お米食は小麦に比べ、中性脂肪の吸収を抑え、

スタミナ維持効果に優れる

東京海洋大学大学院 海洋科学技術研究科ヘルスフード科学
矢澤 一良教授

小麦粉食の急増と機を一にした、生活習慣病の急増

 日本人一人当たりのお米の消費量は1960年代あたりから年々減少し、今では40年前に比べて約半減しています(図1)。
 お米のご飯が食べられなくなってきた一方で、小麦粉を使ったパンやパスタ、麺類、菓子類が多食されるようになり、それに伴って畜肉や乳・乳製品、油や砂糖の消費量が増え、「高脂肪・高蛋白・低繊維食」の弊害が目立つようになりました。
 肥満や糖尿病をはじめとする生活習慣病や、アトピーなどのアレルギー性疾患、アルツハイマー病など痴呆症の急増です。
 長年、食品の機能性を研究されている矢澤一良先生はDHAなどの研究でも知られ、現在は東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科でヘルスフード科学の講座をもたれて、予防食品、ヘルスフードの研究に取り組まれています。
 その一環として健康食としての日本食、特に主役である「お米のご飯」の良さを見直すさまざまな実験を試みられる中、国際コメ年である今年、お米は小麦に比べてスタミナ維持効果に優れ、脂肪の吸収抑制効果が高いことを見出されました。
 昔から「力を出すにはパンよりご飯」、「ご飯は腹もちが良い」といわれてきました。その言葉を科学的に実証された矢澤一良先生にお話を伺いました。

小麦粉食の普及から
生活習慣病の急増、
お米のご飯の見直しへ

矢澤 昭和40年以降、生活習慣病が一気に増え、ちょうどその頃、食生活では伝統的な和食が減り、お米のご飯をあまり食べなくなり、魚を食べなくなり、大豆を食べなくなり、野菜を食べなくなり、逆に動物性食品が増え、リノール酸が体に良いということで植物油が増え、そしてパン食がかなり増えてきました(図2)。
 こうした欧米型の食生活では、高脂肪・高カロリーに傾き、肥満を生み、特に内臓脂肪型肥満では糖尿病や高脂血症、高血圧などさまざまな生活習慣病をもたらし、さらに欧米型のがんや、アレルギー性疾患や自己免疫疾患、老人性痴呆症と、今非常に問題になってきている病気の増加につながっています(図3)。
 その一方で今、こうした病気の予防に和食が見直されています。では、和食はなぜ良いのか。
 魚油に多い脂肪酸のEPAやDHAには生活習慣病やアレルギーの予防・改善効果があり、中でもDHAは脳の働きを良くする作用があります。世界的にも魚をよく食べている地域は心臓病やがん、アルツハイマー病が少なく、花粉症も少ない、メガネをかけている漁師はほとんどいません。
 大豆イソフラボンは骨粗鬆症や更年期障害を軽減し、乳がんや前立腺がんなどのがん予防にも役立ちます。こういった病気は日本でも急増していますが、アメリカなどから比べるとまだましです。それは日本人が大豆を食べていたからです。アメリカでは大豆は牛のエサです。イソフラボンが多いので、乳が沢山出るわけです。しかし、人間が大豆を食べればもっと良い。欧米人が肉を食べることしか考えていなかった一方で、我々日本人は大豆を自ら食べ、しかも味噌や納豆など発酵させて、より吸収されやすい形で摂取していた歴史があるのです。
 それからやはり、主食としていたお米ですね。お米に関しては今までも厖大な研究がされ、例えばバランスの良いご飯食は、血糖の急上昇を抑えるとか、動脈硬化を防ぐとか、いろいろ報告されています。
 そうした中で、私たちは日本人の主食が、ご飯(米飯食)からパン(小麦粉食)に切り替わり過ぎたことが、生活習慣病が増えた大きな一因である可能性に注目して、お米の新たな機能性を探すさまざまな実験を試みました。
 その結果、お米は小麦に比べて@脂肪の吸収を抑え、Aスタミナ維持効果が高いという、大変優れた機能性があることを発見しました。

お米は一緒にとった 脂肪の吸収を抑える
米の脂肪吸収抑制作用

矢澤 お米のご飯はそれだけで食べることはほとんどなく、他のおかずと一緒に食べるのが普通です。そこでお米を食べたときと、小麦を食べたときで、他の栄養成分の消化や吸収に差があるかないかを、マウス(ハツカネズミ)を使って調べてみました。
 コーン油をとると、小腸から吸収されて3時間後には血液中に多量の中性脂肪が現れます(図4)。このとき同時に米粉または小麦粉(いずれも消化しやすいように加熱してアルファ化したもの)を食べさせておくと、血中の中性脂肪は少なくなります。デンプンと油を一緒にとることで、油の吸収が抑えられたわけですね。
 実験ではマウスを油のみと、油と米粉、油と小麦粉を与えた3群に分けて血中の中性脂肪値をはかってみました。その結果、小麦粉群では「中性脂肪が少なくなる傾向」が示され、米粉群では「中性脂肪が顕著に低下」しました(図4)。
つまり、小麦粉よりも米粉の方が食後の血液中の中性脂肪の上昇を強力に抑制することが明らかになったのです。
 高脂肪で高カロリーの食事が問題視されている今、お米のこのような性質は注目すべきことです。揚げ物など油を多く使った料理もお米のご飯と一緒に食べれば、油の吸収が少なくてすむ可能性があるということですね。
 今後さらに研究を進めて、人でもマウスと同じような結果が出れば、ご飯党はもちろん、お米のご飯をあまり食べない人もお米の良さを見直すでしょう。

米のデンプンが 油の吸収を抑える

──米の方が脂肪の吸収を抑制するのはなぜですか。
矢澤 油(脂肪)は小腸でリパーゼという酵素によって脂肪酸とグリセリンに分解され、吸収されます。そのときに、デンプン(炭水化物・糖質)が一緒にあると、粥状になったデンプンと油が上手く混ざり合って乳化状になり、油だけを食べたときよりも消化酵素による分解が抑えられ、吸収がゆっくりになります。
 デンプンがブドウ糖に分解されて、血液中に入り込む時間の指標となる「グリセミックインデックス(GI)」は、小麦粉のパンを100とするとお米は83と低いのです(表1)。
 つまり、米粉と小麦粉の比較では、米粉の方が明らかに腸内での滞留時間が長く、そうすると、お米のデンプンと油が混ざり合った乳化状態が長く保たれ、油の分解・吸収が小麦粉に比べてより抑えられている可能性があります。
 また、そういう状態のときに、上からどんどん食べ物が入ってくると大腸の蠕動運動も高まり、排泄がより促されるという可能性も考えられます。

お米は力をつける お米の持久力増強作用

矢澤 「米を食べなければ力が出ない」とか、「ご飯は腹もちがいい」とよくいわれます。歴代のいろんなスポーツの選手もそういいますね。腹もちとはガス欠しない、つまりスタミナが持続するということです。
 このことを確かめるために、マウスに体重の5〜10%の重りをつけて水槽を泳がせる「遊泳実験」を行いました。
 4週間米粉と小麦粉でつくったビスケットでマウスを飼育して、それぞれ遊泳時間をはかったところ、小麦ビスケットを食べていたマウスは4週間たっても泳ぐ時間がほとんど変わらなかったのに対し、米ビスケットを食べていたマウスは徐々に時間が延び、4週間後には小麦ビスケット群の2倍以上も長く泳げるようになりました(図5)。
 お米を食べ続けたことで、持久力が高くなったわけですね。
 これは、肉体労働や持久走などの運動にはパンよりもお米のご飯の方がいいということだけではなく、ご飯食にしたら、生活や仕事の疲れが軽減する可能性もあり得るわけです。
 これも人での効果が実証されれば、ご飯の良さはさらに再認識されることと思います。

お米はなぜ腹もちが良いか

矢澤 ではなぜ、お米は腹もちが良いのか。
 血液中の乳酸値などいろいろはかってみましたが、明確な答えはまだありません。
 ただ考えられることは、脂肪の吸収と同様、お米のデンプンは糖の吸収がゆっくりであるということです(表1)。
 食べ物からとった炭水化物は、小腸から吸収されて肝臓でブドウ糖に変換され、血液に取り込まれ、筋肉細胞などに運ばれてエネルギーとして使われます。余った糖はグリコーゲンの形で肝臓や筋肉に蓄えられます。
 グリセミックインデックス(表1)が高いと、血液に糖がいっぺんに入り込んで、エネルギーとして使われない糖が余分に蓄積され、エネルギーの引き出しに時間がかかるわけです。逆に、血液に糖がジワリジワリゆっくり吸収されると、蓄積されずに全量がエネルギーとして使われる可能性が考えられ、そこにお米のデンプンのメリットがあるのではないかと思っています。
 また、お米は小麦粉のパンなどに比べて腸内の滞留時間が長く、それだけ空腹感が抑えられ、それが腹もちが良いということにも通じていると思います。パンだとすぐに吸収されて、空腹感を早く感じるわけですね。
──お米はアミノ酸スコアが小麦粉やコーンよりも断然良い(表2)というのも関係していますか。
矢澤 お米の蛋白質はアミノ酸のバランスが穀類の中では大変良く、アミノ酸スコアは小麦粉が44に対し、精白米でも65と高く(表2)、ご飯と大豆食品の組み合わせならアミノ酸スコアはほぼ満点の100になります。こうした蛋白質の質の違いも、持久力や腹もちに関係している可能性がありますね。

ヘルスフードとしての お米の力!!
玄米や発芽玄米では さらにアップ

矢澤 こうしたお米の働きは、精白度が低いほど高まります。
 糖や脂肪の吸収は食物繊維が多いことも関係しますし、またお米のビタミンEはトコトリエノールという、トコフェロールに比べて活性が非常に強いタイプのものが比較的多く、特に胚芽や糠に多く含まれています(表3)。抗酸化作用がその分強く、抗ストレスとか、持久力の維持に貢献する可能性も考えられます。
 玄米や発芽玄米が今非常に注目されているのには、こうした点が全てにおいて精白米より勝っているからです。
 発芽玄米には健脳や血圧低下作用のあるギャバも豊富です。お米の機能性をより生かすにはなるべく精白度の低い、できれば玄米や発芽玄米の方がさらに望ましいといえますね。

健康寿命を延ばす!
──体と脳と心の健康には ヘルスフードが必須──

矢澤 文明の発祥に必要なのはまず体力、知力、つまり体の健康、脳の健康です。さらに滅びないためには協調性、つまり心の健康も必要です。人間が健康であるためには、この体と脳と心の3つの健康が不可欠なのです。
 今の若い人たちは非常にキレやすいといわれています。それは子供たちが今、あまりご飯を食べない、魚を食べない、野菜を食べない、カルシウムをとらない、反対に動物性食品や油の多い洋食中心、あるいはファストフードやジャンクフードを多くとるようになったことが大きく影響していると思います。
 子供たちに限らず現代では、便利さによって、さらにはテクノストレス、人間関係におけるストレス、地球温暖化や環境汚染などにより、我々の健康、すなわち体、脳、心の3つの健康が失われています。
 今平均寿命は82歳くらいですが、健康寿命は74歳だといわれ(WHO)、最後の8年間は不健康で苦しんでいる期間ということになります。平均寿命を延ばすのも大事ですが、健康寿命、即ち健やかに過ごせる人生の長さをしっかり延ばすことが最も大事です。
 それには、これまでの6大栄養素あるいは30品目を食べれば良いという時代ではなくなってきています(図6)。そこに必要なものがヘルスフードという考え方です。病気になってから治すのではなく、病気を予防する、発症時期を遅らせる、それは食品にしかできないんですね。発症する時期を遅らせるという考え方から生まれた予防的な食品を、ヘルスフードと呼んでいるわけです(図7・表4)。
 それは健康食品とかサプリメントばかりではなく、一般食品の形でも、例えば米粉で作ったパンもできるわけです。
 お米に関しても今回発見された2つの作用の他にも、まだまだ素晴らしい作用があると考えられています。ヘルスフードの可能性を大きく秘めたお米の研究を今後もさらに重ね、和食の見直し、ご飯食の見直し、お米のさらなる有効利用をはかり、それが引いては健康寿命の延命につながることを願っています。
(インタビュー構成・本誌 功刀)