軽い生活習慣病でも、重なれば命を縮める「メタボリックシンドローム」とは
最大の要因は"欧米型の食生活”穀類中心の食事を!
筑波大学大学院 内分泌代謝糖尿病内科 山田信博教授
軽い危険因子でも侮れない。特に糖尿病予備軍は要注意!
日本では戦後、生活習慣が大きく変わり、中でも食事の欧米化で肥満、糖尿病、高脂血症、高血圧などの生活習慣病が急増しています。
生活習慣病の中でも、心筋梗塞や脳梗塞など大血管の動脈硬化症は命にかかわり、心臓病と脳卒中を合わせると死因1位のがんに迫る勢いになっています(図1)。
これまで、動脈硬化の危険因子は「死の四重奏(肥満・糖尿病・高脂血症・高血圧)」などと呼ばれ、危険因子が重なるほど、動脈硬化や、それに基づく疾患になりやすく、それによる死亡率がグンと高まることがいわれてきました。
最近は、これらの危険因子を複数持っている症状として「メタボリックシンドローム(代謝症候群)」という言葉が使われるようになり、将来、重篤な大血管合併症を起こすリスク(危険)が高いということで、治療の必要が叫ばれています。
動脈硬化や糖尿病の研究で知られる山田信博先生は、「軽い危険因子でも、集積してメタボリックシンドロームになると心筋梗塞などのリスクが非常に高まる。特に、日本人に非常に多い境界型糖尿病は要注意」と、食事や運動など生活改善による水際作戦の重要性を強調されています。
山田先生に、欧米のみならず、日本でも増えているメタボリックシンドロームについて、その定義や予防などいろいろお話をうかがいました。
メタボリック シンドロームとは 動脈硬化症のハイリスク群
──動脈硬化の危険因子が重なると今までは「死の四重奏」などといわれていましたが、最近よく聞く「メタボリックシンドローム」とは異なるのですか。
山田 メタボリックシンドロームは直訳すると「代謝症候群」ということになり、治療すべき病気として捉えられています。
最近、心筋梗塞や脳卒中など、命にかかわる動脈硬化症が増え(図1)、若い人にも増えて、問題になっています。動脈硬化の危険因子は1つでも危険なわけですが、それが重なるとリスクはさらに高まります。危険因子は加齢につれて当然増えてきますが、最近では食の欧米化や運動不足などで、若い人の間にもハイリスク群が増えて問題になっているわけです。
動脈硬化症では、糖尿病や高脂血症、高血圧、また、日本ではまだ少ないですが欧米では肥満症などを併せ持つことが多く、これらは動脈硬化症の背景にある共通した代謝病態と考えられています。
危険因子は重なれば重なるほど相互に関連して、動脈硬化症は重症化し、心筋梗塞や狭心症などに急速に進むことが多く(図2)、これまで「死の四重奏」とかシンドロームXなどと呼んでいたのを治療を進めやすくするために、いろいろあるリスクファクター(表1)の中で5つ挙げ、そのうち3つあればメタボリックシンドローム(表2・図3)として考え、まずは生活習慣の改善から始めてきちんと治療し、心筋梗塞や脳梗塞などの大血管障害を水際で防ごうというものです。
最大の危険因子は
境界型を含めた糖尿病
──ベースにある
インスリン抵抗性──
──大血管の動脈硬化症を防ぐのが最大の目的であるわけですね。
山田 メタボリックシンドロームのターゲットはもちろん動脈硬化症の予防にありますが、最近はそれに加えて、2型糖尿病の境界型では糖尿病に非常に移行しやすいことがいわれています。
ですからメタボリックシンドロームを考える上では、動脈硬化症と、糖尿病の予防が重要になります。
糖尿病の患者さんは欧米のデータでは8〜9割がメタボリックシンドロームで、我々が行ったJDCスタディ(2型糖尿病患者を対象にした大規模介入試験第7次)でも、患者さんの約5割がメタボリックシンドロームですから、糖尿病ではそれだけ狭心症や心筋梗塞など虚血性心疾患などにかかりやすいのです。
高血糖になると脂肪の代謝が悪くなるので、コレステロールも増えて高脂血症になりやすい、しかも高血圧を伴うことが多いので、メタボリックシンドロームから動脈硬化に進みやすくなるわけです(図4〜7)。
特に注意したいのが、糖尿病予備軍といわれる境界型(耐糖能異常)です。
境界型ではインスリンは十分出ていてもその効き目(働き)が悪い「インスリン抵抗性」があるので放っておけば数年後には糖尿病に進んでしまいます。
糖尿病になると食事や血糖のコントロールが大変になりますし、神経障害で痛みにも鈍感になることもあり、軽い狭心症や心筋梗塞を繰り返していても気づかないことも多いのです。
さらに、インスリン抵抗性があると、インスリンの働きを補うためにインスリンが過剰に出る「高インスリン血症」になり、この状態が続くと糖尿病だけではなく、高脂血症や高血圧などが起こりやすくなり、動脈硬化が促進されます(図2)。
つまり、糖尿病では境界型などの初期段階で動脈硬化が進むので、この段階で糖尿病や動脈硬化を阻止することが非常に重要になります。
糖尿病の3大合併症( 網膜症、腎症、神経障害)は糖尿病が長期間続き、細い血管や神経が傷つけられて起こります。これに対して冠動脈や脳の血管など大血管の動脈硬化が引き金となる虚血性心疾患や脳卒中は、糖尿病の初期の段階から起こり得るのです。
メタボリックシンドロームのベースにはインスリン抵抗性があり、特に日本人の場合はもともと貧しい食生活に慣れ親しんできた民族性、体質(遺伝的素因)がありますから、急速に欧米型の贅沢な食生活が入って来たために体質がついていけず、そういう時に、インスリン抵抗性がより問題になってきます。インスリン抵抗性があると脂肪をより多く蓄積してしまい、それだけ高脂血症などにもなりやすくなるのです。
境界型だからと放置しているとある日突然、心筋梗塞や脳梗塞で倒れる、あるいは死を招くということにもなりかねません。
メタボリックシンドロ ームの危険因子の中では、糖尿病は別格であることを肝に命じていただきたいですね。
高脂血症や高血圧もハイリスク
──動脈硬化と直結する高脂血症はどうなのでしょうか。
山田 もちろんハイリスクとなります。
悪玉といわれるLDLコレステロールは肝臓から体中に運ばれるために血管壁にこびりつき、動脈硬化を促進させる一方で、善玉といわれるHDLコレステロールは血管にたまったLDLコレステロールを肝臓に運ぶので、動脈硬化を予防してくれます。中性脂肪(トリグリセライド)も高くなると、他の危険因子が増え、血栓もできやすくなります。
最近は悪玉コレステロールのLDLコレステロールが高い「高LDL血症」、善玉コレステロールのHDLコレステロールが低い「低HDL血症」、さらに中性脂肪が高い「高中性脂肪血症」といった脂肪代謝異常が健康診断で目立っています。
高脂血症は男性では40歳代、女性では更年期を境に50歳代がピークになっています。さらに最近は中高年だけでなく、体重増加と内臓肥満に伴って高脂血症を発症する若い男性が多くなっているのが問題です。
これに加えて、もともと日本人に多い高血圧症、最近日本でも増えつつある肥満症などの危険因子が重なると、メタボリックシンドロームになり、メタボリックシンドロームの病態が進めば血管も悪くなり、逆に、メタボリックシンドロームの病態を是正すると血管の方も良くなると考えられます。
肥満にも要注意
──欧米ではメタボリックシンドロームは肥満をベースに捉える考え方もあるようですが(表2)。
山田 欧米ではメタボリックシンドロームと肥満は全てとはいえませんが、約7割とかなりオーバーラップしていることが問題になっています。脂肪細胞に脂肪量が多いとインスリン抵抗性が高まります。
しかし、日本ではまだ肥満は少なく、欧米人のような超大型の肥満はごくわずかです。実際、日本の2型糖尿病の患者さんは平均的にはほとんど肥満ではなく、食べ過ぎによる肥満の患者さんは約5%にすぎません。
メタボリックシンドロームの危険因子5つのうちの3つに、肥満をベースにみた時は、肥満と高脂血症と高血圧で3つになります。肥満はなく、高脂血症、高血圧、糖尿病の3つがあれば、こちらの方がはるかにリスクは高いと考えられます。やはりベースはインスリン抵抗性であり、特に日本人の場合はそれがハイリスクになるということです。
ただし、日本人には肥満が少ないといっても少しずつ増えてますし、日本人の場合は食の欧米化で欧米人よりも肥満になりやすく、また、少しの肥満でも糖尿病になりやすい体質があります。逆に、食の改善で少し痩せただけでも良くなるので、それだけ食生活、特に食べ過ぎには最も気をつけなければいけません。
生活改善の重要性
──食の欧米化の弊害を
より受けやすい日本人──
放置すれば種保存の危機も
山田 メタボリックシンドロームの予防で重要になるのが、健康的な食生活と運動習慣です。
特に日本人の場合、高カロリー・高脂肪の「欧米型食生活」は、欧米人以上にメタボリックシンドロームや糖尿病になりやすく、実際、日系米人は米国人に比べて糖尿病の発症率が2倍も高いことがわかっています。
ここで大事なのは、両親が糖尿病あるいは高脂血症などでも、食事や運動などの生活習慣に気をつけていれば、糖尿病や高脂血症は防げるということです。
食の欧米化の影響を受けやすい体質とは、遺伝病とは異なり、子々孫々伝わるものではなく、我々日本人は貧しい時代を乗り越えてきた末の子孫ですから、多かれ少なかれそういう先祖伝来の体質を受け継いでいるということです。
──逆に、欧米型の飽食を長い間続けていくと、飽食の耐性がつくということも考えられますか。
山田 それはあり得ないと思います。欧米人は虚血性疾患で多く亡くなっていますし、そんな悠長なことはいっていられません。
極端な例を挙げますと、ある太平洋の島では急速に贅沢な食生活になり、小錦のような超大型肥満が増え、全島民の約6割が糖尿病になっている島があります。特に、若者の間で増えてきて生殖年齢にも影響し、人口が減ってきています。糖尿病になると精力もなくなってくるので子供をつくれなくなってしまうんですね。さらに糖尿病人口まで減ってきて、それは糖尿病によって子供をつくる前に、心筋梗塞や脳梗塞などで命を落としている若い人が増えているからだと考えられます。
食の急速な欧米化によってもたらされた、糖尿病≠ニいう一つの病気で、これほど短期間に適正生存が起こり始めたのは大変なことです。種の保存ということでは、これから大問題になってくると思います。
食事は穀類を土台に
主食と副食は1‥1に
山田 今の食生活は50年前と比べ、脂肪の摂取は4倍以上増え、特に動物性脂肪が増えている一方で、穀類などの炭水化物(多糖類)が減って、白砂糖や果糖などの単糖類が増えています。お米の消費量とコレステロール値は逆相関性があり、非常に問題です(図8)。
まずは食べる量の制限。1日の総カロリーは、理想体重×30キロカロリーに抑える(図9、10)。
次に脂肪、特に動物性脂肪の制限。
それからブドウ糖や砂糖、果物の果糖など単純糖質の制限。単純糖質はカロリーが高い上に、中性脂肪や血糖を増やします。女性で中性脂肪値が高いのは甘い物や果物のとり過ぎによる場合も多く、特に注意して欲しいですね。
ここで大事なのは、ご飯を食事の中心、土台に据え、主食である多糖類といわれる炭水化物をしっかりとることです。
主食とおかずの比率は少なくとも5対5にし、主食であるご飯をきちんと食べ、動物性脂肪の多いおかずは減らします。例えば、毎日2000キロカロリー食べるとすると1000キロカロリーはご飯で、残りの1000キロカロリーは大豆、野菜、魚のおかずというようにすると、油が入ってこないですみます(表3)。
そして、できれば夕食と朝食の間は最低10時間は空けて、朝はお腹が空いてしっかり食べられる状態にする。夕食が遅かったり、間食したりすると、朝しっかり食べられない。それはやはり悪い生活習慣です。昼は軽くつなぎ程度にすると良いですね。
──食事や特に副食を制限すると微量栄養素の不足が心配されますがサプリメント(栄養補助食品)で補うのはどうでしょうか。
山田 野菜はとにかくしっかりとっていただきたいですね。また、サプリメントを上手に利用するのは悪くはありません。
私もかなり忙しい生活をしていますので、サプリメントも利用してますし、野菜ジュースは水代わりによくとっています。
運動習慣も大事
生活全般を改善!
山田 もう1つ、メタボリックシンドロームやインスリン抵抗性には運動不足も深く関係し、やはり習慣的、継続的な運動というのが大事です。
運動はまず続けること。そして無理しないこと。無理して膝や足首を悪くして動けなくなってしまう人は少なくありません。
運動でカロリーを消費しようと思うのは大間違いで、運動はインスリンの効きを良くすることが目的です。筋肉をつくるよりもまず、落とさないことを目標にする。そうすると毎日30分のウォーキングで十分です。体力に自信のある人はもう少しハードに、例えば早足歩きやジョギングでもいいですし、関節に負担がかからない水泳もすすめられます。
そして、動脈硬化4大因子のタバコはきっぱりやめる。お酒はほどほどに控えましょう。
2型糖尿病やメタボリックシンドロームは、に体質、に加齢、に生活習慣という3つの要因で起こります。このうち体質と加齢は変えることができませんが、生活習慣を変えるのは可能です。
食事や運動に気を付ければ、かなり防げることが明らかになっています。JDCスタディでは、食事や運動など生活習慣の改善を徹底することで、脳血管障害の合併症の発生の50%が抑制されたという結果が出ています。
さらに、初期には自覚症状がないので定期的に検診を受け、早期に発見し、早期に生活習慣を改善することが大切です。それでも効果があまり見られない場合は、生活習慣の改善と共に、薬物治療を併用します。
(取材構成・本誌功刀)