました。
そこで、胸腺にはマクロファージを活性させない因子(ファクター)が何かあるのではないかと推測し、摘出した胸腺抽出物の精製物質を、単球から分化したマクロファージにかけたところ(胸腺ファクター添加培養)、見事にマクロファージが小さくなったのです(表5)。
動脈硬化の基本は、単球からマクロファージに分化し、そのマクロファージが大きくなってコレステロールを食べることですから、胸腺因子がそのマクロファージの活性を抑えたことで、私は動脈硬化の発症機序として「胸腺退縮─マクロファージ活性化説」を導びき、1997年に発表しました(表4)。
胸腺は、元気なうちはT細胞をはじめ、いろいろな胸腺ファクターを出して単球からマクロファージになるのを抑えます(図6)。しかし、老化などで胸腺が萎縮(退縮)して胸腺ファクターが低下してくると、マクロファージは暴走して動脈硬化が起こってくるというわけです(図7)。
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胸腺の活性化と動脈硬化の予防
──感染症やストレスの予防・植物食のすすめ──
福生 胸腺は胸骨の裏側にある30gぐらいの小さな臓器で、15歳をピークに次第に萎縮し、やがては脂肪細胞になります(図8)。対称的に、動脈硬化は年を取れば取るほど進みやすくなります。
亡くなった方の胸腺の重さと、血管の内径動脈の狭窄度を見てみましたところ、図(図9)に示しましたように、年を取れば取るほど胸腺の重さは軽くなり、逆に動脈硬化は進んでいくことがわかります。
動脈硬化の予防には、胸腺の萎縮を防ぐことも重要です。
胸腺の萎縮には加齢の他に、強度のストレス、タバコ、肥満、それと感染症なども関係します(図10)。これらは動脈硬化の危険因子(10頁表3)とも一致します。
ストレスが異常にあると、副腎が大きくなる(腫大)一方で、胸腺が萎縮します。胸腺が萎縮するとT細胞が徐々に分化できなくなり、自己抗体が作られやすくなって、これが老化の一因になります。さらにマクロファージのコントロールが難しくなり、活性化していろいろな悪さをする物質を出すこともわかっています(図6・7)。
最近、肺炎などの呼吸器感染症を起こす肺炎クラミジアに感染している高齢者や、結核などの慢性感染症のある人には動脈硬化が多いことがわかってきました。この他、胃潰瘍を起こすピロリ菌、歯周病菌の体内感染、風邪なども含めて感染症を防ぐことは、胸腺の萎縮や動脈硬化を予防する上で非常に重要になります。
胸腺の保護に働く食品を表(表6)にあげました。一方、マクロファージを活性化させる大きな鍵を握っているのが、先ほどからいっていますように、コレステロールです(図7)。
コレステロールが多い食べ物に対応する鈍感力を我々は持っていません。だからすぐに反応して、それでマクロファージが活性化してしまうということもあります。ストレス社会の現代ではストレスによって胸腺が萎縮することでマクロファージをコントロールする因子も弱くなっていますから、現代の食文化の急激な変化とストレス社会は、動脈硬化を進行させる鍵になっているといえるのかもしれません。