世界の健康・長寿食は、"高ポリアミン食”だった

"納豆”などに多い「ポリアミン」は、動脈硬化を抑制する

自治医科大学大宮医療センター講師 早田邦康先生

動脈硬化の危険因子が多い日本に、
先進国の中では動脈硬化性疾患が少ないのは……

 心筋梗塞や脳梗塞など、動脈硬化が原因の疾患は全世界で死因の約30%、先進国では50%以上を占めています(2003年WHO報告)。
 日本でも、@食生活が欧米並みに高脂肪食になり、ジャンクフードなどが多食され、Aコレステロール値が上がり、B肥満や高血圧や糖尿病などの生活習慣病が増え、Cストレスも多く、Dさらに喫煙率が先進国では断トツ1位と、動脈硬化の危険因子をいくつも抱えています。
 それにもかかわらず、先進国の中では心筋梗塞や脳梗塞などが少なく、これは「日本の(七)不思議≠ニして研究者の間では非常に不思議がられていた」と、自治医科大学大宮医療センター講師の早田邦康先生は語られます。
 早田先生はその謎を解く鍵は、日本人の伝統食にあるのではないかと研究を始められ、日本に限らず、「世界中の長寿の人々はすべてポリアミンという物質を多く食べている」ことを突き止められました。
 早田先生にアンチエイジング食≠ニしてのポリアミンについて、動脈硬化を中心にお話をうかがいました。

老化の最大の指標
「動脈硬化」は血管の炎症
加齢・老化と 慢性炎症の密接な関連

──最近健康のキーワードとしてアンチエイジングという言葉がよく聞かれます。先生のご研究によると、納豆などに多いポリアミンがアンチエイジング食として大いに期待できるということでお話をお願いします。
早田 ポリアミンのアンチエイジング(抗加齢)効果が期待できるのは、ポリアミンを多く含む食品を食べている人達が健康で長生きしているという疫学調査結果や、高ポリアミン食を食べることによってポリアミンの血中濃度が上がり、エイジング(Aging 加齢)、例えばその代表的な動脈硬化を進行させる因子を抑えるからです。
 人生は生まれて成長して、成長期最後の10歳代後半から加齢が始まり、その後の成熟がゆっくり終わると、40歳頃から少しずつ体のあちこちに機能的、構造的な衰え、すなわち老化(Senescence セネセンス)を感じるようになります(図1)。
 何もなければ同じような体調で延々生きられるわけですが、決してそうはならない。なぜなら加齢つまりエイジングという現象が、10歳代後半から徐々に起こってくるからです。
 年をとると変形性関節炎など、慢性の炎症性疾患が増えるのはよく知られていますが、加齢には炎症が密接に関係しています。英語で炎症を指すインフラメーションと加齢を指すエイジングを合成した「インフラメージング」という造語があります。炎症と加齢には密接な関係があることを表している言葉です。
 例えば、@自分の体を攻撃する抗体が体にできる自己免疫疾患も、Aアルツハイマー病も、Bがん、特に大腸がんも、C動脈硬化にも炎症が非常に深く関わっています。
 炎症は免疫細胞によって引き起こされ(表1・7頁図3)、年をとると炎症が起こりやすくなるのは、加齢による免疫機能の変化があると考えられます。ですから、「アンチエイジング(抗加齢)」とはイコール、「アンチインフラメーション(抗炎症)」といい換えても良いと思います。

長寿のキーワードは 「動脈硬化」の予防

早田 中でも経済状態や衛生状態が良くなり医療が進んでくると、動脈硬化の予防が寿命を延ばすキーワードになると思います。
 実際、先進国では動脈硬化による代表的な疾患、心筋梗塞と脳血管疾患(脳梗塞と脳出血)が、死因の50%以上を占め、日本でもこの2つの病気は三大死因の半数以上を占めています(図2)。梗塞は動脈硬化によって血管が硬化し肥厚して血管が詰まり、その先に血液が流れなくなってしまい、その先の細胞が壊死するもので、これが心臓で起これば心筋梗塞、脳で起これば脳梗塞となるわけです。さらに、血管がもろくなり、血管がボロボロになって破れるのが脳出血というわけですね。
 動脈硬化とは一種の老化で、高齢になると皮膚が弱くなり、足腰の筋肉が衰えるのと同じように、動脈が硬くなり、さらにはもろくなると考えると理解しやすいと思います。すなわち、動脈硬化は長生きをすればするほど避けて通れないものなのです。
 さらに、全ての血管は連続して全身にはり巡らされているので、ある臓器の血管が動脈硬化に侵されていれば、ほかの全身の血管も動脈硬化に侵されていると考えられます。すなわち、動脈硬化は全身を侵す病気なのです。
 「人は動脈とともに老いる」といわれるように動脈硬化は典型的な老化であり、また、全身を侵していくところから「動脈硬化は動脈のがんである」という医学者もいます。私も同感です。
 しかし、がんが徐々に克服されつつあるのに比べ、動脈硬化はいまだに確実な治療薬も治療方法もなく、今のところは進行の予防、つまり血管の老化が進まないようにする以外ないのです。そういう意味で動脈硬化はがんよりも恐い病気といえます。

動脈硬化と炎症
〜促進因子「LFA━1」〜

早田 動脈硬化は、血液中で増えすぎたコレステロールが血管壁に沈着して起こることが知られています。しかし最近になって、この沈着したコレステロールに反応した免疫細胞が炎症を引き起こすことによって、動脈硬化が発生することがわかってきました。
 悪玉コレステロールが血管の壁に沈着すると、近く(血管の中)にいる免疫細胞はコレステロールを異物と認識して除去しようとします(図3─1)。その際、多勢に無勢では除去することができないので、血管の中を流れている白血球に助けを求める信号を送ります。その信号は、血管内皮細胞(血管の内張の細胞)を刺激して、ICAMという因子(手のようなもの)を出させます。細胞にはこのような因子が300種類ほど発見されていますが、白血球は、その中のLFA─1という因子を使ってICAMとくっつきます(図3─2)。
 細胞がくっつくと細胞内に信号が送られます。この場合、LFA─1を使って血管内皮細胞のICAMとくっついた白血球は、この近くに敵(酸化コレステロール)があって、戦っている仲間(免疫細胞)を助ける必要のあることを認識し、その場所に侵入していきます。このようにして集まってきた白血球が敵(酸化コレステロール)をやっつけようとして炎症が起きるのです。この炎症が延々と繰り返されることによって、徐々に繊維化が起き、繊維が硬くなって動脈硬化が進行します(図3─3)。

LFA━1の抑制が アンチエイジングの鍵
〜高齢者はLFA━1が高い〜

早田 このように、動脈硬化の進行を阻止するには、悪玉コレステロールの増加を防ぐだけではなく、LFA─1を抑えて炎症を起こさせないようにすることが大切です。
 図4を見ると明らかなように、LFA─1は年齢とともに増えます。すなわち、加齢による慢性の炎症性疾患の誘因にはLFA─1の関与が考えられています。よって、加齢(=炎症)を防ぐには、LFA─1を抑えてやれば良いということになります。
 実際、LFA─1を抑制すると炎症による人や動物の病気が治ります。動脈硬化に限らず、他の多くの炎症性疾患を治すことが可能であることから、現在LFA─1の作用を抑制する薬の開発が盛んに行われています。
 しかし、薬は副作用が心配ですし、LFA─1を薬などで完全になくしてしまうと、免疫機能が働かなくなって、体は外敵から身を守る防御機構を失ってしまいます。LFA─1に対しては自然な抑制が重要と考えられ、それには薬よりも食品からLFA─1を抑制する物質をとるのがすすめられます。

ポリアミンは 動脈硬化を抑制する
世界の健康・長寿食に 共通する"高ポリアミン食”

早田 日本では戦後、食の欧米化で高コレステロール化が進み、女性ではアメリカよりも高くなっています(図5)。さらに先進国では断トツ1位という高い喫煙率にもかかわらず、先進国の中では日本人の動脈硬化性疾患が少ないのは、日本人の体質をつくってきた伝統食に、その鍵があるのではないかと考えられます。  
 日本人の三大伝統食というと、魚に穀物と大豆です。この中で、魚油に含まれるDHAやEPAは動脈硬化の進行を抑制することが明らかになっています。しかし、世界を見渡すと、魚を食べる地域の中でも日本人は動脈硬化が少なく、魚をほとんど食べない長寿国や長寿地域もあります。
 世界の長寿地域の共通の食文化として必ず発酵食品があります。また、心筋梗塞や脳梗塞にならなかった人の食生活を調べた大規模調査からは、@週に2回以上魚を食べる、A魚油や植物油を主に使用、B穀物、果物、豆類、チーズやヨーグル卜を毎日食べている──などのことが明らかになっています。
 実は、豆類や、チーズやヨーグルトなどの発酵食品、穀物や果物に共通しているのが「ポリアミン」という物質です。

高ポリアミン食は LFA━1を抑える

早田 ポリアミンは、動物、植物、微生物などすべての生物の細胞内に存在し、細胞の構造や機能の安定のために必要不可欠な物質です。
 代表的なポリアミンにはプトレスシン、スペルミジン、スペルミンがあります。アミノ酸の一種であるアルギニンが細胞内に取り込まれるとオルニチン、プトレスシン、スペルミジン、スペルミンへと合成されていきます。
 図6は動物のポリアミン合成能を見たものですが、人間の20歳に相当する頃までには、その合成能が急速に低下することがわかります。高齢者では、ポリアミンの原料であるアミノ酸の一種のアルギニンを十分に与えても、ポリアミンの合成は高まりません。これは、ポリアミンを合成する酵素の活性が低下しているためです。
 ところが、私達が人の血中ポリアミン濃度を測定すると、必ずしも高齢者が若い人より低いとは限らないのです(図7)。
 実は、食物や消化管内の善玉菌は多量のポリアミンを私達の体内に供給してくれているのです。食物は動物や植物の細胞でできているので、食物中にもポリアミンが含まれています。食物中の栄養素は、消化酵素でバラバラに分解されて吸収され、体内ではバラバラになった素材をもとに、必要とする物質をつくるのです。蛋白質を食べると必ずしも蛋白質ができるわけではありません。しかし食物中に含まれるスペルミンとスペルミジンは、分解されずにそのままの形で吸収されることがわかっています。また、善玉菌は安定的にポリアミンをつくって
くれます。すなわち、食物中や消化管内のポリアミンが増えると、体内のポリアミン量が増加し、体内で増えたポリアミンは白血球のLFA─lを抑えるわけです(図8)。
 実際に、血液中のポリアミン濃度とLFA─lの関係を調べると、ポリアミン濃度が高い人ほどLFA─1が少ないことがわかりました。
 すなわち、ポリアミンは加齢を進行させる因子(LFA─l)を抑制するアンチエイジング(抗加齢)因子≠ニ呼ぶことができるわけです。
 なお、ポリアミンはLFA─lは抑えますが、がんの見張り番であるNK(ナチュラルキラー)細胞の活性等は逆に高く維持することもわかっています。

ポリアミンの多い食品と 効果的な摂り方
大豆・発酵・食物繊維

早田 ポリアミンは全ての生き物≠フ細胞で合成されるので、もともと生き物≠ナある食物にはポリアミンが含まれています。ただし、含有濃度には大きな差があり、大豆やキノコ類には多く、魚や肉は若干、牛乳はかなりの低濃度です(図9)。
 ところが、チーズやヨーグルトなど発酵乳には非常に多く、納豆や味噌、テンペなど大豆発酵食品の含有濃度も非常に高くなっています。これは発酵の過程で微生物が多くのポリアミンを生成するからです。
 また、穀物や野菜、果実に多く含まれる食物繊維は、腸内の善玉菌を刺激して、腸内でのポリアミンの産生を促します(図10)。
 チーズ、ヨーグルト、大豆や食物繊維は動脈硬化抑制食品と呼ばれており、その作用に関しても様々なことがいわれています。しかし、いずれの効能も一つの食品だけに存在する特殊なものが多いようですが、ポリアミンはこれら全ての食品に共通して存在するものです。
 また、ポリアミンは血栓溶解や抗酸化作用もあることが動物実験で証明されています。さらに重要なのは、私達の実験結果が試験管内だけで得られたものではなく、人で証明されたものであるということです。これらのことから動脈硬化抑制食品はポリアミンの作用によるところが大きいと考えています。

「納豆」は3拍子そろった "高ポリアミン食”

早田 これらの食品の中でも納豆は、もともとポリアミンを多く含む大豆が原料ですが、発酵の過程でさらにポリアミンが生成され、加えて食物繊維が腸内でポリアミンの合成を促進する──という相乗作用で、とても理想的な高ポリアミン食といえます。
 私達は朝と夕にわけて納豆を1日50〜100g食べてもらったところ、血中のポリアミン濃度が平均約1・4倍、多い人は2倍近くまで高まり(図11・表2)、炎症を誘発するLFA─1の減少も確認できました。
 ポリアミンは調理の加熱などでは壊れず、食べてから比較的短時間で吸収されます。納豆なら1日1〜2パックで十分な効果があります。
 納豆がどうしても嫌という人、またワーファリンの服用で納豆が食べられない人は、伝統的な日本食をベースに、キノコ類や、低脂肪の発酵乳からポリアミンをとると良いと思います。
 私達は今、ポリアミンのサプリメントの開発も手掛けていますが、こうした補助食品なら納豆を食べられない人達にも大いに役立つと思います。

自然の物質

早田 ポリアミンは食物に含まれ、私達は毎日30〜50mg程度のポリアミンを摂取しています。ポリアミンの安全性に関しては、動物を使っての毒性も検討されており、コーヒーに含まれるカフェインや解熱剤のアスピリンより安全であることがわかっています。
 最後に動脈硬化の進行を阻止するには、@まずはコレステロールを多く含む食品を取りすぎない(悪玉のLDLコレステロールをためない)、A血管から肝臓へのコレステロールの運び役、善玉コレステロール(HDLコレステロール)を増やす、Bそして、高ポリアミン食の摂取でLFA─1を抑え、炎症を起こさせないようにすることが重要だと思います。
(取材構成・本誌 功刀)