牛乳・肉に警告!

糖質を中心とした日本型食生活を見直そう

山梨医科大学名誉教授 佐藤章夫先生

動物性食品の増加と穀類の減少

 日本人は長い間、米や雑穀などの穀類を主食としてきました。
 しかし、戦後の食生活の欧米化で、牛乳・肉・卵などの動物性食品の摂取が増える一方で、米の消費量はこの50年間で半分以下に落ち込んでしまいました(図1)。
 栄養素別に見ると、総エネルギーには大きな変化はないものの、糖質(炭水化物)の摂取量が減少する中、動物性脂肪は約4・5倍、動物性蛋白質は約2倍にも増えています(図2)。
 山梨医科大学名誉教授の佐藤章夫先生は、前立腺がん・乳がんなどのホルモン依存性がんの増加や、糖尿病増加など日本人の病気の種類が変化している背景には、動物性食品の増加だけでなく、糖質の摂取量の減少も大きく影響していると指摘しています。
 牛乳・肉食の増加に警鐘を鳴らし、穀類を中心とした伝統的な日本型食生活の重要性を訴えられている佐藤先生にお話を伺いました。

ヒトの食性からみた動物性食品と穀類
ヒトは本来植物食

――先生は近年の日本人の食生活の変化の中で、動物性食品の増加と共に、米など穀類の減少が問題だとされていますね。
佐藤 日本人は本来、肉や牛乳を摂取する民族ではありません。日本人の食生活は2000年来、糖質を主成分とする米などの穀類によって支えられてきました。
 さらにいえば、ヒトは本来、動物性食品を摂取する動物ではありません。極論すれば、ひとは自らの体にあるものを食物としてとる必要はなく、人間の体には蛋白質もあれば脂肪もある。足りないのは糖質だけです。
 牛や豚などの哺乳類の体はヒトと基本的に同じなので、哺乳類を食べるということは、ひとがヒトを食べるのと同じことです。狂牛病騒動のときに、本来は草食動物である牛に牛の肉骨粉を食べさせる問題が取り沙汰されましたが、ひとが哺乳類を食べるということは、牛が牛を食べることと基本的に変わりません。
 ひとの食物としては、遺伝的距離がヒトから離れているものの方が良く、哺乳類よりは鳥類、鳥類よりは魚類が良く、ひとの食物として最高なのは植物です。
 植物の中でも、ヒトは植物が光合成で蓄えたデンプンを利用することで生命を維持するように進化しました。ですから、もっとご飯をしっかり食べなくてはいけません。

〃乳糖不耐症〃ではなく〃ラクターゼ活性持続症〃

佐藤 西洋人とて、もとはといえば彼らが移り住んだ土地に食料となる植物が少なく、やむを得ず動物性食品に適応してきたに過ぎません。
 彼らは、牛乳を飲むと下痢や腹痛をおこすアジア・アフリカ人のことを指して「乳糖不耐症」と呼びますが、本来は牛乳を飲める方が異常であって、飲めない方が正常です。
 牛乳や人乳には、二糖類の乳糖(ラクトース)が含まれています(10頁・表4参照)。乳糖は自然界では哺乳類の乳にしか存在しません。生後の一定期間を過ぎると乳糖分解酵素のラクターゼ活性が低下するため、牛乳を飲んでも乳糖を分解できず、お腹をこわしやすくなります。
 私は、これは哺乳類が子孫を残すための仕組みではないかと考えています。子供がいつまでもお乳を飲んでいると、吸乳刺激によって分泌されるホルモン(プロラクチンとオキシトチン)が排卵を抑えるため、母親は次の子供を妊娠できません。ラクターゼ活性が低下してくると、子供は自然とお乳を飲めなくなります。これが、すべての哺乳類に備わっている離乳機構です。
 このように考えると、離乳後に牛乳を飲めなくなるのは正常な発達過程であることが分かります。西洋人の多くは、離乳期以降もラクターゼ活性が高く保たれたままなので大人になっても牛乳を飲むことができますが、私はこうした人々のことを「ラクターゼ活性持続症」と呼んでいます。

動物性食品の危険性と牛乳問題

骨粗鬆症を促進する
佐藤 長い年月をかけて牛乳や肉を食べられるようになった西洋人においても、動物性食品が健康にいいとはとてもいえません。肉や牛乳は丈夫な骨と体をつくる代名詞のようにいわれていますが、それらがひとの食物として適していないことは、動物性蛋白質の摂取量が多い国ほど骨折率が高いという報告からも明らかです(図3)。
 動物性蛋白質に多く含まれる含硫アミノ酸は、体液のpHを酸性側に傾けますが、これを中和するアルカリ源として主に骨のカルシウムが使われます。その結果、カルシウムが尿中に失われてしまうのです。
 骨粗鬆症の予防にカルシウム摂取源としてすすめられている牛乳も、蛋白質が20%を占める高動物性蛋白食であることを忘れてはいけません。

現代の牛乳は女性ホルモン濃度が高い

佐藤 また近年、環境ホルモンによる内分泌撹乱作用が問題となっていますが、動物性食品に含まれる内因性ホルモンの影響も無視できません。哺乳動物の体内には私たちの体にあるのと同じホルモンが含まれています。
 特に、一年を通して生産されている現代の牛乳は、女性ホルモン濃度の高くなる妊娠牛から主に搾乳されているため、その影響が懸念されます(表1)。
 私たちの調査では、モンゴルで非妊娠牛から搾った生乳に比べ、市販の牛乳は女性ホルモンのエストロゲンやプロゲステロン濃度が高いことが確認されました(表2・3)。
 モンゴルでは古来からの酪農が今も受け継がれています。欧米でも、かつて放牧によって乳牛を飼育していた時代には、乳牛は2年に1回子牛を生み、子牛のための牛乳を人間が分けてもらうという形でした。1日当たりの搾乳量は1〜3リットルで、女性ホルモン濃度の高くなる妊娠牛からは搾乳しません。搾乳しようにも、妊娠すると牛乳は出なくなるのです。世のお母さん方は自分の出産経験から、子供が母乳を飲んでいる間は妊娠しないし、妊娠すれば母乳が出なくなることをご存知でしょう。
 しかし、現代の酪農は違います。狭い柵につながれ人工授精で妊娠させられた乳牛は、出産しても子牛に直接乳首を含ませることなく、出産3ヶ月後に再び人工授精で妊娠させられ、出産前の2ヶ月間を除いて毎日搾乳されます。搾乳量は1日当たり30リットルにも及びます。そして、2、3回の妊娠で廃牛となり、食肉用に屠殺されるのです。この世に乳牛ほど過酷な労働を強いられる動物はいませんね。
 お腹の子供を育てながら、牧草だけでこんなに大量の牛乳を生産するのは不可能です。これを可能にしたのが、・20世紀初頭に開発された窒素肥料と、・1960年代に推進された「緑の革命」(農薬・肥料・品種改良等による穀物増産)で、家畜に余剰穀物を与えられるほどに穀物生産が増大したこと、そして、・動物性の高蛋白質とカルシウムを供給する肉骨粉の製造でした。
 つまり、余剰穀物と肉骨粉からなる濃厚飼料の出現によって、自然条件に左右されることなく、いつでも乳牛を妊娠させ、妊娠中も搾乳できるようになったのです。従って、昔から牛乳を飲んでいた欧米人においても、現在は100年前に比べて女性ホルモン濃度の高い牛乳を飲んでいることになります。

生殖能力の低下と、前立腺がんや乳がん増加

――牛乳由来の女性ホルモンは、人間の体にどのような影響をもたらすのでしょうか。
佐藤 日本では、7〜14歳の前思春期の牛乳消費量がダントツに多いんです(図4)。これは学校給食の影響でしょう。前思春期は精巣の発育にとても重要な時期で、内分泌撹乱物質の影響を受けやすい時期です。過剰の女性ホルモンは、男性生殖器の発達を障害すると共に、精子形成を阻害することが報告されています。
 また、前立腺がん・精巣がん・乳がんといったホルモン依存性がんを生長させる危険性もあります。各国の発がん率と食品摂取量の関係を調べたところ、前立腺がんの発生率と最も関係がある食品は牛乳で(図5)、次いで肉との相関が高く、逆に摂取量が多くなるほど前立腺がんが少なくなる食品は穀物でした。精巣がんの発生率と最も相関が高い食品はチーズでした(図6)。
 食生活の欧米化で子供の頃から牛乳・肉を食べ始めた世代が今、いわゆるがん年齢に突入しており、今後、日本でのホルモン依存性がんの急増が懸念されます。すでにその兆候はあらわれ始めています。
 一方、穀類や豆類に含まれる植物性ホルモンには、前立腺がんや乳がんを抑える効果が報告されています。現段階ではまだ、欧米人に比べて日本人の前立腺がんや乳がんは少なく、これは米や大豆を中心とした日本型食生活の恩恵かもしれません。

糖質の重要性
糖質は脳の唯一のエネルギー源

――先生は糖質の重要性をおっしゃっていますが、その役割を教えて下さい。
佐藤 米などの穀類には、ブドウ糖がたくさん結合した多糖類のデンプンが豊富に含まれています(表4)。ブドウ糖には第一に、エネルギー源としての役割があります。
 脳や心筋、副腎髄質、赤血球などは、ブドウ糖を唯一のエネルギー源とし、特にひとの脳は体重のわずか2%に過ぎませんが、全エネルギーの20%も消費します。脳が機能するためだけでも、少なくとも1日に125g程度のブドウ糖が必要です。
 体内で余ったブドウ糖は、グリコーゲンとして肝臓や筋肉に貯えられ、貯蔵量を超えると体脂肪として蓄積されます。
 糖質の摂取が不足すると、肝臓に貯えられたブドウ糖が使われますが、肝臓のグリコーゲンは16時間ほどで底をついてしまいます。筋肉のグリコーゲンは筋肉のためだけに使われ、血液中にブドウ糖を供給することはありません。結局、アミノ酸や脂肪の分解による糖新生でブドウ糖を脳に供給しなければならなくなります。

糖質と化学物質の代謝
――アルコール性肝障害を防ぐ――

佐藤 さらに、糖質は単なるエネルギー源ではなく、アルコールなどの化学物質の代謝にも重要な役割を担っています。
 私たちの実験では、ラットを10匹ずつ3群に分け、・標準食、・アルコール+低脂肪食、・アルコール+低糖質食を与えて4週間飼育したところ、低糖質食群では肝薬物代謝酵素の「CYP2E1」の代謝活性が著しく亢進し、肝臓に強い悪影響を与えることが明らかになりました(表5)。
 従来、お酒を飲むときには蛋白質とビタミンの重要性ばかりが強調され、糖質の摂取は控えることが望ましいとされてきました。「お酒を飲むときはご飯を減らせ」という風説も広く行き渡っています。実際、長野市周辺に住む健康な成人男性2165人を対象とした調査では、飲酒量の増加に伴って穀類や芋類などの糖質源の食品が減少し、一方で肉類の摂取が増えていました。
 これは、アルコールが糖質と同じエネルギー源と考えられているためらしいのですが、アルコールは糖質の代替エネルギーではありません。
 確かに、日本酒、焼酎、ビール、ワインなどのアルコール飲料は糖質の発酵によってつくられますが、哺乳動物の体内には「糖質↓アルコール」を触媒する酵素はなく、アルコールは酢酸(CHCOOH)に変換されます。化学構造からみて、酢酸は脂肪鎖の最も短い脂肪酸で、つまりアルコールは脂肪に近いんです。お酒を飲むときは、糖質ではなく脂肪を減らさなくてはなりません。
 逆に、アルコール飲料は穀類や果物の糖質がアルコールに変わっている分、糖質が少なくなっているので、お酒を飲むときは、その元となっている穀物や果物と一緒に食べることをおすすめします。日本酒にはおにぎりが、ビールにはパンが、ワインには葡萄が最適というわけです。

糖質と血糖値
――糖尿病の予防にも重要――

佐藤 糖質はまた、血糖値の変動にも重要な役割を演じています。
 一般の人は、糖尿病検査の前日には糖質の摂取を控えてしまいがちですが、糖負荷試験(ブドウ糖溶液を飲んで、その後の血糖値の変化を測る)の前日に糖質の少ない夕食をとると、健康な人でも耐糖能が著しく悪化してしまうのです(図7)。検査前日の夕食にはたっぷり糖質をとらなければなりません。そうしないと、誤って糖尿病あるいは耐糖能異常と判定されてしまうことがあります。
――糖質の摂取が不足すると、なぜ耐糖能が悪化するのですか。
佐藤 検査前日の夕食に低糖質食をとったときにみられる最大の変化は、血液中の遊離脂肪酸の増加です。先ほどお話しした通り、糖質の摂取が少ないと肝臓は急いで、脂肪組織に貯えられた中性脂肪(トリグリセリド)の加水分解によって生じるグリセロールからブドウ糖を合成しようとします。このときに生じる遊離脂肪酸が、インスリンの分泌を抑えると共に、インスリン感受性を低下させるのではないかと思われます。
――食生活の欧米化に伴って、糖尿病も急増していますね。
佐藤 私は、近年の日本における糖尿病の急増は、単にエネルギーや脂肪の過剰摂取というより、むしろ糖質の減少そのものに原因があるのではないかと考えています。
 日本人をはじめアジア人は糖尿病になりやすく、その遺伝的背景として、「かつてエネルギーを脂肪として貯えることで飢餓に耐えてきた節約遺伝子が、飽食の時代にはあだとなり、肥満を招いて糖尿病をおこしやすくさせる」という説がいわれています。しかし、そんなことはありません。アジアはヨーロッパに比べてはるかに豊かな地域です。
 穀類中心の食生活ではインスリンは少量で事足ります。事実、日本人は体重で換算しても膵臓が小さく、インスリンの分泌量も少ないのです。こうした体に適応しない食生活、すなわち穀類からの糖質の摂取量の不足が、糖尿病の増加を招いていると考えた方が納得できます。

「ご飯は太る」は誤解!

――最近、糖質を極端に制限した「低炭水化物ダイエット」や、糖質の吸収速度(GI値)の低い食品でインスリン分泌を抑える「低インスリンダイエット」などが流行っていますが、これについてはどう思われますか。
佐藤 糖質が肥満のもとになるというのは大きな誤解です。
 近年の豊かな社会では糖質を単なるエネルギー源とみなす傾向があり、細身の体型にあこがれる女性や、肥満を警戒する中年層の中には、糖質の多い米を避ける風潮すら見受けられます。
 しかし、同一エネルギーであれば糖質の方が脂肪より太りませんし、もともとインスリン分泌の少ない日本人は米を食べても太りませんよ。

糖質を中心とした日本型食生活を見直そう

佐藤 糖質の威力は、穀類・豆類・芋類中心の食生活をしていた昔の日本人を見れば一目瞭然です。体は小柄でも、生殖能力が高く、体力があった。
 例えば、明治初期に来日したドイツ人医師のベルツが、日本人の人力車夫の強靱な体力に驚いたのは有名な話です。ベルツは、麦飯に漬け物といった粗食をしていた人力車夫に肉や牛乳を食べさせたらもっとすごい体力を発揮するに違いないと考え、実際にそういう食事をさせたんです。ところが、3日ほどするとヘナヘナと体力がなくなって走れなくなってしまい、もとの食事に戻したらまた走れるようになりました。結局、筋肉は蛋白質と運動によって肥大し増量しますが、その増量した筋肉に運動をさせるのはデンプンなのです。
 日本人の日常茶飯は、「米+大豆+芋+野菜+魚少々」が基本です。私たちの体は、そうした食生活を続けてきた先祖たちの遺伝子からつくられています。それが、戦後のわずか1〜2世代で、米の消費量が半減し、肉・牛乳の摂取が急増するなど、食生活の内容がガラリと変わってしまった。動物性食品の危険性を認識し、穀類を中心とした伝統的な日本型食生活の良さを、今一度見直すべきではないでしょうか。