麹菌食品の威力に世界が注目
生活習慣病対策の決め手となりうる白麹大豆とは?
秋田今野商店 今野宏社長
日本が誇る国菌"麹菌”
世界には各民族ごとに、風土気候に適した様々な有用微生物がつくり出した発酵食品があり、人々の健康長寿に大きく寄与してきました。
中でも日本は、味噌、醤油、納豆、漬け物、酒、焼酎、甘酒など、発酵食品の宝庫であり、日本独自の食文化はこれら多彩な発酵食品をベースに築かれたといっても過言ではありません。
その日本古来の伝統的発酵食品をつくり出す主役が「麹菌」です。
「国菌」といわれるほど、日本人の食生活に深く関わってきた麹菌は、その長い歴史の中で、無害性、有用性が認知され、最近は醸造だけではなく、麹菌のもつ高い安全性と有用蛋白質(特に酵素)の高い分泌能から、バイオテクノロジー産業に幅広く利用されています。
麹菌生産の世界では超一流といわれる秋田今野商店は、老舗の顔と真菌類機能開発研究所(写真)を併せもつ最先端バイオ企業として、従来難しいとされていた丸大豆に純白の麹菌を育成することにも成功しました。
この度縁があって、社長の今野宏さんに麹菌や麹、さらに吸収の良いアグリコン型イソフラボンを豊富にもつ白麹大豆について、お話を聞くことができました。
麹──その古くて新しいもの
麹と日本の食文化
〜麹・麹菌・種麹〜今野 「麹」は米や麦、大豆などの穀類の表面に麹菌を繁殖させたものです(写真)。麹菌を米に入れれば米麹、麦に入れれば麦麹、大豆に入れれば大豆麹になり、米麹は清酒や味噌、麦麹や大豆麹は味噌や醤油をつくります。
このように、日本の代表的醸造食品は麹なくしてはあり得ず、今も昔も麹は縁の下の力持ちとして、日本の食文化を支えているといっても過言ではありません。
その麹をつくる「麹菌」は、千年以上にわたる醸造の歴史の変遷を経て完成された、日本の食文化の原点に位置する微生物です。国花が桜ならば、麹菌はまさに「国菌」と呼ぶにふさわしいものです。
麹の良否は製品の品質をも左右するといわれ、麹の品質を決める重要な要素が麹菌です。
醸造に適したすぐれた麹菌のみを純粋培養した「種麹※」は800年程前にはすでに存在したといわれます。すなわち、微生物の取り扱いも明らかでなかった時代、日本人は木灰を使用することできわめて純粋で、保存性の良い、良質の種麹が出来ることを知っていたのです。木灰を使うと、麹菌以外のカビや細菌の生育が抑えられると同時に、胞子の耐久性が向上するのですね。
この木灰を利用する方法は実に巧妙で、現代にも受け継がれています。微生物の存在すら知られていない昔、世界中のどの民族にも先駆けて、このような「純粋分離法」、「純粋培養法」、「長期保存法」を木灰で行っていた日本人の知恵には感服させられます。
※種麹 麹菌を培養して得た胞子を乾燥したもので、麹をつくる元になる。麹は、蒸した穀類に種麹をつけて麹室で培養し、穀類の表面に麹菌を繁殖させた発酵食品。
麹菌の素顔と、白麹の誕生
今野 麹菌はAspergillus属のカビで、日本を中心に湿潤な東アジア地帯に発生します。
電子顕微鏡でみるとこんな姿をしています。先端の小さな丸い1粒1粒が胞子です(図1)。この胞子が種となって飛んで、蒸米などの培地に落ちると、培地の養分を摂取して発芽し、菌糸をつくって根付き、菌糸は培地の中にも入り込んでどんどん伸びていき、その一部から分生子柄を出して先端に胞子をつくり、その胞子がまた飛んで種となる。麹菌はこういう具合に増殖していきます。
麹菌は大別すると黄麹菌、白麹菌、黒麹菌の三種があります。胞子の色が違うのです。日本の代表的な麹菌である黄麹菌(Aspergillus oryzae)は清酒、味噌、醤油、また、白麹菌は焼酎、黒麹菌は泡盛などをつくります(図2)。
白麹菌は突然変異で出来た一種の白子(アルビノ)で、もともと麹菌は黄緑色の胞子をしたものが野生種に近いのです。しかし、米麹や豆麹が全体黄緑色になると、いかにもカビが生えたというふうになり、あまり気持ちの良いものではありません。特に麹を製造している糀屋さんなどでは色が付くと老麹といってあまり喜ばれなかったのです。
そこで、当社は昭和28年に黄麹菌を人工変異させ、白色変異株を得ました。この特許によって昭和30年以降、糀屋さんの麹は純白となりました。今回、白麹大豆が出来たのは当社のこの特許があったからと考えてよろしいと思います。
麹は無害にして、
有用酵素の宝庫〜バイオテクノロジーへの応用〜
今野 麹菌の特質として、まず安全性があげられます。麹は「GRAS(Generally Recognized As Safe)」、すなわち一般的に安全であると認められている微生物です。日本人が何百年という歴史の中で使いこなしてきた微生物で、怖いところがないと歴史的に証明されているわけです。
そして、麹菌というのはつくれない酵素がないというくらい、増殖の過程で多種類の酵素を豊富に生産し、さらにその酵素の働きで、原料中の成分を微生物変換出来るという特徴をもちます。例えば、酵素に原料(培地)に含まれる蛋白質を切断させると、徹底的にバラバラに分解すれば最小単位のアミノ酸になりますし、アミノ酸が3つとか4つとか繋がった状態では最近その機能性が注目されているペプチドになります。
さらに麹菌は、菌体由来の各種の生理活性物質、例えば抗変異原活性や抗酸化能とか、抗がん活性だとか、いろんな生理活性物質をもっています。
このように麹は、
高い安全性(GRAS)と、
多様な酵素類を豊富につくり出し、原料中の主成分を微生物変換すること、
菌体由来の生理活性物質をもつ──という特質や特徴から、最近は醸造だけではなく、食品や医薬品などいろいろなバイオテクノロジーの応用で使われています(表1・図3)。
麹菌の培養には、麹に代表される固体培地を用いる固体培養の他に、液体培養などいろいろあり(写真)、培養方法によって麹菌の形態も発現する酵素も違ってきます。
本来カビは、液体よりも固体に生育する方が自然であり、有効な酵素も大量につくれます。例えば麹菌を液体で培養しても、糖をつくる2種類のうち1種類しか発現しないのであまり甘くなりませんが、米で培養した麹は2種類発現するのでとても甘くなります。
一方で、固体培養は液体培養に比べて、手間暇がかかる上に、酵素など目的生産物の分離が難しいなどの欠点があげられています。そこで世界中の製薬会社は、麹菌以外のカビから抗生物質や生理活性物質をつくるのに、生産効率を優先して、液体培養(除菌空気を通す液体通気培養)に頼っています。
しかし、最近は分子生物学的手法(バイオテクノロジー)を用いて麹菌の固体培養を進める流れが出てきました。その流れの中で、日本が誇る麹づくりの手法(固体培養)をもってすれば、多くのユニークな生理活性物質を探し出すことが出来るはずです。白麹大豆はその流れの中で誕生しました。
生活習慣病に大きく
期待される「白麹大豆」
白麹大豆の誕生
〜白麹菌と大豆の組み合わせの妙〜
今野 白麹大豆は、白麹菌を無塩発酵大豆に繁殖させたものです。表面は繭玉のように白麹菌の菌糸におおわれていて、割ると豆の泡みたいなものがびっしり詰まって、これもみな菌糸です(写真)。
つくる過程ではゆっくり30〜35℃の低温で除湿空気を用いて乾燥し、水分を7〜9%に保ってあるので、麹菌の酵素も死なず、抗菌作用も加わります。ですから、白麹大豆は大豆と同時に生きた麹も食べることになり、天然の酵素や、必須アミノ酸や他の生体アミノ酸が高単位にとれるのです。アミノ酸だけでなく、ビタミンやミネラル、食物繊維などの含有量もずば抜けて高くなり、これは納豆との比較でも明らかです(表2)。
白麹菌を用いたのは、いつまでも自然の白さを保てることと、大豆での増殖が特に良く、大豆の蛋白質やいろいろな有効成分を引き出せるからです。
白麹大豆にはたくさんの白麹菌の中から選択された32KAという特別な菌株を用い、この株は他の白麹菌に比べて多くの特定のアミノ酸を生産し、ギャバ(γアミノ酪酸)も豊富に出来ます。
大豆を用いたのは、アミノ酸の種類も蛋白質の含量も飛び抜けて多い大豆を使うことで
多様なアミノ酸が出来ること、脂肪酸の組成が、多価不飽和脂肪酸に対して飽和脂肪酸比が
高いので酸化リスクが少ないこと、
大豆にはイソフラボノイドなどのポリフェノール化合物の含量が非常に高いということなどから用いました。
吸収の良いアグリコン型イソフラボンの宝庫
今野 特に、白麹菌の酵素によって、大豆イソフラボンが非常に吸収の良い「アグリコン型イソフラボン」に変換され、それが豊富に含まれているのは特筆すべきことです。
大豆イソフラボンは、女性ホルモンの一つであるエストロゲンに良く似て、植物性エストロゲンともいわれ、骨粗鬆症や更年期障害、乳がんなどの予防効果で今、非常に注目されています。
大豆イソフラボンはゲニスチン、ダイジイン、グリシチンなど、糖が結合したグリコシド型で存在します。グリコシド型は分子量が大きく、腸での吸収があまり良くありません。そこで、腸では腸内細菌がつくり出す酵素(βグルコシダーゼ)が糖を切り離して、ダイゼイン、ゲニステイン、グリシステインなどの吸収されやすいアグリコン型に変えます(図4)。ただし、腸内細菌叢は人によって異なり、誰もが効率良く吸収出来るわけではありません。
ところが大豆麹は、麹菌に含まれるβグルコシダーゼによって、大豆イソフラボンが初めからアグリコン型になっています。ですから、八丁味噌や赤だし味噌など、大豆を麹化した豆麹で仕込んだ豆味噌にはアグリコン型イソフラボンが多いのです(図5)。しかし、味噌には塩分が12〜13%入っていますから、一度にたくさんは食べられません。そこで、無塩発酵大豆を考えたわけです。
図5では、大豆麹には、豆味噌や赤だし味噌よりも抜群に吸収の良いアグリコン型イソフラボンが、すごい量出ているのが見ておわかりだと思います。
大豆イソフラボンはまた、活性酸素を消去する抗酸化能にも優れています(図6)。
生活習慣病予防としての大豆の生理活性物質
今野 大豆自体、様々な生理機能をもち(表3)、白麹大豆はこうした大豆自身のメリットもあります。
まず、大豆ペプチドのコレステロール低下作用では、大豆を食べると血清中の悪玉コレステロールや中性脂肪が下がり、善玉コレステロールが上がるということが統計的にわかってきています(表4)。
その他にも、脂肪酸は高脂血症に効きますし、抗がんにはフラボノイドや大豆蛋白、抗酸化作用はビタミンEやペプチド、活性酸素の除去はフラボノイド、アレルゲンを除去する抗アレルギーはペプチドに、豊富な食物繊維は整腸作用などがあります(表3)。
アメリカにおける 白麹大豆の試験管内での評価
今野 さらに、アメリカのMDSファルマサービスという研究機関に白麹大豆を送って評価してもらったところ、コレステロール蓄積阻害活性と、男性型脱毛症に関するステロイド5αリダクターゼという酵素の阻害活性や、糖尿病の合併症に深く関与するアルドースレダクターゼという酵素阻害活性も強く、また抗肥満効果も期待出来るαグルコシダーゼという酵素の阻害活性もかなりあるという答えが返ってきました(図7)。
〈コレステロールの蓄積を阻害〉
今野 コレステロールの蓄積を阻害するメカニズムは、川の上流から下流までというように、ずっと流れていく代謝経路があり、様々な物質を経由して最後にコレステロールになるわけです。コレステロールをたまらないようにするには途中でこの流れを止める。つまり、代謝をブロックする、阻害すればいいのです。白麹大豆には、それをブロックする酵素阻害機能があります。
抗コレステロール薬のメバロチンなどは、麹菌の仲間のカビがつくります。これは高脂血症の治療薬として使われています。これと同じ活性が、大豆麹にもあるのです。
〈糖尿病の合併症の予防〉
今野 生活習慣病の代表ともいえる糖尿病においては、目が見えなくなったり、腎炎になったり、神経障害が起きたり、合併症が怖いことが知られています。
こうした合併症においては、致命的な糖の蓄積を抑える効果が非常に強いと評価されました。大豆麹には糖の蓄積を72%も抑える力があり、糖尿病合併症を抑えるのに非常に有効であるということです。
ただし、これらはあくまでも試験管内の酵素反応の話です。実際にヒトでどうなるかは、これからの研究を待たなくてはならないところです。
──白麹大豆がすごい素材だということはよくわかりました。人体でどのような機能性を実際に発揮するかという研究は今後、秋田大学医学部を中心に行われるということなので、続報をとても楽しみに心待ちしています。