ハイドロゲルフィルムを使って、きつい農業から楽しい農業へ

画期的な栽培システムで、安全・高栄養・美味な農作物

メビオール株式会社代表取締役 早稲田大学客員教授
森 有一先生

夢の無農薬農法──若い人が喜んで参入できる農業システム

 早稲田大学発ベンチャー企業「メビオール株式会社」が開発した「ハイメック」という植物栽培システムが、新しい農業の形を示唆する画期的な栽培法として注目を浴びています。
 この栽培システムは、ハイドロゲルでできた特殊フィルム(ハイドロゲルフィルム)を養液に浮かべて、その上で植物を栽培する仕組みで、農業に応用すれば、従来の土耕栽培・水耕栽培と違って、労力や経費の大幅な軽減が望めるだけではなく、フィルムが細菌やウイルス等を通さずに、水と養分のみを吸収するため、安全で栄養価が高く、美味しい農作物が無農薬で収穫できるといわれます。
 このシステムを開発された森有一先生は、「日本では今、人類の生命をつなぐ農業に後継者がいない。若い人がやる気になる農業システムを何とかして作りたかった。日本の農業を変えるため、ぜひハイメックを普及させたい」と語られています。
 森先生に、ハイドロゲルフィルムを使った新しい農業についてお話を伺いました。

ハイドロゲルを応用した 新しい植物栽培システム
医療から農業へ
きつい農業から楽しい農業へ

森 私共は大学発のベンチャー企業で、今年で12年、従業員11名の小さな会社ですが、R&D(研究開発)とマーケティング(市場開発)だけを行い、特許は100近く持っています。その中で中核となるのが10数種類の新規のハイドロゲルです。これを利用して医療・農業・環境の分野で、新しいマーケットを作る仕事をしています。
 もともとはハイドロゲルを動物や動物細胞などに応用して、医療技術に用いてきたのですが、最近はそれを植物に応用することで、農業に画期的な変革をもたらす可能性が見えてきました。
 これまでの農業は難しすぎるし、儲からない、だから後継者がいない。それを誰でも簡単にでき、収益もしっかり確保でき、土日は遊びに行けるような、すなわち「きつい農業から楽しい農業へ」ということを目指しているわけです。
 私共が開発した「ハイメック」という植物栽培システムでは今、全国約70ヶ所で試験栽培していますが、すごく楽に農業ができています。トマトやメロンはある程度土を使いますが、ほとんどは土を使わずにこのフィルムで栽培でき、しかも安全で、美味しく、栄養価がすごく高いものが収穫できるのです。

ハイドロゲルフィルム栽培の
原理・特性・利点

森 ハイドロゲルとは、水を多量に吸い込むゲル状の高分子吸水性ポリマー(重合体)のことです。ゲルは多量に水を含み、少しくらい圧力をかけても水が抜けない性質を持ち、吸ったものを外に出さないので、相当の水が入っても外側は乾いています。一番使われているのが紙おむつで、紙おむつを絞ってもおしっこは外に出ないようになっているわけですね。
 ハイドロゲルをフィルムに成形して、このフィルムを液肥(養液)の上にのせ、その上で植物を栽培します。そうすると、フィルムは養液から水と栄養分を吸収し、植物の根に直接供給します(図1)。フィルムの外側には水は出さず、植物は酸素を上から吸うので、いろいろな利点、特性が生まれます。
〈水の調整が楽にできる〉
 今までの植物栽培なり農業は、水と空気を同じルートで吸わせていますから、水をやりすぎると空気が吸えなくなって根腐れになり、水をやらないと枯れます。水やりは植物の種類によっても、温度によっても違ってきて、コントロールがものすごく難しい。ところがこのフィルムを使うと、植物は水は自分で下から吸い、空気は上からとるので、水のコントロールが楽にできます。
〈養分調整が楽にできる〉
 養分調整もあまり必要ありません。その状況に合わせて、植物はリン酸・窒素・カリの好きなものをとるからです。
〈無菌〉
 このフィルムは菌もウイルスも通しません。昔は透析膜として人工腎臓にも使われたことがあるくらい安全性が高く、ナノスケールの高分子の網目ができてますから、リン酸・窒素・カリなどのイオン、糖やアミノ酸などの有機酸は透過しますが、細菌やウイルス類は通さないので、感染は起こりません。
 水耕栽培などでは養液に菌が入ると、そのラインが全部感染してダメになるので、大量の養液を循環させ、さらにフィルターをかけたりして殺菌しますが、その必要がなく、ため水でも河川の水でも、汚染のない作物が作れるのです。
〈植物との親和性が高い〉 
 このフィルムの表面は、植物の細胞膜との親和性が非常に優れています。
〈強くて、焼却可能〉
 強度は十分で水を吸ってもほとんど破れることはなく、耐候性にも優れ、細菌にもやられません。一番重要なのは、焼却が簡単にでき、塩素が入っていないのでダイオキシンなどの有害物質が出ないことです。
〈低コスト〉
 コストもトマト1個に対して2円か3円ぐらいのフィルム代でいけます。トマトは約4ヶ月で育ちますから1回で使い捨てですが、葉物は3回くらい使い回せます。

ハイドロゲルフィルムで 野菜を育てる
土を使わずに 二次元で根を張る

森 写真1に、ハイドロゲルフィルムで袋を作製し、その内部に液肥を封入し、袋の外側にレタスの種子を播き、栽培したものを示します。写真に示すようにレタスは根を袋の表面に密着させ、内部の液肥を袋を介して吸収し生長します。
 ハイドロゲルフィルムで生長したレタスの根の顕微鏡写真を写真2に示しますが、ハイメックの根は通常の土耕栽培の根と比較すると膨大な量の毛根が出ています。有機栽培に結構近いといわれます。こういう根が出ると、あとは少量の水と少量の肥料と少量の空気で大丈夫です。

土耕栽培や水耕栽培などの 問題を解決・複合栽培が可能
〜農薬・連作障害・ 硝酸態窒素の解決〜

森 ただ土はやはり大事で、例えばフィルムの上で直接トマトやメロンを栽培するのは非常に難しい。土といっても厚みで1cmのちょっとした土をフィルムの上に置くといろんなことができます。
 これまでの農業技術は、昔ながらの土耕栽培、オランダで約200年前に開発された水耕栽培、イスラエルで約100年前に開発された点滴栽培だけしかありません。
 土耕栽培は、安くて美味しいものができますが、連作障害とか、
残留農薬問題、また周年での収穫が難しいとか、屈んだ姿勢での作業などの問題があり、就農者の高齢化問題と並んで日本の農業の衰退化の大きな原因です。
 水耕栽培は、水を換えれば連作障害はありませんが、設備費とランニングコストがものすごくかかる上に、水っぽくて美味しくない。15〜16年前は「夢の農業」ともてはやされましたが、今は伸びていません。
 養液点滴栽培は、「植物と植物の間に水をやってもしょうがない。植物の根元にだけ水と肥料をやるべきだ」という砂漠の国イスラエルならではの考え方で、ホースに穴を開けて、タイマーを使ってきちっと水やりができるというシステムです。ただ、これでも連作障害や農薬汚染は防げない。また、長い期間点滴して肥料をやりますと、表土で水だけが蒸発して肥料濃度が高くなり、障害が起きてきます。
 こういう問題を、このフィルムで解決できないのかというのが我々の考え方です。
 水耕栽培と土耕栽培は今まで一緒にできませんでしたが、フィルムがあると、複合栽培ができます(図2)。フィルムの上にきれいな客土を1cmぐらい敷くと、ここで有機栽培ができます。連作障害も防げ、1cm程度なら農薬汚染のない土を使えますので、安全な農業ができます。
 水耕栽培のもう一つの問題点は、硝酸態窒素濃度が非常に高いということです。硝酸態窒素は体内で発がん性物質に変化するといわれています。特に、夏に硝酸態窒素が増えるのは、水をものすごく吸うのにつられて窒素肥料が入って濃度が上がってしまうからです。
 ハイドロゲルフィルムを使うと、水だけで、肥料は養液点滴チューブから最小限の肥料を与えることができるので、硝酸態窒素濃度は1000ppmを切り、非常に安全なものができます。硝酸態窒素濃度は、ヨーロッパでは3000ppm以下という規制ができましたが、日本では水耕栽培の場合、4000ppmを切れないので、規制が作れないのです。

高栄養で美味しい農産物
高糖度・高リコピントマト
〜植物にストレスを与えると〜

森 私共は、農業のターゲットとしてまず高糖度トマトを作りました。沖縄で今年2月、私共の技術で初めて作ったトマトは、糖度10〜11、高い抗がん作用で今注目のリコピンは26 mg/100gという、非常に美味しく、高栄養のものができました。
 農産物は、ストレスを加えると、高品質化するのはよくいわれています(図3)。要するに栄養価が高くなるわけです。そうした野菜を作るのに、ハイメックは非常に適しています。
 植物にとっての最適ストレスは、環境により複雑に変化するのでコントロールが非常に難しいのですが、ハイメックでは、ハイドロゲルフィルムだけで水分ストレスがかかります(図4)。ハイドロゲル中の水は、絞っても出ませんから、吸いにくい。トマトは糖などの栄養成分を合成し、浸透圧を上げて水を吸い上げなければいけないので、高糖度で高栄養になるわけです(図4)。
 トマトの発祥地はアンデスの山奥で、非常に紫外線が強く、そのストレスに対応するためにトマトは本来、20〜30 mg/100gのリコピンを作る能力があったと考えられます。ところが、今のトマトの栽培方法は、大量の水と肥料を使用し生産性を高めるために、結局リコピンは3〜5程度にしかなりません。我々のトマトは26もあるのです(図5)。
 本来、植物はものすごく環境の変化に対して耐性を持ち、そのストレスを緩和するためのいろいろな機能物質を作っています。それを人間が食べる。そういう生命力の強い植物を食べるから、人間が生命力を持つわけですね。

結合水で美味しく、
栄養価が高く、腐りにくい

森 水には自由水と結合水があり、自由水は0℃で凍り、蒸発しやすく、すぐ腐る。一方、結合水は0℃でも凍結せず、蒸発しにくく、細菌が利用できない。例えば砂糖漬けが腐らずに長期保存できるのは、水が砂糖分子と結合して、結合水になっているからです。
 水耕栽培は自由水を使っているので、栄養価が低く、棚もちが悪く、腐りやすい。ハイメックの場合、ハイドロゲル中の水はポリマーに結合しているので結合水なのです。ですから、日もちがよく、栄養価も高く、美味しくなり、腐りにくいのです。

健康食品に代わる 機能性成分豊富な野菜・果物

森  1950年代の野菜と2000年代の野菜を比べると、ビタミンC、A、ミネラルは、相当減少しています(表1)。我々の子供の頃の野菜と同じ栄養価をとるには、少なくとも今の4〜5倍は食べないととれません。ハイメックでは、その当時の野菜が作れるわけです。当時は人糞も使っていたから、安全性や生産性の問題がありましたが、ハイメックの技術では、こういう年代の野菜を計画生産できると思います。水耕栽培とハイメックの比較では、ルッコラで大体2倍、サニーレタスで5倍、ホウレン草でも2〜3倍の栄養価です(表2)。
 また、私共はアトピーやがん、高血圧などの生活習慣病の改善効果を有する野菜を生産したいと考えています。実際、ビタミンC、ギャバ、リコピン、アントシアニンなどのファイトケミカル(植物性生理活性物質)、機能性成分を豊富に含む、健康食品に代わりうる果菜類ができています(表3)。写真3と4に高リコピンのハイメックトマトと高ビタミンCのハイメック小松菜を示します。

農業の大いなる可能性
分子農業で 植物由来の薬の開発

森 最後に、私共は薬を作ることを考えてます。
 今インターフェロンやワクチンは全部動物由来の卵、細胞などで作っており、例えばワクチンはニワトリの卵を使っています。しかし、動物由来のものはBSEや鳥ウイルスなどの問題で、非常に恐くなってきました。
 アメリカでは今、それを植物で作らせています。植物に遺伝子改変して、例えばインターフェロンの遺伝子を植物に導入して植物にインターフェロンを作らせてしまうわけです。問題は、医薬品の製造ですから土は使えない、水はパイロジェンフリーの無菌の水を使う必要があります。そうすると莫大な費用がかかります。
 ところが、ハイメックの場合、ハイドロゲルフィルムはパイロジェンも通さず、基本的には土も要らず、ということで、今これを医薬品を作る技術へ展開しようとしています。
 こういう技術を「モリキュラー・ファーミング(分子農業)」といいますが、欧米を中心に盛んになってきています。
 今我々はリコピンが10倍のトマトを作っていますが、リコピンの遺伝子はわかっていますから、その遺伝子にインターフェロンの遺伝子をくっつければ、インターフェロンが10倍できるわけです。食物に遺伝子操作するのは非常に問題ですが、医薬品の場合は、インターフェロンならインターフェロンそのものを植物から抽出しますから、遺伝子操作を使っても恐くはないのです。
 そう考えますと、農業とはすごい先端技術であり、また収益性の高い技術です。こういう技術を含めて、植物にこれから注目していくことが大事だと考えています。

60億の人口を支えるのは 農業しかない

森 農業の発達は、火の発見に勝るとも劣らないと私は思います。
 農業がなかったら、自然の食料資源でまかなえる人数はたったの300万人といわれています。アフリカ奥地に全く農業をやらない原住民がいます。その原住民が1人、野イチゴや野ウサギをとって食べていくには15 km四方の土地が必要で、これから計算すると地球の食料資源で養える人口はたった300万人です。今60億人ですから、2000人に1人しか生き残れません。
 医学の発達は世界の人口を65億人にしました。その人口をまかなうのは農業しかないのです。こう考えていくと、穀物を食べる場合のエネルギー効率を100%とすると、一回ブタやウシに穀物を食べさせてその肉を食べると、たった10%しか利用しないことになります。非常にエネルギーロスが大きい。欧米人がいかにエネルギーを無駄にしてるか、農耕民族がいかにエネルギーをきちっと考えているかということですね。
 これからの農業は、コンテンツのある農作物を、値段的に安く、かつ計画生産でき、多くの人が食べることができて、かつ若い人が参入できる農業に変えていくことが非常に重要になると思います。

植物の適応性・順応性を 最大限に生かす

森 これまでの農業は、植物の生育環境(植物種、土質、水質、温度、湿度、照度など)を計測して、長年の経験から最適と考えられる栽培条件(水やり、肥料調整など)で農業を行ってきました。すなわち、人間が植物の生長を支配してきました。
 しかし、植物は、地球上に誕生して数億年の間の地球環境の激変に耐えて生き延び、環境変化に対するたくましい適応性、順応性を獲得してきました。すなわち、植物は、自ら置かれた生育環境下で、植物自身が最も望む生育条件を選択し、生長する≠ニ私共は考えています。
 ハイメックは、そのような場を植物に提供することで、植物自身が自らの生長を支配できます。つまり、ハイメックの本質は、植物の順応性を最大限に利用し、本来植物が持っている強い生命力を引き出すことにあります。それによって、安全で、美味しく、高栄養の作物も収穫できるのです。