大腸こそ健康の発信源 乳酸菌パワーで健腸長寿!

――21世紀は予防の時代、プロバイオティクスを上手に利用――

理化学研究所微生物機能解析室 辨野義己室長

21世紀は、アンチバイオティクス(抗生物質)から
プロバイオティクスの時代へ

 最近、"プロバイオティクス"という言葉が盛んにいわれています。
 プロバイオティクスとは「口から摂取され、腸内バランスを改善し、人体に有益な働きをもたらす生きた微生物」(表1)のことで、病原菌を退治する"抗生物質(アンチバイオティクス)"と対比する言葉として、"生物間の共生(プロバイオシス)"を語源として生まれました。
 20世紀は、病気になってから薬を飲む「治療の時代」でした。そこには副作用や耐性菌の問題が絶えずつきまとい、病原菌だけではなく、体内にもともと棲みついている有益な微生物まで死滅させてしまう問題もありました。
 一方、21世紀は「予防の時代」といわれ、プロバイオティクスを体内に取り入れ、微生物と共生することで病気を未然に防ごうという考え方が広まっています。
 プロバイオティクスの中でも代表的なものが乳酸菌です。乳酸菌の健康効果は古くから知られていますが、最近、乳酸菌のもつさまざまな機能性が科学的に明らかになり、改めて脚光を浴びています。
 「乳酸菌を上手に利用して大腸を健康の発信源に」と、メディアや講演会などを通じて広く呼びかけている辨野義己先生に、腸の健康と乳酸菌の関係、乳酸菌の上手な利用法などを中心にお話を伺いました。
表1 プロバイオティクスの条件
・胃酸・胆汁に強い
・大腸にまで達することができる
・健康効果、特に腸内環境を改善する
・人が飲んでも副作用がなく安全である
・生きた菌株が高菌数で維持できる
・飲用・食べ方が簡単である
・生産が容易で安価である

プロバイオティクスがもたらす腸内細菌叢と全身の健康
今、日本人の腸年齢が反比例している!!

――先生は、最新の分子生物学的手法を用いて腸内細菌の解析を進められているそうですが、最近、日本人の腸に異変が起きているそうですね。
辨野 そうなんです。大腸の中には私たちの体にとって、有益な善玉菌もいれば、有害な悪玉菌も棲みついており、年齢を重ねるにつれ、善玉菌のビフィズス菌が減って、悪玉菌の代表であるウエルシュ菌が増えてきます(図1)。
 このような腸内細菌叢の変動を「腸年齢の老化」といいますが、最近、若い女性ほど腸年齢の老化が進み、実年齢と腸年齢が反比例する傾向にあるのです。
 その背景には、欧米型の食生活や無理なダイエット、ストレスのかかった不規則な生活習慣などの影響があると考えられます。
 あるテレビ番組で、約2週間も便通のなかった若い女性の腸内細菌を調べたところ、通常は10〜20%ほどあるビフィズス菌が0・6〜3・2%しかなく、逆に、健康な人では3%くらいしかいない悪玉菌のクロストリジウムが12〜16%も占めていました(図2)。「ウンチって毎日出るんですか?」なんて聞く女子高生もいて唖然としましたね。
 このようなひどい腸内細菌叢をもった女性たちが、これから母親になるわけですから、生まれてくる子供はたまったものじゃありません。
 腸内細菌は最初から腸内に棲みついているわけではなく、赤ん防は母親の胎内にいる間は無菌状態で育ち、生まれると同時に微生物の汚染を受けます。出生時に母親から受け継いだ腸内細菌が、その後の子供の健康を左右することになるかもしれないのです。

大腸は病気の発信源
──腸の健康が全身の健康を左右する──

――腸内細菌はどのように健康に影響を及ぼすのでしょうか。
辨野 ヒトの大腸には400〜500種類、糞便1gあたり約1兆個もの細菌が棲みつき、複雑な細菌叢を形成しています。大腸内にいる微生物の総重量は約1・5kgにも及びます。
 体内に細菌のいない無菌動物と通常の動物を比べた実験では、無菌動物は通常動物の約1・5倍長生きすることが分かっています。単純計算すると、私たちが無菌状態で生きた場合、平均寿命を八十歳とすると百二十歳まで生きられることになります。
 この実験結果から、腸内細菌は私たちの寿命を短くしたり、病気を引き起こすやっかいなものだということが分かります。いいかえれば、健康と寿命には腸内細菌が深く関わっており、腸内細菌をうまくコントロールしていくことが健康の鍵になるわけです。
 悪玉菌の代表には、腸内で腐敗を促進するウエルシュ菌やクロストリジウムがあり、腸内で蛋白質や脂肪を分解し、アンモニアや硫化水素、アミン、フェノール、インドールなどの細菌毒素や、発がん促進物質の二次胆汁酸などをつくり出します。
 これらの有害物質は、便やおならの悪臭のもとになると共に、腸管そのものに影響を与えて大腸ポリープや大腸がんなどを引き起こし、一部は腸壁から吸収されて全身に蔓延し、肌荒れや頭痛、高血圧、がん、肝臓障害、免疫力の低下、自己免疫疾患など、さまざまなトラブルを起こします(図3)。
 こうしたことから、"大腸は病気の発信源"といわれ、「暗い」・「汚い」・「故障が多い」の3K臓器、「危険」・「臭い」も加えると5K臓器ともいわれています。

腸内環境を悪化させる〃高脂肪・高蛋白・低食物繊維食〃

辨野 腸内細菌叢は極めて個人差が大きく、私たち一人一人の顔が違うように、腸内細菌叢も一人一人違います。日本人が1億2600万人いれば、1億2600万通りの腸内細菌叢のパターンがあるといっても過言ではありません。
 腸内細菌の構成を変える一番大きな要因は食生活です。高脂肪・高蛋白・低食物繊維の、いわゆる欧米型の食事を続けていると、腸内では善玉菌が減って悪玉菌が増えてきます。
 私は30代の頃、実際に自分で1日1・5キロの肉を40日間食べ続けて、腸内細菌叢がどのように変わるかという実験をしました。「研究費で物を食うとは何事だ!」と叱られましたが、その結果、肉食では善玉のビフィズス菌が1 ̄5まで減少してバクテロイデスが増え、日本食に戻すとまたビフィズス菌が増えてくることが確認できました(図4)。
 食生活の欧米化は、病気の欧米化につながります。一番分かりやすい例が、がんの種類の変化でしょう。戦後、日本では動物性脂肪や動物性蛋白の摂取量が増加し、食物繊維の摂取量が減少しました。それに伴って、大腸がんや乳がんなどの欧米型がんが増えています。日本人がアメリカに移住した場合も、・世はまだ胃がんが多いのですが、・世、・世になると、欧米人並みに大腸がんや乳がんが増えてきます。
 高脂肪食をとると、脂肪の消化吸収を助けるために胆汁の分泌が増加します。胆汁酸は、回腸から再吸収されて腸肝循環で肝臓へ戻りますが、その一部は大腸へ流れ、悪玉菌の作用によって一次胆汁酸から二次胆汁酸に変えられます。この二次胆汁酸は発がんを促進するプロモーター的な働きをすることが分かっています。
 また、動物性蛋白質に悪玉菌が作用すると、強力な発がん物質であるニトロソアミンの原料となる二級アミンなどがつくり出されます。これらが大腸がんの一因になると考えられます。
 食生活の他に、加齢やストレス、抗生物質なども善玉菌を減らし、悪玉菌を増殖させるもとになります。

「腸内細菌プロファイル」による予防医学とプロバイオティクス

辨野 私たちの研究室では今、老若男女あわせて1万人以上の便を集めようと努力しています。それを解析して、一人一人の腸内細菌のパターンを調べてデータを蓄積し、どういうパターンの腸内細菌叢が病気になりやすいのか、あるいはどの細菌がどの病気と関係しているのかを明らかにし、将来的に「腸内細菌プロファイル」を予防医学や健康管理に役立てていこうと計画しています。
 これが実現すれば、病気になってから慌てて薬を飲んで治療するのではなく、腸内細菌の変化を見ながら食生活や生活習慣を改善し、腸内環境を整えることで病気を未然に防ぐことができるわけです。
 こうした予防医学の見地から今、注目を集めているのが、"プロバイオティクス"です。21世紀はプロバイオティクスの時代といわれ、毎日の食生活で生きた微生物を体に取り入れ、腸内バランスを整えることで病気を予防していこうという考え方が広まっています。その背景には、薬に依存した20世紀の治療医学への反省があります。
 細菌学の権威である北里柴三郎先生の言葉に、「食でおこった病気は食で治せ。細菌でおこった病気は細菌で治せ」という明訓がありますが、これはまさにプロバイオティクスの考え方ですね。

プロバイオティクスの代表選手〃乳酸菌〃 乳酸菌とは

辨野 プロバイオティクスとなる微生物には、納豆菌や酵母などがありますが、中でも乳酸菌はプロバイオティクスの代表選手です。
――乳酸菌は腸内細菌の一種でもありますが、一体どんな菌なのですか。
辨野 乳酸菌は自然界に広く分布しており、動物の腸管などにも多く棲みついています(表2)。
 乳糖やブドウ糖などの炭水化物を発酵させて増殖し、多量の乳酸をつくる細菌で、この乳酸菌の発酵過程で食品の風味や保存性が良くなり、古くから世界各地では、その地域の気候・風土にあった発酵食品(ヨーグルトやチーズ、味噌、醤油、漬け物など)に利用されています(表2)。
 乳酸菌の健康効果は、20世紀初頭、ロシアの生理学者メチニコフが、"ヨーグルトを日常的に食べているブルガリア地方の人々が長命である"ことに注目したところから知られるようになりました。
 乳酸菌の整腸作用は昔からよく知られていますが、研究が進むにつれ、腸の健康と全身の健康との関わりが明らかになり、今、新たにプロバイオティクスとしての乳酸菌に期待が集まっているというわけです。
 ただし、乳酸菌のすべてがプロバイオティクスではありません。乳酸菌は属、種、株と分けられ、人間にたとえると、「乳酸菌」は哺乳類という大きなグループを指し、「属」はヒト科やネコ科、「種」は人間の中でも黄色人種や白色人種の違い、「株」は個人に当てはまります。人間の中にはオリンピック選手もいれば天才学者もいるように、乳酸菌も菌株によって能力が全く違ってきます。
 普通の乳酸菌は、腸に届く前に胃酸や胆汁にやられてほとんど死んでしまいます。今、プロバイオティクスとして注目されているのは、生きたまま大腸へ達し、それぞれの持ち味を発揮する優等生乳酸菌のことをいっています(4頁・表1)。
 なお、プロバイオティクスと似た言葉に"プレバイオティクス"がありますが、こちらは、「腸内善玉菌のエサとなって善玉菌の増殖を促すもの」で、オリゴ糖や食物繊維などを指しています。

整腸作用だけではない
今、注目のさまざまな乳酸菌パワー

辨野 乳酸菌の機能には次のようなものがあげられます。
・整腸作用
 従来、整腸作用といえば下痢や便秘の解消が中心でしたが、今日では、腸内環境を改善し、悪玉菌がつくり出す有害物質や発がん物質の産生を抑える働きまでを含みます。
 乳酸菌は腸内で多量の有機酸(乳酸、酢酸)をつくって悪玉菌の増殖を抑え、有害物質の生成を防ぎ、腸内環境を整えます。有機酸の刺激によって腸の運動が活発になるので便通が良くなり、栄養素の消化・吸収も向上します。また、乳酸菌には腸内でつくられた有害物質を吸着・分解する働きがあることも確認されています。
 さらに最近では、こうした整腸作用だけでなく、乳酸菌の新しい機能研究も進んでいます。
・発がんリスクを減らす
 肝臓がんを発症しやすい無菌マウスに、ヒト腸管由来の大腸菌・腸球菌・クロストリジウムを組み合わせて投与すると、100%肝臓がんを発症します。ここに乳酸菌を加えると、50%まで肝臓がんを抑制できることが、動物実験で確認されています。
・アレルギーの発症を抑える
 家族にアレルギー患者のいる妊婦とその新生児が乳酸菌をとると、子供のアトピー性皮膚炎の発症が抑えられることが、フィンランドのツルク大学の研究チームによって報告されています(図5)。この研究報告は、世界的に権威のある医学雑誌「ランセット」に掲載されて話題を呼びました。
 この他にも、
・コレステロールや血圧を下げる
・免疫力を高める
・胃がんの原因となるピロリ菌を抑制する――等、乳酸菌には多くの優れた機能が報告されています。

自分に合った乳酸菌をとって大腸を健康の発信源に

――最後に、乳酸菌の効果的なとり方を教えて下さい。
辨野 今、店頭に並んでいるヨーグルトや乳酸菌飲料には乳酸菌の名前がいろいろと表示され、それぞれに異なる機能があるといわれています。しかし、その多くはまだ動物実験の段階で、人への効果は明らかではありません。
 まずは整腸作用。腸内環境の改善を目標に、いろいろな種類を試してみて、自分の体に合った乳酸菌食品を選ぶと良いでしょう。腸内細菌叢は一人一人違うのですから、体に合う乳酸菌食品も人それぞれです。
――味噌や漬け物にも乳酸菌は多く含まれているということでしたね。
辨野 乳酸菌は加熱で死んでしまいますから、味噌から乳酸菌をとるなら無加熱で利用しましょう。漬け物の場合、糠味噌には多いのですが、糠を洗い落とした糠漬けでは効果はあまり期待できません。洗わないで食べる古漬けやべったら漬け、キムチなどがおすすめです。量をたくさんとることはできませんが、乳酸菌とともに酵母や食物繊維も確保できます。
 日本人の腸内細菌叢の構成にはこれらの伝統的発酵食品も一役買っていますから、こうした伝統的な発酵食品もバランスよく食生活に取り入れていくといいと思います。
 穀類・野菜類・海藻類を中心とした昔ながらの和食は、低脂肪・低蛋白・高食物繊維という点でも腸の健康に大いに役立ちます。
 乳酸菌発酵食品は薬ではありません。基本はあくまでもバランスのとれた食生活であることを忘れないで下さい。
 私自身は毎日、サツマ芋ヨーグルト(蒸かし芋にヨーグルト500gをかける)、野菜に茎ワカメと納豆を和えた特製ドレッシングをかけ、また酢の物やひじきも欠かしません。
 実は、以前はほとんど毎晩肉食で、野菜やヨーグルトは大嫌いだったのですが、体重が80kgを超え、体の重みで足の裏が痛く感じるようになり、テレビに出演した自分の姿を見て一念発起しました。昨年7月からこうした野菜中心の食生活に変え、肉はきっぱりやめて動物性蛋白質は白身魚程度にし、さらに、毎朝1時間のウォーキングと20〜30分の腹筋・背筋運動も行ったところ、82kgあった体重は72kgまで減り、それまでのズボンがブカブカになって、昔履いていたズボンがまた履けるようになりました。
 腸内環境も大好転しました。腸内細菌叢を調べてみたところ有害な腐敗菌がほとんどいなくなって、「腸内細菌ってこんなに変わるんだ!」と、我ながら驚きましたね。
――腸内の状態を知るにはどうしたらいいのでしょうか。
辨野 正確には、腸内細菌の種類と量を調べる必要がありますが、おおよその腸内環境を知るには「腸年齢チェックシート(表3)」が参考になると思います。
 日常的には、腸の健康は便をチェックすれば分かります。
 理想的な便は、色は黄褐色で、匂いは臭くありません。水分量80%程度で、長さ20cm程度のバナナ状のものが男性で3本、女性で2・5本、息まなくてもスムーズに気持ちよく出るのが目安です。便所とは「便器のある所」ではなく、「体からの便りを受け取るお便り所」なのです。
 食生活と運動に気をつけて腸内環境をコントロールし、大腸を"健康の発信源"にすることを目指しましょう。