咬み合わせは、全身に影響を及ぼす

心身の崩壊にもつながる「基礎ストレス」とは

基礎ストレス研究所所長 酒井 一 先生

咬み合わせで、心身の崩壊を招く危険も

 基礎ストレス研究所の酒井一先生は、「咬み合わせのズレは、それが悪い基礎ストレスとなって、心身を崩壊させることもある」、逆に「咬み合わせを正せば、病気や症状は種類を問わず、改善する」といわれます。
 酒井先生は「基礎ストレス論」(仮説)を打ち立てられ、それに基づく「基礎ストレス治療(咬合治療)」を30年間続けられる中、肩こりをはじめ、ガンやリウマチ等の自覚症状も即時変化するという臨床体験を得られています。
 その臨床体験と、WHOも注目する「歯の少ない人は医科の医療費が5割も多い」という「8020運動」の調査結果から、酒井先生は「私はこの基礎ストレス論が、これからの医学なり、大きくいえば日本の社会構造を良く変えるのにも非常に有益であり、何よりも総医療費を半減することが夢ではないと考えています」とおっしゃっています。
 「基礎ストレスの中で最も重要な咬合ストレスは、脳失調を起こし、生命力を低下させることで、全身に大きな影響を及ぼす」という「基礎ストレス論」の概念を中心に、基礎ストレスと全身の影響というテーマで酒井先生にお話を伺いました。

歯数と病気の密接な関係

酒井 「基礎ストレス(咬合ストレス)」──基礎ストレスの中で最も重要なのは咬み合わせによるストレスなので、こう記すことにします──という未知の巨大なストレスがあります。
 では一体、「基礎ストレス(咬合ストレス)」とは何なのか。
 そこでまず、疫学的な事実によって基礎ストレスが「存在する」ことの一端を検証してみましょう。

歯の数が少ない人は 医科の医療費が5割も多い

 実は、「8020運動※」の一環として、兵庫県歯科医師会と兵庫県国民健康保険団体連合会が、「咬み合わせの保持と健康」、平たく言えば「歯」と健康が身体全体でどのように関わっているかについて調査したところ、端的に言えば「歯の数が少ない人は医科の医療費が5割も多い」、という驚くべき結果(図1)が出ています。この調査は、3万〜4万人を超す70歳以上の人を対象に平成14年から行われていますが、毎年同じような傾向が見られます。
 例えば、平成16年5月(保険請求)分では、70歳以上で歯数19本以下の人は、20本以上の人より医療費が約25%多い。さらに、80歳以上に限ると、歯数19本以下の人は、20本以上の人より医療費が約37%も多くなってきます。そして、70歳以上で歯数4本以下の人は、前述のように20本以上の人より医療費が約50%も高くなっており、「残存歯数が少なくなるほど医科の医療費が高くなる」という傾向が顕著に表れています。
※8020運動 厚生労働省と日本歯科医師会が展開しており、80歳で20本の歯を保つことができるようにという歯の健康指標

ガン・心臓病・脳卒中や アルツハイマー病も 「歯の数」や「咬み合わせの保持」 が少ないほど多い

酒井 また、ガン・心臓病・脳卒中といった病名別に比較しても、残存歯数が多いか少ないかによって医療費に明確な差が認められ、特定の病気では大きな差が認められました(図2)。
 要するに、「歯(の数)」によって構成される「咬み合わせ(の保持)」が失われていくほど、ガン・心臓病・脳卒中やアルツハイマー病を始めとする殆どの病気になりやすいということになります。そして重要なことは、これらのことが「数字によって明らかにされた現象(疫学的な事実)」だということです。
 実際、この兵庫県の調査結果は、WHOを始め、海外でも大きな反響を呼んでいます。

「基礎ストレス」の概念で 説明がつく

酒井 しかし、「歯(の数)」によって構成される「咬み合わせ(の保持)」が失われていくほど、病気になりやすいというこの現象は、医学的常識から見れば驚くべきこと、否、信じられないこと、のはずです。そこで報告では「因果関係までは言及できない……」とされています。
 ところが私が打ち立てたセリエのストレス理論の新しい展開である「基礎ストレス」という概念は、その因果関係の科学的説明を可能にします。
 その理由は、「基礎ストレス」という未知で巨大なストレスが、歯の咬み合わせによって生ずるからです。
 殆どの病気がストレスと無関係ではないといわれています。そのストレスの中で大きな部分を占めるのが、実は「基礎ストレス(咬合ストレス)」なのです。従って、「歯(の数)」が少なくなり、「咬み合わせ(の保持)」が失われていけば、悪い「(基礎)ストレス」が増えます。病気になりやすいという現象は理の当然なのです。
 これからお話しする「基礎ストレス論」は、約30年かけて臨床的な検証が行われ、以上の報告によって疫学的にもその「存在」の一端が検証される新しい医学領域を示唆する仮説です。

「基礎ストレス」の発見
 顎関節症や肩こりが 「即時変化」

酒井 私が「基礎ストレス(咬合ストレス)」を発見するきっかけになったのは昭和47(1972)年に、母校の口腔外科に在局中、顎関節症で口が開かず、顎の痛みを訴える女子大生の治療過程で、「咬み合わせ」(咬合)を変えることにより症状が「即時変化」した体験でした。
 このことと、文献で咬合と肩こりとの関連を知ったことが大きなヒントになり、咬合に起因する肩こりならば、症状が「即時変化」するのではないかと考えるようになりました。
 そこで昭和49(1974)年からは、希望者には咬合で肩こりを治す治療を行ったところ、ねらい通り9割前後の人の肩こりが「即時変化」しました。

風邪をひかなくなった ことから 「咬合で自律神経が変わる」 と判明

酒井 昭和52(1977)年、歯周病で左右の第一大臼歯を抜歯した患者さんにブリッジを入れる際、ひどい肩こりだったので、「肩こりも治るよ」といって治療したところ、ブリッジ装着数ヶ月後、「肩もこらなくなったけど、年中ひいていた風邪を全くひかなくなった」と報告されたのには驚きました。
 この事実は、「自律神経が失調気味の人はウイルスの繁殖を許しやすい」という知識と相まって、「咬合で自律神経が変わるのではないか」という次のステップへ私を導いてくれました。
 自律神経症候の典型である下痢や便秘のある人が咬合治療で変化することによって確信を強めた後は、患者さんに全身症状を確かめ希望者には咬合治療を施術していくようになりました。

これは「〜症候群」といった レベルのものではない

酒井 その結果、リウマチや痛風の症状ですら「即時変化」することが明らかになり、また、良くなった患者さんの妹で全身性エリテマトーデス(SLE)の方の自覚症状がその場で「即時変化」し、受診されていた医大でステロイドホルモンをドンドン減量していった(にもかかわらず症状は良好)と姉妹で報告に来られ、「廃人のようだったのに……」と感謝されたのには本当に驚きました。
 幸運にもその年のうちに、腰痛・五十肩・膝痛等だけでなく頭痛や生理痛等々まで良くなることが判明し、医学の常識では考えられない状況に、これは何事かであると考えざるを得なくなりました。
 そして、当初は考えてもいなかった視点から眺めることによって全く新しい医学領域が見えてきたのです。まず思ったことは、これは「〜症候群」といったレベルのものではないということです。では何か。私が注目したのはセリエの「ストレス理論」でした。

「基礎ストレス論」とは 三つの概念
〜ストレスを減らし、生命力を 上げれば病気は改善する〜

酒井 この「基礎ストレス論」は、そもそも咬合をミクロンレベルで変えただけで、全身の殆どの自覚症状、例えば痛み(頭痛・眼痛・内臓痛・舌痛・捻挫痛・骨折痛を含む)・こり・痺れ・痒み(皮膚炎の痒み・花粉アレルギーの眼の痒み)・冷え等が「即時変化」し、病気そのものまで変わってくるという「現象(事実)」について、そのメカニズムを理解するためのものです。
 ストレス研究の歴史には、二つの流れがあるといわれます。一つはベルナール、キャノン、セリエなどの実験医学的研究であり、もう一つはウォルフ、アレキサンダーなどを中心にした心身医学的研究です。
 現代臨床医学がストレスというときは心、いわば精神的なストレスを前提にして語られることが多いと思われます。しかし、セリエのいうストレスの概念はもっと広いものであり、「基礎ストレス論」はこれらの二つの流れを統一するものです。
 そのために、まずストレス学説の基本を臨床医学の視点から再把握して「二つの概念(法則)」としてまとめ、それを踏まえて「基礎ストレス」という概念(仮説)を説明したいと思います。

● 第一概念(法則)

 「基礎ストレス論」の前提になっている第一概念(法則)は、「ベルナール・キャノンの法則」とでもいうべきものです。
 近代実験医学の祖であるベルナールは、気象や気温などの外部環境がいくら変化しても内部環境が一定に保たれていることを見出し、この内部環境が変化すると各臓器に影響を与えるとして、内部環境が一定の状態で維持されていることが健康維持のうえから重要であるという概念を提唱しました。
 キャノンの偉大な業績は、外部環境がたとえ変化しても内部環境は一定に保たれるという、ベルナールの観察した現象を「ホメオスターシス(恒常性の保持)」という概念で捉えこれを提唱したことです。このホメオスターシスの破綻した状態が病気であるとするなら、ストレスと病気との関連性において極めて重要な概念です。
 これらの概念によって、私たちの生命力はホメオスターシスの維持の上に成り立っていることが今では自明であり、このことを誰も否定できません。そこで、ストレス学説の基本であるこの「ベルナール・キャノンの法則」とでもいうべき概念を臨床医学の視点から再把握し、「基礎ストレス論」の前提になる第一概念(法則)として、
「健康状態は生体の均衡、すなわち生命力と病気の要因との相対関係により変化する」
(従って、生命力の方を上げてやれば病気や症状は種類を問わず軽快する)
といった具合に設定しました。

● 第二概念(法則)

 「基礎ストレス論」の前提になっている第二概念(法則)は、「ストレスの法則」とでもいうべきものです。
 セリエはストレスの概念を全身適応症候群(と局所適応症候群)として提唱しました。──全身適応症候群は、「警告反応」(この時期はさらにショック相と反ショック相とに分けられる)、「抵抗期」、「疲憊期」の三つの時期に分けられます。症候群というのは、個々の症状が互いに関連し合っているからです。
 セリエは、このいわばストレスの単純モデルにおいて、生体に刺激(ストレッサーあるいはストレス作因)が加えられたときに、生体がどのように歪んで(反応して)、「均衡」を取ろうとするかを見たもので、生体の反応、すなわちその動的な均衡状態をストレスと言ったのです。(現在はストレッサーがストレスと呼ばれることも多く、またストレッサーとストレスを合わせてストレスと呼んでいることもあります)
 「基礎ストレス論」の前提になる第二概念(法則)は、これらを踏まえ、セリエの局所適応症候群と全身適応症候群の概念、というよりもストレス理論の基本的発想を生体力学的に把握し、
「ストレスはエネルギーに対する生体力学的反応であり、直達エネルギー反応として局所的に、また生命力を介して全身的に、それぞれ生体の均衡を変化させる」
という概念として設定しました。
 実は昭和52(1977)年当時、この第二概念は「ストレスは生命力を増減させ、生体の均衡を変化させる」というシンプルなものでした。エネルギーという概念がまだ入っていなかったのです。ストレスを「エネルギーに対する生体力学的反応」と捉えることができたのは、西原克成先生の唱える「西原学説」の業績を取り込んだ結果です。
 西原先生は、ラマルクの「用不用の法則」から、行動様式(身体の使い方や刺激)によって、@超長期的には生物の進化が起こること、A人間の一生の中では変形が生じること、Bその前に筋肉の不調・神経の障害・免疫病等の機能性疾患に見舞われるという三つのことが起きることを明らかにしました。全てに「質量のない物質」であるエネルギーが関与しているにも関わらず、西洋医学がこれに配慮していないことを科学的に検証し、警告を発しています。

● 第三概念──基礎ストレス(仮説)
 としての「ストレス=氷山説」〜

 さて、これらを踏まえ、「基礎ストレス論」で提唱する基礎ストレスという第三概念(仮説)は、以下のように定義づけされます。
「基礎ストレスは、人間の本来的あるいは反復的な行動様式(刺激)、すなわち咀嚼(咬合)・歩行等によって生ずるストレスである。そして今までのストレス学説で認められているストレスを包括して付加ストレス(∪精神的ストレス)と定義すれば、人間にかかるストレスは基礎ストレスと付加ストレスの総和である」
(すなわちストレスの真の姿は氷山のようなものであり、ほぼ水面上の精神的ストレスとその下部構造の基礎ストレスとの総和である。従って、基礎ストレスの変化だけでも生命力は変化する)
 少々長い定義と補足説明ですが、これは「ストレス=氷山説」(図3、4)というストレス学説の新しい一里塚の提示でもあります。
すなわち第一概念によれば、それがガンであれ腰痛であれ、全ての病気や症候は「生命力と病気の要因(の集積)との相対関係」で決まるはずです。
 事実、現代医学は、原因を見つけてそれを軽減させ、後は生命力に待つという方法をとっています。しかし「相対関係」で決まるのであれば、原因を軽減させるだけでなく、生命力の方を増強させることによっても病気や症候は軽快するはずです。そして第二概念によれば、「ストレスは生命力を変化させ」ます。加えて基礎ストレス仮説(第三概念)によれば、ストレスという氷山の中で大きな割合を占める基礎ストレスは、これのみによって全身的に生命力を増減させ、病気や症候を変化させるはずです。
 これを要するに「基礎ストレス論」といいます。そしてこの「基礎ストレス」という概念は、臨床医学・医療の全体にいつでもコペルニクス的転回を起こして不思議ではありません。──前述した調査結果がそれを予兆していることに気づきさえすれば。

根本療法としての 「基礎ストレス治療」
「基礎ストレス」を操作して、 ストレス(→病気)を コントロールする

酒井 基礎ストレスは、咀嚼(咬合)や二足歩行等の「本来的あるいは反復的な刺激」によって生ずるストレスです。この定義によれば呼吸も基礎ストレスです。
 学問的な名称は咬合によるものが「顎口腔系の基礎ストレス」、足からくるものが「足股関節系の基礎ストレス」であり、呼吸は「鼻腹腔系の基礎ストレス」です。
 ストレスといえば全て悪いように考えがちですが、それは間違いです。良いストレスが健康の維持に不可欠であることは、セリエも述べている通りであり、正しい呼吸法やウォーキングが生命力を強めるのは、実はそれが良い基礎ストレスになるからなのです。
 しかし調査結果からも分かるように、疫学的概念として最も重要なのは咬合によるものです。そして「基礎ストレス治療」として、他者による精密な操作ができるのも咬合による基礎ストレスです。
 私のところはこの咬合による基礎ストレス、すなわち「顎口腔系の基礎ストレス」(咬合ストレス)治療の専門クリニックです。
 すでにお分かりと思いますが、私は咬合を操作しているだけにもかかわらず、結果として基礎ストレスを操作することによって、術者が「ストレス(→病気)をコントロールする」という医学史上かつてなかったことをしているわけです。
 このことはガンを含めた広義の免疫病を含む機能性疾患に対する根本療法を提示すると同時に、医療の本道としての「基礎ストレス医療」の意義を示すものと確信しています。
 事実、昭和52(1977)年以来約30年、私は未知の巨大なストレスである基礎ストレスを操作することによって、リウマチ・痛風・頭痛・腰痛症・五十肩・舌痛症等の痛みはもちろんのこと、自律神経失調症・更年期障害・甲状腺異常(機能亢進・機能低下)・メニエル病等々の患者さんが、あるものは検査結果ともに良くなっていくのを見てきました。
 これらの病気が「治る」ためには、極めて高度な技術を必要とする場合があります。
 「基礎ストレス治療」の基本は、精密機器での分析をもとに、一言でいえばミクロンレベルで咬合のバランスをとるということにつきます。方法としては総義歯やスプリント等をも用います。高度な治療のためにBOSS法という手法を開発して以来、ガン・(ガン手術に伴う)リンパ節郭清後のリンパ管炎・高血圧・低血圧・パーキンソン病・糖尿病・不眠症・冷え症・誤嚥とつまずき・喘息・花粉症・アトピー性皮膚炎・むち打ち症・狭心症・不整脈・ドライアイ・ドライマウス・シェーグレン症候群・レイノー現象・顎関節症・突発性難聴・尿失禁
(腹圧性・切迫性)・多動・不登校・無呼吸症候群・COPD(慢性閉塞性肺疾患)や潰瘍性大腸炎等の難病……、私の診てきた範囲で、変化しないものが一つもなかったのは予想通りでした。
 でもそれだけでなく、心療内科や精神科を経て来られたうつ病や自殺を考えていた方、さらにテンカンや躁うつ病の方まで良くなるのです。──おそらく初期の統合失調症(精神分裂病)の方も良くなりますがまだ診ていません。
 しかも、自覚症状のある方は「即時変化※」させてきました。方法は咬合による「基礎ストレス治療」のみです。このことは、取りも直さずいかに「基礎ストレス(咬合ストレス)」が巨大なストレスであるかということであり、この「咬み合わせによるストレス」は、氷山がタイタニック号を沈没させたように、心と身体を崩壊させることがあることを示しています。
※私が自覚症状の即時変化を重視してきたのは、「即時効果検証手法」という二重盲検法に匹敵する信頼性をもつと思われる検証法により、症状を即時に消したり出したりすることで基礎ストレスの「存在」を検証するためでした。

悪いストレスは脳失調を 起こし、生命力を低下させる
〜運動神経は姿勢を、 自律神経は免疫をおかしくさせる〜

酒井 それをさらに探るために「基礎ストレス治療」における咬合と脳との密接な関係について進みます。
 まず人間の進化の過程を約五億年遡ってみましょう。海の中にいたムカシホヤという生物に行き着きます。その形は、一口でいうと口の嚢でした。それが魚のような形に進化していく過程で、口に従属して口の周辺から発達したものが(脳)神経系なのです。そのなごりで現在でも口の影響力は大きく、口と脳をつなぐ三叉神経は大きさもまた脳神経の中で最大なのです。
 このため、脳に入力する「咬み合わせ」の信号は大量になっており、それがおかしいと脳を混乱(失調)させてしまうのです。悪いストレスは脳失調を起こすという事実を思い出せば、悪い「基礎ストレス(咬合ストレス)」が脳失調を起こし生命力を低下させることは、以上の脳神経系のメカニズムからだけでも容易に理解できます。
 これを簡単に説明すれば、脳は入力に対する反応として運動神経と自律神経を通じて指令を出しますが、脳失調になればその出力(信号)がおかしくなるのです(図5)。
 運動神経は筋肉へ行きますので、その信号が頭部の筋肉を緊張させれば緊張型の頭痛になり、肩の筋肉を緊張させれば肩こりになり、腰の筋肉を緊張させれば腰痛になってしまうのです。そして筋肉の緊張はやがて姿勢異常を招きます。
 住岡輝明医博(元明治鍼灸大学助教授)は、ビーグル犬の咬合破壊実験で左右の咬合の不調和は姿勢異常を招くことを証明(写真1、2)しました。また前原潔歯博(元神奈川歯科大学助教授)は、小児整形外科専門医らと、T中学校で学童約一〇〇〇名の調査を行い、左右の咬合に関与する歯数の不一致は側湾症および姿勢異常に関係することを明らかにしました。
 自律神経は血管や心臓を含む内臓全てに行っていますので、血流をおかしくして血管収縮型の頭痛や冷えをもたらすだけでなく、心臓病や脳卒中も起こしやすくなります。このことは調査結果(図2)でも明らかです。また、「基礎ストレス論」に「福田・安保理論」という補助線を引くことにより、基礎ストレスが自律神経を失調させることによって免疫力がおかしくなり、ガン等の新生物が多くなる理由もよく理解されます。

基礎ストレス治療の実際
咬み合わせの微妙なズレを ミクロンレベルで調整する

──では、先生の基礎ストレス治療と、従来の咬合治療とは、どこが違うのですか。
酒井 症状はミクロンレベルの調整で変化します。ですから、咬合治療には精密な診断が必要であり、安易な治療はかえって逆効果になる危険性があります。事実、大学病院を含めて、悲惨な治療結果が見られています。
 私の場合、これまで30年間の咬合治療のうち、最初の15年間は歯を微妙に削る咬合調整による治療をしており、約9割の人は症状が即時に変わりました。
 残り1割が変化しなかったのは、咬み合わせが絶対的に低い人は上げてやらなければ変化しないのと、もう一つは咬合調整が技術的にとても難しいからです。
 私の基礎ストレス治療は「基礎ストレス」の存在の検証も目的の一つです。「基礎ストレス論」の構成上、変化しない症状や病気が出れば反証(仮説を否定する根拠)になってしまいます。
 そこで15年前の平成2(19 90)年、私はBOSSという特殊な上下スプリント装置を考案しました。この装置を使ったBOSS法で、微妙な左右のバランスをミクロンレベル、あるいは10〜数10ミクロンレベルで変えることによって、免疫病等の機能性疾患からガンまで、ほぼ100%の人の自覚症状が即時変化しだしたのです(写真3・4)。
 従来型のスプリントでも生体を変化させることは可能ですが、BOSSでは咬合を定性・定量分析でき、私はこれを「次世代のスプリント」と規定しています。
 そして、咬合のアンバランスはシュラー法による顎関節の]線診査およびCT、T-Scan(コンピュータを用いた咬合解析機器)等によって確認します。
 なお、咬合調整の原則は、BOSSであれ、何であれ、「顎位の高径および前後左右のバランスをとること」です。特に前後左右、わけても左右のバランスをとることは重要です。
 咬合治療に限らず、歯科医療は全て咬合に関係しており、関係していないものはないわけです。言い換えれば、歯科医療は咬合治療そのものであると言えます。その咬合は全身(心身)と関連するとすれば、歯科医療は、結果として全身そのものが直接的な対象になっている医療であるということです。咬合治療に限らず、歯科医療に求められるのは「脳の外から脳の機能を操作している」ことに対する畏れの気持ちかも知れません。

腰痛患者の肺がん消失
〜基礎ストレス治療は 脳血流を良くする〜

酒井 BOSS法ではありませんが、基礎ストレス治療で、ガンが消失したと考えられる最初の症例は昭和56(1981)年、ひどい腰痛で家族に支えられて来られた80歳の女性です。
 この患者さんにまずは本人の義歯を使って咬合調整をしたところ、その場で腰痛は激減し、一人で歩くことが可能になりました。
 通院治療が可能になったことで、その後、膿んでいた犬歯を抜歯して総義歯にし、さらに精密に咬合調整したところ、スタスタ歩けるようになったばかりか、治療当時に見つかっていた肺ガンまで縮小したことを、後でお嫁さんから聞きました。
 その後、この方は13年間長生きし93歳で老衰で亡くなられましたが、お嫁さんによれば主治医から、肺ガンは完全消滅していたと聞かされていたということでした。
 咬合が良くなると、脳血流も改善するのですが、最近では、歯数が少ないなど咬合の状態によっては海馬や前頭前野の容積が減少することが、東北大歯学部の渡辺教授らによって報告されています。海馬と前頭前野の容積の減少はうつ病や認知症だけでなく歯数(基礎ストレス)によっても起こるということですね。ちなみに咬合が良くなるとうつ病も良くなります。この点でも面白いですね。
 この患者さんの場合、良い基礎ストレス(咬合ストレス)が自律神経を介して、脳血流の点からも患者さんの健康長寿に関与したのだろうと思います。

良い咬み合わせをつくる 生活習慣
咬み合わせは 乳幼児期に決まる

酒井 良い咬み合わせは乳幼児期が鍵を握っています。結論をいいますと、おっぱいを吸わせることはもちろんですが、吸ってない時のおしゃぶりから始まって、乳歯が生えてくればフッ素による虫歯予防を国民単位でやるべきです。 そうすれば少々甘いものを食べても虫歯にならない強い歯になります。あと歯周病さえ気をつければ、一生歯を残すことは簡単です。「これだけで総医療費が大幅に減る」ことは前述の調査結果からも明らかです。
 そして良い噛み方の指導を保育園なり幼稚園から小学校まで行います。給食の前に「歯の体操」──背筋を伸ばして、100回空噛み──をさせる。そうして乳歯の咬合のバランスが良くなれば、永久歯もそれに誘導されて良い咬み合わせが出来上がるのです。これが一番のポイントです。これを国民単位でやれば、現在の60歳の生命力を、将来の70歳あるいは75歳の人が持つことは可能です。
 現在は60歳以下の人がそれ以上の人を支えていますが、将来的には70歳あるいは75歳以下の人がそれ以上の人を支えればよく、高齢化社会が進んでも、少なくとも今と同じ社会構造を保てます。何よりも「総医療費を半減する」ことが簡単にできます。その医学的根拠が「基礎ストレス論」であり、その疫学的検証の一端はすでに「8020運動」の調査結果で示されています。

● 乳幼児期のおしゃぶり

酒井 おしゃぶりは口呼吸の予防になりますが、咬み合わせの観点からも、おしゃぶりは非常に良いのです。
 咬み合わせの一番の基本は、一言でいうと左右のバランスです。これを子供の頃からつくってやるのに、おしゃぶりはとても良いわけです。
 前方スプリントを長期間装着すれば、大人の場合筋力が強いので顎関節が壊れてしまうことがあり、かえってマイナスになります。ところが、赤ちゃんは筋力が弱いので、おしゃぶりを使うことによって顎関節に対して適当かつ均等に圧が加わり、咀嚼筋も均等に刺激されることによって非常に良い咬み合わせになるのです。
──最近、小児歯科の方で、1歳以降は咬み合わせが悪くなるのでおしゃぶりは止めるべきだという見解を発表しましたが……。
酒井 夜寝ている時も含めて、おしゃぶりをずっと使っていた子供の歯は前歯がレンズ状に開きます。何故なら、ゴムをくわえてますから圧下されるわけです。しかし、咬み合わせへの支障は何もありません。しかも、おしゃぶりは使っても4〜5歳までです。永久歯が出てくるのは6歳からですから、全く問題ありません。逆に、しなくて口呼吸になった時のマイナスは膨大なものがあります。

● 虫歯の予防

酒井 咬み合わせの操作は、もうお分かりのように、実は脳の操作なのです。同様に虫歯治療は、それを意識しようがすまいが、脳の機能を脳の外から操作している行為なのです。虫歯そのものはたいした病気ではないのですが、虫歯治療がいかに危険なことであるかということです。その虫歯はフッ素で簡単に防げます。
 日本ではフッ素に対する心理的アレルギーがありますが、おしゃぶりに対する偏見と同様困ったものです。ため息が出るほどです。フッ素は水道水に入れなくても、うがいだけで大きな効果があります。ですから、フッ素水のうがいを、保育園、幼稚園、小学校で集団的に始めるべきです。

● 良い姿勢で、よく噛む

酒井 奥歯がガタガタになるのはおしゃぶりのせいではなく、噛まないからです。
 歯の生え始めはまだ根が十分できていないので、その時によく噛めば、上下の歯はお互いに矯正し合うわけです。そして根ががっちりした時にはちゃんと良い咬み合わせができています。
 そこに自然食、伝統食の意義もあります。今の食べ物は30回も噛むとなくなってしまいますから、よく噛めといっても無理なんですね。伝統的な食べ物は繊維質が多く、よく噛まないと飲み込めないので、自然に噛むようになります。後は親が左右両方で噛んでいるかをチェックしてあげれば、必ず良い咬み合わせになります。
 今の子供達は軟らかい物ばかりを食べているために、顎の骨が十分発達していないのです。そのため、非常に乱杭歯が多い。噛むことによって顎は発達するのです。
 歯の大きさは受精した瞬間に決まっていますが、顎は使うか使わないかによって、大きく違ってきます。噛まなければ、顎の発育が悪いために乱杭歯になる。乱杭歯は噛まない結果であって、おしゃぶりとは全然関係がないのです。
 今の子供達がキレるのには、咬み合わせの要素も大きいと考えています。赤ちゃんは生後6ヶ月くらいのときに「知恵熱」が出ますが、歯の解剖学の本には「生歯熱」ともいうと書いてあるくらいで、ちょうど下の前歯が生えてくる時分です。現代医学では知恵熱は、母親からもらった免疫物質が切れるからだと説明されていますが、つるつるだった歯堤に歯が生えてくることで、その刺激が脳に入力され、自律神経が混乱するために熱が出るのです。その刺激はすぐに慣れてしまうので、熱は2〜3日で下がる。つまり、知恵熱は自律神経の失調による
体温中枢の狂いなんです。
 統計的にもはっきりしていますが、歯の生え替わり時期は体調が不安定になりやすいのです。その時によく噛んでいれば、良い咬み合わせになるので、生えそろった時には安定するわけです。
 6歳臼歯といわれる第一大臼歯は6歳頃に生え、次の第二大臼歯は12歳臼歯ともいわれて12歳頃に生えます。12歳というのは小学校高学年から中学に入る頃の、現在一番問題になっている年頃です。ですから、この時分の咬み合わせの悪さによっても、キレる子供がでてくる可能性が十分考えられるのです。

● テレビを観ながら食べない

酒井 今はテレビを観ながら食べますね。そうすると、咬み合わせに悪い影響が出ます。どうしても食べる時にテレビを観るのであれば子供、特に小さい子供は真正面で観られるようにします。
 実際、極端に右へ向いて軽く歯を当てますと、右の奥歯に強く力が当たるのがわかります。つまり、向いた方向の歯が強く当たるのが普通なんです。
 ですから両側でよく噛んでいたとしても、向きによって強く当たる方はちょっと押し込まれますから、そちらの方が低い咬み合わせになってしまい、そこから自律神経が狂ってきます。
 まだ誰も指摘していませんが、テレビを観ながら食事をするのは人間の歴史上かつてないことです。テレビ観ながら食べるというのは、非常に問題があると私は考えています。