自然免疫を強くして「健康長寿」

〜病気に強い 身体を作ろう〜

順天堂大学医学部免疫学教室 奥村 康教授

自然免疫が強ければ、病気にかかりにくい

 今の日本人は昔に比べて、抵抗力がない、体が弱くなった、とよくいわれます。
 免疫の立場からいうと、それは「自然免疫が弱くなったとも考えられるかもしれない」と、免疫学の第一人者、順天堂大学医学部の奥村康教授はいわれています。
 免疫には大きく分けて2種類あり、一つは外敵に対して特定の抗体をつくって2回目以降はその抗体で防御する特異的な「獲得免疫」、もう一つは最前線で無差別に敵を迎え撃つ非特異的な「自然免疫」があります。
 獲得免疫が強力な軍隊とすると、自然免疫は警察にあたり、奥村教授は「最前線のお巡りさんが活躍している限り、軍隊の出番は少ない」といわれます。
 自然免疫を強くしていれば病気にかかりにくくなるわけですが、この自然免疫は獲得免疫と違い、年齢、ストレス、食べ物の影響を強く受け、従って日常の生活習慣次第で強くすることが可能です。
 奥村教授に、自然免疫を活き活きと働かせ、健康長寿を全うする暮らし方などを伺いました。

獲得免疫と自然免疫
特定の敵をやっつける 特異性をもつ「獲得免疫」

──免疫には抗原抗体反応による特異的な「獲得免疫」と、非特異的な「自然免疫」があり、自然免疫が強い人は病気になりにくいということですが…。
奥村 自然免疫が強い人は病気になりにくいということはいえると思います。
 ただし、よく「免疫を強くしよう」などといわれますが、獲得免疫に働くT細胞がやたらに強すぎると、「自己免疫疾患」にかかりやすくなるとも考えられます。T細胞を社会の一員と考えるなら、獲得免疫は軍隊ということになり、この軍隊に大量の予算を投入して強くしたらまちがいなくクーデターを起こす、つまり「自己免疫疾患」になってしまいます。
 獲得免疫は、ワクチンがその最たるものです。ワクチンはジェンナーが牛の天然痘ウイルスが入った膿をヒトに打つと、天然痘にならないということから始まりました。天然痘にかかると水疱が出た後に瘡蓋ができ、その瘡蓋には天然痘のウイルスがいっぱいいるわけです。天然痘ワクチンは、瘡蓋をすり鉢ですって鼻で吸引すると天然痘にかからないという経験的な中国の話から、ジェンナーがヒントを得たといわれています。
 その後100年くらいを経て、天然痘だけでなく、他の病気でもウイルスを殺したり弱毒化して1回注射しておくと、そのウイルスが次にきたときに病気にならないということを科学的に証明したのが、パスツールです。
 パスツールから免疫の研究が初めて科学として発達するわけですが、パスツールもジェンナーも獲得免疫であり、獲得免疫はAというものを免疫しておくとAには強い。しかしBには弱い。つまり、Aの抗原にはAの抗体、Bの抗原にはBの抗体でやっつけるという特異性をもっています(図1)。
 例えば、インフルエンザは風邪と違って、ワクチンをしてない人、あるいは抗体のない人が感染すると、40度前後の高熱が出て、関節が痛くなって動けない、神経症状も出るなど激烈な症状が出ます。ところがワクチンで抗体をつくったり、あるいは普通の生活の中で知らずのうちにインフルエンザウイルスが体内に入り込んで抗体ができ、獲得免疫ができると、インフルエンザにかかっても多少の熱は出ても死に至る重篤な症状は起こさない。
 このように、獲得免疫は1回ウイルスなどにさらすと、それに対して強くなるという大変ありがたい免疫で、免疫の本筋は獲得免疫であり、生死に直接関わっています。ですから老人でも、若者でも、赤ちゃんでも、みんな強くできています。だから、インフルエンザでも100歳の人をワクチンで助けることができるわけです。 
 ところが獲得免疫は、ウイルスのような小さなものには利口でも、大きなものには案外馬鹿なんです。病気を起こすものはウイルス以外にも、赤痢菌がいたり、結核菌がいたり、水虫を起こすカビがいたりと沢山います。ばい菌やカビなどはウイルスと違って、体が大きく、免疫ワクチンはあまり効きません。
 BCGは結核のワクチンですが殆ど効かない。赤痢もコレラも一度かかったら二度とはかからないというわけにはいかない。カビなんて目に見えるほど大きいですから、水虫のワクチンはつくれない。それと同様に、がん細胞に対するワクチンをつくろうとしてがんの抗原を打っても無理です。がんにならないワクチンができたら夢ですが、そんなものはできない。それが獲得免疫の限界です。

体の抵抗力を強める 非特異性の「自然免疫」

奥村 一方、自然免疫は、獲得免疫のように特定の抗原に対して、特定の抗体をつくるという特異性はありませんが、体を強くする、あるいは抵抗力を全体に上げるという免疫として昨今、非常に注目を浴びています。
 特異性のない免疫というのは、そんなに強くはありませんが、病気全般にかかりにくくなります。例えば、Aさんは1年間に風邪を2回ひく、Bさんはひかない、Cさんは5回ひくといった差は、自然免疫の強さの差です(図2・3)。
 自然免疫は、ウイルスが感染した細胞がAでもBでもCでもみんなやっつけてしまう、ある意味で便利なものです。
 ただ、生死に関わる獲得免疫は赤ちゃんから老人まで強くできていますが、自然免疫は年齢の影響を受けます。自然免疫では発がんもその一つで、高齢になる程がんの発生率が高くなり、若い時は低い。それもさることながら、何かに感染しても、若い人は老人のように簡単には死なないというのは自然免疫が強いからです。

自然免疫で重要な 「NK細胞」
免疫の連携プレー

奥村 獲得免疫はリンパ球の中でも、T細胞(胸腺で分化成熟)とB細胞(骨髄でつくられ抗体をつくる)が親玉です(表1)。
 一方、自然免疫では白血球の好中球や、外敵がきたら何でも食べてしまう白血球では最も原始的なマクロファージ、それと、リンパ球では異物を直接攻撃して排除するNK(ナチュラルキラー。natural killer)細胞も自然免疫です(表1・図4)。
 自然免疫はこういう細胞群が、生体防御の第一線で働いているというのが一番の特長です(図4)。
 例えば、隣の人の咳でウイルスをもらってウイルスが粘膜の中で増え始めると、NK細胞などはすぐにやってきて、ウイルスが感染した細胞を殺しにかかります。その自然免疫に関与する細胞が弱かったりして第一線が突破されると、T細胞だのB細胞などの軍隊が出てきて敵をやっつけてくれるわけです。
 NK細胞は、その表面にT細胞抗原受容体をもたず、B細胞のように細胞表面免疫グロブリンも発現しません。そのキラー活性(殺傷能力)も、T細胞やB細胞のように抗原の提示があって初めて免疫が獲得されるのではなく、抗原の感作なしに自然のままの状態で標的を識別できるところから、NK(natural killer)という名がつけられているわけです。  
 NK細胞などがウイルス感染細胞と戦っているときには熱も出ず殆ど症状を起こさない。ところが第一線が突破されて、T細胞やB細胞が出動すると、発熱とか痛い痒いなどの反応が出てくるわけです。大事なのは、我々の体に何も症状が出ないときは、ウイルス感染細胞を攻撃しているNK細胞が活躍しているということです。
 このように、免疫といっても、自然免疫と獲得免疫とは連帯して体を防御しているわけです(図4)。その第一線にいるのが、自然免疫だと考えれば良いかと思います。

NK細胞とがん

奥村 その自然免疫でも、みなさんが一番興味あるのは発がんだと思います。
 我々は20年くらい前に動物実験の結果から、日々がん細胞を見つけ出してやっつけて歩いている細胞があるのではないかと提唱してきました。ヌードマウスは普通のマウスと違って、リンパ球の半分以上もがNK細胞で、このNKが強すぎてがんをつくることのできないマウスのNK細胞をバシンとつぶすと、がんができるんですね(右下写真)。
 我々がこの論文を発表してからNK細胞の研究が世界中で始まり、今ではその科学的な証拠(エビデンス)が次々に見つかり、ヒトでの症例もいっぱい出るようになっています。
 人間の体では1日に1兆個以上の新しい細胞ができます。試験管の中で1兆個の細胞を増やすと、数千個の変異細胞、すなわちがん細胞ができます。そうすると、人間はみな、体の中で1日に数千個のがん細胞をつくっていると単純計算されます。それでもヒトががんにならないのは、これらの細胞は免疫細胞、その中でも主にNK細胞によって日々殺されているからです(図5)。
 「NK細胞は不良少年を叩いているお巡りさん」だと昔から私はいっていました。お巡りさん細胞がちゃんと働いてくれれば、がんの芽をつんでくれる。それが弱くなって不良少年が生き残り、数が増えて暴力団になったのががん腫瘍です。日常、NK活性を上げておけば、がんになりにくくなるということですね。
 人間からNK細胞をとってしまいますと、発がん率はグンと上がりますし、ウイルスに感染しやすくもなります。ですから、NK細胞を利用した治療で最も効果が期待されているのは発病を未然に防ぐ予防医学的な使い方です。そのためにはNK活性を長期にわたって高め、維持する必要があります。

「自然免疫」を強くして 発病を未然に防ぐ

NK細胞には、年齢や
ストレス、食べ物が関与
奥村 T細胞やB細胞など獲得免疫に働くリンパ球は、これを弱くしたり強くしたりはできません。それがなければ死んでしまうという非常に大事なものですから、基本的に強くできていて、先程もいったようにエイジング(加齢)の影響もあまり受けません。
 一方、NK細胞は、年齢や、精神的ストレス、食べ物などの影響を非常に受けやすく、そういう意味で、自然免疫は日常の生活習慣でコントロールでき、お年を召しても元気で健康長寿を目指すのには、自然免疫を上げていくのが一番良いといえます。

NK細胞と、加齢・ 日内変動・時差

奥村 NK細胞は獲得免疫と違って、年をとるとどうしてもお巡りさんがコックリコックリ居眠りしてきます。お巡りさんが居眠りしてる間に、がん細胞などが増えてしまうんですね(図5)。
 NK活性は1日の内では、朝の9時前後、夕方の5〜6時くらいが高く、夜の9〜10時になると活性はグンと低くなり、寝るとさらに低くなります。だから、風邪をひくのはたいがい寝ているときとなります。
 時差の負担も良くありません。夜起こしたり、朝寝かしたりなど無茶をさせると免疫系が落ちて、簡単にウイルス感染しやすくなります。日本航空では50歳代になったパイロットに国際線を飛ばせていると、早死にする確率が高くなるとわかり、時差のない路線や地上勤務に変えたりするそうです。きっと一つには、NK活性が下がるからでしょう。また、神経系や内分泌系に変調を来すこともあるのでしょう。

いつも陽気に!
NK細胞とストレス

奥村 特に強い影響を受けるのは精神的ストレスです(図6)。
 精神的なストレスを与えると、NK細胞の活性はなぜか見事に数分で下がります。中でも悲しみのストレス、お母さんが子供を亡くすなどは一番下がります。
 ですから私はお年を召したら、陽気に過ごすのをおすすめしています。趣味でも何でもいいですから、悲しみにうまく打ち勝つ対処術を心得ている人はNK活性を高く保てます。
 以前、我々の研究室が行ったテレビの公開実験で、丹波哲郎さんのNK活性を測ったら、70歳を過ぎてますからかなり低かったんですね。そこでゲラゲラ笑わせたらポンと10倍くらい上がりました。それほど影響を受けます。
 おそらく余りストイックに生きるより、お酒も多少は嗜んで、陽気に楽しく暮らしている人の方がストレスに上手に対処していると思われます。
 フィンランド症候群というのがあります。フィンランドで行われた実験で、45〜55歳の部課長クラスの男性を、禁酒禁煙、コレステロールも血圧も正常という600人と、生活に何の制限もせず、好き勝手に生きた600人のグループを10年間観察してみたところ、節制組の方が死亡率が高かったというものです。免疫系だけでは説明つかないことかもしれませんが、楽しく陽気に生きている人の方が、ストレス解消の仕方を知ってる人なのかもしれません。
──笑いの療法も効果があるということですが、笑っている間は良いのでしょうが、その後平常に戻った時にはNK活性は下がってしまうわけですね。
奥村 そうです。いつも気持ちを明るく前向きに、嫌なことは上手に回避する術を会得することが大事ですね。

食べ物・栄養

奥村 そうはいっても人間、いつも笑ってばかりはいられません。自然免疫には食べ物も非常に関係します。それで、1日1本ヨーグルトとか、納豆とか、自然食とかが良いといわれるわけです。
 ただし、食べ物と病気の予防に関しては多くの場合、科学的なエビデンスはないけれども、経験的に、歴史的に効くだろうというものが多い。逆にいうと、長い間続いてきたものはそれがエビデンスであるともいえます。例えば、鍼灸でも温灸でも2千年も3千年も続いています。全く効かないならそんなに長い間続いているはずがないんですね。
 食べ物でいえば、長寿国、長寿地域では乳酸菌飲料をたくさんとっているとか、日本では大豆や大豆発酵食品をたくさんとっているとか、経験的な歴史的考察というのは馬鹿にはできないのです。
 がん予防食品に関していえば、ある種の乳酸菌や、納豆菌、キノコから特殊に抽出したベータグルカンなど、はっきり証明されたものもあります。ある種の漢方薬も効果が認められています。
 コレステロールも、異常に高くなければ、200以上の人の方が長生きで、感染にも強く、がんにもなりにくいと聞きます。私は常に330くらいあり、薬で下げたところ、憂鬱になってしまった。薬でやたらにコレステロールを下げれば、自殺も多くなるのかもしれませんね。

バリアを強くする

──皮膚のバリアや粘膜のバリアも、自然免疫と考えていいのですか。
奥村 広い意味ではそうですね。
 皮膚や粘膜は外界とのバリア、防御壁となっているわけです。そのバリアの下は全部、免疫細胞が関与して体を守っています。
 皮膚のバリアを壊すものとして石鹸の使いすぎなどは最悪です。石鹸でゴシゴシ洗えば皮膚表面をおおって異物をはじき出している皮脂をとってしまい、バリアをダメにします。
 統計学的に衛生状態が良いところの人の方が免疫能が高いというのは厳然とした事実ですが、それも程度問題ということですね。
──皮膚や粘膜を強くする食べ物や栄養素、腸内細菌叢を整える食べ物も、自然免疫を高めるのに重要ということですね。貴重なお話を有り難うございました。
(取材構成・本誌功刀)