大人からでは遅すぎる!
メタボリックシンドローム・生活習慣病の予防対策"疾病の芽”は子供の頃から
信州大学医学部 本郷 実教授
生活習慣病対策は、"疾病の芽”が出ている子供の頃から
信州大学医学部保健学科の本郷実教授の研究チームが、
一昨年から昨年にかけて行った長野県内の中学生の身体計測や血液検査では、「3人に1人が何らかの異常を抱えている」という驚くべき結果が出ました。
さらに、併せて行ったアンケート調査では「食習慣の乱れと運動不足」という子供たちの生活実態も浮き彫りにされました。
この調査に先立って本郷教授は「40歳以下の若者の心筋梗塞や狭心症の急増には、小児期からの肥満が大きな要因となっている」ことを見出されています。
本郷教授は、「早めに子供たちの生活習慣を見直して、予防対策を急がないと手遅れになる」と危機感を募らせ、子供に向けたメタボリックシンドロームの診断基準や、より効果的な学校健診の確立、保護者や学校に向けた講演会や症状別の食事療法指導などを目指して、総合プロジェクトチームを2004年に結成。一昨年春から本格的に活動を始められました。
本郷教授に、子供の生活習慣病の実態と、予防対策への取り組みについてお話をうかがいました。
大人からでは遅すぎる!
メタボリックシンドローム・
生活習慣病の予防対策
──先生のご研究では、「メタボリックシンドロームは子供のうちから芽生えている」ということでお話を宜しくお願いします。
メタボリックシンドロームという言葉はすっかり流行語になりましたが、これまでいわれていた「死の四重奏」などと同じ概念ととらえてもよいのでしょうか。
本郷 メタボリックシンドロームは日本の診断基準では、肥満(特に内臓脂肪型肥満)に、高血糖・高血圧・高脂血症のうち、2つ以上を合併した病態をいいます(表1)。
メタボリックとは代謝という意味ですから、メタボリックシンドロームは代謝症候群となります。すなわち、肥満、特に腹腔内など内臓に脂肪が蓄積すると、糖代謝や脂質代謝に異常を起こし、動脈硬化性疾患のリスクとなる高血糖・高血圧・高脂血症などを起こします。これらは互いにリンクし、リスクが集積するほど急速に狭心症や心筋梗塞、脳梗塞など、日本人の死因上位を占める動脈硬化性疾患に進みやすい。だから内臓肥満の段階での予防対策が重要だということです。
この考えは昔からあって、「死の四重奏」とか「インスリン抵抗性症候群」とか「シンドロームX」とかいわれていた概念を、海外でよく使われている「メタボリックシンドローム」という言葉に整理統合したわけです。同時に、「肥満」の基準をBMIでなく内臓脂肪を重視した腹囲(へそ周り)に、「高脂血症」も従来の総コレステロールやLDLコレステロールではなく、中性脂肪(TG)やHDL
コレステロールの値で判断しているなどの点が新しいところです(表1)。
一般には、メタボリックシンドロームは主として中高年の生活習慣病に向けられたものと理解されていますが、私たちの研究から、メタボリックシンドロームの芽はすでに青少年期から出ていることが示されました。
ということは、メタボリックシンドロームは大人になってから予防するのでは遅すぎる。子供の頃からの予防対策が重要で、昨年から厚生労働省でもこういった問題に取り組み始め、今春、小児メタボリックシンドロームの診断基準が出されています(表1)。
若年者に心筋梗塞が急増
小児期の肥満が強く影響
本郷 私たちがこの問題に注目し始めたのは、2000年11月に遡ります。
私は心臓内科(循環器内科)が専門ですが、その頃より、循環器内科では「最近若い人の心筋梗塞や狭心症が増えているのではないか」という印象があり、長野県内で虚血性心疾患を発症した人たちを調べてみました。そうしたところ、30代を中心に20代からの若者に心筋梗塞がどっと増えている。それまでは若年者が心筋梗塞になるなんて信じられないことでした。
そこで1992〜2002年の10年間に、虚血性心疾患のうち急性心筋梗塞と狭心症を発症した若年者101人(20〜40歳)と、中高年者94人(50歳以上)について、カルテと独自に作成した調査票に基づいて病変や危険因子、発症時期などを比較検討してみました。
その結果、若年者では
最大の危険因子は、肥満(BMI25以上は中高年で37%、若年者では57%)、特に小児期肥満が大きく影響している
運動習慣が、発症リスクを減らす効果が高い
喫煙者の割合は、中高年では64%であるのに対し、若年者では80%と喫煙と強い関連がある
高血圧を合併していた人は、中高年では60%に対し、若年者では31%と有意に低かった
季節は、若年者は夏季に発症する頻度が高い──等のことがわかりました(図1・表2)。
この結果を詳しく見てみると、若年者の肥満は小児期からのものが多く、日常運動習慣がないこと、子供の頃からの食生活が強く関連していることが示唆されました。また、若年者が夏季に発症することが多いのは、発汗による脱水と喫煙習慣が血液粘度を高め(凝固能の亢進)、虚血性心疾患のリスクを高めているのではないかと考えられました。
この結果から私たちは、生活習慣病の予防は子供の頃から行うことが非常に重要で、そのためには家庭、学校、地域など、社会全体で取り組む必要があると考え、2004年10月、青少年のメタボリックシンドロームに関する総合的な研究プロジェクトを立ち上げました(「青少年のメタボリックシンドロームの診断基準設定と新たな生活習慣病予防医療の開発に関する総合的研究プロジェクト」)。
中学生の3人に1人が異常
多い高脂血症・肥満
複数項目での異常も7%
本郷 そういうことから始まって2年前から県内3つの中学校で調査したところ、とんでもない結果が出たわけです。
2005年11月〜06年5月にかけて、長野県内3つの中学校生徒353名(男子200名、女子153名)を対象に、表(表3)のように学校健診に追加する形で身長・体重・腹囲・血圧の測定、血液検査をし(診断基準は表1の厚労省の小児診断基準などによる)、併せて、食事や運動習慣についてアンケート調査しました。
生活習慣病に関連した異常は、
1項目以上で異常を示した生徒は全体の34%
高脂血症が最も多く、全体の10・2%(36人)
次に多かった貧血(主に鉄欠乏性)は9・3%(33人)
痛風予備軍となる高尿酸血症は7・8%(19人。2校のみ調査)
肥満は7・4%(26人)
空腹時高血糖は5・9%(21人)──となりました(図2・表4)。
さらに、異常が見られた34%の生徒のうち21%(全体で7%)で、複数の項目に異常がありました(図3)。動脈硬化のリスクが集積されるほど動脈硬化性疾患を発症しやすいというのがメタボリックシンドロームのポイントですから、複数の項目で異常があるというのが一番問題なわけです。
図3を見ると、肥満・腹囲・肝機能に異常がある生徒が3人、また、肥満関連の異常がなくても、脂質・尿酸に異常がある生徒が3人など、いろいろな組み合わせがあり、大人は肥満(内臓脂肪型肥満)がメタボリックシンドロームの基本になっていますが、子供の場合、必ずしもそうとはいえないのかも知れません。今後さらに詳細な検討が必要だと思っています。
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食生活の乱れと、運動の過不足
〜家庭の異常が子供に出る〜
本郷 食生活習慣については、
1日摂取食品数では、30品目達成は30%以下
主要食品では、魚、豆、野菜類の摂取頻度が少ない(図4)
脂っこいものの摂取は、週4〜5日が3割以上(図5)
嫌いな食品(表5)がある生徒が7割程度いた一方で、食べるように心がけている人も同程度おり、努力がうかがえた
問題食習慣行動は、1割程度(図6)──等のことが見受けられました。
私共は「子供の異常というのは家庭の異常」と考えています。子供に現れる何らかの異常は、各家庭での食事から生活全般が子供に反映されているわけです。食事、運動、生活リズムの改善については、家族(保護者)と一緒に取り組む必要があり、さらに生活背景の違いからくる個別指導も重要であると思っています。
こういう例がありました。尿酸値の高い子供のお母さんが栄養士で、「うちの子は食事には気をつけているけれど、何故?」ということでよく聞いてみましたら、毎日スイミングスクールで長距離を泳ぐなどの過激な運動をやっていたのです。尿酸が高くなるのは肉食などだけではなく、ストレスや過激な運動なども原因します。持続的でゆったりした有酸素運動ならよいのですが、スピードを競ったりなど過激な無酸素運動は尿酸値を上げるんですね。
鉄欠乏性貧血も9・3%と目立ちましたが、これもやはり運動のしすぎで汗と一緒に鉄が失われるのと、女子生徒ではダイエットもあります。鉄が足りなくなると、集中力が低下して成績にも影響してきますが、これなども教師や栄養士が協力して取り組まなければいけない問題だと思います。
今後の目標
──社会全体での取り組み
──社会全体での取り組み
本郷 三大疾病のがんと心疾患と脳卒中を完全に克服したとして、果たして人間がどのくらい生きられるのかという試算を厚生労働省はしています。それでも、今の80歳ちょっとの平均寿命を5〜6年しか延ばせないそうです。
ですから、20年後30年後の日本を担ってくれる若い人のために、予防対策をもっと講ずるべきではないかと思います。結果が出るまでには20年30年、最終的には50年くらいかかるかも知れませんが、誰かが始めないと何も始まらないわけです。幸い、連動する研究も多くなされていますし、私たちの取り組みも多くの協力を得ることができました(図7・8)。
信州大学医学部の「先端医療推進センター・先端予防医療部門」は日本で初めての「大学発人間ドック外来」を予定しています。今後は大学医学部とセンターを拠点に、小・中学生から大学生までの青少年の生活習慣を反映した、より効果的で効率的な学校健診を確立して、世界に先駆けて青少年のメタボリックシンドロームの診断基準を設定し、青少年の生活習慣病予防医療の新たな研究・教育システムの「信州モデル」を開発していこうと思っております。