生活習慣病の予防と免疫力の維持にミネラルの重要性
特に高齢者は十分な摂取を
京都大学名誉教授・福井県立大学教授 糸川嘉則先生
平均寿命からみるとわが国は現在世界一の長寿国となっていますが、国民の有病率(病気になった人の比率)は上昇しています。これはいうまでもなく高齢化による生活習慣病の増加の結果です。生活習慣病対策は食物、栄養の摂り方の工夫が基本になるというのは大方の認識が一致しています。
栄養、食物摂取の適量摂取の意義は、それによって個々の栄養素の機能を与えることで、生活活動を円滑に行わせることにあります。
人によって生活ぶりは千差万別であり、そのさまざまな状態に対応した栄養素の摂り方があります。たとえば、年齢の違い、性別、身体の大小で栄養素の必要量が変わるのは当然です。
高齢期になると消化、吸収などの機能が低下したりするので、ある栄養素を余分に摂る必要が生じたり、またある栄養素をいくぶん控え目に摂ることが必要となったりします。
今月はミネラルに重点を置いて、我が国のミネラル栄養学の重鎮でいらっしゃる糸川嘉則先生に、高齢化社会で一段と高まるミネラルの重要性と全般的知識、望ましい摂取などについてうかがいました。
ミネラルとは
糸川 医学や栄養学ではミネラルを生体に含まれる元素のうち、炭水化物、脂肪、タンパク質など有機物の主要な構成成分になっている炭素、窒素、酸素、水素を除いたものであるとしています。
あるミネラルが必須であるか非必須であるかを決めるためには、そのミネラルが人間で不足した場合、欠乏症が発生し、そのミネラルを補給することにより欠乏症が治癒すれば、それは必須ミネラルである証拠となります。
ミネラルはビタミンと同様、微量でも生体調整に欠くことのできない栄養素であるとともに、近年さまざまな薬理作用が明らかになり、21世紀は「ミネラルの時代」ともいわれています。
ところが一方では、精製塩や白砂糖をはじめとする精製加工食品の氾濫、高脂肪・高蛋白・低繊維に偏る現代の食生活では、ミネラルの不足がいわれてきたのです。
平成11(1999)年に改訂された『第6次改訂日本人の栄養所要量』では従来、鉄とカルシウムだけだった栄養所要量に新たに、マグネシウム、カリウム、リン、亜鉛、銅、マンガン、ヨウ素、セレン、クロム、モリブデンが定められました。
平成12年改訂の『五訂日本食品標準成分表』では1882食品についてナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、リン、鉄、亜鉛、銅の含有量が収録。これにより、平成13年度の国民栄養調査では、カルシウム、マグネシウム、ナトリウム、カリウム、リン、鉄、亜鉛、銅の摂取量が調査されました。
その結果、カルシウムは12歳以上の全年齢層で所要量より低く、特に18〜49歳の働き盛りでは大幅に下回り、マグネシウムもほぼ似たような結果でした。また鉄と銅が男女とも全年齢層で所要量より低く、亜鉛は男子では18歳以上、女子では15歳以上で所要量を下回りました。
生活習慣病が心配される高齢者層に限ると、50歳以上ではカルシウム、マグネシウムは男女ともほぼ所要量に近く、鉄も男性ではほぼ合格点、女性はやや不足気味、亜鉛や銅はかなり不足するものの20〜40代よりは良い、70歳以上では男女とも鉄、亜鉛、銅は所要量の約80%に達し、リンやカリウムは120%となりました。
日本人のミネラル摂取量は十分とはいえず、また、高齢者は思った以上に摂取してはいますが、高齢のため体内で利用されにくく、ほとんど使われないで体外に排出されてしまっている心配もあると警告されました。
高齢者は摂取量はほぼ合格点でも血中ミネラル濃度は低い
糸川 老人保健施設に入所している男女10人(70〜90歳)と、学生や病院職員の男女10人(19〜40歳)の、ミネラルの摂取量と血中濃度を比べたことがあります。その結果、高齢者のカルシウムやマグネシウム、亜鉛などの血中濃度は、摂取量の割には若い人たちより低いことがわかりました。
60歳頃からは生理的な変化で、栄養成分は吸収されにくくなり、吸収されてもそれを利用したり、体内に保持する能力が低下するので、十分に摂取してもほとんど使われないまま体外に排出されてしまうことが多いのです。
例えば、ある種のミネラルは酵素として働くタンパク質と結びついて栄養成分などを代謝させますが、高齢になると酵素として働くタンパク質にも変化が起こり、ミネラルが結合しにくくなります。
また、高齢になると代謝を活発にしてくれる筋肉などの活性組織が減り、代わりに脂肪が増える傾向にあります。そのため代謝が落ちて、ミネラルの吸収や利用効率が悪くなる可能性もあります。
ミネラル欠乏症
糸川 人体は主要なミネラルに対してはホメオスタシスが働き、通常長期間の欠乏が続かない限り欠乏症が発生することはありません。しかし、いったん欠乏症が発生すると治療法がなく、重篤な病気に移行することが多くなります。一方、微量元素は必要量も微量であるから欠乏することは比較的稀であると思われますが、鉄やヨウ素の欠乏症のように多くの人口が罹患している欠乏症もあります。また、新しい医療技術を導入することにより、微量元素欠乏が発生することもあります。さらに、欠乏するとどのような病気になるのか明らかでない微量元
素もあります。
そこでヒトに発生する主なミネラル欠乏症についてざっと見てみましょう。
ナトリウム欠乏症
ナトリウム欠乏食を与えたヒトには、食欲不振、悪心、疲労感、筋肉痛、血液濃縮が見られます。このような異常は塩分と水を与えると回復します。治療せずに放置しておけば昏睡におちいり死亡するわけです。ナトリウムの最少必要量は食塩に換算すると1日2・5g程度と考えられます。
カリウム欠乏症
ヒトに起こる低カリウム血症は食事中のカリウム不足、糖尿病や腎臓疾患などによる尿からのカリウムの喪失、下痢、嘔吐による消化管からのカリウムの喪失により発生します。症状は脱力感、食欲不振、筋無力症、精神障害、低血圧、不整脈や頻脈など脈拍の異常、心電図の異常、アルカリ血症などが発生します。治療はカリウムを補給することです。
しかし、カリウムの栄養状態はナトリウムとのバランスが大きく影響します。カリウム欠乏であってもナトリウムも欠乏であればアルカリ血症も低カリウム血症も著明には現れてきません。逆にナトリウムの排泄障害がありナトリウムが体内に過剰になるとアルカリ血症や低カリウム血症もひどくなります。
カルシウム欠乏症
成人で約1kg存在するカルシウムのほとんどは骨と歯の硬い組織に含まれています。骨と歯はカルシウムの貯蔵庫であり、カルシウムは骨と血液の間で常に出入りをしています。
カルシウム欠乏食を摂っていても骨からカルシウムが動員されるので、すぐに欠乏症が発生することはないのです。しかし、骨や歯は弱くなると考えられます。そして、慢性的にカルシウムが欠乏していると老年期になって骨粗鬆症になります。骨痛は稀ですが、骨が脆くなり骨折を起こすことが多いですね。経産婦に歯の病気になる者が多く、骨粗鬆症も多いのは妊娠時や授乳期にカルシウムが不足していることを示唆していると思います。子供の側からみると、歯は胎児期と乳幼児期に形成されますから、母親のカルシウム摂取量が低いと、子供の歯
の質が悪くなり、う歯になりやすくなります。顎骨の発育も悪く、歯並びも悪くなってしまいます。
マグネシウム欠乏症
マグネシウム欠乏の発生する原因には摂取不足のほかに、慢性下痢などによるマグネシウムの腸管吸収障害、利尿剤長期投与やアルコールの大量摂取によるマグネシウム排泄の促進などがあります。
症状としては震え、筋肉のけいれんなどの神経過敏状態があり、精神的にも抑うつ症、不安感、精神錯乱などの異常が起こります。
しかしながら、近年慢性的なマグネシウム欠乏症として最も注目されているのは心臓疾患です。そして、これにはカルシウムとの相互関係が重要な意味をもちます。カルシウム/マグネシウム比と虚血性心疾患(心筋梗塞、狭心症)死亡率を国別に比較して見ますと、フィンランド、アメリカ合衆国、オランダなどのカルシウム/マグネシウム比が高い国は虚血性心疾患による死亡率も高く、日本、ユーゴスラビア、ギリシアなど、この比が低い国は虚血性心疾患による死亡率も低いのです。
──ミネラルバランスと循環器疾患──
糸川 マグネシウム欠乏では血管の径が細くなっているという動物実験の報告があります。
臨床的な研究でも利尿剤の長期投与でマグネシウム欠乏症状を起こしている患者にマグネシウムを投与すると症状が改善しますが、その時、骨格筋の生検標本のミネラル類を測定すると治療前に比べて治療後でマグネシウムとカリウムの両者の上昇が認められます。
このように心臓、血管系ではナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウムの4種のミネラルが微妙に関連していると考えられます。
マグネシウム欠乏になるとナトリウム、カルシウムは細胞内に流入し、カリウム、マグネシウムは細胞外に流出します。ナトリウムが細胞内に増加すると、カルシウムはさらに細胞内に増えます。このような現象が血管壁の細胞に起これば、血管壁が緊張し、攣縮が発生し、血管は細くなります。
ナトリウムとカルシウムが増加することと、マグネシウムとカリウムが減少することが危険因子の上昇につながります。この4種のミネラルのうちマグネシウムは最も体内に少なく、ホルモンによる調節機構も弱いので食事の影響を最も受けやすく、体の調子が悪くなったり良くなったりする鍵になるミネラルと考えられるのです。
鉄欠乏症
鉄は繰り返し利用されますから、鉄欠乏症が発生するのは長期間にわたり鉄欠乏食を摂取し続けるか、月経過多、外傷、胃潰瘍などで多量の出血があったり、長期の下痢などで鉄の需要が大きく増加した時に限られます。
一般的な鉄欠乏症は鉄欠乏性貧血です。赤血球の数が減少し、赤血球自体も小さくなり、形も変形しているのがわかります。ヘモグロビン量は低下します。血液中の酸素輸送能が低下するから皮膚は青白くなり、疲労しやすくなり、食欲不振、運動時の動悸、息切れ、無力感なども出てきます。口角炎、舌炎も起こる場合があります。
ヨウ素欠乏症
ヨウ素が欠乏すると甲状腺腫が発生します。これはヨウ素が欠乏するとトリヨードチロニンとチロキシンの2種の甲状腺ホルモンが作られなくなるため、甲状腺が自ら肥大して、ホルモンを作り出そうとするためと考えられています。
1日の尿中排泄量が50以下になるとヨウ素欠乏による甲状腺腫が発生する可能性が出てきます。
亜鉛欠乏症
腸から亜鉛の吸収ができない先天的な疾患(腸性肢端皮膚炎症)では、眼、口の周囲、手足などにかさぶたをもった皮膚炎が起こります。頭髪は抜けて禿頭になります。放置しておくと発育不良、栄養失調が起こり、伝染病等に対する抵抗力、免疫力が弱まり、感染症などで死亡します。亜鉛を注射投与すると著効を示します。
近年、輸液によりすべての栄養を受けている完全静脈栄養の患者に腸性肢端皮膚炎症と類似した皮膚炎、頭髪の脱落が発生するという症例が報告されています。栄養のすべてを人工的な栄養素混合液から摂る場合、微量元素が輸液に添加されていないで、輸液が長期間になると微量元素欠乏症が発生します。現代の最新医療における注意すべき問題点の一つです。
亜鉛が不足していると、外傷を受けたり火傷をした後の治癒が遅れます。また食物の味がわからない味覚異常を有する人の約半分は、毛髪や血液中の亜鉛濃度が低いことが報告されています。
銅欠乏症
亜鉛の場合と同様に、完全静脈栄養を長期間受けていた患者に銅欠乏症が発生します。この時の主要な症状は貧血です。銅は血清中のセルロプラスミンに含まれ、セルロプラスミンは2価の鉄を3価の鉄に酸化して鉄を輸送する役割を有します。銅欠乏で貧血が起こるのは、このセルロプラスミンの作用が障害され鉄の利用ができなくなるためと考えられます。
マンガン欠乏症
長期にわたり完全静脈栄養を実施し、その輸液の中にマンガンが含まれていない場合にはマンガン欠乏症が発生する可能性があります。この場合、主要な症状としては骨疾患と皮膚疾患として現れるようです。そのような異常が現れた場合にはマンガン欠乏を疑ってみる必要があります。
セレン欠乏症
1935年ごろ満州黒竜江省克山県(現在の中国東北部)に「克山の奇病」と呼ばれた原因不明の病気が多発し、多くの死者が出ました。この病気は心筋疾患であることが確認され、克山病と名付けられました。この病気はセレン欠乏症であるという見解が中国の研究者から出されたのです。中国で克山病の発生する地域では、土壌中にセレン濃度が低いため、そこで収穫される作物にもセレン濃度が低く、セレン欠乏が発生したというものです。この地方の住民は血液中のセレン濃度も低かったのでした。そして、セレンをこの地方の人に与えるという
政策を取ってからは克山病の発生が著しく減少したことが報告されています。
ミネラルの生理作用
糸川 ミネラル類の作用は近年急速に明らかになりつつありますが、それが生理作用であるか薬理作用であるか、特に微量元素については明確に区別できないこともあります。ここでは、現在の知識で恐らく生理作用であろうと考えられるものについて述べることにします。
ナトリウム(Na)
ナトリウムは細胞外に存在する主要なミネラルで塩素と結合してNaClの形で存在することが多いのです。体液の浸透圧を維持し、酸・塩基平衡を正常に保つ上で重要なミネラルです。微量のナトリウムは細胞膜において糖、アミノ酸などの能動輸送に関与し、神経の興奮伝導などにも重要な役割を有しています。
カリウム(K)
細胞内に存在する主要なミネラルです。細胞液の浸透圧や酸・塩基平衡を維持する作用があります。神経や筋肉の興奮伝導にも関与しています。
塩素(Cl)
細胞外に存在する陰イオンの60%を占めます。胃酸の主要な成分となります。また、唾液中に存在する酵素のアミラーゼの活性を強める作用があります。
カルシウム(Ca)
カルシウムは人体内に含まれるミネラルで最もその量が多く、体重の約2%を占めます。その99%以上が骨や歯の硬組織中に、ヒドロキシアパタイトに類似した結晶の形で存在します。骨が硬さを保つことができるのは様々なミネラルの結晶が骨の基質に沈着するからです。骨に存在するカルシウムはホメオスタシス調節により容易に利用できるカルシウム源になっています。
硬組織以外ではカルシウムは比較的低濃度ですが、血液凝固、筋肉の収縮と弛緩、神経の興奮など重要な役割をもっています。さらに、カルシウムは各種の酵素の活性を保つのに必要であり、セカンドメッセンジャーとしての細胞内の代謝調節に関与しています。
リン(P)
体内の約80%のリンはカルシウム塩として骨や歯の成分となっています。その他のリンは核酸の成分となり生殖、遺伝に関与したり、ATPのような高エネルギー化合物を作り、筋肉収縮やホルモンの分泌などにかかわっています。また、解糖系など物質代謝にはリン酸化合物が関与しています。種々なビタミン類は活性型に変換するためにリン酸が結合する必要があるものが多いのです。さらに、リン脂質としては細胞膜の構成成分となり、脂質の体内輸送にも関与しています。
マグネシウム(Mg)
体内の約半分のマグネシウムが骨に貯蔵されていますが、その他のマグネシウムは種々の組織で酵素反応に関与しています。ほとんどすべての酵素は反応にマグネシウムを必要としますから、エネルギー代謝、核酸、タンパク質の維持、体温調節、神経の興奮、筋肉の収縮、ホルモンの分泌などの生理機能のすべてにマグネシウムが関係しているといえます。特に、ナトリウム|カリウムポンプが関与する能動輸送などの機能にマグネシウムは必須です。
マグネシウムは脳動脈や心臓冠状動脈の血管細胞内に過剰なカルシウムが流入し、血管の攣縮が発生するのを抑えることにより、脳梗塞、心筋梗塞を予防する作用があります。
鉄(Fe)
人体内の60〜70%の鉄は赤血球ヘモグロビン中にヘム鉄として存在し、酸素の運搬を行っています。また、微量の鉄はヘモグロビンと類似した型で、筋肉のミオグロビンの構成成分となり、同じく酸素運搬に関与しています。また、電子伝達系の主役となるチトクロームやフラビン酵素群は鉄を結合したタンパク質で、体内の酸化還元反応に関与しています。その他、肝臓、脾臓、骨髄などにフェリチン、ヘモジデリンなど高分子物質と結合した型で鉄が貯蔵されており、鉄が不足した場合に利用されます。
亜鉛(Zn)
亜鉛は炭酸脱水素酵素、アルコール脱水素酵素、アルカリホスファターゼ、DNAポリメラーゼなど種々の酵素の活性中心となっており、物質代謝、核酸、タンパク質合成などに重要な役割を演じています。また、亜鉛は膵臓ホルモン、インスリンを結晶化した際の成分となるし、卵胞刺激ホルモン、黄体形成ホルモンの作用も亜鉛を加えると増強されます。有害な重金属を捕捉して毒性を弱めるメタロチオネインというタンパク質も亜鉛結合タンパク質です。
銅(Cu)
銅は赤血球内では活性酸素のスカベンジャー(除去屋)となる酵素スーパーオキシドジスムターゼに含まれます。したがって過酸化脂質の生成を防止する作用があります。また銅は2価の鉄を3価の鉄に変換して鉄輸送タンパク質に渡す役割もしています。また、骨基質となるコラーゲン繊維の安定化に関与する酵素の構成成分となるし、皮膚や眼に存在する色素メラニンを生成するチロシナーゼの成分にもなります。
ヨウ素(l)
人体内に存在するヨウ素の70〜80%が甲状腺に含まれていて、甲状腺の2種のホルモン、チロキシンとトリヨードチロニンの構成成分となります。この2種のホルモンは組織酸化を促進し、代謝を亢進する作用があります。
マンガン(Mn)
マンガンは数種類の酵素の成分になっていますが、マンガンを含まない酵素でも、マンガンを副因子として必要とする場合が多いのです。しかし、この場合でも、酵素活性の維持には、マンガンの代わりにマグネシウムなど他の元素により代替される場合が多いのです。
セレン(Se)
セレンは含硫アミノ酸の硫黄がセレンと置き換わったセレンアミノ酸の形で自然界に普遍的に存在しています。酵素タンパク質には主としてこのセレンアミノ酸の形で取り込まれていると考えられます。セレンアミノ酸類とセレン含有酵素群の生理活性として特に重要なのは、過酸化脂質を分解する作用があるグルタチオンペルオキシダーゼの活性中心になっていることです。この作用により、セレンは過酸化脂質の貯留に基づく種々の疾患を抑制していると考えられます。
従来セレンはビタミンEの作用を代替すると考えられていましたが、研究の進展に伴い、ビタミンEは脂質ラジカルの生成を防ぎ、セレンは過酸化脂質の分解に関与するグルタチオンペルオキシダーゼの活性中心となっていることが明らかになりました。すなわち、過酸化脂質を分解するという点では同様な作用を有するが、作用機構は異なるわけです。
モリブデン(Mo)
モリブデンはキサンチン酸化酵素やアルデヒド酸化酵素など種々の酸化酵素の構成成分となり、生体内の物質代謝に関与しています。動物でモリブデン欠乏症にするとこれらの酵素活性が低下し、体重も下がりますが、モリブデンを与えると、酵素活性、体重ともに回復します。
コバルト(Co)
コバルトはビタミンB12の構成成分であり、その作用のほとんどはビタミンB12の作用と考えてよいのです。しかし、人体内に含まれるコバルトのうち、85%はビタミンB12以外のコバルトで、これらがどのような生理作用をもっているのかはまだ明確ではありません。
ニッケル(Ni)
一酸化炭素を酸化して二酸化炭素を生成する反応を触媒する一酸化炭素脱水素酵素はニッケル含有酵素であることが判明しました。
ミネラルの薬理作用
糸川 ミネラルも摂り過ぎは中毒作用が現われますが、生理作用を発揮する量を越えて与えると、それまでとは全く異なった作用が出てくる場合があり、最近栄養素のこのような作用を探究する研究が盛んに行われるようになりました。この作用を薬理作用といいます。
マグネシウムの下剤作用
マグネシウムを大量に摂ると下痢を起こします。特に、硫酸マグネシウムは吸収されにくいため、浸透圧が高くなり水分の吸収を防ぎ、腸内容物は液状にとどまり、蠕動運動を亢進させる作用があります。硫酸マグネシウムは緩下剤として用いられます。
亜鉛の味覚保持作用
味覚異常を訴えて病院にきた患者のうち50%は血清亜鉛濃度が低く、毛髪中亜鉛濃度も低いという報告があります。そして、これらの患者に大量の亜鉛を投与することにより、味覚異常が治癒することを認めています。なぜ、亜鉛が味覚の維持に関係するのかその詳細な機構は不明ですが、味を感じる味蕾が亜鉛を必要とするためと考えられています。
薬剤の投与により味覚異常を起こすこともあり、この中には薬剤が亜鉛欠乏をもたらすことにより発生する症例が存在すると思われます。
亜鉛の創傷治癒効果
亜鉛は古くから創傷の治療に用いられていました。火傷や手術の後で、尿中に亜鉛が大量に排泄され、その結果、亜鉛欠乏になり傷の治りが悪くなったが、毎日3回、50mgの亜鉛を内服させることにより、傷の治癒が早くなったという報告があります。創傷や胃潰瘍の治癒に亜鉛が有効であったという多くの報告もあります。
亜鉛を与えると15日位から急激に傷の治りがよくなるケースがあります。この作用はタンパク質合成や白血球機能に関連したものと思われますが、詳細な機構は不明です。
銅の消炎作用
硫酸銅など銅化合物は粘膜炎、皮膚炎やトラコーマ、水虫などかび感染症の治療に用いられます。銅には殺菌、消炎、腐食作用があります。
銅と循環器疾患
銅欠乏のラットでは血管壁の弾力性のあるタンパク質エラスチンが弱くなり、収縮力が低下するという報告があります。しかし、収縮力が低下すると心臓や腎臓にどのような影響が出るのか不明な点が多いのです。
クロムの糖尿病治療作用
クロム含有耐糖因子はビール酵母から抽出されたクロムを含有する低分子の有機物で、構造は未定ですが、動物の体内にも存在しています。糖尿病患者に投与すると耐糖能とインスリン分泌の改善が認められます。その機構はインスリンに関連したものと考えられますが、まだ明確にはなっていません。
クロム欠乏動物で糖尿病の症状が現れ、クロムを与えると回復します。糖尿病患者に無機クロムを与えて治癒したという報告もありますが、クロム含有耐糖因子ほど有効ではないようです。これはクロム含有耐糖因子が無機クロムに比べて腸管吸収が良いだけのためなのか、あるいはクロム含有耐糖因子そのものが、糖尿病を予防する本体であるのか、まだ明らかではありません。
フッ素の抗う歯作用
フッ素はう歯を予防する作用が認められています。しかし、飲料水中のフッ素濃度が2ppm以上になると斑状歯になります。1ppmであれば斑状歯にならず、う歯を予防する作用があることが判明しました。
フッ素のう歯防止作用は、フッ素が歯のエナメルの表層から取り込まれ、エナメル質を溶解する有機酸を産生する細菌ストレプトコッカスミュータンス等の酵素を阻害することによると考えられています。
微量元素とがん
疫学的な研究でヨウ素が欠乏する地域では甲状腺がんや乳がんが多いという結果が出されています。また、がん死亡率と血液中セレン濃度が負の相関を示すという結果なども得られています。一方、ニッケル、ヒ素、クロムは過剰になるとヒトに対して発がん性があることが知られています。このように微量元素にはがんを予防する作用を有するもの、あるいはがんを発生させる作用を有するものがありますが、実際の食生活に適用する程にはまだ十分な知見が得られていません。
ミネラルの摂取は、質の良い自然食とサプリメントの活用で
糸川 ミネラルが欠乏すると各臓器の機能障害が起きます。不足程度の軽度の欠乏(潜在性欠乏)では欠乏症は起きませんが、血中濃度が低下したり、そのミネラルが含まれる酵素の活性が低下して、さまざまな不定愁訴が起こる可能性があります。
一方で、ミネラルは必要量の上限を超えて摂取すると体内に異常な蓄積が起こり、過剰症という中毒症状が出てきます。
ミネラルの摂取は量とバランスが問題になり、欠乏症を来さない最低限の必要量と、過剰症が出る中毒量の間をとることが大切です。
ミネラルは自然塩や海草、魚介類、無精白穀類などに多く含まれ、現代の食生活では不足しがちです。高齢の方では食べる量も若いときと比べて減る人が多く、だからといってミネラルを十分摂取するために食事量を増やすわけにもいきません。年をとるに従って、質の良い食品を選び、玄米や黒糖など精製度の低いものを努めて摂取することが大切です(表)。
さまざまなミネラルを食事でとりきれない場合は、サプリメントで補うのもいいと思います。その場合、サプリメントは食事と一緒にとると吸収が良いといわれていますので、サプリメントは食事中か食事の直後にとるよう習慣づけると良いでしょう。
サプリメントの利用にあたっては総合的にバランスよくとり、一つのミネラルだけに偏って、とり過ぎにならないことも大切です。生活習慣病予防には、所要量のおおよそ2倍程度を目安に、あくまで許容上限量以内にしておくことをしっかりと守りたいものです。