血液ドロドロ「高脂血症」は、動脈硬化の最大の危険因子
――新ガイドライン案の骨子と、食生活の重要性――
帝京大学医学部 寺本民生教授
増える高脂血症――働き盛りの半数以上が高脂血症
動脈硬化の最大の危険因子といわれる「高脂血症」。
高脂肪・低繊維食の欧米型食生活が普及し、日本では今、高脂血症が働き盛りの40〜50代の男性で6割近く、女性も閉経期を迎える50〜60代では6割を超え、若者の増加も目立っています(図1)。
高脂血症は血液中の脂質が異常に高い状態をいいますが、血清脂質の中でも動脈硬化に深く関係しているのがコレステロールです。
これまで総コレステロール(TC)値は220mg/dl以上を高脂血症と診断していましたが昨年、動脈硬化学会が発表した「高脂血症治療ガイドライン案」ではTC値は240に引き上げられ(表1)、これまでの基準値は何だったのかという疑問も取り沙汰されています。
しかし、ガイドラインの策定に加わった帝京大学の寺本民生教授は、「日本人にとって220以上はやはり危険値。220〜239の境界域の人は食生活を中心にした生活習慣の改善でコレステロール値や肥満をしっかり管理する必要がある」と、サイレントディジーズ(沈黙の病)といわれる高脂血症の怖さを警告されています。
寺本先生に高脂血症の新ガイドライン案を軸に、高脂血症の危険性と、食生活を中心にした予防・改善策をうかがいました。
動脈硬化最大の危険因子「高脂血症」
血液中の脂質と高脂血症のタイプ
──高脂血症にも、コレステロールが高いとか中性脂肪が高いとかいろいろあります。まず高脂血症とは何かということから教えてください。
寺本 血液中の脂質には・細胞膜やホルモン、胆汁などの材料になるコレステロール、・皮下や内臓に蓄えられ、糖質が不足したときにエネルギー源になったり、断熱材やクッションの役割をする中性脂肪、・コレステロールと共に細胞膜の成分になるリン脂質、・中性脂肪が分解してエネルギーとして使われる遊離脂肪酸があります。これらの脂質は血液の中にアポ蛋白という特種な蛋白質と結合して、「リポ蛋白」という水溶性の粒子になって溶け込んでいます。
リポ蛋白は脂肪が多く蛋白質が少ないほど比重が軽く、軽い順に・食事由来の中性脂肪が多いカイロミクロン、・肝臓由来の中性脂肪が多いVLDL(超低比重リポ蛋白)、・コレステロールの多いLDL(低比重リポ蛋白)、・アポ蛋白が約半分を占めるHDL(高比重リポ蛋白)があります(図2)。
「高脂血症」は血清脂質のうちコレステロールや中性脂肪が増えすぎた状態をいい、・総コレステロールが高い「高コレステロール血症」、・中性脂肪が高い「高中性脂肪血症」、・総コレステロールと中性脂肪が高い「混合型高脂血症」の3つに大別されます。さらに、動脈硬化ではHDLコレステロールの低い「低HDLコレステロール血症」も問題になります。
原因別には、・遺伝子の異常による「家族性高脂血症」、・他の病気や薬の副作用による「二次性高脂血症」、・体質(遺伝的素因)に食事など生活習慣が強く影響して起こる高脂血症に大別され、最も多く一般的なのが・です。ですから高脂血症は典型的な生活習慣病といえます。
高脂血症は動脈硬化の最大の危険因子
──高脂血症が怖いところはやはり動脈硬化との関連ですか。
寺本 そうですね。動脈硬化にはさまざまな危険因子が重なりあって起きてきますが、その中でも高脂血症は最大の危険因子となります(表2)。
高脂血症の中でも動脈硬化に最も関係するのが高コレステロール血症です。総コレステロールが高いと普通は悪玉といわれるLDLコレステロールも相対的に高くなりますが、LDLコレステロールが多いと血管壁に付着して動脈の内腔が狭まり、ひどくなると血管がつまる、これが動脈硬化です。
動脈硬化が冠状動脈に起これば心筋梗塞、脳の動脈に起これば脳卒中と深刻な病気を招きます。高脂血症は症状もなく、単に血清脂質が高いだけだとその危険性を見落としがちになりますが、QOL(生活の質)を低下させ、命にも関わる疾患につながる病気だという認識をしっかり持つことが大切です。
コレステロールと動脈硬化の関係は19世紀からいわれていたことですが、それがはっきりわかったのは1948年から始められたフラミンガムスタディーという虚血性心疾患の原因を調べる有名な疫学調査です。高脂肪食で心筋梗塞など虚血性心疾患の多い欧米では第二次世界大戦中の食糧難、特に牛乳やバターの不足から心筋梗塞が大幅に減り、戦後食糧事情が良くなってまた心筋梗塞が増え始めたわけです。
中性脂肪と動脈硬化の関係も、その当時からいわれていましたがはっきりと証明されたのは最近になってからです。中性脂肪にもいろいろな種類があり、特に食後に上がってくるタイプの中性脂肪は動脈硬化の一因になることがわかってきました。中性脂肪が多くなると反比例して善玉といわれるHDLコレステロールが減り、血栓もできやすくなるのです。さらに中性脂肪が多いとやはり動脈硬化の危険因子となる糖尿病や痛風も起こしやすくなります。
──その他の疾患との関連は?
寺本 コレステロールが多いと胆石が起こりやすく、中性脂肪が多いと脂肪肝、また異常に高くなると急性膵炎が起こりやすくなります。
悪玉LDL―C・善玉HDL―C・超悪玉の変性LDL―C
──悪玉のLDLコレステロールと善玉のHDLコレステロールはどう違うのですか。
寺本 肝臓で作られたコレステロールは全身の細胞に運ばれる時にはLDLに包まれて運ばれ、反対に全身の細胞から余分なコレステロールを肝臓に戻す時はHDLに包まれて回収されるんです。いわばLDLは運搬役、HDLは回収役というわけで、コレステロール自体は全く同じものです。
しかし、LDLが過剰になると細胞や血液にはコレステロールが必要以上にたまり、反対にHDLが減っても余分なコレステロールがそれだけたまりやすくなります。それでLDLを悪玉、HDLを善玉というわけです。
──最近、真の悪玉は活性酸素で酸化された変性LDLだとよくいわれていますね。
寺本 コレステロールが動脈壁のどこにたまるかというと動脈壁の中にある白血球の1種で大食細胞といわれるマクロファージにたまるんです。
しかし、マクロファージにLDLを加えた実験ではコレステロールはたまってこなかった。ところがLDLを酸化させると見事にマクロファージの中に入って、動脈壁の中にコレステロールがたまる状況をつくることができ、動脈硬化には変性LDLが関与しているという仮説が立てられたんです。それが1970年代の終わり頃です。
1990年前後になって、マクロファージが酸化LDLを取り込む機構がみつかり、実際に患者さんたちの動脈壁を調べると変性LDLの存在が認められ、動物実験でも同じ程度にコレステロールが高くても抗酸化物質を与えると動脈硬化が起こりにくいことがわかり、どうもコレステロールが高いだけでは動脈硬化にならない、酸化が関与していることがいろいろなことから明らかになってきたわけです。
──マクロファージが酸化LDLを取り込んで動脈硬化が起きる過程を教えてください。
寺本 LDLが増えて血中に長くとどまっていると、活性酸素によってLDLの酸化が進行して変性LDLになります。
この変性LDLの刺激や高血圧や喫煙などによって血管内皮細胞が傷つくと、その間から変性LDLが血管内に入り込み、それをマクロファージが食べます。コレステロールをため込んだマクロファージは脂肪を多く含んだ泡沫細胞になって血管内膜にたまり、さらにそこに血小板なども集まって血栓を作ったりして、内膜にはコレステロールや泡沫細胞、マクロファージなどの残骸がかたまってドロドロした粥状のかたまり(粥腫)ができ、血管を狭めるのです(粥状動脈硬化)。
──それではLDLが多くても酸化しなければよいのですか。
寺本 ところが、人間は酸素のあるところで生活しているわけですから、LDLが高ければそれだけ酸化が進行するので、やはりLDLが高いのはよくないということです。LDLの酸化には呼吸から取り込まれる酸素の他に、高齢、高血糖(糖化)、喫煙も大きく関係します。
一方、マクロファージにたまったコレステロールを除去するのがHDLコレステロールです。ですからHDLコレステロールが低いと動脈硬化になりやすいんです(図3)。家系的にHDLコレステロールが60mg/dl以上と高い人たちがいて、その人たちは長生きの傾向にあるといわれています。また、日本人は欧米人に比べてHDLコレステロールが多く、欧米人に比べて心臓病などの動脈硬化性疾患が少ないのには食事などの他に、これも関係しているのかもしれません。
TC220が240mg/dlに新ガイドラインの骨子
生活改善の重要性とリスクに応じた目標値
──そのコレステロールの値ですが、昨年6月に動脈硬化学会が発表した高脂血症の新ガイドライン案では、総コレステロールは220以上が240以上と診断基準が緩和されましたね。
寺本 報道が多少センセーショナルになって誤解された面があります。決して基準値を緩和したわけではないんです。
1997年に出したガイドラインでTC220以上を一応高脂血症の治療開始の目安としたのは、いろいろのデータから、日本人のコレステロールは200位から動脈硬化が起こる率が高くなり、220で200の人の約1・5倍、240で約2倍になるというはっきりした事実が根拠になっています(図4)。
その時も我々ガイドラインを作った側は、220〜240位まではできるだけ薬を使わず食事や運動での治療を提唱したのですが、その範囲内でも薬が使われるケースが多かったことから、今回はそこを明確にしたというのが改定の骨子です。
それからもう一つ、例えば糖尿病があれば200未満、心筋梗塞があれば200未満でも高いという具合に、基準値は個々のケースでかなり違ってきます。危険因子が多いほど動脈硬化の発症率は高くなりますから(図5)、それを6段階に分けて基準値を設けたのも今回の見直しの大きなところです(表3)。ですから人によってはかえって厳しくなった方もいるわけです。
J|LITでわかった日本人の高脂血症の状況
──今回の見直しは6年間にわたる「日本脂質介入試験(J|LIT)」がもとになったそうですが。
寺本 そうです。J|LITでは高コレステロール血症と診断された35〜70歳の約5万人の方に薬を6年間飲んでもらったわけです。それでわかったのは、コレステロール(TC)を薬で下げていくと心筋梗塞など心臓病の発症率は
・200位まで下がった人たちは発症率が低くなる、
・240以上の人は発症率がはっきり高くなる、
・220〜240位までの人は200に下がった人より発症率は高くはなったが、それほど差がなかった、
・糖尿病や高血圧があるとそれぞれリスクが2倍以上高まる──などのことです。
ですから、240以上になるとやはり薬を使ってでも下げないといけないけれども、220〜240まででは食事をはじめとする生活療法が重要だということを示しているわけです。そして、リスクは個々に違ってくるということですね。
──240未満、220未満だから安心とはいえないわけですね。
寺本 そういうことです。
今回、適正値(域)を提示しなかったのは、人によってリスクが大きく異なり、目標値は個々によって違うということからです。
また、日本人の場合は低ければ低いほど動脈硬化の発症率が低い傾向がみられるので、そういったことからも200未満だから安心ですというのはいえないんです。
──J|LITでは6年間に亡くなった方の死亡率は180〜280ではほとんど変わらなかったのに対し、180未満と280以上では2倍になって、コレステロールは低すぎてもいけないという意見もありますが。
寺本 低コレステロール血症の人たちは脳出血などを起こしやすい、がんの患者さんたちは概してコレステロールが低いということはあります。しかし、それは原因なのか結果なのかというと、私たちはそれは病気が原因で低コレステロール血症になった可能性が高いと考えています。
例えばがんでは食事がとれなくなるということと、がん細胞が出すいろんなサイトカイン(生理活性物質)によってコレステロールが下がってくるメカニズムがあって、そうすると小さな悪性腫瘍を持っていてもコレステロールが下がってくるんです。
実際、コレステロールを下げたから病気になったという例はあまり聞いたことがなく、今の日本人の生活で低コレステロール血症を心配する必要はまずないと思います。
最重要は食生活の改善脂質・単純糖質の上昇と複合糖質・食物繊維の減少
──高脂血症は体質もあるけれど、やはり食生活の影響が最も強いというわけですね。
寺本 圧倒的に食事因子が強いですね。
広島出身でハワイや米国本土へ移民した人たちを追跡した調査では、体質は同じなのに広島在住の人たちに比べて移民の人たちは、コレステロールが1世、2世の順に上昇し、心筋梗塞の発症率もアメリカ人並みに高いというデータがあります。このデータからも、高脂血症は生活習慣病の要素、とりわけ食生活の影響が非常に強いことがはっきりわかります。
ただ体質、つまり遺伝的素因も無視できないところで、日本人は脂質や、白砂糖(蔗糖)や果糖などの単純糖質に弱いといわれています。特に単純糖質には弱いようで、ハワイ移民では単純糖質の摂取率が2倍以上に上がって、それが耐糖能異常や高脂血症につながっているのだろうといわれています。
脂肪の摂取率とコレステロール値は1980年位までは並行して上昇していますが、その後は脂質の摂取量がそれほど上がってこないのに依然として体重やコレステロールは上昇ラインをたどっています。ここで明確なのは80年代を境に、お米を代表とする複合糖質の摂取率がグンと落ちたのと同時に、コーラやスナックなどの世界に移行しているという事実です。
今、アメリカでも単純糖質はできるだけとらない、反対に複合糖質をとりなさいというキャンペーンを盛んに張っていますが、日本も80年代を境にそういう時代に入ったということです。
日本人の食生活は徐々に欧米化して健康状態が向上して、ちょうど良いバランスになったのが80年位、それ以降はいわゆる飽食で生活習慣病が非常に増えてきたと思っています。特に脂肪や甘い物のとりすぎですね。
バランスのとれた和食を基本に抗酸化物質をしっかり
──脂質、蛋白質、複合糖質のバランスが理想的といわれているのが和食ですね。
寺本 そうですね。ただ、伝統的な日本食といっても白米ご飯におしんこでは駄目なわけで、穀類(特に未精白穀類)、豆類、芋類、野菜類、魚といった食品がいろいろバランスよくとれる和食ということですね。
コレステロールや中性脂肪は約70〜80%が糖や脂肪を原料に肝臓で合成され、残り30〜20%が食事から摂取されます。ですから、基本的には、次のことに気をつけます。
・動物性の飽和脂肪酸を多くとるとコレステロールが増えるので、動物性の脂肪や蛋白はできるだけ魚の脂肪、蛋白に切り換える。
・コレステロールの吸収を妨げ、余分なコレステロールを包んで排泄してくれる食物繊維をできるだけ多くとる。
・卵やレバー、うなぎなどコレステロールの多い食品はやはり控える(1日300mg以下。表4)。ただ最近、コレステロールに反応するタイプと反応しないタイプがあることがわかってきて、反応するタイプは徹底してコレステロールを抑えるべきですが、そうでないタイプはバランスよくとれば良いという方向に変わってきました。
・砂糖など単純糖質はできるだけ控え、ご飯など複合糖質をしっかり。果糖の多い果物もとりすぎに注意します。
・植物性の不飽和脂肪酸でも、LDL|C共にHDL|Cも下げ、血流を阻害するリノール酸系の油は極力控え、HDL|Cは減らさずにLDL|Cや中性脂肪を減らし、血流をきれいにするα|リノレン酸系の油(シソ油や魚油)や、やはりHDL|Cは減らさずLDL|Cだけを下げる一価不飽和脂肪酸(オリーブ油、キャノーラ油)を適量摂取する。
・酸化を抑える抗酸化物質を積極的にとる。抗酸化物質は圧倒的に大豆、ゴマ、野菜、海草、お茶など植物性食品に多いことが知られています。中でも豆腐・納豆などの大豆製品は蛋白質も豊富で、コレステロールを下げる働きもあり、積極的にとりたい食品です。
他に、体格指数(BMI)を25未満を目標に肥満を予防することが大切です。肥満は糖尿病、高血圧、高脂血症、動脈硬化のいずれにもかかわる危険因子です。
タバコはやめ、アルコールは適量にとどめ、アルコールが原因で中性脂肪が高い場合は禁酒します。
運動するとHDLコレステロールの値が良くなり、中性脂肪が下がり、耐糖能異常が良くなります。
以上を要約すると、塩分控え目のバランスのとれた和食を基本に、食べ過ぎに注意し、歩行を中心に運動も加え、ライフスタイル全体の改善に取り組むことが高脂血症、ひいては多くの生活習慣病の予防と改善につながっていくといえるでしょう。