日本人の腸を支えてきた植物性乳酸菌の強い力

東京農業大学応用生物科学部 岡田 早苗教授

植物性乳酸菌≠フパワーで、 健康の要となる腸≠強く丈夫に!

 腸は食べ物の消化吸収だけでなく、第一級の免疫器官であり、また神経叢が集中しているところから「第2の脳」とも呼ばれています。腸の健康は全身の健康を支えているといっても過言ではありません。
 その腸の健康を支えているのが、腸内に数え切れないほど棲みついている善玉菌です。代表的なものがビフィズス菌や乳酸菌などです。
 乳酸菌では、乳酸菌発酵食品などを通じてたくさん摂取することができる一群もあります。この乳酸菌の健康効果は古くからよく知られ、世界の長寿地域では乳酸菌発酵食品が多く食されていると報告されています。さらに近年は、予防医学に貢献するプロバイオティクス※としての乳酸菌が注目され、乳酸菌のもつさまざまな機能性が次々に明らかになっています。
 乳酸菌の摂取源はというと、ヨーグルトなどの発酵乳を思い浮かべますが、日本人は長い間、味噌や醤油、漬物などの発酵食品から、植物性乳酸菌をとってきました。
 そのパワーについて、植物性乳酸菌研究の第一人者である東京農業大学の岡田早苗教授は、「植物性乳酸菌は動物性乳酸菌より強靱で、腸内でも動物性乳酸菌より活発な効果が期待される。特に長い間、味噌、醤油、漬物などから植物性乳酸菌をとってきた日本人の腸には、植物性乳酸菌の方が馴染むと考えられる」と高く評価されています。
 乳酸菌の保存では日本一を誇る東京農業大学菌株保存室の室長でもある岡田先生に、植物性乳酸菌の強靱なパワーについてうかがいました。
※プロバイオティクス 口から摂取され腸に生きたまま達し、腸内バランスを改善し、人体に有益な働きをもたらす微生物。代表的なものが乳酸菌。

強いパワーをもつ 植物性乳酸菌
分類学的な違いはない

──乳酸菌というとヨーグルトやチーズなどの発酵乳を思い浮かべますが、これら動物性乳酸菌と、先生が研究されている植物性乳酸菌はどう違うのでしょうか。
岡田 乳酸菌とは、糖を発酵して乳酸をつくり(消費したブドウ糖の50%以上の乳酸を産生)、生じるわずかのエネルギー(ATP)を使って生きる菌の総称です(図1)。乳酸菌は酸素を必要とせず、従って人のように酸素を使ってエネルギーをつくりだすTCA回路は使いません(図1)。
 生育には大量の糖を必要としますが、その他、アミノ酸、ビタミン類、ミネラル、さらに一部の乳酸菌は脂肪酸も必要とします。これらは人でいう五大栄養素、すなわち糖質、蛋白質、ビタミン、ミネラル、脂質に相当し、人間の食料に乳酸菌が多く棲みつくのも、うなづけます。
 ただし、乳酸菌は酸素を必要としませんから、食品を堆積したり、つぼの中に閉じ込めたりするなど、空気が届かない環境は乳酸菌の格好の生息場所となります(図2)。
 では、動物性と植物性の乳酸菌はどのような違いがあるのかというと、分類学的な違いがあるわけではないんです。
 乳酸菌は自然界にはいくらでもいる菌で、現在、240〜250種類くらい見つかっていますが、同じ種類でも棲みついている場所によってそのキャラクターは全て違っています(表1・12頁表4参照)。
 例えば植物性乳酸菌では、トマトにつく乳酸菌とキャベツにつく乳酸菌は分類学的には同じであっても、トマトを美味しく発酵させる菌でキャベツを美味しく発酵させられるかというと、それは絶対できません。キャベツにはキャベツに合う乳酸菌を選ばないといけないんですね。植物ごとに固有の環境がありますから、その植物の数だけ多様性に富んだ植物性乳酸菌が存在するというわけです。
 乳酸菌を生息場所、適応環境から大別すると、@動物性乳酸菌(発酵乳乳酸菌)、A植物性乳酸菌、B腸内乳酸菌に分けられますが、だからといって植物性乳酸菌がミルクの中に生息できないかというと、そんなことはないのです。
 これまで乳酸菌というと、ミルクに棲みついてヨーグルトやチーズなどの発酵乳食品を作る菌と思われがちでしたが、乳酸菌は穀類、大豆、野菜など、植物にも生息し、日本の伝統的食文化である味噌や醤油、漬物などの発酵にも関係し、おいしい発酵食品を作りあげています。
 それを表舞台に上げ、日本の伝統的な発酵食品、日本の乳酸菌に焦点を当て、それをもっと理解してもらうために、植物性乳酸菌という言葉を当てはめたわけです。

過酷な条件下で生育する 植物性乳酸菌

岡田 動物性乳酸菌と植物性乳酸菌の大きな違いは、次のような点があります。ミルクを栄養源とする動物性乳酸菌、すなわち発酵乳乳酸菌は非常に恵まれた環境で生息しているのに対し、植物性乳酸菌は植物ごとに異なる過酷な環境に耐えられる強靱さがあることです(表2)。
 動物性乳酸菌が育つミルクは、幼児が育つための栄養素をすべて備え、乳糖を唯一の糖源に、栄養的には大変恵まれた環境になっています。
 一方、植物性乳酸菌はブドウ糖、果糖、麦芽糖などさまざまな糖源に対応し、さらに、植物には微生物の生育を阻害するタンニンやアルカロイド、シアネートなどの刺激性化合物が存在しますが、そうした過酷な環境でも生育できる のです。例えば、大根の辛み成分やお茶のタンニン酸などは微生物を強く抑える成分ですが、乳酸菌はその中でも平気で生きていられます。
 つまり、植物性乳酸菌は栄養バランスが悪く、刺激の強い、過酷な環境でも生育できるというわけです。

植物性乳酸菌の健康効果
プロバイオティクスへの期待

──強靱な植物性乳酸菌は、プロバイオティクス効果(乳酸菌が生きたまま腸まで届き、腸内細菌のバランスを改善し、体の防御機能を高める効果)も期待できそうですね。
岡田 普通の乳酸菌は摂取しても腸に届く前に胃酸や胆汁にやられて、ほとんどが死んでしまいます。
 植物性乳酸菌は過酷な植物質環境に生育できることから、胃酸をくぐり抜け、胆汁酸や胃液や腸液に耐えて大腸に達することが可能ではないかと考えられます。そういうデータも出てきています。
 乳酸菌の健康効果としてはまず整腸作用があげられ、他にも免疫賦活作用、がん予防効果、抗アレルギー効果、抗菌作用などさまざまいわれています(表3)。
 植物性乳酸菌の健康効果についての詳細な研究はこれからですが、私は植物性乳酸菌も動物性脂肪乳酸菌と同等か、むしろ、過酷な環境で生きているのでかえって活性が高いものがあるのではないかと考えています(図3)。そのようなデータもぼちぼち出てきています。

腸管免疫の活性

岡田 腸管粘膜には「免疫グロブリンA(IgA)」という抗体が多く存在し、外から侵入して来た細菌やアレルゲンなど体に害になるものが体内に入るのを防いでくれます。
 植物性乳酸菌は、この腸管免疫系を活性化すると考えられるデータが出ています。植物性乳酸菌のラクトバチルス・プランタラムにサルモネラ菌などが近づくと、腸管免疫系がぐんと働き出すというデータですね(図4)。

がんの抑制

岡田 結核菌のワクチン(BCG)や結核菌の細胞抽出物(丸山ワクチン)には、細菌の細胞壁による免疫賦活作用があり、がんを抑制する効果があるといわれています。つまり、結核菌などのグラム陽性菌の細胞壁には免疫賦活効果があるというわけです(図5)。
 乳酸菌にはカタラーゼ陰性菌、グラム陽性菌とがありますが、グラム陽性菌である乳酸菌の細胞壁も、結核菌などとほぼ同等の構造をもっていることがわかり、乳酸菌にもがん抑制効果があるのではないかと注目されています。しかも、この効果は細胞壁さえあればよく、乳酸菌は必ずしも生きていなくてもいいのです。
 私達は米糠、麹、酒粕などの米加工品から乳酸菌を分離し、4─NQO(発がん物質)に対する抗変異原性(抗がん性)を調べてみました。大腸菌やサルモネラ菌に4─NQOを与えると変異を起こし、その変異した細菌が人間でいえばがん細胞にあたるわけです。
 そこで、4─NQOを与えて培養した菌に、植物性乳酸菌を投与したところ、90%以上の確率で発がん性(変異原性)が抑えられたのです。試験管内の実験ではありますが、植物性乳酸菌のがん予防効果が大いに期待される結果となりました。
 また近年、大腸がんの急増が問題になっていますが、その最大の原因は、動物性食品の多い高脂肪・高蛋白・低繊維食≠フ、食の欧米化だといわれています。このような欧米型の食生活では、腸内の善玉菌を減らし、悪玉菌を増やします。さらに、悪玉菌は未消化の蛋白質や脂肪を分解してインドールやニトロソアミン、二次胆汁酸などの発がん促進物質を生み出したりもします。
 その点、善玉菌のエサとなる食物繊維も多い植物性乳酸菌由来の発酵食品は、腸内細菌叢のバランスを整え、その結果、大腸がんなどの予防にも働くと考えられています。
 さらに、乳酸菌の菌体の周りには、魚や肉の焦げなど発がん性物質が付着することが知られています。植物性乳酸菌を食べている間、腸内に植物性乳酸菌はいますが、食べるのをやめると3〜4日でいなくなります。要するに流れていってしまうわけですが、これは発がん性物質も一緒に流してしまうと考えられます。このような作用は、コレステロールなどに対しても働きます。

日本人の腸に馴染む 植物性乳酸菌
乳酸菌の宝庫である 日本の伝統的発酵食品で 腸を丈夫に!

岡田 東南アジア諸国や日本、韓国、中国、台湾などの東アジア諸国は農耕民族地域であり、田畑でとれる作物と海、川、湖で獲れる魚介類が食糧の中心です。これらの発酵食品には乳酸菌、酵母、カビなどの微生物が働き、独特の香味を出したり、食品の保存に役立っています(12頁表4)。
 さらに、人の健康維持に乳酸菌が欠かせないものであるならば、アジア人にとっては、植物性乳酸菌が重要な役割を果たしていたと考えられます。
 日本では、庶民が発酵乳を日常的に飲むようになったのは昭和30年代以降のことで歴史が浅く、それに対し、味噌や醤油などから摂取する植物性乳酸菌の歴史は長く、日本人のお腹には植物性の方が馴染むと考えられます。
 繊維質の多い植物性食品を多くとる日本人の腸は欧米人に比べ50〜60センチ長く、これは食物繊維を消化しようとするために長くなっているわけです。このように、日本人の腸には植物性食品の方が適し、乳酸菌も植物性のものが適していると考えられます。
 高脂肪食の弊害が目立つ現代ではそれを中和する意味でも、漬物など植物性乳酸菌発酵の食品を大いに食べてもらいたいものです。
──漬物では糠漬けやキムチが特に乳酸菌が多いと聞きますが。
岡田 植物性乳酸菌が大変多い食品です。すぐきもかなり多いですし、酸味のある漬物は全般、植物性乳酸菌がたっぷり入っていると思ってよいでしょう(12頁表4)。
 最近多い調味料で漬けた漬物でない限り、いわゆる本物の発酵漬物なら乳酸菌は沢山います。
──漬物は古漬けになるほど、酸っぱくなりますね。
岡田 乳酸菌の種類が変わってくるんですね(菌交代)。漬物の中では、1つの菌が初期にばっと増え、それが減っていくと次に普通の乳酸菌が増え、3回くらい変遷していきます。最初は酸をつくるのが弱い乳酸菌がいて、それが廃れてくると次に酸を沢山つくる乳酸菌が出てきて、最後はどんどん酸をつくる乳酸菌になるんです。
──口から摂取した乳酸菌は腸に届いても、3〜4日でいなくなるということですが、常時とることが大事なんですね。
岡田 そうです。
 腸内に定住する乳酸菌は腸内環境の生息に適したものに限られています。同じ乳酸菌でも食品から摂取した乳酸菌は定住できませんから、毎日続けて摂取することが大切です。
 我々研究者としては、日本の食文化の中で培われた乳酸菌を見直し、機能性にかなう植物性乳酸菌を我々の食文化の中から見つけ、それらを世界に向けて発信していきたいと思っています(図6)。
(取材構成・本誌功刀)