生活習慣病の元凶は、変えたくない「快適習慣」
「エネルギー過剰の食生活」と「運動不足」を、いかに改善するか
(社)東京都教職員互助会 三楽病院副院長 三楽病院附属生活習慣病クリニック院長 田上幹樹先生
健康は守るものではなく、積極的に創るもの
「わかっているけど、やめられない」。「快適習慣」にすっかり馴染んでしまった現代人は、悪いと思いつつ、なかなか美食・飽食、飲酒・喫煙などの悪習慣を変えることができません。
しかし、快適習慣を続けているとどんな結果をもたらすのか、本当にわかっている人は少ないのではないでしょうか。
20年以上にわたり、糖尿病を主に生活習慣病の治療に携わってこられた田上幹樹先生は、著書『懲りない患者─快適習慣の落し穴』で、これまで診てこられたさまざまな「懲りない患者」さんたちを通して、生活習慣病の実態、本質、根本問題をリアルに書いておられます。
その根底には、長年の治療体験から得られた「健康は守るものではなく、積極的に創るもの」という信念の下、生活習慣病を予防、克服するには、生活習慣病を根本的かつリアルに理解して欲しいという願いがこめられています。
臨床、講演、著書と、食生活を中心に生活改善の指導、啓蒙活動を続けられている田上先生に、生活改善の難しさをふまえて尚、生活改善の必要性、知恵をうかがいました。
「快適習慣」の落とし穴
変えられないのではなく
変えたくない
「快適習慣」
田上 糖尿病をはじめとする生活習慣病は、1980年以降急増し、特にバブル期の85〜90年に激増し、今も増え続け、その対策は急務とされています(図1)。なぜ、こんなに生活習慣病が増えているのか。
「生活習慣病」は、「生活習慣」を変えることで予防も改善もできる病気です。しかし、多くの人は生活習慣を変えられない。これが生活習慣病の本質だからです。
「おいしいもの、好きなものを、好きな時に、好きなだけ食べられる」「歩かない、動かない」。ストレス解消は「美食・飽食」「飲酒・喫煙」「ごろ寝」。現実はこんな「快適すぎる生活習慣」を、「変えられない」のではなく、「変えたくない」からです。
しかも、生活習慣病の多くは、苦痛を伴わず、自覚症状が表れないままに進行するので、「変えよう」というインセンティブ(意欲)が働かない。
病院にくる患者さんでも、生活改善を「ちゃんとやる人」が3分の1、「ある程度」が3分の1、「ちゃらんぽらん」が3分の1。危機的状況になって一旦は生活を改善しても、危機を脱するとすぐ元に戻る人が多い。
しかし、「快適習慣」を放置していると、やがては糖尿病、高血圧、高脂血症、失明、壊疽、腎臓透析、動脈硬化、脳梗塞、心筋梗塞、さらにはがんと、QOLを著しく低下させ、死にも直結する、さまざまな生活習慣病を招くことになります(図1)。
「快適習慣」が招く
「生活習慣病」
メタボリックシンドローム
〜ウエストは、女性73cm
男性83cm以上は要注意〜
田上 肉や油、砂糖が多い食生活に運動不足が加われば、行きつくところは肥満。中でも問題なのは内臓のまわりに脂肪がつく「内臓脂肪型肥満」です。
内臓脂肪が増えてくると、メタボリック(代謝)が異常になり、糖尿病や高血圧、高脂血症を誘発する、さまざまな生理活性物質が分泌され、やがてこれらの病気が複数重なった「メタボリックシンドローム」へと進行します(図2)。こうなると、それぞれの症状が軽症でも、動脈硬化が急速に進み、心臓病や脳卒中のリスクが高まります(図2)。
肥満度は、BMIの計算式(体重kg÷身長m÷身長m)で簡単にチェックできます。18・5以上25未満が正常値、25以上が肥満とされています。
体脂肪は最近、体脂肪を測定できる体重計が売られているので、これを利用するのも良い。ただし体脂肪計は、体の状態や時間帯によって数値が微妙に変化するのであくまでも参考値と考えます。
また、メタボリックシンドロームの診断基準(図3)では、必須条件のウエスト周囲径が、女性は「90cm以上」となっています。しかし、糖尿病・高脂血症・高血圧のうち、2つの合併症を持つ女性患者で、ウエスト90cm以上の人は約10%に過ぎなかったという報告もあり、女性はウエスト73cm以上、男性も83cm以上なら、血圧、血糖、血中脂質のうち、2つ以上のリスクを合併している可能性があり、生活習慣を見直す必要があります。
肥満はメタボリックシンドロームだけではなく、尿酸の排泄を阻害し、血中の尿酸濃度を上げる大きな要因となります。お腹が出てきたら、痛風にも要注意です。
最も問題な「2型糖尿病」
〜インスリンと生活習慣病〜
田上 生活習慣病の中で一番問題で、生活改善が最も必要とされるのが、「2型糖尿病」です。
日本人の糖尿病の95%以上を占める2型糖尿病は、私が医者になりたての30年前は捜さなければいないくらいでしたが、今や、成人の6人に1人が糖尿病、もしくは予備軍です(図1)。増え続けているのは、今の日本人の多くが糖尿病になりやすいライフスタイルになっているからです。
糖尿病が恐いのは、三大合併症(神経障害・網膜症・腎症)をはじめ、さまざまな合併症を起こすこと(11頁図7)。特に、糖尿病では初期でも、糖尿病を含めて「死の四重奏」といわれる、肥満、高血圧、高脂血症を合併している人たちが非常に多く、そうなると、心筋梗塞や脳梗塞などを引き起こすリスクが非常に高まります。
2型糖尿病の発症は、なりやすい素因の上に、食事や運動不足が原因で、インスリンの分泌が少なくなったり、働きが悪くなったりして、筋肉細胞や脂肪組織が、エネルギー源となるブドウ糖をスムースに取り込めなくなり、血糖値が高くなるわけですが、初期には多くの場合、インスリンが分泌していても効きが悪く(インスリン抵抗性)、それを補うためにインスリンが過剰に分泌され、血中のインスリン濃度は高くなる(高インスリン血症)傾向にあります。そうなると、いろいろな弊害が出てきます。
〈インスリンと肥満〉
インスリンは余分なエネルギー(血糖)を、脂肪として蓄積し、それで血糖を下げるわけです。
美食、過食、運動不足によるエネルギー過剰が続いて太ってくる(脂肪細胞が大きくなる)と、大型脂肪細胞から悪玉サイトカインが出て、インスリン抵抗性を増すという、悪循環が起きてきます。
ですから、高血圧や高脂血症は薬だけでもコントロールは可能ですが、糖尿病はベースの食事と運動を改善しなければ治らない。なぜなら、経口糖尿病薬、インスリン共に、「太る」という副作用があるからです。薬を使いながらどんどん食べたり飲んだりしていると、血糖値は見かけ上は下がるけれど、余分なエネルギーを全部脂肪に変えてどんどん太り、インスリンの効きを悪くします。
また、ブドウ糖毒性といって、血糖が高いこと自体が、インスリンの効きを悪くするので、糖尿病ではカロリー制限や運動が不可欠なのです。
〈インスリンと高血圧〉
インスリンは、交感神経を刺激するので血管を収縮させ、また、腎臓からのナトリウム再吸収を増やす(ナトリウム排泄を減らす)ので、高血圧にもつながりやすい。
ですから、高血圧の人は糖尿病になりやすく、また、糖尿病の人は高血圧になりやすい。どちらもそうでない人に比べて、2倍も多いのです。
〈インスリンと高脂血症〉
インスリンは、肝臓での中性脂肪の合成を促進するので、高インスリン血症が続くと、高脂血症や低HDLコレステロール血症にもつながってきます。
〈インスリンとがん〉
最近では、糖尿病になると、がんにもなりやすくなることが、注目されています(図4)。
理由は不明ですが、高血糖による酸化ストレスの影響(11頁図7)が考えられるほかに、インスリンは各種組織の成長因子であること。また、各種のがん組織にインスリンが結合して、細胞増殖を刺激したり、細胞死を抑制(がん化)している可能性もあり、高インスリン血症が長く続いていると、がんが多発しても不思議ではないのです。
「和食」のすすめ
諸悪の根源は、米離れと
肉・油の多い食生活
田上 一番の問題は、お米を食べなくなり、肉や油が多い食生活(図5)。
昔の食生活と比べると、今は米が減り、肉や油が増えて、高脂肪に傾く一方で、蛋白質にはあまり変化はない(図6)。昔の食事でも蛋白質は魚や大豆、それと米で結構とれていたわけです。それが、今は動物性蛋白質が多くなり、その分、脂肪の摂取量も増えたということです。
実際、治療にくる患者さんには「天ぷら、フライ、カツ、カレー党」が多く、女性は「一昨日はうなぎ、昨日はフランス料理、明日はケーキバイキング」と食べ歩く。洋菓子は砂糖と脂肪の固まりでケーキ1個で4単位、320キロカロリーもあり、ご飯1杯半くらいにも相当します。若者はファストフードに清涼飲料水。野菜を食べるなんて皆、「めんどうくさい」と思っているのです。
低エネルギーで、食物繊維や 抗酸化物質が多くとれる
田上 日本人は昔から、穀類、豆類、魚、野菜を食べてきたし、それが体質に合っています。
ですから和食をベースにすれば良い。和食にすれば、自然と魚や野菜を中心に、豆腐や納豆などの大豆製品や、海藻がとれ、エネルギーは基本的に低く、不足しがちなビタミンやミネラル、食物繊維も補給できます。
エネルギーはご飯で5割以上。昔は米から7割以上とっていました。そして、野菜はなるべく煮物、煮野菜で量を確保。そうすれば、カサもあり、満腹感もあります(表─@)。
〈食物繊維〉
特に、食物繊維が少なくなったのは、伝統食を食べなくなったことが大きい。食物繊維は、血糖や血中コレステロールの上昇を抑え、腸を整え、大腸がんを予防してくれます。
〈抗酸化物質の宝庫〉
そして、野菜や海藻に多い、リコピンやβカロテンなどのカロテノイドやポリフェノール、ビタミンA・B2・C・E、ミネラルの亜鉛・マンガン・鉄・銅、セレンなどの「抗酸化物質」が、細胞のサビ(変成)の原因となり、万病の元といわれる「活性酸素」を除去してくれます。
糖尿病ではインスリンを分泌するβ細胞は活性酸素に弱く、また、高血糖の状態が長く続くほど、ブドウ糖が蛋白質に結合し、この蛋白糖化反応の最終過程で大量の活性酸素を生成し、血管障害を引き起こします(図7)。さらに、動脈硬化では最も悪玉といわれる酸化LDLも活性酸素が引き金になり(図8)、がんでは細胞膜やDNAの損傷と、活性酸素は生活習慣病に大きく関与しています。
〈カルシウム・マグネシウム〉
海藻や豆類には、高血圧や骨粗鬆症の予防・改善に重要な、カルシウム、マグネシウムも豊富です。
〈DHA・EPA〉
和食なら、血流を良くし、がんやアレルギー、認知症の予防にもなる、魚油に多いDHAやEPAも豊富にとれます。
油料理は極力さける
〜油抜き料理でも、コクのある
美味しく食べる工夫〜
田上 患者さんのデータや本人の報告では、天ぷら、フライを食べた後が最も血糖が上がり、特にカツ丼は最悪。カレーやシチューでもかなり血糖が高くなり、これは下ごしらえでかなり油を使っているからだと思います。
油炒め、揚げ物は極力さけて、うまみは、昆布やカツオ、煮干しのダシを積極的に活用する。忙しい人は、無添加で本物の、カツオダシや昆布ダシを利用するのもいいでしょう。
ゴマなどビタミンEが豊富なナッツ類も、料理に上手に利用すれば、油抜きの料理でもコクのある美味しさを味わえます。おひたしはゴマ和えや白和え。ゴマ豆腐もいいですね。
〈三食バランスよく、間食しない〉
三食バランスよく食べ、ドカ食い、ダラダラ食い、夜食は厳禁。インスリンを過剰に出すことで肥満や糖尿病を悪化させます。
間食はしないにこしたことはなく、どうしても食べたければ、日中に時間を決めて、上質の美味しい、それもなるべく和菓子を少量。
砂糖はもちろん、最近の果物は糖度が高いので食べすぎは厳禁。血糖値や中性脂肪値を高めます。
生活の中に組み込み、 生活パターンを確立する 定期的に運動
田上 運動は、エネルギーの燃焼効果が高まり、体脂肪や内臓脂肪を減らし、善玉のHDLコレステロールが増え、インスリンの感受性を良くし、血圧を下げる効果があります。
とにかく食生活でも運動でも、意識しないとダメ。意識して、生活の中にちゃんと組み込み、生活習慣病の予防、改善になる生活パターンを確立するのが、長続きのコツです。
私は普段はできない運動は、土日は歩いてジムに通い、2時間くらい体を動かしています。毎日が理想だけれど、平日は無理なので、とにかく、週2日は意識的に運動するように決めています。
漠然と「体をなるべく動かそう」というのではなく、「いついつする」と、「決める」のが大事です。ジムには行けないにしても、「この日」は、「この時」は、「これ」をやると決めて、自分に課さないとダメですね。
日常運動する時間がない人は、1駅多く歩く、階段を上るなど、日常生活の中で1日約10分(1000歩)でも多く歩くクセをつける。歩くことは、一番手軽にできる全身運動。多く歩けば、それだけ効果が上がります。
定期的なチェック
田上 そして、定期的に病院の検査・指導を受ける。
家庭でも、毎日同じ時間に体重をチェックし、血糖や血圧が高い人は、自宅で測定できる計測器で、血糖値や血圧を測ります。時間を決め、同じ条件で測れば、毎日の変化が把握でき、もし昨日よりも増えていたり、上がっていたりすれば、食生活などの反省ができます。例えば、天ぷらを食べたら血糖値が上がるとか、すぐわかります(笑)。
世界中の多くの疫学調査で、「肥満、高血圧症、糖尿病、高脂血症、痛風の発症と進行には、食習慣、運動習慣、休養の取り方、嗜好などの生活習慣が深く関わっており、その生活習慣を改善することによってこれらの病気を予防できる」ことがわかっています。「生活習慣病は克服できる」、「健康は創るもの」と銘記して、生活改善に取り組んでいただきたいものです。