"味噌”は、イソフラボンの最大摂取源

箸が立つほどの「具沢山の味噌汁」で、生活習慣病を予防

東京農業大学元教授 好井久雄先生

味噌汁を1日3杯以上飲む女性は、1杯以下の人に比べて、乳がん罹患率は約半分

 「味噌汁は朝の毒消し・医者殺し」といい伝えられてきた言葉が今、多くの栄養学的、医学的研究から明らかになっています。
 最近では「味噌汁を1日3杯以上飲む女性は1杯以下の人に比べ、乳がんになる率が半分近く(約40%)も低くなる」という調査結果が出ています(図1)※。
 有効成分は大豆に含まれるイソフラボンと考えられていますが、この調査では大豆、豆腐、油揚げ、納豆など他の大豆食品では、味噌汁ほど明確な因果関係はわかりませんでした。
 醸造学の専門家で、味噌博士で知られる好井久雄先生はこの結果を、「味噌のイソフラボンは他の大豆食品より吸収されやすい状態になっている。この違いが大きいのではないか」と推測されています。
 イソフラボンだけではなく、味噌には様々な機能性成分が含まれ、多くの生活習慣病の予防に役立つことがわかっています。
 何より味噌は、日本の国菌といわれる麹菌の作用によって、栄養豊富な大豆が吸収されやすい形に分解され、コクのある滋味豊かな調味料として1200年にわたって日本人の食生活、健康生活を支えてきました。
"箸が立つ”くらい、野菜や海藻が入った「具沢山の味噌汁」は最高の健康長寿食と評価される好井先生に、味噌の健康効果、味噌汁の効用などをうかがいました。
※厚生労働省研究班「多目的コホートによるがん・循環器疾患の疫学研究」による、岩手、秋田、長野、沖縄の4地域に住む40〜59歳の女性2万人以上を対象にした1990年から10年間の追跡調査結果。

発酵がもたらす味噌の優秀性
麹菌による発酵

好井 いろいろある大豆製品の中でも、味噌がより優れているのは大豆を発酵させてあるからです。
 味噌は麹の酵素や、酵母、乳酸菌など微生物の働きによって発酵・熟成して製品となります。
 日本の発酵食品のほとんど全ては昔から黄麹菌が使われ、麹菌は日本の国の菌「国菌」ともいわれています。
 麹菌の胞子は米や麦、あるいは豆味噌では大豆に付着して、菌糸が生える段階で、いろいろな酵素を生成します。例えば、味噌づくりに必要なタンパク質分解酵素や、澱粉質(糖質)を分解するアミラーゼをはじめいろんな酵素を生成して、大豆中のタンパク質や脂質、糖質などを分解し、大豆の消化吸収が格段に良くなります。
 さらに、発酵・熟成の過程では、麹菌の酵素や、酵母や乳酸菌などの働きで、もとの大豆にはない味噌特有の機能性成分が生まれます(図2・3)。

味噌はイソフラボンの最大摂取源

──イソフラボンからアグリコンへの変化──
好井 分解される成分には、大豆の中では糖がくっついた配糖体という形で含まれているイソフラボンもあります。
 イソフラボンは「植物性エストロゲン」とも呼ばれ、女性ホルモンの一つであるエストロゲンとよく似た構造と作用を持ち、閉経期前後に起きやすい更年期障害、骨粗鬆症、動脈硬化などの予防と改善に役立つ他に、乳がんや前立腺がん、肝臓がんなどのがん予防効果が知られています。
 しかし、大豆イソフラボンは発酵・熟成という過程を経ない限り、加水や加熱加工しても100%配糖体の形で存在します。配糖体は分子量が大きいので、腸での吸収率があまり良くありません。そこで腸内ではβ|グルコシダーゼという酵素によって糖を切り離し、吸収しやすい形のアグリコンに変えられます。
 ところが味噌の場合、麹菌が作り出す酵素によって配糖体が分解され、熟成品ではすでにアグリコンになっている(図2)ので、非常に吸収率が高くなるのです。
 中でも大豆100%で出来ている豆味噌は、もともとイソフラボンが多い上に熟成期間も長いために、イソフラボンがアグリコンに変化する度合は90%以上にもなります。最も多く使われている米味噌でも50%、麦味噌なども30%はアグリコンに変化してますから、味噌はイソフラボンの摂取源として最適といえるわけです。
 また、豆味噌では麹菌が生成する別の酵素の働きで、イソフラボンの構造が変わり、それが老化やがん、生活習慣病などの元凶となる活性酸素を強力に消去する作用を持ち、これもがんの抑制に役立っていると思われます。

褐変反応によるメラノイジンの生成と香気成分HEMF

好井 味噌ができる発酵・熟成の過程では、糖(特に褐変を起こしやすい5単糖のペントース)とアミノ酸が反応して、大豆のもともとの黄色がだんだん茶褐色に変わっていく「褐変反応」が起きて、最終的にはメラノイジンという褐色色素ができます(図2・3)。
 メラノイジンは味噌独特の香りやコク、まろみを出す他に、機能性があり、活性酸素による細胞膜や遺伝子の損傷を防ぐ抗酸化作用や、食物繊維に似た作用で、がんの抑制、糖尿病の予防、血圧低下などに役立つことが知られています。
 さらにメラノイジンができるまでの、褐変反応の中間過程では、酵母が作用してHEMF(ヒドロキシ・エチル・メチル・フラノン)という香り成分ができます(図2)。
 HEMFもメラノイジン同様、活性酸素の消去作用(抗酸化作用)が強いことがわかってきて、HEMFに変換する能力の高い酵母の検索や、HEMFの多い味噌作りなど最近ずいぶん研究されています。

大豆タンパク質の吸収率も高い

好井 また、大豆は畑の肉といわれるほど肉とほとんど変わらない栄養価があります。大豆タンパク質は必須アミノ酸をバランスよく含み、特にお米(ご飯)と大豆のタンパク質の組み合わせでは必須アミノ酸の組成が大変良くなります。
 味噌汁一杯分に使う味噌(淡色辛味噌)は約12gで、効率よく体に吸収される大豆タンパク質を1・5gとることができ、一日に摂取したい大豆タンパク質は味噌汁3〜4杯分で確保できるということになります。
 栄養面だけではなく、大豆タンパクには機能性もあり、コレステロールの低下作用や、セリルトリプトファンというペプチドには、血圧を上げるアンギオテンシン・というホルモンが体内で出来るのを阻害する働きがあります(図2・3)。
 大豆タンパクの欠点は消化があまり良くないことです。ところが味噌では、その大豆のタンパク質がペプチド(アミノ酸が2個以上つながったもの)や、アミノ酸にまで分解されて吸収が大変良くなっています。ペプチドにはアミノ酸よりむしろ吸収が早いものもあります。

味噌の生活習慣病予防効果
味噌汁を飲む人ほど健康
がんの抑制
──乳がん罹患率は約半減──

好井 最近「味噌汁を飲む頻度が多いほど、乳がんが減る」という厚労省の10年間の追跡調査結果が出ました(図1)。
 乳がんは欧米人に多く、日本人には少なかったがんですが、食生活の欧米化につれて日本でも急激に増えて、1994年からは女性のがんのトップとなっています(図4)。
 乳がんは女性ホルモンの一つであるエストロゲンが長期に高いレベルにある人がなりやすいといわれ、イソフラボンの乳がん抑制効果は、イソフラボンはエストロゲンが体内で高い時は拮抗して働き、その働きを弱めるからだと考えられています。
 今回の厚労省の大規模調査では大豆、豆腐、油揚げ、納豆など他の大豆食品では、味噌汁ほどはっきりした因果関係がわからなかったということですが、その違いは味噌の場合、イソフラボンがアグリコンに変化して非常に吸収されやすい形になっていることが大きいと思います。
 味噌汁のがん予防効果をいち早く発表されたのは平山雄先生です。平山先生は1981(昭和56)年に、「味噌汁を飲む人ほど胃がんになりにくい」と発表されました(図5)。
 その後の研究で、味噌のがん予防効果は胃がんだけではなく、実は肝臓がんや大腸がんの抑制効果もあることがわかりました。
 いずれにしても味噌の抗がん効果は、イソフラボンをはじめ、抗酸化作用のあるメラノイジンやHEMFなど、味噌に含まれている様々な抗酸化成分、機能性成分が複合的に働くためと考えられます(図2・3)。
 味噌の脂質が分解されてできたリノレン酸と酵母の作ったアルコールが結合したリノレン酸エチルエステルという成分には発がん物質ベンツピレンの働きを抑える働きもあります(図2)。味噌汁1杯にはリノレン酸エチルエステル約10mgが含まれ、これだけで牛肉5kgが焦げた時にできるベンツピレンを消せるといわれています。

その他、多彩な生活習慣病予防効果

好井 平山先生はがんだけではなく、味噌汁を多くとっていると、高血圧や動脈硬化性疾患、消化器潰瘍、肝硬変による死亡率も低くなると指摘されました。
 実際、味噌には動脈硬化や高血圧、高コレステロール血症、糖尿病など多くの生活習慣病の予防効果が認められています。
 例えば、味噌には5〜10%の脂質が含まれ、味噌のなめらかな舌ざわりや香気成分の生成に重要な働きをしている他、必須脂肪酸のリノール酸にはコレステロール低下作用があります。
 味噌の脂質は酸化しにくく、これは大豆に含まれるビタミンEやイソフラボン、レシチン、メラノイジンなど、味噌には強力な抗酸化物質がいろいろ含まれているからです。
 さらに、味噌のえぐみに残っているサポニンは、強力なコレステロール低下作用もあることがわかってきて、脳梗塞や血栓などの予防に役立つと考えられています。

箸が立つほど具沢山の味噌汁のすすめ
味噌の種類と、有効性

好井 味噌は原料の麹と塩の配合や、熟成期間の違いによって、様々な種類があります。
 麹の種類によって米味噌、麦味噌、豆味噌、また、色や味によって白味噌、赤味噌、甘味噌、辛口味噌などに分けられます(表1・図6)。
 白味噌は大豆を脱皮して釜で煮るため、褐色色素の基になるアミノ酸や糖は水に溶けて取り除かれ、熟成期間も短いので、淡いクリーム色に仕上がります。信州味噌も大豆を煮るので淡黄色に仕上がります。仙台味噌など赤味噌では大豆を高温で長時間蒸すのでかなり着色し、熟成期間も長いので赤褐色となります。原料全てが大豆である豆味噌はアミノ酸も糖も多く、熟成期間も長いので濃い赤褐色になり、熟成に3年以上もかける八丁味噌では暗褐色になります。
 また、天然醸造と速醸の違いは「天然醸造」は加温による醸造の促進をしないもので、かつ食品添加物を使用しないものと定められています。「速醸」は温醸といって、発酵室の温度をコントロールし、酵素や微生物を効率よく働かせて短期間で熟成したもので、昭和25〜30年頃から急速に普及しました。速醸だから品質が劣るということはなく、むしろ温度管理によって乳酸菌、酵母などの発酵管理も合理的に行うことができるので品質は向上します。
 イソフラボンのアグリコン化にしても、メラノイジンの生成にしても、機能性を示す成分は時間的経過と共に生成してきますので、色の濃い赤味噌や豆味噌の方が有効性が高いわけですが、味噌の基本は調味料ですから、料理に合う合わない、また、お袋の味の代表格でもあり、嗜好性も無視できません。
 ご自分の好みにあった味噌を使って、味噌汁はできれば毎日3回、最低でも朝の1杯はとって欲しいものです。

万能調味料としての味噌

好井 味噌は昔ながらの「ご飯に味噌汁」しか用途がないわけではありません。
 味噌の調味料としての最大の特徴は野菜、肉、魚介類、海藻など、どのような食材とも相性が良い点です。味噌は醤油とも違った、コクのあるマイルドな味わい(滋味)があり、食べ続けても飽きがこないのも魅力といえるでしょう。
 醤油は世界の調味料になりましたが、醤油よりはクセの強い味噌ではそこまでにはいきませんが、フランス料理のシェフも隠し味に結構使っているそうです。アメリカでは大豆のがん予防効果などFDAが奨励して、豆腐がまず売れ、味噌や醤油も他の国より売れています。

意外と少ない塩分
具沢山なら、よりヘルシー!!

好井 味噌汁は塩分が気になるという人も多いのですが、味噌汁に含まれる塩分は1%前後でそんなに多くはありません(表2)。むしろ塩分を気にして味噌をとらない方が、かえって健康にはマイナスと思われます。
 それでも塩分が気になる人、また栄養的な面からいいましても、味噌汁は箸が立つほど具が多い、具沢山の味噌汁がすすめられます。
 大豆やイモ類、野菜類に多く含まれるカリウムは腎臓で食塩のナトリウムを排出してくれますし、ワカメなどの海藻に含まれる食物繊維はナトリウムを吸着して体内での吸収を防いでくれます。
 さらに、日本人に不足しがちなミネラルのカルシウムや鉄分、マグネシウムの重要な供給源にもなります。豆腐や小松菜、ワカメなどを具に、煮干しなどジャコでだしをとった味噌汁l碗でカルシウム233g、鉄分2・7mgが補え、1日3食とればカルシウムや鉄の所要量が満たせます。イソフラボンには骨粗鬆症予防効果もありますから、具沢山の味噌汁はその点からもすすめられます。

酸化褐変に注意!
空気にふれないように保存

好井 褐変反応にはメラノイジンのように酸素が関与しないで進む反応だけではなく、空気(酸素)にふれて起きる酸化褐変があります。酸化褐変が起こると色がくすんで濃くなり、風味も落ちてきます。
 味噌や醤油は冷蔵庫に保存し、味噌はフィルムやラップでおおい、醤油は小分けして小さなビンに入れてなるべく空気にふれないようにすると良いでしょう。
 開封後は一ヶ月をめどに使い切るのが適当です。

美味しい味噌汁作り

好井 美味しい味噌汁作りの第一は、色がさえてツヤが良く、香りが食欲をそそる良い味噌を選ぶことです。口に入れたときに甘味と塩味が溶け合って、風味が口の中に広がるものが良い味噌です。そして、2種類の味噌をブレントするとコクがまします。白味噌と赤味噌の割合を変えて、寒くなるにしたがって白味噌を多くするのもいいでしょう。
 味噌の美味しさは舌触りのなめらかさにもあります。粒味噌はすり鉢ですりつぶし、だし汁に溶き入れる時には味噌こしでこします。
 具は新鮮な旬のものを基本に、健康にはいろいろ取り合わせて具沢山に。
 味噌を入れるタイミングも大事です。具はだし汁で下煮し、味噌は食べる直前にだし汁で溶きながら入れて一煮立ち。グラグラ加熱すると味噌の香り成分が飛んで、味も落ちますから、味噌は煮えばな(煮え端)に入れ、さっと加熱して火を止めるのが、美味しい味噌汁作りのポイントです。
 万能調味料としての味噌は、味噌汁だけではなく、いろいろな料理に応用されるとまた違った味が楽しめるでしょう。
(取材構成・本誌功刀)