年をとっても脳はトレーニング次第でボケない

「若年性健忘症」の 急増にみる、ボケの落とし穴

財団法人河野臨床医学研究所 築山 節 理事長

急速に増えている若者のボケ「若年性健忘症」

 痴呆症と違って病気でもないのにボケる人が最近、働き盛りや、さらにここ5〜6年は20代、10代の若者にも急速に増え、ひどい物忘れで社会から脱落するケースもあり、問題となっています。
 脳神経外科医として数多くの診断治療に携わり、現在は第三北品川病院・高次脳機能外来でボケの治療にあたられている築山節先生は、「便利さ」や「快適さ」、「心地よさ」を追い求めてきた結果でき上がった現代の便利社会は、「ITボケ(表1)」など、脳に異常がないのにボケている人をつくっていると警告されています。
 年をとったからボケるというのも嘘で、脳の機能は衰えにくく、さらに近年は脳細胞は再生するということもわかってきました。
 「脳の機能はコンピュータと同じようにハードとソフトがあり、常にソフトを働かせていれば、年をとっても、脳の機能は維持され、またトレーニング次第で回復できる」という築山先生に、脳を活性化しボケを防ぐ、トレーニング法、食生活を含めたライフスタイルなどをうかがいました。

若者までがボケる便利社会
「若年性健忘症」の増加

──脳外科医の先生が、ボケとか健忘症の治療をされるようになったのはなぜですか。
築山 脳卒中などで脳の手術をするとどうしても脳の機能が下がります。それをどうやって戻すか、という治療をしていたんですね。
 ところが最近は、脳に異常がないのにボケている人が、30代や40代の働き盛り、さらに最近は20代10代の若者にまで増えて来ています。
 私はそれを「若年性健忘症」と名付けたのですが、今では病院を訪れる新患の約20%を占め、主にその治療にあたっています。
 若年性健忘症の症状は、「記憶力の低下」、「言葉が出にくくなる」、「人の話が理解しにくくなる」などがあり、自覚症状として多くの人がひどい物忘れ≠訴えます(表2)。
 「取引先の名前が思い出せない」、「用件を聞いた傍から忘れてしまう」など、それが原因で職場や学校など社会から脱落してしまうケースもあり、症状が深刻な場合は入院も必要です。

便利社会が生みだした ボケ・健忘症

築山 ではなぜ、若年性健忘症など、脳に異常がないのにボケる人たちが増えたのか。
 それは、少子化や核家族化など「人間関係の希薄化」、パソコンや携帯電話などの「IT社会」など、現代ならではの生活環境と無縁ではありません。
 例えば、パソコンはただの機械なのに、その機械に頭の代わりを全部させてしまって、自分の頭で情報処理しない、例えば理論付けたり、イメージ付けたりしない。そうすると、人は物を覚えられなくなります。
 電話を切った途端に内容を忘れるという20代の女性患者さんがいました。人との接触は相手の表情を見て、言葉を選んで話すなど、高度な脳活動を必要としますが、彼女は一人暮らしで、人とあまり話すタイプではなく、食事は外食中心、友人との連絡は殆ど携帯メールという生活でした。
 また、職業が高度に細分化、専門化され、またマニュアル化されると、脳の一部分しか使われず、物忘れを起こしてしまうことがあります。慣れたりパターン化した作業は、脳が無意識にこなしてしまい、脳をあまり使わないんですね。脳にとっては、一人で様々なことをこなす方が健全だし、常に新しいことにチャレンジするのがよいのです。
 「廃用性萎縮」という医学用語があります。車に頼ってばかりだと足が衰えるように、頭も使わなければボケてくるものです。
 パソコンや携帯メールを打って字を書かない、計算は電卓、電話番号はメモリー機能に頼って覚えない、車はカーナビで地図も見ないで目的地に着く、ゲームと遊んで友達付き合いも要らない、食事は外食やコンビニ弁当、人とあまり接触しなくても生活ができてしまう。
 このような今の便利社会では、それに頼りすぎていると、世代を問わず、知らないうちに多くのタイプのボケをつくっているといっても過言ではないと思います(表3)。

脳の機能とボケ
痴呆症とボケの違い
〜脳とコンピュータ〜

──痴呆症(認知症)と、ボケや健忘症はどう違うのですか。
築山 脳はよくコンピュータにたとえられます。
 私は、脳の本体つまりハードに支障があって、脳の機能がうまく働かないケースを「痴呆症」、一方、ハードには異常がみられないのに、記憶や計算などの脳の情報処理機能、つまりソフトに異常を来しているケースを「ボケ」と区別しています。
 例えば、物忘れは脳の機能低下の代表的な症状です。しかし、若年性健忘症ではMRIなどの画像診断や脳神経検査では異常は見つからず、脳の機能検査で初めて異常が見つかります。これは脳の器質、つまりハードは正常だけれど、ソフトに異常を来した状態といえます。
 脳の情報処理はコンピュータと同じように、「入力→処理→出力」の順で進みます(図1)。例えば、道路の真ん中に立って、向こうから自動車が走ってきたので、急いで歩道に向かうという行動では、@自動車の形や走行音が視覚や聴覚に入る(入力)→A迅速に「歩道に移れ」という命令が出る(処理)→B体が反応する(出力)という順に情報が処理されます。
 「入力」は視覚や聴覚、触覚など五官を通して感覚野に入り、「出力」は運動野を介して行われ、「処理」は前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉と関連を持ちながら大脳連合野で行われ、@空間認知(頭頂葉)、A記憶(側頭葉)、B視覚的注意(後頭葉)、C判断、選択と系列化(前頭葉)の機能を果たしています(図2)。
 このように脳は常に「情報入力→情報処理→情報出力」の基本的活動単位で活動し、多彩で高度な働きをしています。その機能は、病気やその他の理由で使われなくなったときに低下し、結果として痴呆症やボケとなります。
 また入力、処理、出力のどこに一番問題があるかで、同じ物忘れでも、外部入力遮断タイプとか、前頭葉他者依存タイプとか、反射行動タイプとか、ボケのタイプや対処の仕方が違ってきます。

脳の機能は 血流にあらわれる

築山 脳は主に神経細胞と血管で構成され、神経細胞は130億個以上存在し、血管は脳の組織の隅々まで網の目のようにはりめぐらされています(図3)。
 脳の血管には、心臓から多量に送られてきた血液が満遍なく流れ、脳の神経細胞が活動するために必要なエネルギーとなる、酸素とブドウ糖を供給しています。
 神経が活動すると、その活動に比例して血流も増えます。これまでの研究から、神経細胞のある部位の血流量(局所血流量)は、神経活動に比例して増えることが証明されています。脳の血流量は、脳が活動したときに増えることがわかっています。
 そして、脳は部位によって機能が違いますから、部位別に細かく血流量を測ると、脳のどこに十分なエネルギーが供給されているか、いないかがわかります。この脳の血流量測定はSPECTの画像でわかります。
 写真(図4)のKさんの場合、約束を忘れたり(記銘力障害)、道に迷ったり(見当識障害)の機能障害がありました。MRI検査では異常はなく、後頭葉のみ血流低下がみられ、Kさんの場合、後頭葉の視覚野に問題があって、記銘力や見当識が低下したと思われます。
──血流低下はどんなことで起こるのですか。
築山 脳の血流量は血圧と同じで、多くても少なくても脳にはよくありません。どちらにしても脳の中でエネルギーの需要と供給のバランスが崩れていることを意味し、症状もこれに対応して起こってきます。
 そして、脳の血流異常は全身に血液を送っている心臓に問題があったり、動脈硬化など血管に問題があったり、また、その部位の機能を使わなくなったりすることでも起こります。

「年をとったからボケる」は嘘
〜脳細胞は再生するし、 補完・補充機能もある〜

築山 一般に皆さん、年をとったからボケると思っていますが、それは根底から違います。身体活動と違って、脳の機能と年齢はあまり関係がないんです(図5)。
 脳は年齢とともに衰える≠ニいう説の根拠となっていたのは、これまで、脳の神経細胞は青年期を過ぎると1日10万個のペースで死んでいき、また一度死んでしまったら二度と再生できないといわれてきたからです。
 しかし近年、ミクロのレベルまで脳の研究が可能になり、ことに1998年、これまで胎児にしかないとされていた脳の幹細胞(細胞分裂によって自己複製能力を持ち、ある特定の細胞に分かれることのできる能力を持った細胞)が成人にも存在することがわかって、今では基本的には脳細胞は再生する≠ニいうのが常識になっています。
 そもそも再生しないという方がおかしい。例えばリハビリすると脳の機能は戻ります。神経細胞が戻らないのなら、それで終わりでリハビリする意味はありません。
 また、脳の機能は神経細胞のつながりで機能していきますが、細胞と細胞をつないでいるシナプスは、必要か、必要でないかによってつながったり、外れたりしています。使われなくなったシナプスはなくなり、よく使うようになった細胞間に新しいシナプスが形成されていきます。リハビリや脳のトレーニングをすると、この変化がどんどん進んで、機能の変化ということにまでなるのです。
 脳の機能が再生するというのは、木でいえば葉っぱが落ちたら葉っぱは再生されますが枝が落ちてしまったら戻らない。それでも、右手が使えなかったら左手を、目が見えなくなったら聴覚や触覚の機能で補ってやるというように、脳には補充機能があるんです。実際、全く視力を失った人の場合、触覚はよりシャープになって補充機能は著しく変化します。
 歩けないからボケるというのも嘘で、車椅子を使って外界の変化を捉えることはいくらでもできます。要するに、年をとったから物忘れをするというのは言い訳で、年とったから努力をしなくなった結果なんです。
 脳の手術をして治った患者さんが、脳は大丈夫なのにボケる。家族に聞くと、生きるか死ぬかの大手術をしたからと家族が患者さんを大切にしすぎているんですね。
 大病したから、また、年をとったから、怠けてよいというのは嘘です。80でも90でも元気な人はいます。そういう人は生活を上手にコントロールしています。そうすると、脳のトレーニング法というのが決まってきます。毎日をちゃんと生活すればいいんです。

脳のトレーニング
実生活の中で 「読み・書き・算盤」・ 話す・聴く・歩く

築山 生活していく上で基本となるのが、読み、書き、そろばん(計算)です。これがきちんとできていれば、問題はないんです。
 読み、書き、そろばんは、ドリル(練習帳)を使うより、実生活の中で計算したり、声を出すことが一番のトレーニングだし、それが本来です。
〈計算〉
 スーパーに行ったら、ただレジに並んでお金を払うのでなく、前もって暗算なり計算しておく。
 もっといいのは、買い物に行く前に、家で今日はいくら使うか、家計簿をつけて予算を立てて行き、買い物が済んだら、家計簿に収支をつけるのです。
 計算には電卓を使わず、暗算や筆算を用い、電卓はその見直しに最後に使う程度にしましょう。
〈読み・書く〉
 読書は脳を鍛えるのに最適です。大脳は大きく分けて、前頭は思考や学習、頭頂は運動や触覚、側頭は聴覚、後頭は視覚をつかさどっています(8頁図2)。読書は読みたい本を選び、目を通して活字を脳に入力し、言葉の意味を理解したり解釈して情報を処理し、紙の手触りや匂いを感じとったり、さらに朗読したり、読後に感想を書いたり人に話したりすれば、脳をフルに使うことができます。
 脳は同時にいろいろなことをすると活性化しますから、声に出して読む、読みながら書く、そして内容を把握するまで繰り返し、感想を文字で書けば最高です。
 朗読も、ドリルを繰り返していると「あっ、知ってる」となる。それよりも、「天声人語」などトピックスが多様で適度に難しい新聞のコラムを声に出して読む。もっといいのはそれを正確に書き写し、声に出して読むトレーニングです。平均的な人で約20分、毎日ならベストですが、忙しければ週1回でも効果があります。
〈話す〉
 そして、1日最低3人、家族以外の人と話す。対応時間は5分以上、初対面の人とならさらによい。緊張感が全然違います。だから外国語会話の練習は、脳のトレーニングにとてもよいのです。
〈聴く〉
 今の社会はテレビやインターネットが万能で、聴覚よりも視覚情報の方が多くなり、休日は1日中テレビ漬け、インターネット漬けという人も多いようです。このように視覚偏重の状態では使う脳の機能も偏ってしまいます。
 感覚情報のアンバランスを防ぐために聴力の強化は必須です。しかも、視覚情報は顔の前方からしか来ないのに対し、聴覚情報はあらゆる方向から届きます。私は入力に問題がある人にはラジオを聴くことを指導しています。
 ラジオには画面がないので、声や音でしか情報を理解できません。人はこのような時、これまでの経験をもとに想像力を働かせます。また、ラジオは聴力の強化にもつながります。世の中には視覚情報があふれています。
 毎日決まった時間にラジオを聞くようにすれば、生活のリズムを整える上でも効果があります。
〈歩く〉
 歩くのも、脳の活性化に非常に役立ちます。歩くのは足が勝手に動くわけではなく、脳の指令で動くわけです。神経細胞は豊富な血液を必要としますが、歩行を命令する神経細胞は脳のてっぺんにあり、歩くことは心臓から脳の一番遠い部位に血液供給をすることで、脳全体に血液を供給することにもなります。
 若い人なら1万歩、高齢者なら1日20〜30分を目安に、脳のためには歩くのが目的でなく、情報キャッチを目的に、「看板が変わったな」、「ビルが新しくなったな」といろいろ観察しながらダラダラ歩く。そうすると脳にはさまざまな情報が入り、1歩歩けば違う世界、1万歩なら1万シーンの情報が入ります。
 だから、できるだけ知らない道を歩く。デパートの地下(食品街)を歩くのがよいというのも、異なるシーンがたくさんあって、目で、匂いで、さらに実際に試食して舌で味わい、買い物まですれば、脳をフル活用できるからですね。

ボケを防ぐ ライフスタイル
朝の覚醒運動で 生体リズムを整える

築山 生活は規則正しく心がけること。好きな時に眠り、好きな時に起きるという、気ままな生活を続けているとボケてきます。
 夜は副交感神経が働き、目覚めるにつれて交感神経が働いて脳が活性化します。
 朝は早起きして太陽を浴び、軽い運動や太極拳などゆったりした運動をしたり、散歩したり、朝ご飯の支度をしたり、お経をあげたり、新聞を読んだり朗読したり、時間をかけて覚醒運動をしている人はボケない。そうすると、生体のリズムが整って、夜はぐっすり眠れ、朝ご飯もしっかり食べられます。

和食を基本に3度の食事

築山 食事は朝昼晩、お米をちゃんと食べる。ブドウ糖は脳の唯一のエネルギー源となる栄養素ですが、お菓子など甘いもので代用していると、一度に糖がたくさん入って血糖値が急上昇した後に急低下し、そうすると脳の働きは急降下してしまいます。
 神経細胞の材料になるアミノ酸はより重要です。蛋白源は、納豆や豆腐など大豆食品を多く、肉など脂肪の多いものは動脈硬化の元になり、ひいては痴呆症を来す元にもなるので控え目にします。
 そして、脳の血流をよくし、脳細胞の酸化を防いでくれる食べ物、すなわち大豆や野菜や魚が多く、食後はお茶という、和食≠ヘよくできているんですね。調味は砂糖、塩を控え目に。サプリメントならイチョウ葉エキスなども効果があります。
(取材構成・本誌 功刀)