「内臓脂肪症候群」予備軍含め、"中高年の男性で2人に1人”のまやかし

根拠のない診断基準と、無駄な薬剤使用への恐れ

東海大学医学部 大櫛陽一教授

不必要な患者と薬を増やす、日本の診断基準

 「内臓脂肪症候群(メタボリックシンドローム)とその予備軍は1960万人、40〜74歳の中高年世代では男性の2人に1人、女性は5人に1人」という厚生労働省が今年5月に発表した調査結果※1が波紋を呼んでいます。
 調査の背景には、厚労省が医療費削減を目的に2008年から40歳以上の健診を大幅に見直し、同症候群の発見と予防を新しい健診の柱に据え、同症候群を予備軍の段階で生活習慣改善を促すことにより、心筋梗塞や脳卒中などの生活習慣病にかかる医療費を2025年までに2兆円に削減するという「医療制度改革大綱」があります。
 しかし、参考にした診断基準(表1)などへは批判が噴出。その一人、臨床診療ガイドラインの検証を長く続けている東海大医学部の大櫛陽一教授は、「科学的根拠がない診断基準で、不必要な患者、無駄な投薬を増やすだけ」と指摘しています。

でたらめな 日本版 「メタボリック症候群」
メタボリック症候群

──日本人の中高年男性の半数以上が内臓脂肪症候群という今回の厚労省の調査結果が大きなショックを与えています。その一方で、診断基準などへ批判の声が多く上がっています。そのお一人である大櫛先生に、生活習慣病の予防という観点から今回の調査結果についてお話をお願いします。
大櫛 メタボリックシンドロームとは運動不足や過食による症候群ということです。心筋梗塞や脳卒中など動脈硬化による冠動脈疾患の背景には、糖尿病、高脂血症、高血圧、肥満など共通する代謝病態があり、リスクが重なるほど急速に冠動脈疾患に進むという概念です。
 しかし、メタボリックシンドロームは、定義も診断基準もさまざまで、基準項目も値も国によって違います。昨年9月、米国糖尿病学会と欧州糖尿病研究学会は、「メタボリック症候群は、診断基準の科学的根拠が証明されていない」という共同論文を発表し、論文には「現状ではメタボリック症候群という言葉を使うべきではない。無作為対照試験によって効果が確認できない限り、薬物治療をしてはならない」と書かれています。
 つまり、不確定要素の多いメタボリック症候群は診療や治療の対象にはならないということです。実際、欧米ではメタボリック症候群は、生活習慣病の複数のリスクを持つ人への、食事や運動などの生活指導を開始する目安とされ、しかも、研究が進むにつれて最近は、メタボリック症候群の概念は過去のものになりつつあります。

日本では、内臓脂肪よりも、 糖尿病・肝疾患が問題!

大櫛 そんな中で日本は2004年に初めて診断基準を決め、日本ではメタボリック症候群を「内臓脂肪症候群」と呼んで、特に内臓脂肪に力点を置き、治療すべき病気としたわけです。
 しかし、日本では高コレステロールや肥満で死亡率は上昇していません(8〜9頁図2〜4)。最近心臓病などの死亡率が上がったように見えるのは、死亡診断書の書き方が変わったからです。
 日本では内臓脂肪による心筋梗塞より、直接の死因にはならないけれど確実に生活の質を落とす糖尿病や、放っておくと肝硬変などへと重症化する脂肪肝が問題です。

根拠のない診断基準・基準値c
〜象徴的なウエストサイズ〜

大櫛 しかも、日本では健診の基準値そのものがおかしく、健康な人でもメタボリック症候群にされてしまうのです。日本人は高齢になると太り気味ぐらいの方がコレステロールや血圧が高めでも長生きで、ウエストの太い人のほとんどが心筋梗塞のハイリスク者ではありません。
 日本の診断基準は、心筋梗塞の予防を目的にした米国の基準をもとにして、肥満学会がウエストサイズ(腹囲)、動脈硬化学会が脂質、高血圧学会が血圧、糖尿病学会が血糖値と、それぞれの学会が使っている基準を出し合い、そのバランスを取るために、米国では別項目になっていた中性脂肪とHDLコレステロールを脂質として一つにまとめたようです(表2)。
 その中で、腹囲(外国では骨盤と肋骨の間での胴回り、日本ではへそ回り。腸に蓄積する内臓脂肪が推計できるといわれる)だけは、日本人のデータに基づいています。米国では男性の腹囲は102cm以上で88cmの女性より大きく、男性の方が大きいのは他の国でも同じです。ところが、日本は男性85cm以上と厳しくして、90cm以上と甘く
した女性より小さくなっています。
 なぜこんな異常な基準になったのか。肥満学会は、内臓脂肪面積が100cm2以上だと心筋梗塞などに関する項目の異常が複数になるとして、これをメタボリック症候群としています。そして、内臓脂肪面積100cm2からウエストサイズを割り出しました。
 ところが、@基準値を策定するには検査対象が数百人で少なすぎる上に、Aデータ処理が間違っているため、内臓脂肪面積が100cm2の人のほとんどが心血管疾患に関係するリスクは一つだけで、その43%は動脈硬化学会の高コレステロール血症診断基準の総コレステロール220を超えているだけです。しかも220あたりは最も健康な人なのです(9頁図4)。必須項目にした男性腹囲85cm以上、女性90cm以上という基準には全く根拠がありません。
 日本ではこのようなでたらめな診断基準をもとに、健康な人までもがメタボリックシンドロームと診断され、メタボリック症候群の予防になると薬を飲まされているのです。

日本版では、薬誘導への 結論が先にあった?!

──厚労省が生活習慣病の予防にメタボリック症候群を柱にしたのは医療費高騰を抑える目的があり、あくまで生活改善が基本と強調していますが。
大櫛 厚労省は生活習慣病の予防は「運動、食事、禁煙、最後に薬」といっています。
 ところが、この基準を使うと半分が薬にいきます。基準を下げるほど患者が増え、生活改善だけでは数値がなかなか下がらない。そうすれば、薬がたくさん売れる。これが今の日本の医療で行われている実態です。
 メタボリック症候群では、肥満症、高脂血症、高血糖、高血圧がリンクするとしていますから、医者や薬品メーカーにとってこれほどありがたい病気はないのです。
 欧米でも長い間、医学界では権威ある医者が基準を決めてきました。しかし、製薬会社などの利益誘導という批判が高まり、今では科学的根拠に基づく基準が重んじられるようになりました。
 このような考えが浸透していない日本では、服薬を誘導するための結論が先にあったのではないかと考えられます。

BMI25以上は「肥満症」の嘘
BMIは低い方が危険 「小太り」が最も長生き

──確かに、日本ではまだ肥満は大きな問題ではないといわれていますね。
大櫛 アメリカでも最近、肥満は病気の大したリスクにならないという論文発表が相次ぎ、その一つに「25歳以上の人ではBMI25〜30が最も死亡率が低い」という論文があります。BMIが35を超えると、25〜69歳の人では死亡率が増加しますが70歳以上では増加せず、逆に60歳以上の人ではBMIが18・5未満だと死亡率が増加します(図1)。
 日本ではBMIが25以上で肥満症と診断されますが、実は日本でも、各年代でBMIが低い方が死亡率の上昇が目立ち、BMIが22〜30の小太りが男女や年齢を問わず長生きしています(図2・3)。
 ただし、若い人では運動不足によってBMIが上昇すると、男女ともに糖尿病や脂肪肝などのリスクにつながります。結局、若い時はスリム、中高年ではやや小太りが適切だということです。

作られた病気「高脂血症」
総コレステロール 220以上の嘘
220〜239が最も長生き

大櫛 日本では今、総コレステロール220以上は「高脂血症」という病名がつけられ、中年男性の35%、閉経後女性の55%が高脂血症にされています(図5の旧基準)。ところが、5年後の死亡率で見ると、220〜239は一番死亡率が低いのです(図4)。
 私たちは多くのデータを検討した結果、総コレステロールを女性は280以上、男性は260以上とする新基準(図4)を提案していますが、現在は間違った診断基準によって、中高年層の半数が病気でもないのに病名がつけられ、副作用の多い薬が投与されています。新基準でいくと、日本人の高脂血症はガクンと減って約4%、10分の1くらいになります(図5)。

「家族性高脂血症」以外、 女性では必要がない コレステロール低下薬。
副作用による医原病も

大櫛 もともと心筋梗塞は男性が起こしやすく、海外では高脂血症薬を飲んでいる女性は男性の4分の1以下です。ところが日本では女性は男性の2倍も薬を飲まされています。アメリカでは2004年、アメリカ医師会が世界中の論文を調べた結果、「女性にコレステロール低下薬は不要かつ無効」としました。女性は20歳から閉経まで徐々にコレステロールが上がりますが、上がっても心筋梗塞になる率は低いのです。
 総コレステロール値220以上を高脂血症とするおかしな基準によって、日本では無駄な投薬が行われ、コレステロール低下薬市場は年間3300億円に膨れ上がっています。これによって、副作用による新たな医原病が生まれる恐れもあります。
 スタンチン系やフィブラート系のコレステロール低下薬は、製薬会社の医薬品添付文書にも10%前後の副作用が明記されています。これは半年〜1年の治験期間のデータに基づいていますから、長期間服用すればそれに比例して副作用の発症率は増加します。
 他の薬品との相互作用も強く、死亡を含む重篤な副作用と相互作用が報告されています。遺伝病で日本人の500人に1人の割合でいる「家族性高脂血症」には必要な薬ですが、それ以外の人は、決して気楽に飲むような薬ではありません。新たな「メタボリックシンドローム薬害」が出てくる心配も考えられます。

低コレステロールの方が 死亡率が高い!
〜がん・感染症・自殺など〜

大櫛 副作用以外にも、薬などでコレステロールを下げすぎると、死亡率が高まることがわかっています(図6)。そして、低コレステロールが死亡率を上げる原因は、がん、感染症、事故(自殺を含む)であることもわかっています。
 コレステロールは、リン脂質や蛋白質とともに細胞膜や生体膜をつくり、特に、脳、神経、筋肉に多く存在しています。また、ホルモンや胆汁などの原料になっています。
 ですから、低コレステロールになると、血管や組織がもろくなって脳出血を起こしやすく、免疫力が低下し、感染症やがんになりやすくなります。また、脳内のコレステロールが不足すると「うつ」になり、このため事故や自殺が増えるのです。

心筋梗塞の真因は 血管の炎症
〜LDLは炎症の修復屋〜

大櫛 長い間、心筋梗塞(動脈硬化)は高コレステロールが原因といわれてきましたが、2002年にその真因は「炎症」であることが突きとめられました。
 感染症、喫煙、糖尿病、高血圧などがあると、血管に炎症が起こります。炎症が起こるのは免疫系が働いて異物を取り除く作業をしているからで、悪いことではありません。炎症によって血管が傷つくと、修理に行くのが悪玉といわれるLDLコレステロールです。ところが、血管の炎症となる原因が続いていると、炎症→修理ということが繰り返され、血管内皮にはコレステロールやマクロファージ(白血球の貪食細胞)の残骸が粥状にたまり(アテロームの形成)、血管が詰まったり、アテロームがはがれて流れて細い血管が詰まったりします。
 ですから、心筋梗塞や脳梗塞の予防はまず、血管の炎症原因を取り除き、炎症を高める飽和脂肪やトランス脂肪、タバコをやめ、食べすぎを抑え、運動することです(表3)。
 炎症の原因を持つ人では、コレステロールを下げてアテローム形成を少なくすることが、予防になります。この時、日本人では総コレステロールを180以下に下げないことが大事です。

糖尿病は見逃されがち 糖尿病に対しては 慎重すぎる診断基準

大櫛 一方、糖尿病に対しては慎重な診断基準が設定され(図7)、不用意な血糖値低下療法が行われないようになっています。しかし慎重になりすぎて早期異常が見逃されやすく、特に若い人の早期異常が見逃されています(図8)。
 生活習慣が原因となる2型糖尿病では、予防と治療の柱は生活改善です。発見が遅れると大幅な食事制限と長時間の運動が必要になり、生活改善は難しくなってきます。早期に発見できれば実行可能な生活改善でよく、継続が可能で、薬に頼らずに糖尿病とつきあうことができるのです。

肝臓と筋肉内の 脂肪が問題
〜糖尿病の食事と運動〜

大櫛 日本人の場合、肥満が問題になるのは心筋梗塞ではなく、糖尿病です。特に若い人ではBMIが25を超えると発症率が増えます。
 糖尿病で一番大きい要因は、体を動かさない生活によって、筋肉内や肝臓内に脂肪がたまりやすいことです。筋肉を使わない人は筋肉に脂肪がたまる。そうすると血液中の糖分が筋肉にいかなくなってインスリン抵抗性が高まります。甘いものも体の中で中性脂肪に変えられ、筋肉や肝臓にたまり、脂肪肝になるとGPTが上がり、筋肉内脂肪がたまってインスリン抵抗性が高まります。
 合併症が現れていない時の糖尿病の治療は、自分のインスリン量に見合った生活に変えるか、足りないインスリンを補充するかです。
 インスリン量に見合った生活とは、血糖を上げない食事(量と質)と、血糖値を下げる運動です(表4)。
 特に運動は重要です。食後30分から運動をするとすぐに血糖値が低下し始めるので即時的な効果があります。また、運動により筋肉が増えると代謝が向上し、血糖を消費しやすい体になるのです。
 朝食べない人も要注意です。朝食べないとドカ食いする。そうすると血糖値が急激に上がって膵臓を傷めます。反対に、ダラダラ食べても血糖値が上がりっぱなしになって、膵臓の休まる暇がない。3食しっかり食べて、間食なしが重要です。

年齢別・男女別の 新しい基準をもとに 自分の体は自分で守ろう!

大櫛 今まで日本の医療は男女を区別せず治療してきたのです。女性は小さな男にすぎませんでした。特に中年女性に対しては適切な診断をしないで、更年期障害、高脂血症、高血圧などの病名をつけて不安を助長していました。
 同様のことは年齢にもいえます。高齢化社会にもかかわらず、診断基準は加齢現象を考慮せずに設定されています。高齢者が若い人の基準で診断されると多くの検査項目で「異常」となり、多種類の不要な薬が処方されてしまいます。1日くらい食事を食べられなくても結果的に大したことはありません。しかし、薬で命を落としたり、落としそうになることは珍しいことではありません。
 糖尿病の場合、血糖値さえ適切にコントロールされていれば合併症を起こさないのです。しかし、合併症予防という名目で多くの薬が宣伝され使われています。日本での糖尿病とその予備軍は1600万人を超えているといわれ、製薬業界にとっては巨大市場です。このような予防を目的とした薬については、すぐに効果が現れるわけではないので、長期間の追跡研究による予防効果の科学的根拠が必要です。また、長期にわたって飲むことになりますので副作用のないことが必須条件なのです。
 欧米では診断基準はエビデンス(科学的論文の統計学的結論)に基づいて作られ、公的な機関がチェックしています。
 日本では各臨床学会が独自に制定し、多くはエビデンスに基づいたものではなく、学会幹部による権威に基づいて決められています。そして、外部機関のチェックを受けないために、自らや学会を支援してくれる企業(医薬品や健康食品の業界)への利益誘導的な内容になっている場合が少なからずあります。
 私たちはこうした支援を一切受けないで、全国45ヶ所の健診実施機関より約70万人のデータを集め、健診や日常臨床検査としてよく使われている24項目の男女別かつ5歳ごとの基準範囲を作り、インターネットで男女別に5歳ごとの基準範囲、平均値、標準偏差、異常率、異常率マップを公開しています(http://www.mi-tokai.com/または、http://mi.med.u-tokai.ac.jp/)。
 これを使えば、正当な正常値がわかり、薬を飲んでいれば本当に必要な薬かどうかをチェックでき、健診で正常と言われた人も早期異常がないかどうかを調べることができます。
 病気にならないためには、健康によい生活習慣(1次予防)と、健診による異常の早期発見(2次予防)が大切です。検査値を的確に把握し、日々の生活に生かし、治療の必要な病気にはできるだけ早く対応し、無駄な治療はしない。この当たり前のことが日本の医療の世界で行われるようになるように願っています。